継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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休息の時

セスの説教により夕雲が考え方を少しだけでも変えてくれたおかげで、私、若葉の肩の荷が下りたように思えた。ああなってしまった一因に自分が含まれていたことで、やはり責任を感じていたのだ。それが変化してくれたのはとても嬉しいことである。自分の力で解決出来なかったのは残念でならないし、取り返しのつかないことにも繋がったかもしれないと思うと正直怖かった。

 

夕雲には今はセスがついてくれている。あんなことを言った手前、放っておけなくなったらしい。エコは霰と夕雲で共用し、時間制にして癒しを提供。浮き輪は3体のうちの2体がそれぞれに常についている。残り1体は勿論三日月の側。

 

「若葉さん……良いことでもありましたか?」

 

どうやら態度に出ていたらしく、三日月に指摘される。夕雲が前進出来たことは、私にも喜ばしいことのようだ。

先程の件を話すと、なるほどと三日月も納得。夕雲とはいろいろあったが、立ち直れる可能性が出てきたとなれば話は別だ。みんな祝福するし、仲間として受け入れる。

 

「霰さんも……良い調子のようですね」

「ああ、受け答えが出来たしな。シロクロとセスのおかげだ」

「はい……私も感謝しています」

 

抱いている浮き輪を撫でる。この光景も見慣れたものだ。三日月もセスのおかげでここまで回復出来たのだ。感謝もするだろう。

私もあの3人には感謝している。シロクロは助けてよかったと本心から思える。あの時の私の選択は間違っていなかった。雷の言う通り、いい方向に進んだ。

 

「あとは、霰と夕雲をどう対面させるかだな」

「帰るときは……絶対一緒になりますもんね……」

 

2往復したり、部隊を2つに分けるなどして帰ることも考えているが、狭い施設ではどうしても顔を合わせかねない。夕雲はまだマシかもしれないが、霰は異常をきたす可能性がある。シロもそれを警戒している。

 

「そこは飛鳥医師も考えてくれているだろう」

「ですね……私達は襲撃のことを考えましょう」

 

施設が破壊されてから3日目。そろそろこちらにも何かしらの魔の手が伸びてきそうである。この鎮守府だからこそ、あまり心配はしていないのだが、あちらは非道な手段をさんざん使ってくる外道。

艤装は違法改造され、本人の自爆も当たり前。証拠隠滅を常に考えているため、攻めてくる方法も卑怯である。もし鎮守府そのものに対して攻撃してくるのなら、おそらく夜、誰も見ていないタイミング。前回も、前々回もそうだった。

 

「若葉達は一刻も早く強くなろう」

「はい……勿論」

 

施設を守るためにも、私達は強くならなければ。家村をどうにかしたとしても、同じようなことがまた起こらないとは限らない。これからのためにも、力を持っておくことに越したことはないだろう。必要が無いなら振るわないだけだ。

 

 

 

午後イチ、下呂大将から連絡があったらしく、明日に家村の鎮守府に対して抜き打ちの査察をすることが決まったそうだ。これにより、家村の悪事は白日の下に晒され、私達の戦いは終焉を迎えることになるだろう。

とはいえ、慢心は良くない。まだ襲撃がないと決まったわけではないのだ。それが来た場合を考え、万全の態勢で迎え撃てる準備だけはしておく。少なくとも今日含めてあと2日はこの鎮守府に滞在させてもらうことになるので、その間にいろいろと出来ることをしたい。

 

「明日の朝、大将がうちに来る。(くだん)の鎮守府への査察が明日に決定したからだ」

 

その連絡を受けたことで、鎮守府全体で集会が行なわれた。私達もそれに参加させてもらい、今後の進め方を聞いておく。シロクロ霰組とセス夕雲組は、参加することなく部屋で待機。お互いの対面も辛いが、今このストレスが溜まりそうな話はなるべく聞かない方がいいだろう。

 

「敵鎮守府は大将の鎮守府から遠いんでな、ここ経由で向かうことになっている。ここまではいいな」

 

こういったブリーフィングは初めてだ。恐ろしい緊張感。おなじみ第二二駆逐隊も、いつも楽しく演習をさせてもらっている第二四駆逐隊も、今だけは真剣そのもの。

 

「この査察で全て終わるとは限らねェ。どうせあの鎮守府のことだ、確実に抵抗するだろう。そうなると、この鎮守府を拠点とした戦闘が始まる可能性がある」

 

