浜辺の清掃を行なって、数日の時が経った。
私、若葉はその間に飛鳥医師の仕事の手伝いをすることが多くなっていた。雷は基本的に家事を専門としており、摩耶は清掃で拾ってきた艤装の修理に勤しんでいるため、入りたてで手すきの私が助手として働くように。私はどちらかといえば戦闘がしたいのだが、この場所でそれを望んでも仕方あるまい。機会があればその時に。
とはいえ、この施設で出来ることは限られている。この施設で使う日用品や食糧は配達で全て賄うため、そちらを整理することが基本的な仕事。所謂雑務というヤツである。艦娘のやることからは離れているような気がするが、秘書艦というものであると思えば納得がいく。
「飛鳥医師、頼まれていた品の発注が終わった」
「ありがとう。助かる」
深海棲艦の死骸を回収した件以降、私と飛鳥医師との関係は何も変わっていない。こちらから何か聞くのはやめたし、あちらからは相変わらず何も説明してくれない。あの時、少しだけでも自分の信念を見せてくれたことが嬉しくあった。
より飛鳥医師のことを知りたいとは思っているが、無理強いをするわけにはいかない。そのため、いつの日かポロッと白状してくれるのを願いつつ、側で雑用をすることにしたのだ。
「次はすまないが、摩耶の手伝いをしてきてくれ。分解した艤装の鋼材を取りに来る部隊がいるんだ」
「そうなのか。確かに、あんなにあっても工廠を圧迫するだけだな」
ゴミ拾いで浜辺を綺麗にするのはいいのだが、そこで拾ったものは何処かに持っていかないと施設内に溜まり続けるだけ。燃えるゴミとかだけならまだしも、戦場で出た廃品が多数流れ着くため、処理すら一苦労する。
そこで、そういったものを他の鎮守府に持って行ってもらう。あちらにとっては、遠征して鋼材を獲得するのと同じ。
私がこの施設を自由に動けるようになった後、工廠にもたまに行っているが、摩耶が分解してただの鋼材に変えていたものが山積みになっていたのを覚えている。先日見つけた連装砲も、使えそうなパーツ以外はその山に積み上げられていた。
「その鎮守府というのは以前から付き合いがあるのか?」
「ああ。雷がここに住み込むようになる前に、浜辺の清掃を手伝ってもらった鎮守府なんだ。その時はゴミをそのまま持っていってもらっていたが、今は分解を摩耶がやってくれているから、あちらとしては手間もかからない」
医者という割には鎮守府との
ここには頻繁に来ている遠征部隊ということで、雷も摩耶も面識があるらしい。私がこの施設にいる時に一度来ていたそうだが、その時はまだ目を覚ましておらず、医務室から出られない状況だったため、面識がない。
「君もこれを機に面識を持っておくといい。皆事情を知っているし、今後も度々顔を合わせることになるからな」
「わかった。その時にはその場に居合わせるようにしよう」
こういう形で外の鎮守府と関係を持てるとは思っていなかった。
今の私には、鎮守府というもの自体が嫌悪感の対象になりかねないが、艦娘に罪はない。出来ることなら、そういうところに友人を作っておくのも悪くないだろう。
午後、飛鳥医師の言う通り、外部の遠征部隊が施設にやってきた。こちらの鋼材を持っていくということで、輸送のための上陸艇、大発動艇を2隻運用し、そのまま工廠へと入ってくる。後ろからやってきた艦娘達も、各々がドラム缶を携えて工廠へと上がった。
「飛鳥せんせー、遠征部隊、来ましたぁ〜」
「ああ、事前に連絡を貰っている。こちらとしても持っていってくれると助かるからな」
間延びした声が聞こえてくる。初めて聞く別の艦娘の声。以前の鎮守府の艦娘達は、私のことを無視し続けていたため、声すらも覚えていない。なので、この施設の艦娘以外の艦娘となると初めての声だ。
持っていってもらう鋼材を運びながら、その遠征部隊を眺める。見たところ、駆逐艦娘4人。2人は黒のセーラー服だが、2人は白のセーラー服にパーカー。皆揃いの月の形をしたブローチを付けていた。おそらくは姉妹。
「雷ちゃん、摩耶さん、1ヶ月ぶりぃ〜」
「久しぶりね!」
「おう、よく来たなお前ら」
間延びした声の艦娘がこの部隊の
「新人さんだぁ。あたし、文月っていうの。よろしくぅ〜」
