継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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禁断症状

夕雲の治療が完了したが、それは成功とは言い難いものになってしまった。自らに与えられる痛みこそが贖罪の証であり、常に痛みを求める危険思考に昇華されてしまったのである。

明らかに私が対処を間違えたからだ。あまりにも死を求めるため、正気に戻すために頰を引っ叩いてしまったのがキッカケ。そもそも麻薬の禁断症状として、死者に恨み辛みで罵られる幻覚と幻聴が見えていた夕雲だが、私が引っ叩いたと同時に禁断症状が落ち着いてしまったことで、痛みを与えられたら罵られなくなるという式が成り立ってしまった。

 

「ここまでのを見るのは初めてだ」

「だな。戦場のトラウマで壊れちまった艦娘ってのは何人か知ってんだがなァ」

 

飛鳥医師と来栖提督は、こういう形に壊れた艦娘を知らないわけではないらしい。あまりにも強力な深海棲艦と戦い、精神に異常をきたす艦娘というのはいないわけではないという。

羽黒がPTSDを患ったというのは聞いているが、ここまでではない軽微なもの。それでも戦場から離れないとダメなほどだ。艤装を見るだけで吐き、まともに動けなくなるほどの心の病である。

 

「若葉はどうすればいいんだ」

「夕雲に痛みを与え続けていただければ」

「お前はちょっと黙ってろ」

 

合間合間にも私に自分を殴るようにお願いしてくる夕雲に、私が精神的に参ってしまいそうだった。

雷はそんなことが出来るわけもなく、夕雲がこうなってしまってからは一歩どころか大分引き、鳳翔の側に駆け寄っている。鳳翔もこれはお手上げのようで、どうすればいいかわからないようだ。

 

「あ……また、また出てきました。夕雲が殺した、殺してしまった仲間達が、周りに、周りにいっぱい、いっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいるんです」

 

目が焦点を合わせなくなり、あらぬ方向を向いて話す。夕雲が向いている方に幻覚が見えているのか。

先程落ち着いたと思った禁断症状がまた出てきている。霰よりも間隔が狭い。それだけ酷い量を使われてきたのだろう。

 

「死ねと、死ねと言ってきてます。痛み、痛みをうけなくちゃ。償わないと、償わないと、償わないと償わないと償わないと償わないと償わないと」

 

ただただ怯えて悲鳴を上げる霰の方が、まだ軽く見えた。今までの行ないのせいで、今の夕雲は自分の命の価値があまりにも軽すぎる。死ねと言われ、死ねるタイミングさえあれば、即座にその命を差し出してしまいかねない。

 

「若葉さん、お願いします。痛みを、痛みを。お願いです。お願いですから」

「ふざけるな。若葉はもう絶対にやらないからな。あの時は若葉のミスだ。お前を引っ叩いたことに後悔しかない」

 

縋り付いてくる夕雲を振り払う。時間が経てばその幻覚も無くなるのだから、それまで我慢してもらうしかない。

それに、さっき私はさんざん夕雲に言ったはずだ。私達はそもそも夕雲のことを罪人だなんて思っていない。本人が罪だと思い込んでも、私達から夕雲にすることなんてもう無いのだ。

 

「お前は痛みを受ける必要無いんだ。わかれ」

「痛みが償いなんです。夕雲の償いなんです。痛くないと意味がないんです。夕雲がこれまで犯してきた罪を償わせてください。死にたいなんて言いません。痛みを下さい。お願いします」

「ならジッとしてろ。罵られているのなら我慢しろ。痛みを受けたくても我慢しろ。死にたくても我慢しろ。いいから我慢しろ。それがお前の償いだ」

 

霰のように時間が解決するようなものではなさそうではあるが、とにかく今は落ち着いてもらわなくては困る。話も出来ない。

結局私は夕雲にそれ以降触れず、禁断症状が落ち着くのを待つだけにした。縋り付かれるのも嫌なため、拘束具があるかどうかを来栖提督にも聞いたが、艦娘を拘束するようなものはないと突っ撥ねられてしまった。

 

「……すまない若葉」

「殴ってくれと言われるのは若葉もキツイ」

 

チラリと夕雲を見る。夕雲の視界は定まらず、幻覚と幻聴に死を強要され続けていた。怯えもせず、涙も流さず、ただ痛みを求めるだけの哀れな捨て駒。さんざん使い倒されて、失敗したことで殺されかけ、救い出されてもこんな哀れな姿にされてしまった。

