鎮守府側では人形達のリミッターを元に戻す作業が完了。風雲の拘束も出来ており、人形に命令が出来ないように猿轡を噛ませることで言葉を封じたため、今のところ処置完了と言える。
私、若葉は、第五三駆逐隊の仲間と共に、工廠で休憩中。今は私達に出来ることはここまで。姫級の体液を入れられた風雲を対処出来たのは大きな功績となった。
「ちっくしょう! いいとこまで行ったのに逃したー!」
「人形は全員自沈してしまいました……」
警備隊が戻ってきた。隊長である足柄と羽黒の悔しそうな表情が物語っているが、敵空母隊は惜しくも逃してしまったらしい。僚艦である人形は全員リミッター解除の弊害で自沈してしまったようだ。
「ただいま戻りました。常に制空拮抗とは、悔しい結果になりましたね」
「あたし達も頑張ったのに〜!」
空母隊と防空隊も一緒に戻ってくる。鎮守府上空を包み込みかねないほどの敵艦載機を全て封じ込め、さらに敵空母隊を討とうとしていたのだから恐ろしい。制空拮抗を維持し続けていてくれたおかげで、私達は救助最優先の行動も取れたし、風雲を撃破することも出来た。空襲まであったら、とてもでは無いがここまで上手くいかなかった。
その後に戻ってきた神風型の5人を見て、全員ギョッとした。人形の自爆装置を破壊し続けたことで、5人が5人返り血まみれ。特に旗風は、まるで気にしていないように顔にまでかかっている。
「ああもう、みんな節操なさすぎですよう!」
そして疲れた顔の阿武隈。あの後一応フォローに行ったようだが、奔放に引っ掻き回す第五駆逐隊に手を焼いた様子。
「全員戻りましたか。こちらは損失なしですね?」
「あー、大丈夫です。出撃した艦娘は全員戻ってきてますぜ」
阿武隈が戻ってきたことで、これで全員の帰投が確認出来た。来栖提督も安心し、下呂大将も一息ついている。
私達が戦闘している最中、下呂大将は裏で家村に連絡を取ろうと試みたようだが、当然ながら不通。その後は、飛鳥医師と共に人形の治療に専念してくれていた。大将という役職でありながら、手ずから行動していくことは、素晴らしいと思う。
「すぐにでも査察に向かいます。阿武隈、行けますか」
「この子達の血を落としてからならすぐに」
「わかりました。では、すぐに準備を。嫌な予感がします」
戦闘後だというのに、下呂大将は大忙しだ。先程まで動き回り、休憩もろくに取らず次の仕事へ。予定していた査察は、こんな状況でも当然行なう。
「やれやれ、人使いの荒い司令官だ」
「松風、さっさと来なさい。あ、お風呂借りまーす!」
第一水雷戦隊もそれに合わせてバタバタと動き始めた。下呂大将が嫌な予感というのだから、査察を早急にしなくてはいけない理由があるのだろう。
今までの戦闘、私達を全滅させて、内通者と共に全てを隠蔽するつもりだっただけでは無いのだろうか。こちらが勝利したときのことまで考えた策が何か。
30分もしない内に、下呂大将と第一水雷戦隊は家村鎮守府へと査察に向かった。取り残された私達は事後処理。戦場に出ていたものは休息と、損失が無いかの確認を行なう。
人形は明石と摩耶、そして私も手伝って艤装を剥がし、セスの命令の下、全員が用意された部屋へと向かっていった。ここまで来ると、セスももうヘトヘトだった。これが終われば仕事終了。夕雲の待つ部屋に戻ることだろう。
「救出出来た人形は総勢42人。これでも半分より少し多いくらいだ」
「残りは自沈しちまったかァ……相変わらず胸糞悪ィな」
これを全て治療することになるため、飛鳥医師の仕事はここからが本番。この大人数を施設に連れていくことは非常に難しく、今までの傾向から考えると、マンツーマンで誰かをつけるくらいでないと回復出来ないほど。確実に施設に人数が足りない。
「ある程度はうちの鎮守府で受け持つぜェ。治療だけはしてもらわにゃならねェけどな」
「ああ、すまない」
