継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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悪魔の所業

午後一、訓練の前に飛鳥医師に呼び出された私、若葉。そんなタイミングで呼ばれるということは、まず確実に霰と夕雲の治療についてである。私の嗅覚が必要になったようだ。

 

「すまない。少しだけ手伝ってくれ」

「構わない。何を嗅げばいい」

「例の匂いの件だ。該当しそうなものを用意した。判別頼めるか」

「了解」

 

処置室にズラリと並べられた薬瓶の数々。市販品もあれば、取り扱い注意の劇薬もあるらしい。後者に関しては、匂いを嗅ぐ程度なら大丈夫だが、触れることは厳禁。体内に取り入れるのは以ての外。それを1つずつ、蓋を開けては嗅ぐことになる。

あの時の匂いの中でも、特に印象深い甘い匂いのものはこの中にあるのだろうか。

 

「もう一度霰か夕雲で確認するか?」

「難しそうならそうする。まだ多少は覚えているから大丈夫」

「わかった。ならまず、これじゃないかというものからだ」

 

やはり最初は、あの甘い匂いの正体を探ることが優先された。今朝、症例に繋がりそうなものはあると言っていたが、それがこの薬なのだと思う。基本は無色透明の液体。粉のものもあるらしいが、匂いを嗅ぐ際に鼻から吸ってしまうのを防止するため、最初から水に溶かしてくれている。

 

「あまり長く吸わない方がいい」

「了解」

 

1つずつ、ゆっくりと嗅いでいく。ツンと来る匂いもあれば、私でも判定できないくらいの無臭のものもある。薬らしいものもあったが、今のところ私が判断した5種類に該当しそうな匂いは無い。体調がおかしくなるようなことも無くて安心だ。

 

と、その時、確実に知っている匂いを感じた。微かに香る、甘い匂い。

 

「これ」

「そいつか」

「ああ、5つのうちの1つ。甘い匂い」

 

見た目は無色透明。だが、匂いはする。霰から感じたものと一致している。

それを伝えたら、飛鳥医師はやっぱりかと頭を抱える。余程酷い薬なのかもしれない。

 

「これはな、()()なんだ」

「は?」

「専門の知識を持っているから所有が許されている。当然、実験にしか使わない。こんな危ないもの自分で使うほど愚かではないからな」

 

唖然とした。飛鳥医師が持っていることには別に何の抵抗もない。医療にも必要なものなのかもしれないし、研究にも必要なのかもしれない。

こんなものの匂いが艦娘からしたことに驚いた。それなりな体型の夕雲はともかく、私よりも幼く見える霰にそんな薬を使ったら、まず間違いなくおかしくなる。実際おかしくなっているのだから目も当てられない。

 

「これを服用するとどうなる」

「人間も艦娘も似たような症状が出る。激しい昂揚と幸福感だ。簡単に言うと、やたらテンションが上がる。負ける気がしなくなるし、自分の行動が全て正しく思えるだろうな」

 

よくある()()()()()()の症状。脳を覚醒させ、負の感情を捨て去り、世界が明るく見える。艦娘なら服用するだけでスペックアップにもなるかもしれない。恐怖が無くなり、無謀な突撃も嬉々としてやるようになるだろう。

だが、世の中そんなに甘くない。脳に直接作用するような薬にデメリットが無いわけがない。それだけ強い効果なら、副作用だってあるだろう。

 

「副作用は」

「切れた時の喪失感と、最悪な幻覚が見えたりするらしい。そして、それを避けるためにまた服用し、より溺れていく。僕が知る中では、危険度は非常に高いものだ。人間なら数回の服用で脳の組織が壊れる。だが、艦娘の場合は」

「入渠で回復するから無限に使えるというわけか」

 

昂揚剤として使っていた鎮守府があったらしく、当然摘発されているとのこと。そもそもが法に触れている薬なのだから、許可を得ずに所持しているだけで犯罪。

それが家村の鎮守府では常習化している。壊れても問題ないという考えがありありと伝わってくる。

 

「これが使われているということは、何となくわかっていたんだ。血液検査から似たような成分が出ていたんでな」

 

そういえば、血液検査の結果が出ている。その中で、この麻薬の存在は当たりがついていたらしい。私がそれを確認したことで確定した。

 

「他の薬は混ざり合いすぎて、はっきり言って見当がつかない。匂いを嗅ぎ分けられる若葉が頼りだ」

「ああ、任せてくれ」

「では次を頼む」

 

他にも用意されている薬を次々と嗅いでいく。混ざり合ってわかりづらいものも多かったが、その中から2つは見つけ出した。残り2つはまだわからないが、5つ中3つがわかっただけでも大きな進展である。

 

「麻薬に、栄養剤が2種類……」

 

