継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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決戦の日

家村鎮守府の査察が明日と決まった日の夜。午後が全て休息の時間に割り当てられたためか、翌日の決戦に身体が熱を持っているのか、少し寝付けない私、若葉。目が冴えているというよりは、単に眠気が来ない。別に昼寝をしていたとかそういうことは無いのだが、妙に興奮している。

上手くいけば明日全て終わる。それが、私を昂揚させる一因となっているのだろう。結局私自身の手で決着をつけることは出来なそうだが、無駄な脅威に怯える必要は無くなる。続けていくつもりではあるものの、訓練だって今ほどの必要は無くなるだろう。

 

「……若葉さん、起きていますか」

「ああ」

 

ボソリと三日月が呟いた。おそらく私と同じ。私も三日月も同じ境遇で今の身体になり、同じ人間に恨みを持っている。何もかもとは言わないが、ほぼ同じ道を歩いてきた。

 

「……いよいよ、明日です」

「ああ」

「私達の因縁が……終わるんですよね」

「……ああ」

 

そう思いたい。あちらは抵抗もするのだと思う。今まで証拠隠滅に奔走し、秘密裏にあらゆる違法行為を繰り返してきたのだから、今回の査察もどうにかして揉み消そうとするはずだ。

抜き打ちで行なわれるのだから、それはもう下呂大将を消すしか方法は無い。事故死と見せかけるなり何なりで、査察部隊を全滅させてしまえば、あとはあることないこと話すだけ。死人に口無しである。

 

だが、あの神風を率いる下呂大将だ。そんなことが起きるとは到底思えない。明日できっと全てが終わるのだ。

 

「何も無いことを祈る」

「……ですね」

 

終わると信じていても、不安にはなるだろう。安心を得るために、私は三日月のベッドに潜り込む。少し驚かれたが、三日月も温もりを求めていたようで、拒むことなく受け入れてくれた。

 

「この方が落ち着くだろう」

「……そうですね。ありがとうございます」

 

これならお互い、寝つきも良くなりそうだ。

 

 

 

早朝、早速下呂大将が来栖鎮守府に訪れた。ここまでは陸路で来たらしく、まるゆ運転のとてつもなく大きな装甲車が鎮守府の前に停められ驚いた。相変わらず、車のサイズとはまったく合わない運転手である。

家村の鎮守府は地続きではなく島。陸には比較的近いものの、橋がかけられるような場所でもなく、行き来は基本的に船になる。艦娘には苦ではないが、下呂大将には面倒な場所な様子。ここまでは陸路だったが、ここからは海路。

 

私は来栖提督や飛鳥医師と共にそれを出迎えた。まるゆの姿が見えたとき、手を振られたので振り返しておく。まるゆは運転のためにここに来ているため、査察が終わるまでは来栖鎮守府で待機となるそうだ。

 

「久しぶりですね。では少しだけ準備させてもらえますか」

「ウッス、こちらも用意してありますんで、ここから出撃してください」

 

下呂大将はいつもの穏やかな表情だが、奥に確固たる意思を感じる。お茶と畳の匂いの他に、鉄と油、炭の匂いがした。大将手ずから艦娘のために動いていたような匂い。

 

「飛鳥、夕雲の処置が終わったと聞きました。私の部隊の準備をしている間に、少し会ってもいいでしょうか」

「はい、大丈夫だと思います」

 

飛鳥医師が下呂大将を部屋に案内した。残されたのはまるゆと、装甲車から降りてきた下呂大将の部隊。

こういう場に連れてくるということは精鋭部隊なのだろう。秘書艦である神風があれほどの強者なのだ、この部隊も相当な手練れだと思われる。

 

「やっぱり貴女達よね、こういうときは」

 

現れた駆逐艦4人を神風が出迎える。その全員が神風と同じような着物を着ており、同じように()()()()()()。それに、神風と同じお茶と畳の匂い。おそらく、いや、確実にアレは妹。4人なら駆逐隊か。

 

「はいこれ。司令官が神風姉のだって」

「何これ、私ちゃんと持ってるわよ」

「今回の査察で使うだろうっていう新装備」

 

その先頭、青い袴の駆逐艦が神風に刀を渡す。見た目は同じだが、何やら仕様が違うらしく、査察で鎮守府側に対抗された時に確実に役に立つとのこと。その刀から何処かで嗅いだことがある匂いがしたが、今は気にしないことにした。

 

「あら、アンタが神風姉の弟子?」

 

私の視線に気付いたようで、4人共々私の方へ。どうやら私は、神風の中では弟子という立ち位置らしい。間違ってはいないか。

 

「おはよう! 私は朝風。第五駆逐隊の旗艦やらせてもらってるわ」

「若葉だ」

 

青い袴の駆逐艦、朝風。思った通り神風の妹。この4人を纏めているだけあって、匂いから考えるなら4人の中では一番強く感じる。お茶と畳の匂いの中に、努力を感じさせる匂いを感じた。微かに汗と、それを洗い流した石鹸の匂い。

 

「神風と同じ匂いだ」

「えっ、臭う!?」

「若葉は鼻がすごく利くの。そういう匂いじゃ無いわよ」

 

