継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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抑止力

下呂大将のおかげで、元凶である提督の存在が明らかになった。

家村というその提督は、来栖提督の弟弟子にあたる下呂大将の教え子。新進気鋭の提督として上の人間の中では有名な者。その裏側さえなければ英雄の素質もあっただろうが、これでは反英雄である。

 

結局夕雲は下呂大将の尋問により消耗してしまい、これ以上話が出来ないというところにまで追いやられた。過剰な緊張感の中でも、自身の主人を売らなかったところだけは評価に値すると、下呂大将は絶賛していたが、逆に恐ろしくなってしまう。

 

「この人、いつもこうなの。追い詰めるときは徹底的に追い詰めるから、相手がこうなっちゃうのよね」

 

困った顔で神風が呟く。こういう状況は一度や二度ではないらしい。査問官か何かなのだろうか。

 

「まぁ、主人は売らなかったけど心はバッキバキに折れてるわ。あとは飛鳥先生にお任せね」

「神風まで、僕への無茶振りはよしてくれ」

「謙遜は時に嫌味よ先生。私が知っている頃から貴方はすごく出来る人だったと思うけど」

 

実際、数日で洗脳を解くことも出来るだろう。ならば、私達はそれを全力でサポートするだけだ。ここ最近は私の嗅覚も役に立ってくれている。何かあればそれを使いたい。

 

「さて、これで全て確定ですね。とはいえ、提督が提督を詰問するためには、腹立たしいことにいろいろ手順が必要なんですよ。私までルール違反をしてしまったら、彼のことを何も言えなくなってしまいます」

 

キリがいいと、下呂大将が立ち上がった。ボロボロに打ちひしがれている夕雲は尻目に、今後のことを語り出す。

家村を訴えるためには、いろいろな決まり事があるそうだ。下呂大将は高い地位にいるとはいえ、その辺りはどうしても付いて回る。正式に、確実に罪を突きつけることが出来るようになるまで、早くても数日はかかるらしい。

 

「少し時間はかかるかもしれませんが、私は家村を大本営に出頭するように手配します」

「ありがとうございます先生」

「なに、これくらい。君達のためでもあるし、今後の我々のためにもなる。似たようなことが二度と起こらないように考える機会が与えられましたからね」

 

今回の凄惨な事件も今後の糧にして、よりよい組織にしていこうという気概を感じる。最初の胡散臭さは何処かに行ったかのように、信頼に足る人物に見えた。

 

「では、私はお暇させていただきます。夕雲は連れて行った方がいいでしょうか」

「ここに置いておくと霰に悪影響を与える可能性もありますが、治療が出来るようになり次第、すぐに治療したいと思いますので、薬を使って寝かせておこうかと思います」

「そうですか、確かにその方がいいでしょう。眠ったままに出来るのなら、その方が管理がしやすい。君はそういうことが出来ますしね」

 

普通ならそういうことは難しいらしいが、艦娘の身体構造を熟知している飛鳥医師だからこそ、そういったことが出来るらしい。私達は自然に3週間とか眠り続けたが、夕雲はここから治療法が確立されるまでの間、強制的に眠り続けることになった。

ちょうど今は消耗しているところなのでもがくことも無い。そのまま薬による処置で昏睡状態にした。

 

「あまり好きでは無いんですけどね。これこそ艦娘を道具として扱っているような気がして」

 

処置中もあまりいい顔をしていなかった。艦娘を昏睡させるというのは、実際使わなくなった道具を次に使うときまで保管しておくような行為と思っているようだ。

そう言われると、夕雲は可哀想に思えてくる。だが仕方のないことと心を鬼にして、処置を完了させた。

 

「すぐにでも治療法を探します。まずは霰を復帰させますよ」

「ええ、よろしくお願いしますよ。期待しています」

「こればっかりは自分でもすぐにやらなければと思います。少し無理をするかもしれませんが、早急に対処します」

 

少しどころではない無理をしそうである。ここは雷などにも言って、絶対に無理をしないように管理しなくては。

 

 

 

昏睡させた夕雲にはもう監視の目は要らないと判断され、全員が医務室から離れた。霰はまだ曙がついてくれているため、帰投する下呂大将と来栖提督を見送るために工廠へ。

 

工廠には大体みんなが集まっている状態だった。話自体がそこまで長々と続いたわけではないため、第二二駆逐隊はここでずっと三日月と話をしていたようだ。

ようやく姉達とは普通に話が出来るようになったようで安心した。苦手だった皐月と水無月相手でも、臆さずにいられるのは成長の証拠である。

 

