継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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心身共に

初めて施設外部の艦娘と出会った私、若葉。遠征部隊の第二二駆逐隊は、この施設のことに理解のある鎮守府出身の艦娘達であり、私達継ぎ接ぎの者を見ても何も言わなかった。それだけでも安心なのに、出会ったばかりの私相手でも友人のように付き合ってくれたし、水無月に至ってはアダ名まで付けてくれた。

鋼材を運び出す間というかなり短い時間ではあったが、有意義な時間を過ごせた。また会いたいと思えるほどに。

 

「おーし、若葉、鋼材あったとこ掃除しておくぞー」

「わかった」

 

鋼材を持っていってもらったため、そこの場所は大分汚れた空間に。後からまたここに物が積まれることになるだろうが、場所が空いた時に掃除しておくのがいい。

 

「僕は向こうの鎮守府に連絡しておく」

「なら私がお手伝いするわね。まずコーヒーでも淹れるわ」

「ああ、頼む」

 

ほんの少しだけの非日常になったが、ここからはまた日常に戻る。特別なことは何も無いが、その分、たまにある特別なことが楽しく感じる。

そして、その特別なことはもう2度と来ないわけではない。確実にまたある。ならばその時を楽しみにしておこう。

 

 

 

その日の夜。今日は1人で寝る。私室を初めて使えるようになった日は嵐の日だったため、継ぎ接ぎの者3人で一緒に寝ることになったが、今は夜でもいい天気。風すら吹いていない。窓から見える月が綺麗だと思えるほどである。そんなときには、各自が自分の部屋で就寝するのが当然のこと。

 

「……今日は楽しかったな」

 

今日はいい日だった。第二二駆逐隊と出会えたことが、いい意味で心に残っている。最後の文月のハグの温もりは今でも思い返すことが出来た。

 

「……また会いたいな」

 

ボソリと呟く。無意識に、心から出た言葉だ。

初めて出会った外部の艦娘。あの4人となら共に戦いたいと素直に思えた。遠征でもいい。戦場でもいい。仲間として、共に海を駆けることが出来たら、どれほど心強いだろう。継ぎ接ぎの仲間達とはまた違った信頼関係が持てそうだった。

特に文月は、あんな柔らかそうな雰囲気なのに、実力者なのもわかった。握手したとき、手のひらの感覚が他の3人と違った。皆努力をしている雰囲気だったが、文月は特に別格だった。だから駆逐隊の中で旗艦を務めているのだと思う。

 

「戦場にも出て、遠征もして……努力家なんだな」

 

私よりも長く生きている分、いろいろなことがあったのだと思う。それを苦とも思っておらず、常に朗らかに笑っていた。まるで私が目指す道、『楽しく生きる』を実現出来ているようだった。私の理想にほぼ辿り着いているのが、あの文月だ。

ああ生きるためには努力が必要不可欠であることを実感した。今日までは飛鳥医師の指示通りの雑務をこなし、暇な時は何もせずにボーッとしていたが、もっと前に進みたくなった。今までの私は、まだ世界に慣れていなかったが、もう違う。蛹でいる時間はもう終わりだ。

 

「……よし」

 

艦娘としてはまだまだ半人前にも届いていないだろう。ゆっくりでもいい。確実に、文月に追いつけるように、成長していきたい。

私は1人決意した。誰にも言うタイミングも無いまま、ある意味独断で進めていく。『楽しく生きる』ために、自分のことは自分で決めていくのだ。

 

 

 

翌朝、意気込み過ぎたか、いつもよりも早く目が覚めた。外は少しだけ薄暗く、まだ日が昇っていないくらいの時間。昨晩と同じでいい天気。努力を始めるにはいい朝だ。

目覚まし時計を止めて準備。寝間着の浴衣を脱ぎ、相変わらずサイズピッタリな運動着に着替える。元々こういうものが用意されている時点で、こういうことをやるべきと考えるべきだった。

衣食住は提供すると最初に言っていたが、ここまでとは。診察されているのだから私の身体のサイズは筒抜けだし、おそらく私の体格は雷とほぼほぼ同じだ。調達もしやすいのだと思う。

 

「……行くか」

 

まだ誰も起きていないであろう静かな施設から出て、外でストレッチ後、浜辺のランニングを始める。何は無くとも持久力からだ。スタミナが無ければ何も出来ない。戦闘も、遠征も、ここでの雑務だってそうだ。疲れるタイミングを遅れさせるだけでも大分変わる。

