霰と夕雲の口封じのために襲撃してきた部隊を迎え撃つ私、若葉。元々いた来栖提督の警備隊とセス、そして私と同時に出撃した後衛部隊は、多くの随伴艦の対処に向かってもらい、私と曙、そして神風が、敵旗艦である風雲と対峙した状態に。
風雲は対地特化の装備をしていた。私に対して放った主砲以外は、施設を破壊するための
「こちらの仕事を邪魔してもらっても困るのよ。どうせ全員殺すんだし、ここで貴女達には死んでもらうわ」
内火艇が唸りを上げてこちらに向かってくる。今まで神風でスピードに慣らされ、鳳翔で立ち回りを教え込まれたおかげか、質量兵器の突撃は3人揃ってしっかり回避。その間に主砲も撃ってくるが、やはり2人から受けた訓練のおかげで弾の軌道が手に取るようにわかった。
鳳翔の言う通り、近くが避けられるなら遠くも避けられる。砲撃は神風や鳳翔の攻撃よりも
とはいえ、あの質量兵器はとてもよろしくない。回避は出来るが、こちらから攻撃するタイミングを失わされる。ただ大きいというだけで、戦場では邪魔だ。さらに言えば、私達にアレを破壊する手段がない。得物は
「神風、若葉達にアレは流石に無理じゃないか」
「あー……まぁ、確かにね。アレは私がやるわ。若葉と曙は、あいつにWG42を絶対に撃たせないで。撃たれたら止めようが無いから」
「了解」
神風ならあの内火艇もどうにかしてくれそうと思えてしまう。それだけの力を持っていることは、訓練とはいえ、相対した私達なら理解出来ている。
内火艇を神風に任せ切ったことで、海面を一蹴り。敵との戦闘に入ったからか、脚に埋め込まれたチ級の骨が力を貸してくれている。夕雲との戦闘の時よりもさらにスピードが出た。それに、やたら身体が軽い。今までの過酷な戦闘訓練の成果が出ている。
「速っ……!?」
「若葉が夕雲をやったんだぞ。どうやられたかも知らないで襲撃してきたのか」
鼻先が触れ合いそうなほどに接近し、腹に一撃を入れようとナイフを振るう。が、夕雲と同じ戦闘力を持っているのなら、これも回避するだろう。奴は腹が立つことに、近距離も遠距離も踊るように回避した。
案の定、風雲もここまで近付いたにもかかわらず超回避を見せる。おそらくタービン辺りを違法改造されているのだろう。ノーモーションでバックし、紙一重で避けられる。
「危ないじゃない!」
「よくもぬけぬけと言えるな」
火薬の匂いが発生。火薬はいつもの主砲の匂いとは違うものも混ざっている。これがWG42の匂いか。
私達を牽制しながらも、対地攻撃は忘れていないようだ。あちらの任務は私達を口封じのために皆殺しにしようと施設ごと破壊することだ。その任務を全うしようとする気概だけは評価出来る。そういう意味では、こちらをおちょくってきた夕雲よりも怖い相手かもしれない。
「離れなさい!」
「断る」
主砲の狙いは最も近くにいる私だ。撃つとわかっているのなら、先に動けば回避は出来る。問題は対地攻撃の方。
内火艇は戦場を掻き回すため動かし、WG42は施設の破壊のために放つ。後者が特に問題。回避しながらも風雲の後ろに回り込み、咄嗟に蹴ることでWG42の軌道を逸らした。放たれる瞬間だったが、かなりギリギリのところ。
「ズラした!」
「ナイス!」
曙が大きく振りかぶっていた。私に対して主砲を放ったばかりなので、すぐには曙に対応出来ない。回避しか選択肢に入らないだろう。
だが、内火艇がこの戦場に割り込む。先程通り過ぎたものが、曙を轢き殺そうと、風雲に当たらないスレスレの場所を猛スピードで駆け抜けて。ギリギリで気付いた曙は、バックステップでそれを回避。辛うじて直撃は免れた。
「あっぶなっ」
「やっぱり内火艇を黙らさないとダメね」
私は一気に近付けたが、曙が内火艇と合間合間の砲撃により、なかなか近付くことが出来ない。神風も今は内火艇の処理をしようと戦況を確認しているため、風雲には私しかついていない状態だ。
「処理に時間かかりそうなの!?」
「うーん、じゃあ、さくっとやりますか」
そういうと、内火艇の猛攻をヒラリと躱し、一旦刀を鞘に納める。