「おーし、手前ェら、帰投するぜェ」

「あ、はぁい。三日月ちゃん、またね〜」

「はい、姉さん達もお元気で」

 

笑顔はまだ素直に見せることが出来ないようだが充分だ。目と目を合わせて会話出来ているのも素晴らしい。三日月はもう少しすれば、トラウマを克服出来るかもしれない。

 

「神風、君は霰と夕雲が治療されるまで、ここに残ってください」

「そう言うと思ってたわ。飛鳥先生、いいかしら」

「あー……部屋がギリギリだな。来栖、また鳳翔はこっちに来る予定はあるか?」

「ん? ああ、来たがってるぞ。事が済むまでは若葉と曙を鍛えたいと言っていた」

 

今は鎮守府に戻っている鳳翔がここに戻ってきたとして、神風も居座るとなると、10個ある部屋が全て埋まることになる。三日月は夜だけは私の部屋にいるとはいえ。

万が一これ以上増えるとなると、ついに部屋が無くなってしまう事態に陥った。喜んでいいものなのか悪いものなのか。少なくとも神風は客人のため、ここの住人になるわけではない一時的なもの。時間が経てば出て行く、その間にまた増えるようなことが無ければいいのだが。

 

「まさかこの施設の部屋が全て埋まるときが来るとは……」

「拡張する必要は無いと思いますが、いざという時は以前のように職人妖精を派遣しますよ。君はそれだけの功績を残しているし、この施設は我々にも必要なものです。せめて快適な暮らしをしてください」

 

この施設を鎮守府から今の状態に改装したのは、下呂大将が派遣した特殊な妖精の力らしい。

 

妖精とは本来、工廠に住み着いて私達の艤装や武器の整備を手伝ってくれる小型の職員のこと。名前の通り、妖精のように小柄で、大きくても私達の手のひらサイズなのだとか。そういえば、私が生み出された時に、視界の隅にいたような気がする。

工作艦の補助の他、鳳翔が扱う艦載機の操縦や、給仕をする者など、多種多様な種類がいるらしい。その中でも、今下呂大将が言った職人妖精は、建築をメインとする妖精。室内の模様替えくらいなら小一時間ほとで終わらせ、施設そのものの改築すら、人数がいれば数日で終わらせてしまうような存在なんだとか。

私達も生体兵器という謎な存在だが、妖精は輪をかけて謎な存在である。好物が甘いものであるということ以外が全て謎。増える方法すらわからない。

 

「本当にいざという時はお願いします」

「ええ。これ以上増えないことを祈りましょう」

 

ここの住人が増えるのは基本、家村の鎮守府で犠牲者が出て、且つ、ここに流れ着いた場合だ。下呂大将が食い止めてくれれば、これ以上増えることも無くなるはずだ。

摩耶のような不運なドロップ艦は仕方のないことではあるが、継ぎ接ぎはこれ以上増えちゃいけない。

 

「お礼に、神風も師としてお使いなさい」

「ああ、それくらいならいくらでも!」

 

鳳翔に続き、神風も私達を鍛えてくれるらしい。それは願ってもないことだ。

いくら下呂大将が家村に対して攻めの姿勢に出たとしても、この施設への攻撃はまだ止まらないだろう。むしろより一層激しくなる可能性だってある。

もう口封じなど意味が無いところまで来ているとは思うが、生きた証拠である曙や、捕虜となっている霰と夕雲の存在が明るみになることを恐れているかもしれない。それに、()()()だって考えられる。

 

「今回の件はとてもレアケースですが、やはりこの施設を守る力は持っておいた方がいい。中立区を中立区として守る者の存在は必要です。貴女達には、そうなってもらいたいのです」

「本来あってはいけないことだと思うが」

「だからですよ。こうやって規律を破る者が現れてしまった。()()()は必要なんです。これも、私から大本営に掛け合ってみます」

 

一切の戦闘行為が禁止されている、つまり、誰からも攻撃を受けることが無いのだから、好き勝手に振る舞う愚か者が今回の元凶だ。正当防衛がこちらには出来るという準備をしておけば、ここの中立性は保たれる。

ここでそういう振る舞いをしたら討たれるという事実を作っておけば、誰も中立区での戦闘行為という規則違反はしない。

 

中立を守るための抑止力になれと、下呂大将は言っているのだろう。

 

「飛鳥、本当にいざという時は、直接私に連絡を。私からも君に連絡させてもらいますよ」

「ありがとうございます。助かります」

 