 

「ふっ……ふっ……」

 

走っているうちに朝日が昇ってくる。ここで日の出を見るのは初めてだ。私の門出を祝ってくれているかのよう。

砂浜を走るというだけでも相当に負荷がかかる。ストレッチは入念に頻繁に行い、余計な怪我を事前に防止。こういうところは飛鳥医師が口を酸っぱくするほど言ってくるのでありがたい。肉体労働の前には摩耶も必ずやっているくらいだ。

 

ずっと走っていても、腕や脚に痛みはない。ようやく微かな痛みすらも消え去った。傷痕は一生残るものの、腕も、骨も、皮膚も、完全に私のものとなっている。元は深海の腕であっても、今は私の腕だ。

ここまで来るのに大分時間がかかった。だが、これで本当の五体満足である。そういう意味でも、今日は努力を始めるには都合のいい日だったかもしれない。

 

「っふ……く……まだまだだな……」

 

ゆっくりと流すくらいのつもりで走っていたが、少し走っただけで息が上がってしまった。思った以上に砂浜の負荷が大きい。呼吸を整えるのも一苦労。汗も大分かいてしまっている。

割と走ったように思えても、清掃のときに雷と向かった最後の地点まで行けていない。歩くのと走るのとでは全然違うし、あの時は艤装も装備していた。生身では見た目通りというわけだ。

今はここまでにしておいて、ここまで来ることが楽に出来るようになったら、より先へと走ることにした。こうしていけば、最終的には走り続けても余裕が出来るようななるはずだ。少しずつ、少しずつ鍛えていこう。

 

「キツイな……だが……悪くない」

 

自分が少しずつだけでも成長していくのが実感出来る疲れ。それを癒すためにその場でまたストレッチ。疲れが溜まった場所が解れていく。背中に至ってはバキバキ言っている。それが堪らなく気持ちいい。

それだけ身体を伸ばしても、もう胴と一体化した重巡リ級の皮膚は最初から私の皮膚だったかのように伸縮する。肌の色素はやはり薄いままだが、最初からこれだったと錯覚出来てしまうほどしっくり来ていた。

 

「さぁ、戻りだ」

 

ここまで自分の足で来たのだから、帰りもある。ストレッチをして休憩もしたのだから、ここからはまたランニングだ。もう朝日はしっかり昇り、私を照らしてきている。皆も起き始めた頃か。

 

 

 

施設に戻ると、飛鳥医師が私を待ちかまえているかのように外に立っていた。誰にも話をせず、許可を得ずに外に行ったことを咎められるかもしれない。せめて今日話して明日からにしておけばよかったか。いや、思い立ったが吉日という言葉もある。やりたいと思ったときにやらなくては。

 

「おはよう若葉。トレーニングか?」

「おはよう。ああ、昨日の夜にいろいろと思うところがあって」

 

昨晩巡らせた思いを飛鳥医師に伝える。飛鳥医師が勧めてくれた第二二駆逐隊との交流で、私の決意したこと。文月に追いつくために、少しずつでも鍛えていきたいと。

飛鳥医師は、私の話に対して否定的な態度は一切出していなかった。相槌を打つくらいで、話を遮られることもない。まるで保護者なような眼で私を見てくる。実際保護者だが。

 

「そうか。やはり、彼女達に会ってもらったことは、君にはいい刺激になったみたいだな」

「ああ、あの4人に会えて本当に良かった」

 

本心から言えることである。何度でも言える。第二二駆逐隊に会えて本当に良かった。あの出会いが今後の私の生き方を決めてくれたと言っても過言では無い。

 

「朝のトレーニングはいいことだと思う。健康にも繋がるからな。だが、過剰なのはダメだ。医者としてはどんなトレーニングをしたかを聞いておきたい」

「自分の身体のことは考えている。無理はしていないつもりだ」

 

今度は先程までやっていたランニングとストレッチのことを話すことになった。ということは、これから毎朝同じことをするつもりでいたが、これに関しては許可が貰えたと思って問題はないということだろう。

出鼻を挫かれるようなことがなくてよかった。これで却下されたら、私の今の気持ちを何処にぶつければいいのかわからず、不完全燃焼で悶々として生活を送ることになるだろう。それはそれで相談したら何かしらの案を出してもらえそうだが。

 