割と軽い口調で言うものだから、風雲の癇に障ったようだ。私が目の前にいるにもかかわらず、神風の排除を優先し始める。私1人なら片手間に捌けるようだ。
なら、少なくとも、陸への攻撃は確実に止め続けよう。
定期的に陸に向かって放たれるWG42は、その匂いからタイミングを察知し、風雲自体を攻撃することで確実に邪魔をしている。陸側がどうなっているかがわからないのが辛いところだが、撃つタイミングで体勢が崩れているため、命中はしていないはずだ。
「無傷で手に入ったら施設の役に立つかなって思ったけど、そんなこと言っていられないか」
「貴女、何言ってるの? 嘗めてるの?」
「ええ、それはもう。貴女、少しくらい見る目を鍛えた方がいいわ。実力差、わかってないんだもの」
刹那、抜刀。流れるような刀の動き。一瞬何をしたのかわからなかった。
「私はね、これくらい出来るのよ」
再度、刀を鞘に戻す。チンッと小気味いい音が鳴った瞬間、内火艇がバラバラになった。
訓練を直に受けているのだから、只者ではないことはわかっていた。まだ数日しか相手をしてもらってはいないが、まだ私は攻撃を当てることも出来ておらず、ようやく回避行動を取らせることが出来たくらいだ。
それが、まさかここまで差があるとは思ってもいなかった。刀1本で内火艇を解体出来るほどの腕を持っているなんて聞いていない。唖然としたのは風雲だけでは無かった。
「こういう時はこう言うのよね。『また、つまらぬものを斬ってしまった』」
「何よ……それ……」
「殺そうと思えばいつでも殺せるの。でも、貴女も艦娘の端くれだし、洗脳されてるってのも知ってるから、
邪魔な内火艇が無くなったため、悠々と戦場を進む神風。それに対して風雲は主砲を放つが、撃った時には既にそこにはおらず、深海棲艦の四肢を使った私よりも速く、風雲に近付いていた。
圧倒的すぎる。鳳翔もそうだったが、この切羽詰まった状況ですら、余裕を崩さない。次はお前だと言わんばかりに刀の柄を握り直す。
私も曙も気を取り直し、武器を握りしめ風雲を見据える。内火艇が無くなった今、私達にももう障害はない。主砲による砲撃は見えるため避けることが出来る。WG42だけをしっかり警戒しておけば、陸にも被害は無く終われるだろう。
だが、追い詰めた風雲から予想外の言葉が出た。
「浮上して自爆」
耳を疑った。風雲はこの状況でも施設の破壊を優先した。向かってきた神風を無視し、何者かにとんでもない指示。
瞬間、施設の方から大きな爆発音が聞こえた。あまりのことに、戦場だというのに、音の方に視線をやってしまった。
施設から黒い煙が上がっていた。今の爆発により、おそらく工廠辺りが爆破されている。
「潜水艦……!」
「悪いわね。こっちにも目的があるの。これであっちの人間とか死んだんじゃない?」
「死んでないわよ。避難してるもの」
さらに爆発。自爆するための潜水艦は1人だけでは無かったらしい。立て続けに2回の爆音が聞こえ、立ち昇る黒煙がさらに量を増した。ああなるともう工廠だけじゃない場所に被害が出ている。本当に必要なものは避難の際に持ち出せているとはいえ、今まで使ってきたものが何もかも壊されていく。
ここ数ヶ月過ごしてきた私達の部屋も、私達の治療をしてくれた医務室も、みんなでご飯を食べる食堂も、たった今めちゃくちゃにされた。私が楽しく生きるための施設が、人の命と一緒に破壊された。
両腕と両脚の疼きが、今までで一番激しくなった。
「潜水艦を送っておいて良かったわ。ここまで追い詰められるのは予想外だったもの。目算を誤っていたのは認める」
「潜水艦は自爆ボートじゃないわよ」
「人形はみんな似たようなものよ。死ぬことで
洗脳されているのはわかる。霰を見ているのだから、自分の意思で無いこともわかっている。風雲も可哀想な被害者だ。時間が経てば経つほど、元に戻った時の罪の意識は大きくなるだろう。今からでも夕雲がどうなるかが恐ろしいほどだ。
だが、我慢の限界が来そうだった。曙が目の前で殺された時のように、怒りと憎しみが臨界点を超えていた。
