早朝の襲撃。私、若葉含む第五三駆逐隊は、襲撃の本隊を指揮していたであろう、姫級の体液を入れられた奴隷、風雲を撃破。体内に入っているであろう自爆装置も旗風により除去してもらい、艤装も私が破壊。戦力としては0にした状態で、鎮守府へと連れていくことに。
それ以外にも、神風型の奮戦で自爆装置のみが破壊された人形達も回収出来るだけ回収し、治療してもらう。鎮守府にさえ運べば、手の施しようは幾らでもあるだろう。少なくとも、こちらには人形に命令可能な姫級が3人もいるのだから。シロクロは霰から離れることが出来ないだろうが、あそこまで意思がある夕雲についているセスならまだ。
「気絶させられた人形を拾っていくぞ!」
私は風雲を引っ張っているため、仲間達にそれを指示。旗風に斬られたことで気絶から覚醒している風雲だが、艤装が破壊されているため抵抗もしない。運びやすくて何より。
鎮守府までの間にそれなりに人形が浮かんでいた。その全員は気絶させられて、まだ死んでもいない。だが、リミッターが外されているのはすぐにわかった。早くリミッター解除をやめさせなければ、そのまま死に至ってしまう。
「よし、見えたぞ、鎮守府が!」
鎮守府が見えた瞬間、キナ臭い匂いを感じた。嫌な雰囲気、私達に向けられる殺意の匂いだ。
私達が鎮守府から出撃した時、敵潜水艦隊も攻め込んできたと通信があった。来栖鎮守府の潜水艦隊が応戦しており、その敵部隊はこちらの視界には一切入っていない。ならば、今は鎮守府でない場所に潜んでいてもおかしくないだろう。
それに、この殺意は知っている殺意だ。私は一度これに狙撃されている。
「全員散開!」
狙われているのは私であることはわかる。おそらく風雲を持っているからだろう。殺意が一際強くなったところで風雲ごと回避すると、今の今まで私がいた場所に砲撃が飛んできた。勿論、
改装のおかげか、前回よりも勘付くのが早かった。おかげでギリギリということもなく、しっかりと回避。
「呂500!」
さらに匂いがする。砲撃とは違う殺意の塊。砲撃でないなら、それは魚雷だ。運んでいる風雲諸共粉砕しようという魂胆か。
こちらは潜水艦に対応できる装備がひとつもなく、そもそも何処にいるかも察知出来ない。私は何とか匂いで判断出来るが、他の3人はそれすらも出来ない。三日月は危機回避能力で感覚的に理解しているようだが、まだ足りない。
「曙、魚雷来るぞ!」
「私!? この、クソ潜水艦が!」
近くにいるからある程度の狙いはわかる。次の狙いは曙、一度殺しているのに当たり前のように戦場にいるのが気に入らないか。
私が指示したことで即座に退避。直後、曙の足下が爆発し、大きな水柱が立った。衝撃で曙が吹き飛ばされかけるが、引っ張っている人形も含めて無傷。
「っぶな、助かった!」
「だが、どうする。若葉達には奴をどうにかする手段が無いぞ」
逃げ惑う内に、鎮守府から少しずつ引き離されている。辿り着けなければ意味はなく、私達が無事だとしても人形は命を消耗しきってしまう。だからといって無策で突っ込むと、不要な怪我まで負いかねない。最悪は誰かの死だ。
「何々? 潜水艦? じゃあ、あたしが処理しておくから、早く鎮守府に行って」
そこに来てくれた援軍、阿武隈。私達が人形と風雲を鹵獲しているところを見たとのことで、手助けに来てくれた。
戦場に出る前、僚艦となる神風型5人に振り回されて、戦場でも結局別行動。手綱を握れず、個別に援護している状況。それでも、私達のことに気付いてもらえたのはありがたい。
「神風型の子達はやんちゃすぎ! 旗艦あたしなのに全然言うこと聞いてくれないし、あの一番大人しい春風ちゃんも戦場では結構はっちゃけちゃうし、困っちゃう!」
「いや、愚痴はいい。うん、ありがとう。恩に着る」
阿武隈合流で、五三駆は一時的に一水戦扱いに。だが、私達の仕事はいち早く戦場から離れ、今運んでいる鹵獲した敵達をどうにかすることだ。呂500による妨害は阿武隈に任せ、私達は鎮守府へと向かう。
当然そんなことを許してくれるはずもなく、またもや殺意の匂いを感じる。狙われているのは当たり前のように私だ。なかなか振り切れない。どうしても風雲を処分したいのだろうか。
「狙われてるね。さっさとどうにかしよっか」