麻薬はともかくとして、栄養剤は今まさに霰と夕雲に投与している栄養剤も含まれている。特性として、どちらも体内に吸収されやすく、体力の維持や身体機能の活性化に使われるというもの。ある意味、麻薬の成分を身体に定着させるのに使われていそうな組み合わせではある。

 

「残り2つはこの中には無いと思う」

「つまりは、余程おかしなものが入ってるということだ。洗脳なんて薬で出来るようなものじゃないはずなんだが」

 

頭を悩ませる飛鳥医師。そうなると、脳をダイレクトに改造しているとしか思えない。レントゲンの結果、頭に装置が入っていないことも確認しているらしい。

脳が改造されているとなるともうお手上げである。最悪の場合、催眠術などの少しオカルト染みた方法で、洗脳されている思考を上塗りするなどしなくてはいけない。それはそれで管理が難しくなるようだが。

 

「よし、ありがとう若葉。また少し考えてみる」

「ああ。何かあったらまた呼んでくれ」

「頼む。正直、今は若葉の嗅覚頼りだ」

 

頼られることは悪くない。霰と夕雲を助けることが出来るのは、私にかかっていると言われているわけだ。

 

 

 

午後の訓練が終了。午前は神風が相手をしてくれたが、午後は鳳翔が相手。神風との戦闘経験が活かされ、それなりにいい動きが出来たと思う。タコ殴りにされはしたものの、回避出来た回数は増えている。

 

「格段に成長していますね。やはり、神風さんを当てて正解でした」

「いや……まだまだだ。結局……一度も攻撃が当てられなかった」

 

息も絶え絶えで膝をつく。曙もそうだが、結局休憩無しで延々とアタックを繰り返すのみだった。私の攻めは擦りもせず、鳳翔の受けは的確に私を抉った。午前中もそうだったが、これはまた風呂で痣だらけの身体を見る羽目になるだろう。

 

「神風の方がキツイ……」

「いやいや、息切れてないだけ曙すごいわ。ホントに持久力が高いのね」

「もう脚がガタガタよ……」

 

息は切れていなくても、疲れは溜まる。私も脚が動かない。限界まで動き回っているため、ダメになるのが早い。朝のランニングだけでは、持久力強化には足りないのだろうか。

 

「お帰り。若葉、落ち着いたらまた頼む」

「了解」

 

ある程度息が整った後に施設に戻ると、また飛鳥医師から呼び出しがかかった。私が訓練をしている間に、新たに素材が見当ついたようである。今回の嗅ぎ分けで残り2つが見つかればいいんだが。

 

「頼られてるわね」

「若葉の取り柄だからな」

 

曙に冷やかされるが、私ならではの解決方法なのだから、出来ることは何だってやる。せめて霰だけは助けてやりたい。

 

「その嗅覚は素晴らしいですよ。ですが、疲れて呼吸が乱れると、嗅ぎ分ける余裕が無くなりますね」

「鼻で息する余裕が無くなるからだと思う」

 

それともう1つ、自分自身の匂いが強くなってしまうために、嗅ぎ分けが難しくなるからだと思う。特に今日は、懸命に動き回ったことで少し汗ばんだ。暑さでブレザーも脱いだほどである。

染み付いた鉄と油と海の匂いに汗の匂いも混じり、少し不快。そういえばと思ったが、さすがに今の私の匂いが該当する匂いなわけが無かった。

 

「ただいまー……つっかれたぁ」

 

ちょうど射撃訓練を終えた雷と三日月とも合流。疲れ果て、三日月は相変わらず無言である。

今日の教官は羽黒だったが、相変わらずのスパルタっぷりだったようだ。始めたばかりの頃のようにグッタリすることは無くなったものの、疲れは過剰なため、早急な風呂を求めている。

 

「対人戦は頭使うわね……すごく疲れるわ」

「……羽黒さんが……強すぎて……」

 

あちらも私達と同じように対人戦による実戦訓練をしているようだ。的当てが次の段階に行ったようなもの。相手は当然羽黒だろう。その羽黒には水の一滴も付いていないので、2人がかりでもどうにも出来なかったようである。

 

「その内、合同訓練もしましょうね」

「はい。その時は、駆逐隊同士の演習を取り入れましょう」

 

教官は教官でいろいろと話すことがあるようである。私達の今後が着々と決まっていく。演習は面白そうだ。命のかかっていない戦いならやってみたい。

 

 

 

風呂上がり、そのまま処置室へ。

 

「すまない、急がせてしまったか」

「いや、問題ない」

 

薬湯のおかげで疲れは持ち越さないのだから問題ない。今もピンピンしている。本当にあの薬湯は強力だ。

 

「今回用意出来たのはコレだけだ。嫌な予感がしたから、普通こんなところに出さないようなものまで用意した」

「そうなのか。薬じゃないものとかか?」

「似たようなものだ」

 

