継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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目覚める人形

霰の治療の目処が立った。身体を汚染している原因であろう胸の骨を摘出し、正常なものへと交換。さらには下呂大将が持ってきてくれた透析装置により血液を洗浄することで、最低限の除染は出来ることになる。

意思を取り戻すかはその後にしかわからないが、問題はその後にもある。深海棲艦の体液を定着させる媒介として使われていた麻薬の依存症になっており、その禁断症状に悩まされる可能性が非常に高い。さらにはこれは、治療出来るものでもないという。何かあれば、施設の者全員で支えていきたい。

 

霰の透析が終わるまでに、下呂大将の近況報告を受けた。

現在裏側では家村鎮守府へのアポ無しの査察が計画されているそうだ。それを行うのは当然下呂大将。鎮守府の代表として、品行方正を心掛けているのなら、アポ無し突撃でも問題なく対処出来るはずである。

 

「家村は困ったことに表面上の素行はすこぶるいいので、捜査の許可がなかなか下りてくれませんでしたが、近日中に行けます。そこで決着をつけますよ」

「先生が直接行くんですか。危険ではありませんか?」

「私が行かなくては意味がありませんよ。ここの内情を全て知っており、家村本人とも面識があるのは私しかいません。それに、追加で調べたいこともありますから」

 

その調べたいことというのが、麻薬の流通経路である。周囲をある程度調査しても、その経路は当然簡単には見つからず、活動報告や戦闘詳報にあった小さな穴すらも、そこからは見つからないようだ。

そこから下呂大将は、麻薬の調達は家村では無い、別の者が執り行っていると想定。そこからまた穴探しをし、辿り着いた結果が。

 

「一番怪しいのは家村の現秘書艦、大淀。外出記録や来客記録も全て偽装であるとして、その管理が出来るのは、任務の取り扱いが出来る艦娘だけ。大淀も洗脳されている可能性はありますが、私の予想では、大淀は()()です。書類の文面的にそこは読み取れました。彼女は自らの意思で家村に協力しています」

 

それも、今までの記録から全て洗い出したらしい。前回の調査は家村が元凶であることを確定させるための調査だったが、今回は家村の情報だけを全て確認するだけのため、比較的楽だったとのこと。

年に近い単位の資料を全て確認するだけで気が遠くなるような作業量なのに、それを涼しげに言う辺り、下呂大将の恐ろしさがわかる。

 

「まだ調査中ではありますが、簡単にこれくらいにしておきましょう。あまりここで掘り下げすぎると、私が怒られてしまいますから。これ、機密中の機密ですからね」

「大将、それ普通に言っちゃマズイんじゃねぇか?」

「君達を信頼しており、君達から信頼を受けている証としてこれくらいは」

 

おそらく聞いては拙い情報はそこまで無いのだろう。ただ、『大淀は素面』という予想は今後何かに影響するかもしれない。私達が相対する可能性は低いとは思うが、頭の片隅に置いておこう。

 

「隊長、霰さんの処置が終わるまで、ここにいるんですか?」

「ええ、今すぐ彼女から話を聞くことはありませんが、飛鳥の治療が効果的かどうかは先に知っておきたいですからね。効果的ならこちらでも準備が必要です。家村の鎮守府を落とした時、所属している艦娘全てに施術する可能性もありますから」

 

まるゆの問いにすかさず答える下呂大将。最低限、霰が目を覚ますのを待つらしい。ついでにこの施設の査察ということにしていたようだ。

ありがたい来客ではあったが、明らかに飛鳥医師が疲れた顔をしているのが見て取れた。やはり上司がいるというのはプレッシャーになるようだ。

 

 

 

霰の透析が終了したのは夕暮れ時。その間、ずっとシロクロは医務室で霰の様子を見続けていた。隣にはまるゆも座っている。

合間合間にまるゆが医務室に出入りしたようで、知らない間に友人になっていた。相手が深海棲艦であるにもかかわらず、同じ潜水艦ということでシンパシーを感じたようだ。今では3人目の姉妹が出来たかのようである。

 

「機材は外した。先生の持ってきてくれた高速修復材のおかげで傷ももう無い。痛みは無いはずだ」

 

透析が終わったことで、霰は全ての機材が外されている。今朝の手術前の状態だ。まだ眠ったままではあるが、その間にいろいろやるべきことがある。

 

「若葉、またお願いしていいか」

「ああ」

 

