継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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溢れ出す感情

夜、査察に出ていた下呂大将が鎮守府に戻ってきた。怪我もなく欠けもなく、無事に帰ってきたことを喜ぶが、その表情は浮かない。出て行く際に言っていた『嫌な予感』が当たってしまったか。

 

「大将、ご苦労さんです。して、どうでしたか」

「困ったことになりました。後日、再調査が必要ですね」

 

後ろからやってくる第一水雷戦隊は、暗がりのために少しわかりづらいが煤で汚れているように見えた。あちらで戦闘があったような汚れ方に見えるが、出て行く前に落としていった返り血が新たに増えているようなこともないため、例の刀を振るったかどうかは定かではない。

 

「戦闘配備は解除して結構。皆を鎮守府に集めてください」

「集会を開くってことですね。了解です」

 

戦闘配備の必要は無くなったが、査察の内容は公表の緊急性が高いもののようである。それだけ今回の査察は大きな事が起きたのだろう。

 

「飛鳥はちょいと難しいと思うんで、出られる面子だけ揃えます」

「ああ、あの大人数の治療法ですね。後から話しましょう。私も出来る限りの援助をさせてもらいます」

 

それだけ話して、そのまま全体集会の準備を始めた。帰ってきた直後もバタバタ。下呂大将はいつ落ち着けるのだろう。

 

「あたし達は先にお風呂に行こっか。こんなカッコで集会に行くのはね」

「身嗜みくらいね」

 

第一水雷戦隊のみんなは、軽く身体を洗い流してからとなるようだ。準備とそれを含めて、また30分後くらいから集会が始まることだろう。それまでに全員集めて、

 

下呂大将は査察で何を見てきたのか。

 

 

 

予想通り約30分後、全体集会が開始する。飛鳥医師、シロクロ霰組、セス夕雲組は欠席。飛鳥医師には後から下呂大将が直々に話すそうだ。当然風雲は軟禁状態であり、人形達は眠ったままである。

 

「時間も遅いので、なるべく簡潔に話したいと思います。我々は、かの家村大佐の鎮守府へ査察に向かいました。そこで見たものは、()()()()()()()です」

 

集会の場がざわつき始めた。こちらに攻め込んできた鎮守府が既に崩壊しているとなると、いろいろと変わってくる。

 

「内部を探索しましたが、そこの匂いや荒れ方からして、我々が鎮守府防衛が終わった直後に燃えたと考えられます。また、砲撃の跡がありました。パッと見では、『深海棲艦に襲撃されたため、崩壊した』ように見えます」

 

第一水雷戦隊が煤で汚れていたのは、崩壊した鎮守府を探索したからか。襲撃で破壊されたのなら、火の手が上がっていてもおかしくない。

来栖鎮守府に全員集まったタイミングを見計らってこちらに襲撃してきたというのに、その間に鎮守府崩壊とは流石におかしい。

 

「ですが、あちらは少し詰めが甘い。普通の査察なら騙せるでしょうが、私の目はごまかされません。その砲撃は()()()()()()()()()であることがわかりました。せめて海外艦を使えばいいものを、手を抜きましたね」

 

下呂大将の見立てでは、家村鎮守府を崩壊させた砲撃は、深海棲艦の砲撃ではないという。何が違うかというと、口径の規格らしい。センチかインチかなんて、砲撃跡を見てわかるようなものなのだろうか。16inch砲と41cm砲なんて、ほぼほぼ同じようなものなのだが。

最初から疑ってかかっているから気付けるのかもしれない。下呂大将は嫌な予感がすると言って査察に向かったが、それがこれなのだろう。元凶がその場から消えている。

 

「話を続けます。我々は崩壊した鎮守府を探索してきました。中には何人もの艦娘の死体と、人間の死体が1つ。家村らしき死体でしたが、本人である確証はありません。焼け焦げていて素性がわからないほどでしたので」

 

艦娘のものはさておき、人間の死体というのが気になるところである。もしそれが家村のものであるのなら、誰か黒幕的なものが家村を口封じで殺したと考えられ、それが家村のものでないのなら、早々に逃げて反撃の機会を虎視眈々と狙っている可能性が出てくる。

 

どちらにしろ、家村は深海棲艦の襲撃を受け、健闘して殲滅するも無念の戦死、というシナリオが成立してしまう。夕雲や霰、それに鎮守府で眠る数十人の人形達を見せても、家村がもういないとなれば有耶無耶にされる可能性だってある。来栖鎮守府への襲撃を無かったことにされたら、こちらとしては絶対に納得いかない。

それでいて家村がまんまと逃げ果せていた場合、私達はここまで散々なことをされた挙句、家村はのうのうと生きていることになる。それは尚のこと納得がいかない。

 

「……若葉さん」

「ああ、我慢しろよ」

 