ただただ家村に怒りしか湧いてこない。夕雲が何をしたというのだ。運悪くあちらの鎮守府に配属したせいで、人生をことごとく狂わされているなんて。家村はなんの権限があってここまで出来るのだ。

 

「夕雲が正気に戻れるように最善を尽くす。人間とは違う艦娘なんだ。禁断症状だって人間よりも早く無くなるはずだ」

 

やれることは全てやっていくのが飛鳥医師だ。何か効きそうな薬があればと、情報収集も欠かしていないそうだ。

出来ることは私達も協力しよう。夕雲の惨状は見るに堪えない。早く回復してもらいたいものである。

 

夕雲は飛鳥医師の部屋で眠ることとなった。医者と相部屋ということで管理がしやすいということと、艦娘とはいえ艤装が無ければほぼ人間であるが故に、万が一の時に男手で押さえつければどうにか出来るという判断。縛り付けることで部屋から動けないようにされていたが、その拘束も強く痛くしてくれと懇願され、困ってしまった。

まず確実に私には近付けさせないという保証をしてもらえたので、少しだけ安心した。睡眠時間すら削られかねないため、それが確約されただけでもありがたい。

 

 

 

翌朝。早朝のランニングのために目を覚ます。皐月と長月が同じことをしているらしく、それに便乗させてもらうことにした。やはり日課は途絶えさせちゃいけない。

 

「昨日、すごかったんだって?」

「噂は聞いたぞ。処置が終わったとな」

 

軽く走りながらもその話題。

おそらく私も心底嫌そうな顔をしたのだと思う。三日月にも呆れられるほどの愚痴を聞いてもらったし、あの光景は夢に出そうなくらい酷かった。私達以外には見ない方がいいと思えるほどである。

 

「酷かった。察してくれ」

「深くは聞かん。どうせすぐわかる」

 

あの現場には来栖提督もいたし、同じ場所に夕雲も住んでいるのだ。いやでも見ることになる。

今の夕雲は、霰のような常に寄り添ってくれる保護者がいない。私が側にいると痛みを求めて暴走するため、近付くことも難しい。そういう意味では、夕雲の保護者は飛鳥医師が直接という感じになった。

 

「霰とは違う感じ?」

「ああ」

 

いつになく素っ気なくなってしまった。私も相当()()()のだと思う。好きとか嫌いとかでなく、()()。誰が好き好んで仲間を殴らなければいけないのだ。

それを昨晩三日月に愚痴ってしまい、少し後悔している。あの三日月が愛想笑いしていたほどだった。今考えたら良くない行為だったと思う。

 

「ボクには頑張れとしか言えないなぁ」

「充分だ」

 

夕雲の話はこの辺りにして、ランニングに専念。ここからは速度も上がる。浜辺で走るよりは負荷はかからないが、皐月と長月がとにかく速い。全力疾走とは言わないが、追いつくだけでもそれなりに疲れる。

とはいえ、鳳翔に基礎訓練でスタミナも底上げされているため、最後まで走り抜くことは出来た。ゼエゼエと息が切れてしまっているものの、ついていけたのは自信に繋がる。皐月と長月はケロッとしていたが。

 

「あれ、シロとクロじゃない?」

「だな。霰も連れている」

 

走り終えた後、鎮守府に戻る前にシロクロ霰の3人の姿を見かける。私達の姿に気付き、クロが手を振ってきた。

霰は浮き輪を1体抱きかかえながら車椅子に乗っており、ぼんやりと海を眺めていた。心ここにあらずという感じで、虚ろな目をしている。今は禁断症状も出ておらず、安定しているらしい。

 

「ワカバ、相変わらず走ってるの?」

「ああ、日課だからな。そちらも散歩か」

「うん……アラレに……海を見せてあげたくて……」

 

処置が完了したその日の夜に襲撃を受けてしまったので、こういった散歩による療養はまだ試せていない。

静かな朝の海なら霰にも刺激を与えないだろうし、深海棲艦が出歩いていても支障がない時間だろうと考えた結果が朝の散歩。違うところではセスもエコの散歩をしているそうだ。

 

「霰、具合はどうだ?」

「……いいほう……かな……」

 

今は本当に具合がいいようで、私に対しても受け答えが出来ている。表情は変わらず、あまりこちらに視界が来ないようだが、一番最初に比べれば一歩一歩前進出来ていると思う。

1日経てば匂いも少しずつ変化してきており、ずっと一緒にいるシロクロの匂い、深海の匂いが薄っすらと移っていた。胸の骨が深海棲艦であるからか、その匂いが()()()のも早いようだ。これが霰の今後の匂いになるのだろう。