鎮守府同士の全面抗争だなんて、この深海棲艦との戦時下で馬鹿馬鹿しすぎるが、あちらはそういうことでもやってきかねない。それを先に知っておけば、心構えだけはしておくことが出来る。

 

「今日は自由だが、明日は戦闘配置で待機とする。念のため、本日午後からの業務は休止、各自身体を休めておけ。風呂に入りゃ問題無ェかもしれねェが、大事なのはメンタルだ。余裕を持って明日に備えろよォ」

 

午後からも演習の予定だったが、そうなってしまっては仕方ない。休息も仕事のうちだ。いくら入渠で全回復出来る艦娘とはいえ、心の問題は簡単にはいかない。

前日にリラックスしておくことで、心身共に万全な状態で明日を迎える。何事も無いのならそれでいい。備えあれば憂いなしである。

 

「うし、それだけだ。何か質問はあるかァ?」

 

シンと静まり返った集会場。今から休息の時間だというのに、既にやる気満々な者もいるほどである。明日を待ち遠しそうにする者まで。

 

「いいな。よし、じゃあ解散! 各自、しっかり身体を休めろよォ!」

 

集会はこれで終了。私達も来客とはいえ、今は所属艦娘扱い。例に漏れず、休息を与えられることになった。

身体は風呂やら何やらで充分に休まっている。今からは心の休息の時間だ。

 

 

 

急な休みということで、みんな大概やることもなく、外を散歩したり、談話室でお喋りに興じたり、昼寝したりと様々な過ごし方をしている。私達はというと、本格的にやることがなく、なんだかんだ自室待機となっていた。

施設にいるときでも、こんなにまったりした時間が流れるようなことは無かった。艤装の整備や、家事の手伝い、飛鳥医師の手伝いで雑用をしたりと、思った以上にやることがある。だが、ここは私達の本来の居場所ではない。むしろ施設でやっていたようなことは何一つとしてやれない。

 

「暇だな」

「そうですね……」

 

結果的に、ものすごく暇な状態になってしまって。私はベッドの上でうだうだ寝そべり、相部屋の三日月も、暇そうに浮き輪と手遊びに興じている。他の浮き輪達は霰と夕雲のところに常駐。エコは今は夕雲の部屋。

 

「摩耶は明石と艤装の話をしているらしい。雷は鳳翔に料理を習うって言ってたな。曙はどうしてるんだ?」

「さっき釣りに行くのを見ましたよ。ボーッとするには都合がいいと」

 

曙は釣りに興味を持ったらしく、この鎮守府の釣り好き達に便乗して海に繰り出したらしい。施設の修復が完了しあちらに戻った後も、釣りは続けていくかもしれない。あの中立区の海に魚がいるかは知らないが、いい趣味を手に入れたものである。

 

「三日月ちゃん、いる〜?」

 

と、ここで文月が訪ねてくる。あちらも暇を持て余しているようだった。簡単なお茶会のお誘いに来たようだ。

私達施設の者は、姉妹と話せる時間がなかなか手に入らない。特に私は、この鎮守府には姉妹がいないそうなので機会すら与えられない。こういう時こそ、三日月は外の艦娘との交流に使うべきだろう。特に文月達はいろいろと恩人だ。尚のこと交流しておくべき。

 

「若葉は夕雲の様子でも見に行ってくる。たまには姉に甘えてこい」

「甘えるだなんて、そんな……」

「甘えてくれてもいいよ〜。あたし達大歓迎〜」

 

姉故に妹には甘々のようである。姉妹水入らずのお茶会を楽しんできてほしいと思い、私は三日月と一旦別れ、夕雲の部屋へと向かった。

 

夕雲は今、拘束も外されて療養状態。飛鳥医師は今後のことを話すために部屋にはおらず、セスがずっと付き添っている。室内なら歩き回ってもいいとされ、今はエコを撫でて癒されていた。

 

「ワカバ、暇そうだね」

「現に暇だ」

「急な休みなんでしょ。仕方ないよ」

 

夕雲も私に気付いたようで、微笑みながら会釈。午前中までとは雲泥の差。死も痛みも求めなくなり、穏やかな雰囲気になっていた。気の持ち方が変わっただけでこうも変わるかと驚いてしまう。

 

「夕雲、調子はどうだ」

「すこぶる……とは言えませんね。少し気怠さが」

 

投与され続けていた麻薬の副作用、喪失感が気怠さを引き起こしているのだろう。私がここに来るまでの間に何度も禁断症状に襲われているようだし、精神的にも疲労はしているのだと思う。