「ふむ、それなら問題は無いだろう。若葉自身が自分の今の限界を知っているはずだ。限界を超えて動いて倒れても、僕は面倒が見切れない」

「飛鳥医師の手を煩わせるつもりはない」

 

とはいえ、自分の身体を鍛えて痛めつけるのは楽しいと思えてしまう。倒れたら意味がないのはわかっているものの、こういうトレーニングはずっとやっていたい。むしろ早く成長するために倒れるまでやりたい。飛鳥医師は決して許してはくれないが。

 

「その調子だと、術後の身体の痛みももう無いみたいだな」

「ああ、腕も脚ももう大丈夫。これで24時間働ける」

「それはやめてくれ。過労で何かおかしなことが起きても困る」

 

私としては本気だったが、冗談として取られたか、飛鳥医師が薄く微笑んだのがわかった。そういえば、飛鳥医師はあまり表情を変えない。こういう小さな変化はあるものの、大笑いするようなことはまず無かった。そういうものも、今後見ることが出来るのだろうか。

 

「余裕があるときはやっていこうと思う」

「倒れなければ何をしてくれても構わない。僕も応援しよう」

 

そう言ってもらえるとありがたい。

と、ここで少しだけ疑問に思っていたことを聞こうと思う。自分のことを極端に語らない飛鳥医師が話してくれるかはわからないが、聞いてみないことには始まらない。ノーコメントと言われてしまえば、それ以上は追求しないつもりだ。

 

「……飛鳥医師、1つ聞かせてもらえないか」

「モノによるが、何だ?」

「文月達がいる鎮守府とはどういう関係があるんだ?」

 

一瞬固まる。一医者が鎮守府とコネがあるというのはやはり違和感を覚える。ただの医者ではないことはもう充分にわかっていることではあるが。

これは話したくない過去の経歴に繋がる部分だったか。が、今回は無言を貫くわけでなく、少し話してくれた。

 

「あっちの提督と、古い友人なんだ。来栖(クルス)っていうガタイのいいヤツでな。幼馴染ってヤツか」

 

気心が知れる相手だからこそ、今の飛鳥医師ともいい関係で居られるわけだ。昔から何も変わっていないかもしれない。

 

「あの子達を見ればわかっただろう。来栖はいい奴なんだ。この深海棲艦との戦いでも、死者は出したくないと躍起になっている。僕ほど極端ではないが、信念は僕と同じところにある。だから、僕のやり方にも文句は言ってこないし、こういったことで手伝ってくれるんだ。法の隙間をついている感じは否めないが」

 

飛鳥医師は、助けを求められれば深海棲艦だって救うと言ってのけるほどだ。そこと同じところにあるということは、その来栖提督も慈悲深い性格なのかもしれない。

とはいえ、深海棲艦をそのままにしていたら侵略されてしまう。その来栖提督は、歯を食いしばって深海棲艦を殲滅しているのだと飛鳥医師は語る。

 

「アイツは、僕の知る限りでは真の英雄だよ。良くも悪くも」

 

そこまで言われる来栖提督に、私も興味が出てきた。

 

「君には来栖にも会ってもらいたいものだな。いい影響が出そうだ」

「機会があれば頼む」

「割とすぐにその機会は来そうだけどな」

 

提督という立場の者にいい印象が無いのは、ここ数日で飛鳥医師にも話している。摩耶に話したことをそのまま話しただけなのだが、いろいろ察してくれた。それでも来栖提督の存在を話してくれたくらいなのだから、私の持つ提督という存在へのイメージを払拭出来るほどの人物なのだと思う。

会えるものなら会ってみたいものだ。その時にはまた第二二駆逐隊と会えるかもしれないし。

 

「少し話が長くなったな。若葉、汗が冷える前に一度シャワーを浴びてくるんだ。その間に雷が朝食を作ってくれるだろう」

「わかった」

 

また少しだけ飛鳥医師の心のうちが聞けたような気がする。おそらく今までと同じなのだが、今の飛鳥医師は表情が柔らかいように見えた。

 

私は自分の生き方を見つけることが出来た。ゆっくりとだが確実に、『楽しく生きる』ことに繋がっていると思う。身体を鍛え、明るく生活する。心身共に強くなれば、楽しく生きることも出来るだろう。

 




若葉の素の性格が少しずつ露見。例のセリフは『自分を痛めつけて成長するのが好き』というところに昇華しました。
痛いぞ、だが、(成長を実感できて)悪くない。
痛いぞ、だが、(生きている実感が持てて)悪くない。

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