継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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神速の神風

翌日、朝イチに霰の匂いを嗅ぎ直しにきた私、若葉。昨日までは、ただただ部屋に漂う匂いを感じ取っていただけだったが、今回は自分の嗅覚に集中し、霰に付着した敵鎮守府の匂いの嗅ぎ分けをする。その匂いが複数個の薬の匂いが合わさったものだとしたら、その個数も判断出来ると嬉しい。

鳳翔との訓練や、日頃からいろいろ使っていたためか、私の嗅覚は成長し続けている。戦闘中なら難しいが、何もない状態でそれにだけ集中すれば、ある程度の嗅ぎ分けが出来る筈だ。ただし、私には知識がない。抽象的に匂いを表現するしか出来ない。

 

「どうだろうか」

「……おそらくなんだが……5つくらいのものが混ざっている気がする。どれも私は嗅いだことのない匂いだ」

 

霰をクンクンしている私の後ろには、情報をいち早く聞くために飛鳥医師も待機。飛鳥医師は消毒の匂いと血の匂いが強いため、少しだけ離れてもらう。

私が感じ取った匂いは、おそらく5つ。そのどれもが知らない匂い。少なくともこの嗅覚を手に入れてから嗅いだことはないもの。

 

「いかにも薬という匂いばかりだが……中に()()()()がする」

「甘い匂いか。それならいくつか該当するものがある。この症例にも繋がりそうなものも少なからず存在する」

「そんなものがあるのか?」

「ああ、匂いくらいならいいが、体内に取り入れるのは良くないものだ。劇薬の一種だな」

 

そんなものが艦娘の体内に入れられていると思うと気分が悪い。如何にも艦娘を道具と割り切っている扱い方である。最悪死んでも代わりがいるという考え方をしない限り、体内に劇薬を投入するなんて出来やしない。

 

「ありがとう若葉。まずはその辺りから攻めてみる」

「ああ、霰をよろしく頼む」

「任せてくれ。血液検査の結果も出る筈だからな。そこから調査を進めていくさ」

 

ここからは飛鳥医師の独壇場だ。専門知識を持たない私達に手伝えることは何もない。だが、昨日とは違い、光明は見えている。霰が復帰する日はもうすぐかもしれない。

 

 

 

来栖提督の鎮守府から警備隊が到着。同時に、鳳翔が帰還。来栖提督からいろいろ聞いていたらしく、神風が滞在していることも認識済み。来栖提督と下呂大将が一緒に鎮守府に来るくらいなのだから、鳳翔と神風も当然面識がある。

今回も食糧を大量に持ってきてくれたため、それを施設に運び込むところからスタート。雷と三日月の射撃訓練側にも、羽黒が来てくれたので一安心。あちらは家事の合間を縫って射撃訓練をやっていくらしい。

 

「やっぱり私も持ってくればよかった。タダ飯食らいみたいじゃない」

「その分、訓練に参加するのでしょう? 神風さんがいるのはとても都合がいいです」

「そうなの?」

「私は曙さんと、神風さんは若葉さんとスタンスが近いでしょう。射撃訓練と違って、必ず相手が必要ですから。神風さんほどの使い手を若葉さんにぶつけたいと思っていたのです」

「貴女本来弓でしょうが」

 

ニコニコしながら今日からの訓練の概要を説明してくれた。

昨日思っていた通り、スピードタイプの神風を私に当ててくれることで、私の地力を上げてくれるとのこと。曙には鳳翔が付き、似たようなことをする。

そのため、神風の武器である刀は一旦封印。鳳翔のゴム薙刀と同じような、スポーツチャンバラで使うらしいソフトな小太刀を使うこととなる。間合いは私よりも少し長いくらい。実際の刀とは雲泥の差。

 

「あー……近接戦闘訓練でよく使うヤツね。これだって当たれば結構痛いわよ」

「鳳翔にさんざんゴムでやられているから大丈夫だ」

「多分これより痛いわよねアレ」

 

小太刀をグニグニ曲げたり、軽く振ったりして使い心地を見ている。金属で出来ている物に比べると当然軽く、長さも違うため勝手は大きく変わる。それでも十全に使うのだろう。

私は戦場で使うナイフ。刃が潰れているとはいえ、神風の持つ小太刀とは比べ物にならないほど硬く痛い。小太刀を受けたら、あちらが折れてしまうかもしれない。

 

「では、各々好きにやりましょうか」

「はいはい、1回当てられるまで延々やるんだっけ」

「ええ、こちらも曙さんとその形式でやります。ある程度やったら相手を交代しましょう」

 