 

「ワカバ……ちょっと」

 

シロに手招きされ、少し霰から離れた場所に呼ばれる。霰はクロと、一緒に走っていた皐月と長月に任せ、私はシロについていく。

 

「ユウグモ……どうなったの?」

「……処置は終わったが……霰以上に壊れている」

 

シロには掻い摘んで説明した。

シロクロも夕雲にはいい思い出がない。交戦の意思がないことを伝えても追い回され、攻撃され、今2人の持つ腹の傷を作った張本人にもなる。会いたくないという気持ちになるのも理解出来る。

それに加え、霰はあの戦いでは夕雲の最後の部下だ。お互いに何を思うのかわからない。どちらも大きく錯乱する可能性が高く、どう考えても対面させるのは得策ではないとわかる。

 

「そう……わかった」

「霰には会わせられないな」

「うん……今は。もう少し安定してから……かな……。それでもぶり返しちゃいそうだけど……」

 

シロは本心から霰を心配して行動してくれている。シロがそうならクロもそうだ。身体も心も癒されそうな手段を探して、いろいろやってくれている。散歩もその一環だし、私の知らないところではエコとも交流させているそうだ。

三日月の時に使ったアニマルセラピーを霰にもやっている。三日月の今を見るなら、これはとても効果的な手段。実際、霰もここまで回復しているし。

 

「話題にも出さないの……忘れられるなら忘れたいことだろうし……でも……まだ禁断症状はいっぱいするよ」

「ああ、支えてあげてほしい」

「勿論……クロちゃんがやる気満々だし……ね」

 

皐月と長月との交流をクロが取り持っている状態。2人は霰と交戦していないため、変に刺激することも無く、先んじて夕雲の話をしないようにコソッと説明したらしく、ただただ世間話をするだけに留まっていた。霰も不思議と明るい雰囲気が出ている。

 

「何かあったら若葉達にも言ってくれ。少なくとも、今は夕雲と顔を合わせないように手を回しておく」

「うん……お願い」

 

これだけ離して霰の下に戻る。相変わらず何処か遠くを見ている瞳だが、安定して話が出来ているだけでも充分だ。クロも面識のある皐月と長月相手なら警戒もしていない。

 

「アラレ、昨日より調子いいんだよ。ご飯も食べれてるし、ぐっすり寝れたしね」

「うん……なにもみなかったし……なにも……なに……あ、ああ……」

 

不意に目の焦点が合わなくなってきた。話題がどうとかではなく、またそれが来てしまっただけだ。気付いた途端、シロも見たことのないようなスピードで霰の傍にしゃがみ抱き締める。

 

「大丈夫……大丈夫だよ……」

「アラレ、大丈夫、何もない、何もないからね」

「ひっ、あ、あああっ」

 

ガタガタと震え出し、浮き輪を力強く抱き締める。シロとクロが両サイドから慰めている間、浮き輪も霰の腕を撫でていた。前々から思っていたが、この浮き輪、何かにつけて的確。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「大丈夫、大丈夫、アラレは何も悪くないよ」

「うん……みんな味方だからね……」

 

落ち着かせるのにも手慣れてきたのか、霰の禁断症状は瞬く間に薄れていく。シロクロの温もりが落ち着けるものだと判断しているのかもしれない。霰が目を覚ましてからは常に一緒にいたシロクロだからこそ、ここまで早く終わらせることが出来るのだろう。

しばらくは2人に任せるしかない。私達ではここまでのことが出来ないのだから。

 

「……若葉、お前や三日月も、もしかしたらこうなっていたのか?」

 

長月に尋ねられ、私は首を縦に振る。私達は()()()()()()こうなる前に死にかけ、そして、運が良かったから助けられた。

私も三日月もこうなる可能性は充分にあった。夕雲のようにされることだって、可能性だけならあった。平々凡々な駆逐艦だったが故にこれで済んでいるだけ。

 

「そうか」

 

以前、文月にも見えた静かな怒りが、長月にも垣間見える。治療されてもこれというのは辛い。

これから助ける者は全て、何かしらの傷を持つことにもなる。もしかしたら、長月達の姉妹にも、夕雲のように奴隷として働かされている者がいるかもしれない。霰のように人形にされているかもしれない。私達のように捨て駒として既に息を引き取っているかもしれない。

 

「早く終わらせたいな」

「……ああ」

 

そうとしか答えられない。今はそうとしか言えない。

 




たった1日ですが、霰は少しずつでも回復してきています。ですが、夕雲は回復の見込みが無いという辛い状況。

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