三日月の左目がギラギラと輝いているのがわかった。私も両腕が疼き、ギュッと握る。曙も胸を掴んで疼きに耐えているようだった。

家村のせいで人生を変えられた私達のことなど露知らず、元凶は私達の手の届かないところに行こうとしている。許せない。怒りが姫パーツを疼かせる。

 

「許せません……これだけのことをして逃げるなんて……」

「わかってる。若葉も同じ気持ちだ」

 

三日月を落ち着かせるために手を握った。私だって手が震えている。自分が落ち着くためにも、お互いの温もりを伝え合う。多少は落ち着くが、怒りはなかなか収まらない。落ち着かなくてはいけないのに。

 

「おそらく、上にいるであろう内通者が家村鎮守府の真相を闇に葬るでしょう。そうされる前に、我々が全て調査します。そこで、手伝ってもらいたい人がいるんですが、いいですか」

「誰が入用なんですかい?」

「若葉です。その類稀なる嗅覚を貸してもらいたい」

 

少し予想外だった。

 

「予想は出来ているのですが、確定では無いので、ここで君の力を借りて確証を得たいのです。力を貸してもらえますか?」

「……了解した。若葉の力が大将の役に立つのなら」

「ありがとうございます」

 

私としては願ったり叶ったりだった。因縁の相手の真相を暴くために私の力が必要と言うのなら、喜んで力を貸そう。嫌なものをさんざん見ることになるかもしれないが関係ない。

 

「第五三駆逐隊、明日私に協力してくれると嬉しいです。三日月と曙も元々は家村鎮守府の所属艦でしたね。意見が欲しいです」

 

私をメインに、五三駆全員が御所望のようだ。雷以外はその鎮守府に因縁があるため、ケリをつけるためには他の者以上に全力を尽くす。

 

「私は問題ない。あのクソが死んでるかどうかは自分の目で見ておきたいし」

「……同じく」

「私も大丈夫。みんなの因縁の敵なんでしょ? 真相を探る必要があるなら、もーっと私に頼ってくれてもいいんだから!」

 

駆逐隊のメンバーは全員やる気だ。言い方は悪いが、今回の事件に無関係な雷も率先して協力してくれる。仲間として頼らせてもらおう。

 

「簡単にですが、今はここまでとしておきます。不確定な情報を話しても混乱するだけでしょうから。明日、改めて査察に向かい、真相の解明をします。再び戦闘配備でよろしくお願いしますね」

 

撤退させたとはいえ、明日また襲撃に来る可能性は否定出来ない。そのため、大丈夫であると確定出来るまでは、戦闘配備を維持し続けるべきだ。最低限、次の調査が完了するまでは。

 

 

 

夜、寝る前に人形達の眠る大広間を訪れる。三日月はあまりいい気分になれないだろうからと控えたため、ここにいるのは私だけ。

総勢42名、今は全員が目を瞑り、死んだように眠っている。異様な光景に、恐怖すら呼び起こされそうだった。事実、暗い部屋にピクリとも動かず並んでいる光景は、見ていて不安になるものだ。

もしかしたら私もこの中に入っていたのかもしれないと思うと、途端に嫌な気分になった。それと同時に、腕の疼きも蘇る。

 

人形達は、共通する薬の匂い以外にも、様々な匂いがした。その中でも特に気になるものが数人。特にその中の1人は、確実に知っている匂い。()()()()()()を持っている。

四肢の影響で私も複雑な匂いになってしまっているが、根本的な部分、『初春型の匂い』は、どうあっても無くならない。それを感じる人形が1人。

 

「……姉さん……なのか」

 

匂いもあるが、感覚的にわかった。この人は、()()()だと。

 

「彼女は初春、君の姉ですね」

 

突然だったので驚いてしまった。声を上げなかった自分を褒めたい。

私がこの部屋に入ったのを見たのか、下呂大将が入り口に立っていた。あちらももう寝る前なのか、随分と疲れた顔を見せている。数時間、大発動艇に揺られて査察に行くのは、艦娘でも疲れるものだ。人間には相当クるものがあるのだろう。

 

「……いるんじゃないかと……何となく思ってはいた」

「そうですか。匂いですか?」

「勘だ」

 

何となくだが、姉妹の誰かがいるような気はしていた。そして、出来ることならいてほしくないという気持ちが大きかった。

実際この人が私の姉とわかった時、腕の疼きが途端に激しくなった。自分がこの境遇に立たされていること以上に、姉のこの姿が辛い。姉をこうした家村に対しての怒りと憎しみが、今まででも感じたことが無いほどに膨れ上がっている。

 

「私情は挟まない。優先順位だとか、管理する場所とかは、全て飛鳥医師に任せる」

 

治療に感情は挟まない。姉だから先に頼むなんて、口が裂けても言えない。姉よりも酷い状態の者はきっといる。治療方法には一切口出しするつもりはない。

 

「若葉、1つ教えておきましょう」

「ああ」

「そういうことを口に出すということは、いの一番に治療してほしいと言っているようなものですよ」

 