骨が移植された胸元の匂いを嗅ぐ。朝の時はそこから誤差範囲で強めの深海棲艦の体液の匂いがしたが、今回は果たして。

 

「……何の匂いもしない。そもそも体臭からして変化している。何にも染められていない匂いだ」

「そうか、よかった。血液の洗浄が有効であることはわかったぞ」

 

今までずっとしていた5種類の匂いは影も形もなく、完全な無臭。まるでリセットされたかのように何も感じない。強いて言うなら、この施設の匂い。いろいろな匂いが混ざり合った、心地よい混沌。

移植された骨の匂いもしないとは思わなかった。私にも入っているせいか、嗅ぎ分けるのが難しいのかもしれない。今まで保存されていたものだし、その保存法で匂いが無くなってしまっているのかも。

 

「あとは、シロクロの声掛けにどういう反応をするかだ」

「呼び掛ければいい?」

「ああ、慎重にだが、起こしてやってくれ」

 

突然暴れ出した時のことを考えて、四方八方を囲む形に。当たり前だが誰も艤装は装備していない。霰1人の力なら、これだけいれば押さえ込むことくらいできるだろう。

 

「アラレ、起きて」

 

クロが肩を揺する。優しく、慎重に。何があっても離れることはないという意思の下。

 

霰の目が、ゆっくりと開いた。

 

以前に見た光のない瞳ではない。しっかりと意思を持つ瞳。表情も感情もある顔。少し寝惚け眼ではあるものの、人形だった時とは大違いである。本来の霰が戻ってきたと考えても差し支えは無いのではなかろうか。

 

「よかった、目が覚めた!」

「うん……よかった……」

 

目を覚まさないという可能性だって当然考えていた。それが払拭されただけでも喜ばしい。

 

霰は何かよくわからないようにゆっくりと首を声のする方、クロの方へ向けた。

私は見逃さなかった。霰の視線がクロの方に向いた瞬間、目の焦点が合わなくなったのを。人形状態だった時と違った形で、()()()()()()()()()()目になったと思う。

 

「ひっ……あっ、あぁああああっ!?」

 

瞬間、悲鳴を上げて暴れ出してしまった。肩に置かれたクロの手を振り払い、ベッドから飛び降りようとして転倒。機材に身体をぶつけながらも壁際に駆け出し、ガタガタ震え出す。

 

飛鳥医師に聞いていた麻薬の副作用を思い出した。切れた時の喪失感と、最悪な幻覚が見えたりすること。今まさに、後者が霰を襲っているとしか思えない。

人形にされて活動していた記憶が残っているかは定かではないが、今の霰にはクロのことが恐ろしい化け物に見えているのかもしれない。下手をしたら声もまともに届いていないかもしれない。

 

「禁断症状だ。血中から麻薬の成分が抜けたことで副作用が現れている」

 

本来なら自分でクスリをやったことがわかっているため、追加でクスリを投与して、より破滅に向かっていく。が、霰は自分にそういうものが入れられていたことをわかっていないのだと思う。手を伸ばす先もわからず、喪失感と幻覚に襲われ、錯乱し、恐怖し、ただただ目を瞑って震えるしか出来ない。

 

「どうすればいいの」

 

振り払われた手を気にも留めず、飛鳥医師に次のことを聞くクロ。いろいろと覚悟していただけあり、何をされても表情を変えない。むしろ、平然を装い、霰に不安を与えないように振る舞っていた。その霰がクロを見ていないのが残念でならない。

 

「明確な解決方法は……無い」

 

治療方法がないのも厄介なところ。クスリから離して、二度と使えないようにしてやれば自然に回復はするだろうが、これは高速修復材でも治せない病だ。時間が解決してくれる。

だが、このままでは霰自体が参ってしまう。誰かが側にいないと、自傷行為までしてしまいかねない。

 

「なら、側にいてあげればいいかな」

「支えてやりたいのは確かだ」

「オッケー。私がアラレの側にいる」

 

先程突っ撥ねられたにもかかわらず、お構いなしに霰に近付く。今も幻覚に苛まれ、硬く目を閉じ震えているが、クロは引け目を感じているようには見えない。

 

「アラレ、大丈夫だよ。私達は味方だから」

「いやだぁっ!」

 

クロが差し伸べた手は、またもや振り払う。が、クロは気にせずアラレを抱きしめた。

 