人員については、来栖鎮守府にも協力してもらうことでどうにかする。私達では完全にキャパオーバー。そもそもこの人数全てを施設に入れる事が無理である。下呂大将の査察次第かもしれないが、今後も施設防衛をする必要があるため、専念するのは難しい。今の施設の住人だって限りがある。
そして、治療するための胸骨も足りない。これを人工骨で補うことが出来るのだろうか。皮膚や臓器とは違うかもしれないし、やはり馴染まないかもしれない。これも悩みの種。実験が難しいのも考えどころ。
「俺もやれることァ手伝ってやる。なるべく早く、あいつらを元に戻すぜェ」
「頼む。当面は胸骨だな。もしくは、それが無くても造血細胞の汚染を無くす方法だ。これはどうにか僕が調べ切る」
「小難しいことァ俺にゃわかんねェが、ここにいる間ならいくらでも部屋を使ってくれて構わねェ」
ここにいるのは残り2日。今日の午後から明日いっぱいを使って治療方法を思いつき、一部艦娘を施設で治療というのがベストか。とにかく、飛鳥医師の仕事が格段に増えたことは間違いない。時間も無い。
施設の一員として、何か手伝えることはあるだろうか。特に私は、手術にも何度も立ち合い、その嗅覚を施術に貢献してきた。これがまた役に立つかはわからないが、出来ることはしたい。
「優先順位が一番高いのは風雲だ。意思を持っている分、後が辛い」
その風雲は、別室で軟禁状態。さすがにずっと猿轡というのは可哀想なので、部屋の中では自由に行動できるようにされている。艤装もない状態、さらには味方からも撃たれた状態で、ここから逃げようとはしないだろう。念のため監視は置いているらしいが。
「昏睡させる薬も全部潰れてしまった。麻酔もまた手に入れなくちゃいけない。施設は復旧したとしても、完全に元に戻るにはまだ時間はかかりそうだ」
「処置室が潰されたのはキツいな……そこは大将にも頼もうや。上に掛け合ってくれるだろうよ」
夕雲を処置するための用意だけはちゃんと外に出せただけマシだった。そのおかげで夕雲は今復帰が見えてきているわけだし。
施設に戻ったとしても、出来ることは限られているようだ。人形全員の治療は出来ないと言っても過言ではない。まずは風雲。以降は流れで。この方針で決定したようだった。
今でこそ撤退させたが、万が一再び襲撃があると困るため、査察中の下呂大将達が帰投するまでは、当初の予定通り戦闘配備で待機ということになった。
私達もそれに漏れず、基本的にはすぐに出撃出来るようにしておく。艤装を装備しておくわけではないものの、訓練や演習などは無しにして、鎮守府内で待機。とはいえ鎮守府内なら自由に過ごせばいいというスタンスのようである。
私は暇を潰すように工廠で自分の艤装をメンテナンスしていた。隣では摩耶が雷の艤装をメンテナンス中。ここの明石には触れない部分が多いようなので、私達が直に弄る必要があった。
「飛鳥医師は?」
「部屋に篭ったってよ。早く治療法を確立するんだっつってた」
限られた時間というわけではないが、なるべく早く治療出来るように尽力していくということで、飛鳥医師は早速頭を悩ませている。
手術に立ち合いいろいろ手伝った私達でも、医療知識は皆無なため、そういうところは手伝えない。雷が様子を見に行くことくらいはするようだが、邪魔をしないように細心の注意は払うのだとか。
監視と経過観察のために同じ部屋を使っていた夕雲は、既にセスの部屋に移動済み。それにより、なんの後ろめたさも無く、部屋に鍵をかけてまで完全に引きこもり調査を開始したようだ。その調査により、今寝かされている大量の人形の今後にかかっているのだから、少し負担が大きい。
「いい方向に行きゃいいんだけどな」
「ああ。飛鳥医師ならやってくれるだろう」
今までずっと困難な治療も、曙の蘇生までもやってのけたのだ。今回もきっとどうにかしてくれる。言葉に出したらプレッシャーに感じるかもしれないので、みんな心の中でそう思っている。飛鳥医師ならきっと、全員を完治させてくれることだろう。