遠征部隊の旗艦、文月。飛鳥医師が言うには、こちらの事情を知る艦娘。
この施設にいるのだから、私もワケ有りであることは察することが出来るだろう。だが、何の偏見もなく接してくれる。それだけで少し気が楽になった。
「若葉だ」
「若葉ちゃん、この前来た時はいなかったよね〜」
「その時は医務室で寝てた。今は回復してこの通りだ」
持っていた鋼材のうち、大物は大発動艇の方へと積み込んでいく。その間に他の3人も私に駆け寄ってきた。新人というのはやはり珍しいらしく、文月も合わせて一瞬で囲まれ、輪形陣で周囲を封じられる。逃げられない。
これだと鋼材の積み込みが出来ないのだが。仕事が出来ないので、手近なところに助けを求める。
「ま、摩耶、助けてくれ」
「鋼材の積み込みはあたしがやっといてやるよ。お前は初めての交流を楽しんどけ」
飛鳥医師や雷までそれを許可するように無言で首を縦に振る。雷に至っては満面の笑みでサムズアップまでしてきた。今回の遠征は、私の紹介も兼ねていたようだ。
「若葉ちゃん、紹介するね〜。あたし達は第二二駆逐隊だよ〜」
「皐月だよっ。よろしくな!」
「長月だ」
「水無月だよ」
私が言えたことではないが、幼い4人の駆逐隊。白セーラーにパーカーが文月と皐月、黒セーラーが長月と水無月。
「ここで新人見るの半年振りくらいだよね。摩耶さん以来かな?」
「そんなに頻繁に増えても困るだろう。漂着した艦娘なんだからな」
「あの嵐はねぇ。水無月達も遠征断念するレベルだからねぇ」
そんなに前からここと関係があるのか。まさかこの4人が雷が来る前に浜辺の清掃を手伝っていたとかか。
嵐のことをそう言えるということは、それなりに近い位置にある鎮守府なのだろうか。まぁこんな辺鄙なところにまで遠征に来るくらいだし、浜辺の清掃を手伝ってくれたほどなのだから、そう遠くない場所からなのだろう。
「私達は嵐の度にここに来ることになると思う。よろしく、若葉」
「あ、ながながズルイ! 水無月も握手する!」
長月に手を差し出され、水無月にも手を差し出される。今の私は作業着で、さらには手袋をしているため、せめて素手でと右手の手袋を外した瞬間に、奪われるように握手をされた。
握手した後に気付いた。私の手は深海棲艦の手だ。素手で触れて大丈夫だっただろうか。何か言われたりしないだろうか。そもそも普通と違う部分は無かっただろうか。
「どうした?」
「いや、何でもない」
何も言ってこない辺り、私の手におかしなところは無いのだと思う。少しだけ安心した。
「じゃあボクらはこっちの手で」
「だね〜。若葉ちゃん、こっちの手袋も取らせてね〜」
左手の手袋も外される。あっと声が出た時には遅かった。私の左手には駆逐棲姫の腕である証の痣がある。それが駆逐棲姫のモノとはわからないにしても、腕に痣がある艦娘などありはしない。たったこれだけでも異形として扱われかねない。
今までは全ての事情を知る施設の者しかいなかったために、痣が表に出ていようが全く気にすることはなかった。だが、今回の相手は完全なる部外者だ。摩耶の身体の傷を知っているのだから気にしないかもしれないが、気味悪がられる可能性は否めない。
「あ、こんなところに痣が」
皐月に見られた。その声に他の3人も反応し、私の左手をまじまじと見つめる。
どんな顔をされても、何を言われても、私は気にしないと心を決める。最初は成り行き上だったかもしれないが、今は私が選んだ道だ。覚悟を決めた。
「おお……なんかカッコいいな!」
「長月、こういうの好きだよね」
「菊月ちゃんと盛り上がってるもんね〜」
思っていた反応と違った。嫌悪感を持たれるでもなく、無関心を貫かれるわけでもなく、何を思ったか
「我々には傷など残らんからな。戦ってきた証が入渠で消えてしまうのは、惜しいと思うんだ」
「そんなこと言ってるの、ながながくらいだよ」
呆然としてしまった。あまりにも予想外過ぎて、思考が停止しかけた。
「はい、握手〜」
「よろしく!」
この4人との握手で、私はさらに自分に自信が持てるようになった。こうやって言ってくれる人もいるのだ。気にしていたら、『楽しく生きる』ことが出来ない。