すぐに匂いのことを言うのは誤解を生みそうだから控えた方がいいか。我ながらダメなクセを持ったものである。匂いで敵か味方か判断しているところもあるので、こればっかりはやめられそうにないが。

 

「神風の姉貴の弟子だって? それだけ見込みがあるってことかな」

「貴女ならすぐに追い抜かれるかもね」

「へぇ、そいつは楽しみだ。今度是非とも手合わせ願いたいね」

 

妙にキザったらしいのが緑の袴の駆逐艦、松風。その後ろでクスクス笑っているのが桜色の振袖の春風と、黄色の羽織りの旗風。仲のいい姉妹であることが見て取れる。

念のため、本当に念のため全員の匂いを注意深く嗅ぐが、当然ながら()の匂いはしないため一安心。下呂大将を疑っているわけでは無いが、これはやっておかないと。

 

「わたくし達は、お仲間として見ていただけましたか?」

「ああ、落ち着く匂いだ。仲間として心強い」

「そう言っていただけると、嬉しいですね」

 

落ち着いた雰囲気の後ろ2人。私達で言うなら、朝風松風が前衛、春風旗風が後衛というイメージ。だが、4人が4人、全員帯刀。穏やかでそんなタイプに見えない2人も前衛の動きをするようだ。少し意外。

 

「阿武隈さんは?」

「ちゃんと来てるわ。司令官のために大発いるし」

「いるよー」

 

後ろから来たのは軽巡洋艦、阿武隈。少し大人しいように見えるが、神風まで含んだ駆逐艦5人を束ねる水雷戦隊の旗艦。

 

「今日は無茶しないでね? あたし結構大変だからね?」

「保証出来ないわ」

「後ろに阿武隈さんがいると思うと、安心して攻め込めるんだ。頼りにしてるよ隊長」

 

水雷戦隊内の力関係がよくわかった。この旗艦、部下に大分振り回されている。とはいえ、5人の前衛をたった1人で支えられるというのは、相当な実力が無ければ出来ない。

 

「春風ちゃんと旗風ちゃんくらいは……その、お願いね?」

「その……申し訳ございません。わたくしもその保証は……」

「春姉さんと同じく……」

「うわーん! 言うこと聞いてくださーい!」

 

なんというか、決戦だというのに随分と余裕があるように見えた。歴戦の水雷戦隊ともなると、ここまでの緊張感ある戦いを前にしても動揺を一切見せないようだ。

緊張している自分はまだまだ浅い。実際戦闘経験も片手で数えられるほどしかないとはいえ、その豪胆さは感服する。

 

「若葉、阿武隈さんはどういう匂いなの?」

「……整髪料の匂いだ」

 

とは言っておいたが、この阿武隈、誰よりも努力の匂いがする。さすが水雷戦隊旗艦。染み付いた汗と涙の量は並大抵のものではない。

神風型の5人も、阿武隈のことは悪くなんて思っていない。これもいつもの流れなのだろう。阿武隈に対する感情は、感謝や尊敬に繋がっているものだ。

 

「はい、じゃあ出撃の準備をしようね。今から査察だし、反撃されてもいいように万全の準備をしてね」

「よぅし、姉貴、さっさと準備しようぜ」

「わかってるわよ。アンタこそもたつくんじゃないわよ」

 

なかなかに騒がしい部隊だが、匂いからだけなら信用に値する実力者が揃っている。鎮守府1つを制圧することも、無理ではないのだろう。

 

 

 

少しして、下呂大将が工廠へ。夕雲との対話は終わったようだ。満足げな表情を見る限り、有意義な時間が過ごせた模様。

 

「まさかあそこまで回復しているとは思っていませんでした。ここからが本番だとは思いますが、時間をかければ必ず元の夕雲に戻れるでしょう」

 

夕雲もちゃんと受け答えが出来ていたみたいで何より。途中禁断症状に襲われていたかもしれないが、下呂大将はそれで動揺するような人ではない。

 

「来栖、すみませんね。大発動艇を借りてしまって。万が一破壊された場合は、新品を返させてもらいますよ」

「好きに使ってくだせェ」

 

既に大発動艇は阿武隈が装備済み。いつでも動かせるように海に置かれていた。

 

今回は何があるかわからないというのもあるため、工廠内も外も厳戒態勢。近海には警備隊を複数置き、工廠にも艦娘を複数配置。かくいう私達第五三駆逐隊も、艤装装備で下呂大将のお見送りに参加している。

あくまでも抜き打ちの査察だ。事前に一切の通達をしていないため、対抗されるなら鎮守府近海でだろう。ここまでの厳戒態勢は念のため。

 

「それでは、我々が終わらせてきます。一筋縄ではいかないでしょうが、まずはいい方向に持って行きますよ」

「なんて言いながら壊滅させるんだろうなァ」

 

私もそうだと思う。

 

「ですが、その前に。厳戒態勢に潜水艦は?」

「勿論置いてますぜ。曙の件が衝撃的だったんで」

 