「出来るのか?」
絶え間なく動き続け、敵から狙われないようにする。何度も水柱が立つが、致命傷は一切なく、仲間達も回避は出来ている。私と曙を集中して狙ってきているようなところから、雷と三日月には早急に撤退してもらった。これで2人の救出は出来たようなもの。私達も頃合いを見て撤退だ。
今のところ、呂500以外の潜水艦が私達の近くにいるようには感じない。敵潜水艦隊は味方の潜水艦隊がしっかりと足止めして、こちら側に影響が無いようにしてくれているのだろう。呂500だけは撤退しているようだが。
「ソナーに引っかからないとか何なんだろ。まぁ、関係ないけど」
腰に携えられていた爆雷を1つ手に取り、海上から海中の敵を目視しているように眺める。当然だが、私には何も見えない。ただ、自分の姿が反射しているだけ。光の反射で、海中を少しも見ることは出来ない。
「はい、そこ」
勢いよく爆雷を海中に投げ込んだ。この爆雷は訓練用のダミー。殺傷力は無いが、大きな空気の爆発が発生するため、それなりにダメージは入るそうだ。
少しして、魚雷ほどではないがそれなりに大きな水飛沫が発生。同時に、以前見た呂500の姿が海面に現れた。
まさか、海上からあの姿を捉えたのか。ソナーでも確認出来なかったアレを。
「げほっ、げほっ、もぉーっ!」
可愛らしく怒っているようだが、こんな顔をしながら私達を殺そうとしてきているため、阿武隈は一切の容赦なく次の攻撃を繰り出す。
頭が海上に出たことをいいことに、阿武隈は呂500に対して魚雷を放っていた。そのまま当たれば顔面にめり込むことになる。さすがにそれは可哀想なのではと思ったが、敵に情けをかけると痛い目を見ることは理解しているつもりだ。
「ちょっ!? それは酷いって!」
辛うじて避けたようだが、既に阿武隈は次の手を繰り出していた。呂500の腹に直撃するような場所へ爆雷を投げ込み、それが即座に爆発。呂500はその衝撃をモロに受けたことで、海上に吹き飛ばされた。
「敵に容赦するわけないでしょ。絶対に殺さないから安心してよね」
爆雷を片手でお手玉のように放りながら、呂500を見据えている阿武隈。その目は冷たく、同じ艦娘だとしても敵であるが故に深海棲艦を相手しているかのように振る舞う。
阿武隈が手に持つ武装が本物なら、呂500は今頃確実に死んでいた。
「仲間も殺そうとするとか、手を抜く理由が無いくらいゲスだね。ろーちゃんはそんな子じゃ無かったはずだけど」
「あれだけ強がってて何も出来ずにボッコボコにされた人は死んで当然ですって。
洗脳によるものだとわかっているが、仲間にそこまで言われている風雲が少し哀れに思えてしまった。
確かに、今回は私達が圧勝した。それは4対1という数的優位もあったからだ。1対1ならどうなっていたかわからない。それを仲間が悪く言うのはどうかと思う。気分が悪くなった。
「……まぁいいか。どうせ気絶させる必要あるんだし、その減らず口、後悔させてあげる」
言っているときには既に爆雷を投げ込んでいた。顔面にぶつける勢いで放たれたそれを、呂500は辛うじて回避したようだが、そのタイミングで阿武隈が間合いを詰めていた。
「逃げますって!」
あれだけ息巻いていたのにもかかわらず、不利とみなしたか撤退を選択し、その場で急速潜航。すぐなら追うことも出来ただろうが、潜水艦の逃げ足は思った以上に速い。匂いはすぐに海中深くへと遠退いていった。逃げに徹されるとどうにかするのは至難の業だ。
小さく舌打ちが聞こえたが、すぐに気を取り直し、私達に振り向いた。先程の冷たい目は何処かに行き、仲間を見る目。
「若葉ちゃん、曙ちゃん、早くその子達運んじゃお! あたしも手伝うから!」
追うよりも先に、助けられる命を助けようとしてくれる阿武隈。なるほど、第五駆逐隊がおちゃらけながらも慕っている理由がわかった。とにかく気遣いが出来る。
下呂大将が率いる水雷戦隊の旗艦であり、査察に連れていこうとしているだけある。あの第五駆逐隊はこの人でないと纏められないのだろう。
「了解。曙、行こう」
「え、ええ。すぐに行くわ」
結局、頃合いを見計らっていたら戦闘が終わっていた。