「とんだクソ集団よ。二度と関わらないでもらえるかしら」
曙が動き出していた。槍を大きく振り、艤装に接続されたWG42を破壊しようとするが、やはり回避される。後ろから攻撃しようとしたが、背中に目があるかのように感知された。
そこでピンと来た。本当に
そもそも、セスと命令合戦になって押し負けているというのがおかしな話だ。今、風雲は戦闘中。命令する暇なんてない。それに対し、セスは定期的に命令している。だが、人形達は警備隊とも後衛部隊とも互角に戦っているままだ。
この戦場には、風雲以外に命令出来る者がいる。
それが、戦況を逐一風雲に伝えている。
ならば、そんなこと出来ないくらいに速く、風雲を終わらせる。
「っ」
私の負の感情、怒り、悲しみ、恨み、憎しみに呼応し、四肢が限界以上の力を搾り出す。海面を蹴った瞬間、既に風雲の腹に一撃入っていた。ナイフを持たない拳の方だが、鳩尾に渾身の一撃。正面からでも回避なんてさせない。
今だけは、訓練の時に見た神風の速さに追い付けていると思った。世界が目まぐるしく流れるが、それも訓練のおかげで知覚出来る。
「っあがっ!?」
「覚悟しろよ。人の家を壊して、タダで済むと思うな」
全力で拳を振り上げることで、風雲の身体が少し浮いた。あの意味がわからないタービンの回避は、これで一旦無効。海面に足がついていなければ、艦娘なんてただの人だ。空中で回避出来る者など、この世にいるはずがない。
「曙!」
「ええ、私がぶち込んでやるわ!」
私は打ち上げるので精一杯。だから、ここからの攻撃は曙に任せる。
浮いている風雲に、身を捻った曙が槍の横薙ぎを叩き込んだ。刃が本物なら確実に死んでいた一撃。潰れた刃でも、横っ腹から喰らえば相応のダメージが入る。事実、鈍い打撲音と共に、何かが折れる音もした。
「っああ!?」
「どうせドックに入れば全快よね。なら、ギリギリまでボコボコにしてやるわよ」
「若葉達にはそれすらも無いんだからな。恵まれた環境に喜べ」
海面を滑るように吹き飛んだ風雲を追い、もう一蹴り。先程と同じように、それだけでもう真横に辿り着いた。四肢の出力が段違いだった。
夕雲の時と同じように、風雲の首を掴む。折ってしまってもいいかと思えるほどだが、ギリギリの理性でそれを抑え込み、手始めに手に持つ主砲をナイフで分解。
「もう1人いるだろ。そいつを出せ」
「っぎっ、誰が……!」
「わかってるんだ。そいつに人形への指示を止めさせろ」
より強く締め上げながら、戦場の匂いを嗅ぎ分ける。他の人形に指示が出来るなら、この場にいてもおかしくない。そしてそれは、姫級の深海棲艦の体液の匂いがするはずだ。全く同じ匂いではないと思うが、霰と夕雲の匂いの差を知っているのだから、今なら嗅ぎ分けられる。
突然、キナ臭い匂いを感じた。意識したことで、私に向けられる
それは、海中からした。
匂いを感じた瞬間に、風雲を投げ飛ばしてその場から退避。直後、私のいたところに
そのままいたら私の胸に赤い薔薇が咲いていただろう。あの時の曙のように。
「けほっ、かはっ」
「ああもう風雲ちゃん、ボッコボコですって」
私が手放したことで、風雲はその海中の者、潜水艦に回収されていた。その時点で私は察した。あの潜水艦が曙を撃った張本人だと。
「油断した、わけじゃ、無いんだけど……」
「そゆことにしときますって」
チラリとこちらを見てくる潜水艦。風雲と違い、夕雲と同じような貼り付いた笑みを浮かべたそいつは、私達を睨むでもなく、腹が立つことに小さく手を振った。
「若葉、そこから下がって!」
神風の叫び声が聞こえ、素直に下がった直後、私のいた場所で大きな爆発。魚雷が誘爆したような爆発で水飛沫が発生し、それが晴れたときには潜水艦と風雲の姿は戦場に無かった。
今回の戦いは、私達はほぼ無傷でも、敗北と言えるだろう。守るべき施設が破壊され、帰る場所を失ってしまった。
潜水艦に第二改装があるのはたったの2人(片方は3回改装がありますが)。その中でも、今回の潜水艦は第二改装で豹変するあの子。