「大丈夫、安心して。大丈夫だから」

「ひっ、ひぃいっ!?」

 

どうにか逃げようと身を捩り、腕を振り回してクロを袋叩きにすることになるのだが、クロはそれを耐えていた。痛いとも言わず、表情も変えず、ただただ抱きしめて温もりを与える。

独りで怯えるより、誰かが側にいた方が確実に回復するはずだ。その誰かが見えていないのなら、見えるようになるまで、落ち着くまでずっと抱きしめるというのがクロの考え。

 

「大丈夫だよ、大丈夫。落ち着こう。ね?」

「ひっ、ひっ……」

 

錯乱しすぎて過呼吸になってしまっている。息がうまく出来ていない。それを察したか、背中を摩りながら落ち着くように促していた。

もうクロは青痣が出来るほどに殴られ、何回かは顔にも入ってしまい、少し涙目。だが、ペースを変えず、声色も変えず、ただただ霰のことだけを考えて行動している。

 

「ひっ……あ……」

「落ち着いた?」

 

ようやく霰の目の焦点が合ってきた。禁断症状が一時的に薄れてきたか、正気に戻ったか。

 

「あっ……うぁっ……」

「大丈夫だよ。みんなアラレの味方だからね」

「み……かた……」

 

焦点の合った目でクロを見た。錯乱で泣きじゃくったせいで顔はぐちゃぐちゃ。

 

「あなた……は……」

「私はクロ。あっちはシロ、私の姉貴。何か覚えてる?」

「……おぼえて……あ、あああ……」

 

クロに言われたことで何か思い出してしまったらしい。人形でいた時の記憶もしっかり残っているように見えた。

ここに襲撃に来る前から人形として戦場に出ていたのかもしれない。そのせいで、数々の戦場を経験しているのだろう。その全てが、捨て駒前提の戦い。

 

「あられは……あられは……」

「大丈夫、無理しなくていいよ。辛いなら寝てもいいからね」

「あられは……ひどいことを……あぁあああっ!?」

 

おそらく味方を味方と思わないような戦術にも付き合わされている。私や三日月のような生まれたばかりの捨て駒を見捨てたり、仲間の自爆をただ見ているだけということもしているかもしれない。

それに対して何も出来なかった自分への嫌悪感が湧き上がり、治まったはずの錯乱が戻ってきてしまった。ビクビク震えながら、力なく暴れる。

 

「大丈夫だよ。アラレはやらされてただけ。アラレのせいじゃない。誰もアラレを恨んでないよ」

「いやっ、いやだぁ……」

「みんなアラレのこと嫌ってないから、ね」

 

ずっと、ずっと、子供をあやすように、霰を撫で続ける。一度寝かせた方がいいと思うが、薬を使うにしても暴れ出してしまう可能性が高く、それも難しい。

結局、今はクロに全てを任せるしかなかった。シロも少し離れたところで眺めているのみ。クロが酷い目に遭っても、表情ひとつ変えずに霰の様子を見ていた。

 

「私がずっと側にいるから。姉貴も一緒にいるから」

 

クロがシロを手招き。もう暴れることは無さそうと察したか、シロもクロと同じように霰に抱き付いた。2人分の温もりを手に入れ、霰はまた少しだけ落ち着きを取り戻した。

 

「ごめん……なさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「アラレのせいじゃないよ」

「……うん……みんな恨んでないから……」

 

シロも加わり、両サイドから慰め始めた。それでも霰は落ち込んでしまっている。慰めも聞く耳持たず、ずっと謝りながら泣いていた。

 

それだけ深く刻まれた心の傷。さらには、今は落ち着いていても定期的に訪れる禁断症状も残されている。ケアは確実に必要であり、どれだけの時間がかかるかは今の段階ではわからない。

クロは自分が霰の面倒を見ると言って聞かなかった。霰は必ず元に戻すと躍起になっている。

 

「……こ、こんなに……壮絶なんですね……」

「ああ」

 

今までの光景をずっと見ていたまるゆは、その場から動けないでいた。私だって慣れていない、所謂心の病だ。物怖じせずに霰についたクロの勇気は凄まじいもの。私もその場から動くことが出来なかった。

 

同じことが夕雲にも降りかかると思うと、気が滅入った。

 




霰の地獄はここからなんだと思います。でも、シロクロがいれば乗り越えられるでしょう。
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