余計なことを口走ってしまったらしい。思った以上に、初めて出会った姉妹に入れ込んでしまったようだ。見たことも話したことも無い姉なのに、今までで一番落ち着く匂いに思えたからか。

当然、最初に治療してもらったら嬉しい。実の姉なのだから、私がシロクロのように常に側にいて、回復に努めたい。だが、それはただの我儘だ。自分の意思は押し殺さなくては。

 

「君は感情を口に出すことが苦手ですか?」

「……そうかもしれない」

「駆逐艦若葉はそういうものかもしれませんね。私の知る若葉も、あまり話す方では無いですから」

 

そう言われると、駆逐艦若葉の特性なのかもと思う。

 

「無理はしないように。感情を押し殺すというのは、思っている以上にストレスになります。私の部下達を見てみなさい。奔放で、楽しそうでしょう。ああなれとは言いませんが」

 

第一水雷戦隊は、あれだけの凄惨な戦闘でもストレスを溜めていないように見えた。阿武隈は違う意味でストレスフルだったが。

相応の強さを持っているから、それだけ余裕でいられるというのはあると思う。私達にはそれが無いのだから、必死になるしかない。戦闘に余裕が持てる時が来るとは到底思えない。

 

「言いたいことは言えばいいんです。それが通る保証はありませんが、言うだけならタダですからね。却下されてもいいくらいの気持ちで、ズケズケと口に出せばいいんですよ。言いづらいなら私が聞いてあげます。君の感情をぶつけてきなさい」

 

さぁ、と手を拡げて微笑む。自分でストレスを発散しろと言わんばかりだった。軍属でもない飛鳥医師ならともかく、来栖提督よりも位の高い下呂大将を相手にするとなると、若干萎縮してしまう。だが、むしろこれは言わないと終わらなそうな雰囲気。

腕の疼きは止まらない。私の中には今、黒い感情が渦巻いている。口に出せば軽くなるだろうか。せっかくの機会だから、下呂大将に聞いてもらうのも悪くないかもしれない。

 

「……家村が殺したいほど憎い」

「ふむ、因縁の強い相手ですからね」

「若葉の身体がこうなったのは、元はと言えば奴のせいだ。それに加えて、姉までこうされた。知らないところでもっと失われているのかもしれない。それが、憎くて憎くて仕方がないんだ」

 

憎しみを言葉にした。殺したいと口に出したのは初めてかもしれない。一度口に出してしまえば、溜まりに溜まった不満が口から次々と出てくるものである。

そこから数分間、愚痴という愚痴が溢れ出た。相手が大将だからというのも関係ない。ダメだと思っていた言葉も次々と。負の感情が抑えられない。涙すらでそうになった。

 

どうせ死ぬなら、私の手で死んでもらいたかった。償いの言葉くらい聞かせてほしかった。1人1人に謝罪し、その上で全てを否定して、嬲り殺しにしてやりたかった。

死んでいないのなら、地獄の底まで追いかけて殺したい。今までやってきたことを後悔させたい。その死体ですら壊してやりたい。この世から影も形も無くしてやりたい。全ての尊厳を奪いたい。

 

喚き散らすように愚痴を言い続けた私を、下呂大将は慈愛に満ちた目で見続けていた。これだけの鬱憤を吐き出しても、それを否定せず、むしろその殺意を肯定するようだった。

さんざん負の感情を吐き出した後、言い切った感覚と共に愚痴が止まる。妙にスッキリしていた。腕の疼きも止まっていた。

 

「君の心、しかと受け止めました」

「……すまない。ここまで溜まっていたなんて」

「君は相応の扱いをされています。それほどの感情を持っても無理はありません。私はそれを否定しませんし、むしろもっと言った方がいいと思います。君がそれを言うだけで、実行に移さないことくらい理解していますから」

 

やんわりと頭を撫でられる。頭に上っていた血が引いていくように、気分が落ち着いていく。

 

「たまにはこうやって溜まったストレスを発散した方がいいでしょう。口に出すだけでも少しは変わりますから。まぁ、全てが終わればこんなストレスを感じることは無くなるのでしょうが」

 

何もかもが終わってくれれば、こんなストレスももう感じなくなる。だからこそ、早く終わらせたいものだ。

 

「余裕があれば、他の子の鬱憤も聞いてあげましょう。特に三日月は溜まりに溜まっていそうですね」

「ああ、多分」

「相部屋の君が聞いてあげるのもいいですからね。愚痴は悪いことではありません。たまに口汚い言葉を使ってもバチは当たりませんから」

 

下呂大将が大将たる理由がわかったかもしれない。この人の下なら、楽しく生きることが出来そうだと思えた。

 




42人のうちの1人は、初春。人形ですから改二ではありませんが、改二になっていたら暴言振りまく姫にされていたかと思うとゾッとします。

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