午後一と同じように薬瓶が並べられている。前よりは数が少ないものの、やはり多種多様な薬が揃えられていた。前回と同じようにそれを1つずつ嗅いでいく。

嗅ぎながらも、実は私にも嗅ぎ分けられない無臭の物質が入っているのではないかという不安がよぎった。そうなると完全にお手上げ。

 

「これ」

「あったか」

 

1つは見つけた。鎮痛剤の一種らしく、何処の医療施設でもあるようなものらしい。一般流通しているようなものでもある。

確かに先程出すようなものではない。身体に作用するものではあるが、影響の与え方が違う。

 

そして最後。私が感じ取った5種類の中でも、一番薄く感じた匂いを探し当てた。

 

「……見つけた。これだ」

「最後の1つはそれか……一番言ってほしくなかったものだな」

 

飛鳥医師が天を仰ぐ。麻薬の時よりも残念そう。余程のもののようだ。

 

「これは?」

「……()()()()()()()だ」

 

絶句。

 

「シロクロやセスのものではない、下級のもの、これは頻繁に発生する駆逐イ級のものだ。浜辺に流れ着いた死骸を処理する時に出たものを、何かに使えるかもしれないと保存していたものだ。血液ではない」

「そんな……ものが……」

 

私や摩耶のようにモロに移植されているパーツは、保存する時にしっかりと洗浄され、そういった体液が私達の中に混入しないように処理されているらしい。艦娘同士でもそういうものは安全ではなく、蘇生の技術を持っている飛鳥医師だからこそ出来る保存方法でもあるそうだ。

それが、艦娘の中にしっかり入り込んでいた。飛鳥医師でもどんな悪影響があるか調査すらしていない危険な物質。何せ、実験したら艦娘1人が失われる可能性があるのだから。

 

「……そういうことか。僕が言えたことではないが、これは悪魔の所業だぞ」

 

何かに気付いた様子。治療法がわかったのかもしれないが、飛鳥医師は心底嫌そうな顔だった。

 

「下級の深海棲艦は自我が無い。野生の獣のようにただ襲ってくる厄介者だが、姫級の指示だけは聞き、統率が出来ている。この関係、何かに似ていると思わないか」

「……霰と夕雲!」

「そうだ。霰が下級、夕雲が姫級だ。そこにこの体液が出てきたということは……霰と夕雲は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

深海棲艦の体液を身体全体に浸透させることで、その特性を与えているのでは無いかという。リミッター解除なんて荒技も、深海棲艦ならやれそうだが、艦娘には簡単には出来ない。辻褄がいろいろ合うため、一切否定が出来ない。

私や三日月、曙が人形にされていないのは、第一改装しないと、この薬効に耐えられないからでは無いかと言い出した。あり得る話だ。ここまで頭を滅茶苦茶にする効果だ。無改装では身体が保たず、すぐに命を落としてしまうだろう。

 

「若葉、夕雲の匂いを嗅いでもらえないか」

「了解」

 

医務室で眠る夕雲の匂いを嗅ぐ。霰と同じ匂いがしたが1つだけ、少しだけ違う匂いがした。それが、深海棲艦の体液の匂い。霰のものとは違う匂いに変わっている。

 

「姫級の体液が使われているんだろう。それは第二改装が出来る艦娘しか耐えられないというのが妥当だ」

 

それに加え、姫級は下級と違って自我がある。それはシロクロやセスを見ているので理解が出来る。夕雲が夕雲らしからぬ言動をしたのは、その体液に引っ張られたか何かか。

 

「他の4つはあくまでも深海棲艦の体液を身体に馴染ませるための媒介だったんだ。栄養剤で身体に浸透させ、鎮痛剤と麻薬でさらに馴染ませている。依存性の高い薬というのが重要だったか」

「夕雲の提督に対する忠誠心は何処から」

「それこそ麻薬の効果だろう。幸福感を与えてくれる提督に、絶対的忠誠を持つのも強ち間違っていない。そもそも艦娘は提督のことをあまり嫌わないからな」

 

最悪じゃないか。艦娘の特性を逆手に取った思考誘導だ。

 

「ここまでわかれば、あとは治療だけだ。若葉、本当に助かった。君がいなかったらここまで来れなかった」

「1日でここまで出来たのは飛鳥医師の実力だろう。若葉はそれを少しだけ押せたに過ぎない」

「そうだとしても、君には感謝しかない。詰みの状況をひっくり返してくれたんだ」

 

心底嬉しそうな飛鳥医師。ここまでハイになっているのを見るのは初めてであった。

 

霰と夕雲の治療の目処が立ち、戦いはさらに進展する。家村の鎮守府を追い詰める準備は、次々と進んでいく。

 




出てきた薬は架空のものです。用法、用量を守って、正しくお使いください。

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