2組に分かれて、お互いの邪魔にならないように少し離れる。特にあちらはお互いにリーチが長い。近場でやったら私が巻き込まれる。流石に他の方向から飛んでくる槍やら薙刀やらは、すぐに対応出来ない。

 

改めて神風と向かい合う。1対1という状況で戦うのが初めてであるため、援護なしで全て自分で考えなくてはいけない。これまでは自分の隙を曙に帳消しにしてもらっていたため、今回は考えることが格段に多くなる。

私は以前と同じ前傾姿勢。足柄から学んだ、我流の戦術。獣のようにガムシャラに、速く、ただ速く突っ込む戦術。対する神風は、小太刀を真正面に構えた。私の攻撃を全て受け流すというのなら、それは鳳翔と同じだ。受けて、受けて、隙を突く。

 

「いつでもいいのよね?」

「ああ」

 

返答し、前に進もうとした瞬間、スパーンと小気味いい音が鳴り響き、神風の小太刀により私は頭を叩かれていた。本物だったら真っ二つ。真正面から突っ込もうとして、先に突っ込まれて縦に一閃喰らっていた。

 

「一本」

 

いくらなんでも速すぎやしないか。当然小慣れているのは神風だ。私の実戦経験なんて2回しかないのは仕方のないこと。それは言い訳に出来ない。吐くほど訓練してきているし。

同じスピードタイプといっても格が違いすぎる。姿が捉えられないとは何事か。

 

「若葉にはこれくらいの速さになってもらうわ」

「無茶を言うな」

 

遅れて打たれた額が痛くなってきた。その一撃は痛みすら置いてけぼりにしたらしい。

 

「無茶じゃないわよ。私みたいな旧型が出来るんだもの」

「そうは言われてもな。……いや、泣き言は言わない。抑止力になるために、その動き、まずは最低限捉えてみせる」

「うんうん、その意気その意気。じゃあ、少し遅くするから、徐々に慣れていきましょ」

 

神風からの訓練は、動体視力がメイン。

自分が素早く動くのなら、それにより目まぐるしく動く情景がしっかりと見据えられるようにしなくてはいけない。それが出来るようになれば、()()()()()()()()()()()()()と神風は言う。

 

「もっと設備が整っていたら別のこともやるんだけどね。ここでやれるのは私が手ずから教えることしかないもの」

 

話している内にも、不意に視界から外れたかと思ったら身体の何処かに打ち込まれている。ソフトな小太刀で無かったら、私の身体は傷だらけになっているだろう。

これでも先程よりはスピードが落ちている。当然それでも目で追えないわけだが。

 

「そうだ、若葉って匂いを追うことが出来るのよね。それを使えば先読みとか出来るんじゃないかしら」

「やってる。お前はそれより速いんだ」

 

そんなこと、言われずともやっている。嗅覚に頼り切っているわけではないにしろ、視覚より信用している部分はある。神風の匂い、お茶と畳の匂いを追い、動くと思った時には既に眼前ということがザラ。まったく間に合っていないだけだ。

クセとかを読むことが出来ればもっと上手くやれるのだろうが、残念ながら私にそこまでの技量は無い。今はやれることをやっていくしかない。

 

「そこっ!」

「惜しい!」

 

動くと思った瞬間に手を伸ばした時には腹を薙がれていた。だが、為す術がなかったのが、ようやく身体が反応を始めた。まだまだ足りないが、最初の一歩目としてはマシな方だ。

 

「手じゃなくて脚を動かしましょうね。これ、受け止められたとしても本物だったら腕無くなってたわよ」

「ああ、気を付ける」

「素直な子は好きよ」

 

ここまで私は一切動くことが出来ていない。反応が出来るようになっても、それ以上の神風のスピードに延々と翻弄され続け、その場でただ打ち込まれ続けるのみ。身体中が痛い。もう打ち込まれていない場所など無いのではないかと言うほど、全身に痛みがある。

だが、悪くない。私は鍛えられている。この痛みも成長への道の1つだ。これを知っているからこそ、私は次のステップへ行ける。次こそはという思いで、私は成長する。

 

「そっちはスタミナも恐ろしいな」

「ずっとこの戦い方をしているもの。慣れたわ」

 

鳳翔もそうだったが、訓練中に息が切れるようなところは見せたことが無かった。何が旧型かと思わせるほどである。

 

常に私の周囲を航行しつつ、合間合間に猛スピードで突っ込んできて叩かれる。基本は頭、次に胴、脚や腕にもしっかり入れてくる。防ごうとしても、すんでのところで向きが変わるせいで直撃。やはりしっかりと回避しなければ意味がない。

 

「攻撃してこないと終わらないわよー」

「出来るならとっくにしている」

 