何かの番号をメモして飛鳥医師に手渡した。おそらく鎮守府など関係なしに直接繋がるホットラインか何かだ。

おそらくこれも規則ギリギリの行為。いくら元鎮守府関係者だとしても、今回の件は内情に踏み込み過ぎている。

 

「では来栖、行きますか」

「はいよ。飛鳥、警備隊は続けるぜェ」

「ああ、頼む。僕達の施設の者が戦うことはやはりあまりよろしくない。本来戦力を持つ者が守ってくれることが一番だ」

 

来栖提督の警備隊も、下呂大将の手回しで正当防衛扱いにしてもらえているらしい。中立区での戦闘の証拠は、来栖提督が自沈した艦娘を持ち帰ったことで証明されているのだ。警備隊は必要であると突きつけることが出来た。

それが一番心強い。ここだけじゃないところにも仲間がいるというのが安心感に繋がる。

 

「神風、少しの間離れますが」

「問題ないわ。秘書艦は朝風に引き継がせてちょうだい。あの子ならしっかりやれるから」

「ええ、そのつもりです。では、頼みましたよ」

 

ポンと頭を撫でて、大発動艇に乗り込んだ。やることをやったからか、妙に身体が軽く見える。神風曰く、好きなことやったからテンションが高い、とのこと。

 

「じゃあな飛鳥、また来るぜェ」

「最近やたら来てる気がするけどな」

 

こうして、ほんの少しの間ではあるが、下呂大将の来航は終了。午前中いっぱいすら使わない短時間であったが、大きく印象に残るの人だった。心強いバックアップが出来たと思える。

 

海の向こうに姿が見えなくなったところで、飛鳥医師が大きく息を吐いた。心底疲れたような顔。

 

「あの人がいると緊張するな……」

「やっぱ嫌な思い出でも蘇ったりすんのか?」

 

冷やかすように摩耶が問う。飛鳥医師の新人時代というのも気になるものだ。何処からどうやって今の知識を手に入れたのだろう。下呂大将の教育の賜物なのだろうか。

 

「あー……秘密だ」

「おいおい、この期に及んで」

「秘密と言ったら秘密だ」

 

面識があるという神風も黙秘。聞かないであげてと苦笑していたくらいなので、下呂大将とは余程のことがあったと見える。それこそ、私達が鳳翔に鍛え上げられている時のように、恥も外聞も捨てて吐きまくっていたような時のような何か。

禁忌の御業を扱えることよりも秘密にしたいことって何なのだろう。逆に気になるが、あまりに必死なのでこれ以上深追いするのはやめにした。

 

「じゃあ、神風のお部屋を用意するわね!」

「ありがとう。私も手伝うわ」

「お客さんなんだもの! もっと私を頼ってくれていいのよ!」

 

雷はすぐさま部屋の用意へ。自分の部屋になるのだからと、神風もそれについていった。脇差は常に持ったままらしい。物騒ではなかろうか。

 

「では、残った僕達はいつものように作業開始だ。僕は霰の精密検査から始めるとしよう」

「あたしは全員分の艤装の整備やっておくか。若葉はどうすんだ?」

「飛鳥医師が不要なら、若葉も整備を手伝おう。鼻はいるか?」

「必要になったら呼ばせてくれ。まずはレントゲンや血液検査からにする」

 

この施設で出来る精密検査、診断は一通り行うようである。そのための手伝いは、今も絶賛監視中の曙が手伝ってくれるだろうという想定。

提督という存在には嫌味タラタラではあるが、飛鳥医師には比較的素直で、口は悪い時もあるが文句はそんなに無かった。頼めば手伝ってくれるはずだ。

 

「よし、では作業開始」

 

言うだけ言って、飛鳥医師も奥に引っ込んで行った。

 

「んじゃあ、あたしと若葉で、雷と三日月と曙の艤装の整備だな。あたしら自身が出撃してたせいで、他の艤装の整備が止まっちまってる」

「それはまずいな。早く綺麗にしないと、パーツが劣化する」

 

他人の艤装を分解して整備するのはなかなか緊張感があるものだが、曙の艤装を組み上げた実績のおかげで、私は自信も持っていた。今なら大丈夫、摩耶までとは行かないが、整備は出来る。

 

「よーし、んじゃあやるか」

「ああ」

 

まだ根本的な解決までは遠いかもしれない。だが、先が見えたのは大きな前進だ。

 




施設の部屋は10部屋。現在使用者は以下の通り。

1号室:雷
2号室:摩耶
3号室:若葉
4号室:シロ&クロ
5号室:三日月
6号室:セス&エコ
7号室:曙
8号室:鳳翔(一時来客)
9号室:霰(仮)
10号室:神風(一時来客)

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