それでも、夕雲の表情は少しだけ明るかった。人形にされていた霰とは、意思を持たされていた分、そういう部分に影響が出たか。受け答えもハッキリしているし、意思表示もしっかりしている。

 

「若葉さんにもご迷惑をおかけしました……夕雲、大きな勘違いをしていたようで」

「別に、わかればいい」

「悪いことをしたら謝るなんて、子供でもわかること。それが頭に無くなるなんて……」

 

なるほど、これが本来の夕雲か。19人姉妹の長女と聞いたが、それ故にとてもしっかりもの。

 

「若葉さんにも謝罪しなければいけませんね。あの時、戦闘中に罵詈雑言を捲し立ててしまいました。本当にごめんなさい」

「構わない。あれは言わされていたようなものだろう」

「それでも……あの時は夕雲の意思でした。ごめんなさい。ああ……貴女はあの時にリミッターを外してしまった子……ごめんなさい、夕雲のせいで」

 

実に自然に禁断症状が発症していた。私と話している間に、私の周りに死者が現れたようだった。それを見たことで、私達には見えない者に謝罪を始めてしまう。私も見えているかわからない瞳になり、あらぬ方向に向かって話し始める。

 

「ユウグモはそういうカタチになったんだ」

「……ああ」

 

事情を知らない者が見ても、今の夕雲は精神的な病に苛まれていることがすぐにわかる。ただただ怯え続ける霰とは違い、意思を持って幻覚と対話してしまっている夕雲は、より一層痛々しい。

 

「ごめんなさい、みんな、みんな覚えています。貴女はあの海域で、貴女は鎮守府で、夕雲の命令で命を落とした子……ごめんなさい、ごめんなさい。でも、夕雲は死ぬことは出来なくなったの……死んだら貴女達に謝れないもの……もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっと謝らなくちゃいけないもの」

 

触れようとしているのか、()()()()()()()、何もないところに手を伸ばして、ただただ謝罪をするのみ。だが、その姿に以前に見た哀れさは感じない。真に自分の罪と向き合っているように感じる。

 

「私はしばらく夕雲につくことにするよ。霰についてるシロクロと同じだね」

「そうか。任せた」

「任された」

 

霰の名前が聞こえたからだろうか、夕雲が急にこちらを向く。まだ幻覚の死者は周りにいるのかもしれないが、それよりも優先することと認識したか。

 

「霰さんにも謝りたいのですが……」

「今は難しいから我慢してくれ。霰には刺激が強すぎる」

「そうですか……」

 

残念そう。生き残った霰をしっかりと殺そうとした記憶は、夕雲にとっては洗脳されていた時の最後の記憶になるだろう。そのため、一際謝罪したい気持ちは大きいようだ。

 

「ユウグモ、みんなはいなくなった?」

「……はい、今は」

「ならこっち」

 

セスに手招きされ、素直にやってくる夕雲。そしてそのまま抱きつく。

 

「まだ、まだ、謝り足りません……夕雲の罪はまだまだいっぱいです……」

「やらされていたことなんだから、ユウグモの罪じゃないよ。大丈夫、ユウグモは悪くない。悪くないんだ」

 

まるで母に泣き付く子供のようだった。ゆっくりと後頭部を撫でながら、シロクロが霰に話すように、夕雲には罪が無いことを説いていく。大丈夫、大丈夫と言い聞かせ、ゆっくりと、しっかりと禁断症状を払拭していこうとしている。

夕雲はまだ危うい。いつまた壊れてしまってもおかしくない綱渡り状態だ。今でこそ謝罪という行為で安定しているが、突然崩れて痛みを求め出すかわからない。それまでに、セスが更生を盤石なものとしていっている。

 

「ユウグモ、今日の夜からは私の部屋で寝よう。相部屋だった摩耶には話をしてあるし、先生にもオッチャンにも通してある」

「……はい……お願いします……」

 

今の夕雲は、霰と同じように1人にしておくことは出来ない。結果、セスが常につく形で収まった。アニマルセラピーのこともあるし、シロクロ霰が3姉妹なのに対し、セス夕雲は親子のように見えてしまうが、それはそれ。一番癒される状態を作っていくべきだ。

 

少しずつ、少しずついい方向には進んでいる。決着がつくのも目前だ。明日には下呂大将が終わらせてくれる。そうすれば、私達はまた、『楽しく生きる』ことが出来るはずだ。

 




心の持ち方が変わったことで、壊れながらもいい方向に向かい始めた夕雲。セスと並ぶと親子というより姉妹ですが、ほら、セスはとても豊満なものをお持ちですし。夕雲もですが。

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