「あたしらはやれることをな」
「ああ」
自分の艤装のメンテナンスは終了。戦闘を無傷で終われたおかげで、洗浄くらいで済んだ。
もしこれが何かしらの破損をしていた場合、代用パーツは全て施設の瓦礫の下。鎮守府から提供してもらうのもいいのだが、そうしないならしないに越したことはない。
「貯め込んでた艤装のパーツも全部オシャカになっちまったんだよな……壊さねぇでくれて助かったぜ」
「ああ、若葉もそう思う」
シロクロも悲しそうにしていたが、摩耶もこれは少し堪えたと苦笑する。
今まで作り上げたものを、よりによって艦娘の自爆などという本来あり得ないもので壊されたのは悔しい。
「家村っつー提督には、ちゃんと落とし前付けてもらわねぇとな」
「勿論だ。責任を取ってもらわなければ」
話しながら次の艤装に取り掛かる。次はコンビを組んでいる三日月の艤装。こちらも私のものと同じように無傷であり、洗浄だけで済みそうだ。水鉄砲は摩耶に任せることにして、主機をバラして洗浄していく。
摩耶も雷の艤装のメンテナンスが終わり、曙の艤装に取り掛かった。あちらも同じく、傷一つないようである。
「お前ら、強くなったな」
「……ああ。施設を守りたいからな」
その艤装を見ながら、しみじみと話す摩耶。ただ洗浄するだけでメンテナンスが終わることを喜んでくれている。自分の負担が減ったこともそうだが、単純に私達が強くなったことも喜んでくれていた。
知らない間に摩耶も第二改装が出来るほどに強くなっていたが、基本は施設の工作艦扱いだ。本当に人手が足りない時にしか戦場に出ることは無いだろう。摩耶は最終防衛ラインと見ていい。
ふとした疑問。摩耶だって艦娘、戦うことを運命付けられて生まれた者だ。そういう意味では、摩耶はどちらかといえば本来の生き方に反した生き方をしている。
艦娘として戦いたいとは思わないのだろうか。以前の防衛戦では出撃をしていたが、今回の防衛戦は不参加。工廠で明石と共に艤装整備や、飛鳥医師の手伝いに奔走していたらしい。
「摩耶は、戦いたいと思わないのか?」
「あー……前ならあたしが率先して突っ込んでっただろうな。唯一の重巡だからよ。
言われてみれば、施設の艦娘は摩耶以外全員が
「施設を守りてぇ気持ちは同じだ。でもな、誰かは施設に残らねぇと、センセが危ねぇ。なら、あたしがそれを受け持つぜ」
その火力と耐久力を、攻撃ではなく防御に使おうというのが摩耶の考え。
確かに全員出払ってしまったら、万が一の場合に飛鳥医師を守る者が誰もいなくなる。そこに摩耶を配置する。
防衛というかたちで施設に残るのだから、その分、攻めに出る私達を全力でサポートしてくれるという。摩耶の実力は痛いほどわかっているのだから、私達も安心だ。
「あたしはこういうことで施設を支えた方がいい。
「若葉達も、摩耶のことを頼りにしてる」
「おう、任せろ。お前らに不自由はさせねぇよ」
その摩耶が戦場に出ないというのは、周りからはどう思われるかはわからない。だが、摩耶はそれでいいと言っている。艦娘としての制服よりツナギの方が性に合うとまで。
「摩耶がいるから、若葉達も戦える」
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ。メンテにも力が入るってもんだぜ」
いい笑顔で曙の艤装を手際良くバラしていく。私達の感謝はモチベーションアップに繋がっているようだ。私もそれに合わせて、メンテナンスを続けた。
ここからの戦いはどうなるかがわからない。下呂大将が向かった査察で全てが終わるとは、どうも思えない。むしろこれが始まりなのではないかと思えるほどだった。
キナ臭さは感じないが、予感だけはする。終わってほしいとは当然思っているが。
とんでもない人数を治療する必要が出てきました。それに対して医者1人。完全にキャパオーバー。