回避もままならないのに攻撃なんてまだ先だ。だから、まずは回避に専念する。そこから神風の動きが見えるようになり、ようやく攻撃に転じることが出来るだろう。

夕雲との戦闘で発揮出来たあの力が常時発揮出来れば話が変わるのだが、アレに頼ってはいけない。

 

「反応は出来ても身体が間に合わない」

「あー、わかるわそれ。基礎訓練しても追い付かないのよね。わかってるけど動けないって言うのかしら」

 

話しながらも攻撃の手は止んでくれない。とはいえ、ここまでやられていると、だんだんと避け方というものがわかってくる。あとはそれに身体を合わせるだけ。

必要最低限の力で、最大限の効果を。考えて、考えて、考えて。

 

そして、開花する。

 

「こう!」

 

その時はちょうど真横からの攻撃だった。何処から来るかは嗅覚で感じ取り、小太刀の間合いを視覚で捉えて、紙一重で回避。チッと擦る音はしたものの、今までの小気味いい音では無くなった。直撃では無い。

 

「上出来! それを何度もやれるようにしましょ」

「ああ、今のはまぐれかもしれない。それに攻撃がまだ出来ていない」

 

即座にもう一撃が飛んできて、思い切り腕を叩かれた。回避した後は気を抜くなという教訓が生まれた。

本来ならこのタイミングで攻撃だろう。避けつつ攻撃。だが、私にはまだ、回避をするのが精一杯だった。そして、避けれたことに喜んでしまい隙だらけに。

 

「さぁさぁ、もっとやっていきましょ!」

 

私が回避出来たことで、逆に神風側に火がついてしまった。ここからスピードを上げるというわけでは無いが、より一層ボコボコにされる羽目に。何度かに一度は回避出来るようにはなったものの、まだまだ精度は低い。

 

結局、午前中は一度たりとも神風に攻撃を当てることは出来なかった。鳳翔の時よりもキツく感じたのは、おそらく仲間のいない1人だけでの戦いだったからだと思う。

曙も鳳翔相手に厳しい訓練を強いられ、私と同じような結果に。それはもうボコボコにされ、槍を杖代わりにして立っていたくらいであった。

 

 

 

鳳翔持参の薬湯に浸かり、休憩無しで動き続けた午前中の疲れを取る。制服を脱いだら身体中がアザだらけで驚いたが、薬湯に浸かった途端に全て消えた。さすが高速修復材の成分が入った入浴剤。回復力が違う。

曙のアザも大変なことになっていた辺り、以前よりも鳳翔が本気でやってきているという証拠でもある。

 

「1人になると途端にキツくなるな……」

「ホントよ。補ってくれる人がいないのがこんなに厳しいなんて」

 

曙と2人で反省会。雷と三日月は訓練が少し延びているらしく、後から入るとのこと。

今回からの訓練で、仲間の偉大さを痛感した。神風相手でも、曙と組んでやっていればもう少し上手く動けていたのではないかと思う。頼るものがいなくなるだけでこうもガタガタになるとは。

 

「午前中まるまるリンチに遭ったみたいなものよね。たまったもんじゃないわ」

 

などと言う曙は、私と同じように充実しているようだった。少し顔が綻んでいる。攻撃は結局一度も入らなかったが、成長は実感出来たようだ。

 

「詰め込みじゃないって言ってたのに、なんだかんだ詰め込みよ。吐くかと思ったわ」

「わかる」

 

施設に戻るのも辛く感じた。消耗が激しい。前回と違い、本当に攻撃させてもらえなかった。ガムシャラが通用しない相手であるせいで、少しだけだがフラストレーションが溜まっているのかもしれない。

 

「次は相手交代よね。神風、どうなのよ」

「若葉としては、鳳翔よりやりづらい相手だ」

 

鳳翔が静なら、神風は動。常に動き続け、合間を見て追い付けない速さで突っ込んでくる。同じ役割の私がその場から動けなくなるくらいにされたので、あれが前衛の真髄なのでは無いかと思える。

私の目指す場所は、神風にある。あれが私にも出来れば、より強くなれる。だが拘りすぎるのもよくない。あくまでも自分らしく、参考にさせてもらう程度に。

 

「まぁ、お互い頑張りましょ。クソをどうにかするためにもね」

「ああ。大将がどうにかしてくれるとは思うが、何をしてくるかわからないからな」

 

曙と拳を打ち合わせた。今でこそ個人技の訓練だが、戦場では二人一組(ツーマンセル)になる。相方とは、いい仲でいたい。

 




この話、旧型であればあるほど危険人物な気がします。

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