鎮守府に辿り着くと、阿鼻叫喚だった。呂500と一緒に攻め込んできた潜水艦達は海中で自爆したらしく、それに対応していた来栖鎮守府の潜水艦が多かれ少なかれ怪我を負っていた。死者は出なかったようだが、重傷者は既に入渠しているらしく、軽傷者は飛鳥医師による応急処置を受けていた。
目の前で艦娘が爆発するという最悪な光景を見てしまい、トラウマを持ってしまった者もいるだろう。軽傷だった潜水艦隊隊長の伊168も、気分悪そうに隅で蹲っていた。
「セス、頼むぜェ」
「あ、ああ。この人顔怖いんだよなぁ……」
工廠にはセスが来ていた。救出した人形達のリミッターを元に戻すため、連れてこられたものに対して1人ずつ命令をしている。気絶している人形を起こしては耳元で呟き、命の消耗を食い止めていった。
まだ来栖提督には苦手意識があるようだが、今はそんなことを言っていられない。セスはセスで、やれることをしっかりやっている。さすがにこの場に夕雲を連れてくることは出来なかったようだ。
「風雲、余計なこと言うなよ。これ以上痛い目を見たくなかったらな」
「……ふん」
こちらはこちらで風雲への処置。抵抗の意思はもう無いように見えたが、念のため、ここにいる人形に何も出来ないように猿轡を噛ませ、手脚も縛っておいた。艤装もなく、武装もない風雲だが、その言葉が凶器になるこの場では、これが最善と判断した。
「若葉、さっきの潜水艦は!?」
先に工廠に来ていた雷と三日月に合流。あちらも運び込んだ人形は処置してもらえたようだ。
「逃げられた。おかげで被害は無かった」
「そっか、よかった。阿武隈さんのおかげよね」
「ああ、あそこで来てもらえなかったらどうなっていたか」
その阿武隈は、次の人形を拾いに既に戦場に戻っていた。戦場を全て把握しているのではないかと思えるほどに視野が広い。
「私達も次に行きましょう。まだいっぱいいます」
「ああ、神風型がやんちゃしているからな」
「自爆されないだけマシよね。さっさと行って全部拾いましょ。クソ潜水艦はもういないわけだし」
ここからは救助最優先だ。警備隊の方も気にはなるが、救える命を優先すべき。
戦いは苛烈を極めたが、風雲の鹵獲と、呂500の撤退で、戦況はこちらに大きく傾いた。警備隊が相手をしている方にも姫級の体液が入れられた奴隷がいるらしく、殺さないように戦うのはかなり難しいらしい。人形を救出している間も、戦いが終わるようには思えなかった。
「これで全部か!」
疲れ果てたようなセスの叫び声。リミッターを元に戻され、工廠の隅に寝かされた人形達が相当な数になったところで、海上で拾える人形がいなくなった。これでおしまい。
最初見た数よりも大分減ってしまったように思えたが、それでも半数は救えていると思う。
「よくやってくれたぜェ!」
「お、オッチャン、圧がすごい、怖い」
抱きつかんばかりの来栖提督の喜びようだったが、セスの性格を考えて、そこまではせず。
潜水艦達の応急処置を終えた飛鳥医師は、寝かされた人形達を1人ずつ確認していく。命に別状はなく、緊急性がある者もいないが、とにかく消耗が激しいことは、素人目にもわかることだ。
「これを全員治療することは不可能だ。そもそも治療するための材料がここにない」
人形を治療するためには、誰にも弄られていない胸骨が必要。当然だが、飛鳥医師が持参したそれは夕雲を治療する分しかなく、今まで集めてきた素材は、無傷であるとは思うが今は職人妖精が修復中の施設の地下だ。今すぐの治療は不可能。
「ひとまずは体力の回復に努めましょう。このままでは手術もままならないでしょう」
「確かに。ただの消耗では無いので、手術中に限界が来てしまうかもしれない。一旦休ませた後に考えるのが得策ですね」
「来栖、これだけの大人数ですが、収容出来るだけの部屋は残っていますか?」
「大丈夫です。いざって時ァ妖精に頼んで部屋を拡げてもらいます」
リミッターを外されたことで、限界まで搾り尽くされかけた命を回復させるのが先決と判断された。無傷でも死ぬギリギリというのが今の人形達の現状だ。とにかく命を繋ぐために回復を優先する。
厳しい戦いだが、終わりは見えてきた。
阿武隈だって映えある第一水雷戦隊の旗艦。あんなでも、強烈な実力は持っているでしょう。それが下呂大将のとこの阿武隈なら別格。先制雷撃と先制対潜が両立出来るだけでバケモノ。