当然、潜水艦対策も万全。曙殺害の時のように、察知出来ずに工廠まで潜り込まれてはたまったものではない。

 

「ならば、対空砲火の用意を。このタイミングを狙ってくるはずです」

「このタイミングって……まさか!?」

「襲撃です。私と来栖、飛鳥が鎮守府に纏まっている時に、全て破壊できるこのタイミングでしょう」

 

などと話している時、外に出ている警備隊から緊急通信。その先頭にいる足柄の声が工廠に響き渡る。

 

『こちら警備隊! 滅茶苦茶な数の爆撃機が来たわよ!』

「対空用意だ! 足柄、お前はその後来る可能性のある本隊迎撃に備えろ!」

『了解! 漲ってきたわ!』

 

やはりと苦い顔をした下呂大将。嫌な想定ほど当たってしまうものである。

工廠内は急にバタバタし始めた。こうなった時を想定して、いろいろと配置されているのだ。空襲だって視野に入れている。

 

「防空するぞ! 皐月、文月、お前達を先頭に、鎮守府を守ってくれい!」

「りょーかい! みんな、行くよ〜!」

 

第二二駆逐隊を筆頭に、防空に長けた艦娘達が一斉に工廠の外へと飛び出す。警備隊があそこまで言うのだから、外にいる者だけでは処理しきれない数の爆撃機が来ているのだろう。

鳳翔も空母隊を引き連れて、対空戦力を発艦。鎮守府防衛は最重要事項だ。何としてでも成功させなくてはいけない。

 

「なんだあれは……」

 

工廠の外、空に鳥の群れのような大量の影が私達にも確認出来た。あれ全てが爆撃機。絨毯爆撃とかそういうレベルでは無い。鎮守府を完全に包囲した後、跡形もなく消し飛ばすほどの数だ。

白昼堂々の襲撃なだけあり、大胆かつ圧倒的な押し潰し。全て破壊した後、どうにか揉み消そうという算段か。さすがにこの規模では取り返しがつかないと思うのだが。

 

「大将は少しくらい避難してくだせェ!」

「この機に乗じて潜水艦も来ると思います。潜水艦隊には警戒させてください」

 

その瞬間、今度は潜水艦隊からの緊急通信。数人ではあるが、来栖鎮守府の精鋭潜水艦隊、その隊長である伊168の声が響き渡る。

 

『潜水艦来た! 魚雷とかやっちゃっていいの!?』

「お前らの魚雷は演習用のダミーだ! 死にゃしねェからぶちかませ! 自爆だけは気を付けろォ!」

『了解! みんな、容赦なくやっちゃうわ!』

 

訓練用の魚雷とはいえ、当たれば痛いし、爆発すれば怪我はする。だが殺すことには繋がらない。潜水艦同士の戦いに魚雷は殆ど意味はないのだが、牽制にはなる。

 

「こうなるのでは無いかと予想はしていたのです。若葉ではありませんが、少々嫌な匂いを感じていたものですから」

「大将、どういうことですかい」

「私よりも上、この査察を許可した大本営に、家村との内通者がいるということです」

 

あまり信じたくはありませんが、と心底嫌そうに吐き捨てる。下呂大将もこの状態はうんざりしているようだった。

大本営にそういう者がいるということは、万が一本当にここが全滅したとしても、有耶無耶に出来る力があるということだ。今までもそうしてきていたのかもしれない。下呂大将のことだから、徹底した調査の中でそこにも辿り着いている可能性がある。

あくまでも可能性だったため、混乱を防ぐために表沙汰にしなかったようだが、この襲撃により可能性が確定に変わった。

 

「今はこの襲撃を耐え切りましょう。空襲はどうです」

「足柄、そっちはどうだァ!」

『防空隊のおかげで空襲は拮抗よ! だけど、本隊が来たわ!』

 

ここも想定通り。足柄達警備隊は、本隊迎撃に入る。どれだけの数で押し潰そうとしているのかはわからないが、警備隊だけでどうにか出来るとは限らない。

 

「第一水雷戦隊、迎撃準備。少し()()()()()あげなさい」

「了解。第一水雷戦隊、旗艦阿武隈、出撃します」

 

下呂大将の部隊も迎撃に乗り出す。ここをどうにかしなくては査察も出来ない。

 

「飛鳥医師、我々も行くぞ」

「ああ、頼む。先生の道を切り開いてくれ」

「了解」

 

私達も出撃する。数で押し潰そうとしてくる相手には、こちらも数が必要だ。準備が済んでいる私達が先陣を切る必要があるだろう。それに、私達はこの時のために訓練を積んできたのだ。今やらずにいつやる。

 

「第五三駆逐隊、いいな?」

「大丈夫! いつでも行けるわ!」

「さっさと行きましょ。ウザい連中をボコボコにしてやらないと気が済まないわ」

「……大丈夫です。イラついてきましたが、大丈夫」

 

全員準備万端。これなら行ける。訓練の成果を見せつけてやろう。

 

 

 

「第五三駆逐隊、旗艦若葉。出る」

 




査察部隊が刀による近接戦闘5人とそれを全てサポートする旗艦というトンデモ編成。

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