「よろしく。文月、皐月、長月、水無月」
「よろしくね〜」
良き友になってくれそうだった。初めて会う部外者が、この4人で本当に良かった。私はまた一歩前に踏み出せそうだ。
そこからは私も手伝って、大発動艇への鋼材の積み込み作業を進めた。嵐の後に発見した深海棲艦の艤装なども一緒に持っていってもらうことになっていたらしい。このおかげで、工廠が随分とスッキリした。
この積み込みの間は、第二二駆逐隊の4人は休憩時間。雷がさりげなくお茶を出していたのが見えた。このやり取りも、初めてではなく手慣れているとわかる。
「積み込み終わったぜー」
「これで全部だ。2隻埋まらないくらいだったか」
「ドラム缶までは要らなかったな」
最後に箸にも棒にもかからないようなゴミを積み込んで作業終了。大発動艇1隻は鋼材で埋まったが、もう片方は半分程度埋まるくらい。これでも摩耶が分解して使える部分を抜いている状態だ。そのままの状態だったら、大発動艇2隻が全て埋まるくらいにはなっていたかもしれない。
実際、これの大半が先日の嵐の時に浜辺に打ち上げられていたゴミだと思うと恐ろしい。こんなに溜まるのだから、定期的に掃除しないとあの浜辺はゴミで溢れかえってしまう。
「ありがとうね〜」
「こちらも助かる。また今度もお願いしたい」
あちらは資源が手に入り、こちらはゴミ処理が出来る、WIN-WINな関係。私と雷が見つけた、深海棲艦の艤装も持って行ってくれるようで、倉庫に貯まっていたものは綺麗さっぱり無くなった。
「それじゃあ、あたし達は帰りま〜す」
「名残惜しいけど、待ってる人がいるからね」
全ての作業が終了したため、4人が立ち上がった。短めではあるが休憩時間も終わり。雷のお茶で随分と癒されたようだ。
「もう少し若葉ちゃんとお喋りしたかったんだけどね〜」
「また時間があるときに頼む。そちらが忙しくないときにでも」
短時間ではあるが、今までとは違う体験が出来たのは私にも良かった。ここでの生活にストレスがあるわけではないのだが、たまに普段と違うことが出来ると楽しい。
「若葉ちゃんがこっちに来てくれてもいいよ〜。うちのしれーかんなら喜んでくれるよ〜」
「……それは覚悟がいるな」
私からこの施設の外に出ることは、まだ少し抵抗がある。艦娘はまだしも、人間である提督を見ることが難しい。
「次に来るのはまた嵐の後かな?」
「そうなるだろうな」
「なら、その時はもう少し時間をもらおうよ。わっきーともっとお話ししたいしね!」
わっきーとは私のことか。アダ名を付けられるのは当然初めて。不思議な感覚である。だが、愛称というだけあり、悪い気分ではない。より親密な仲になったようだ。
「みんな、戻りの時に食べてね!」
雷が4人に小さな袋を渡す。中にはお菓子が入っているらしく、4人も大喜びでそれを貰う。私達は艦娘、生体兵器とはいえ、外見通り女の子である。甘いものは好きだ。私も先日初めて食べたが、甘味はシンプルに好きになれる。
「わぁ〜、雷ちゃんありがと〜」
「ずっちーのお菓子、美味しくて水無月大好き! これのために遠征に来てるといっても過言ではないね!」
「こらこら、これは仕事だぞ」
などと言いながらも、長月の顔も少し緩んでいた。
「それでは〜、第二二駆逐隊、帰投しま〜す」
「ああ、また頼む。それまでに鋼材を貯め込んでおこう」
「よろしくお願いしま〜す」
大発動艇が動き出し、4人が帰投。最後に文月が私の下にやってきて一言。
「こっちに来てくれてもいいっていうのは、本当だからね。また会おうね若葉ちゃん」
私が汚れているにもかかわらず、軽くハグをされてから帰路についた。
あの4人と会えたのはいい経験になった。たまにしか会えないとはいえ、家族とは違う友人がいるというのは、生きていく活力となる。『楽しく生きる』の一環には相応しい。
「会えて良かったか?」
飛鳥医師からボソリと聞かれる。私は無言で首を縦に振った。またこういう経験をしたいものだ。
遠征部隊第二二駆逐隊。提督の皆さんも、遠征には睦月型を使われることが多いかと思います。燃費の良さに加え、文月と皐月は改二になれば大発動艇を装備することが出来るため、重宝しますね。