継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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崩壊した鎮守府

翌日、2度目の査察。今回は鎮守府そのものが崩壊してしまっているため、要因の調査が目的となる。そして、それに私、若葉が抜擢された。その場を嗅覚により調査し、原因究明に尽力する。

私が向かうということで、第五三駆逐隊全員で手伝うことになった。雷以外は、今から向かう鎮守府に大きな因縁がある。私怨が混ざった調査にならないように注意しなくてはいけない。

 

「三日月大丈夫? 目がビカビカしてるわよ?」

「大丈夫です。痛くはないですし……その、イライラが漏れるんです」

 

昨日から、三日月の左目がずっと妙な輝き方をしていた。負の感情が抑え切れていない。私は下呂大将に吐き出すことが出来たが、三日月はまだ溜め込んでいる。溜め込んだ部分が目から漏れ出しているのだろう。

 

「なら全部吐き出しちゃいましょ! 大将、大発動艇ってまだ乗れるかしら!」

「ええ、まだ場所は空いてますよ。艦娘が艤装を装備しながら2人乗るくらいなら余裕があります」

「鎮守府に着くまでまだ時間あるわよね。三日月、さぁ、私を頼って!」

 

私が下呂大将にしてもらったことを、雷が三日月にしていくようだ。2人して大発動艇に乗り込み、三日月に溜まったものを吐き出してもらうようだ。

すると私と同じように恨みと憎しみが出るわ出るわ。溜まりに溜まった鬱憤が次から次へと流れるように。聞いているこちらが気の毒になる程。そこにいた誰もが苦笑するしかなかった。

 

「言いたいことを言ったら……少しスッキリしました」

「ホントにすごく溜め込んでたのね……。大丈夫よ、私が三日月の嫌なこと全部聞いてあげるからね。いつでも話していいからね!」

 

雷が三日月をハグして慰める。全て終わったときには、三日月の目の光は多少抑え込まれていた。三日月もこれで少しは落ち着ければいいだろう。ストレスは良くない。最後は潰れてしまう。

こういうカウンセリングは雷が適任かもしれない。PTSDを患った羽黒を癒したのも雷だと聞いたし。雷が潰れないようにする必要は出てくるが。

 

 

 

しばらく行き、家村鎮守府に到着。施設が破壊された時のように黒煙が上がり、嫌な匂いが立ち込めている。

 

「……若葉達が生まれたのは、ここだ」

「はい。この鎮守府です」

 

未だに生まれた鎮守府がフワフワしていた私と三日月だが、この崩壊した鎮守府を見て確信できた。ここは私達の生まれた場所。生み出された直後に捨て駒として出撃させられ、二度と帰ってくることが無かった場所。

近付けば近付くほど、その感覚を思い出すようだった。もう数ヶ月も前のことなのに、怒りと憎しみからつい最近あったことのように思える。

 

「腕が疼く……」

「目が……」

「息が熱い……ムカつくわね……」

 

この鎮守府に恨みを持つ私達3人は、三者三様の反応を見せた。

 

「仕事を済ませたらすぐに帰投しましょう。私としたことが、君達の感情の機微を配慮出来ていませんでした。申し訳ありません」

 

下呂大将に謝罪されたが、別に私達は気にしていない。こうなることは想定していたことだし、今は何があってもこの鎮守府絡みのことが話題に出るだけでこうなりかねない。

 

「調査、何をすればいい」

「指定する場所の匂いを。ですが、気をつけてください。あまり近寄らせるつもりはありませんが、昨日も言った通り、崩壊に巻き込まれた艦娘の死体がそこかしこにあります」

「……ああ、埃の匂いと焦げた匂いが充満している」

 

本来工廠だった場所から崩壊した鎮守府に侵入。なるほど、昨日の第一水雷戦隊は、ここを歩いたから煤で汚れていたのか。

 

視界には入れないようにしていたが、工廠の隅の瓦礫の下に、明らかに()()()らしきものが確認できた。それを知っていたのか、阿武隈がそちらに行かないようにガードしていたため、気遣われているとわかる。

正直ありがたかった。多分気付いたのは私だけだ。そちらの方から血の匂いがしたから気付けた。あの脚が誰の脚かはわからないが、こんなことの犠牲になってしまったのは残念でならない。私達のように意思は持っていたのだろうか、それとも、人形だったのだろうか。

 

「少し足下が悪いので気をつけてください」

 

破壊されていようが、ここが私の生まれ故郷であることを痛感した。工廠に見覚えがある。私が生まれて初めて見た風景だ。また怒りが沸き立ちそうになったが、今はそんな感情で嗅覚を弱めることは避けたい。何とか頭を冷やす。

 

「最初は執務室です。……昨日話した通り、ここに人間の死体があります」

 

いきなり本題から開始。その人間が何者かを確認するための調査。

当たり前のことだが、私は家村の匂いなんて知らない。この嗅覚を手に入れてから、家村に会ったことが無いのだから、わかるはずがない。だが、何かしらの匂いがわかれば、下呂大将は分析出来ると言う。

 

「ここです。若葉、目を隠しましょうか」

「……ああ、そうしよう。その方が敏感になる」

 

焼けてボロボロになった執務室の扉の前で、阿武隈に目隠しをしてもらった。この方が嗅覚に専念できる。

目隠しをした理由はもう1つ。いくら恨みが深い相手とはいえ、死体を見たいと思えない。いくら焼け焦げて何者かもわからない状態だとしても、既に先程死体の脚を見ているとしても、わざわざ直に見る理由もない。

私以外は執務室前に待機。私は目隠しをされ、下呂大将と阿武隈に手を引かれて部屋に入る。

 

思わず吐きそうな感覚がした。最初に感じたのが焼けた肉の匂い。部屋も大惨事と言えるほどに燃えているのだと思う。火は消えていそうだが、煙が上がっているのは匂いでわかる。

すぐにわかったのは、焦げた匂いと血の匂い。所謂、()()()()。おそらくこの匂いは、私だけじゃなく、ここにいる全員が理解してしまっている。

 

「焼けた肉の匂い」

「はい。焼死体ですので」

 

この焼けた肉の匂いが死体からするのは察していた。私達が普段食べているものとは違う、気分が悪くなる匂い。血の匂いも相まって、すぐにでもここから立ち去りたいくらいである。

 

「その匂いの奥に何があるか、わかりませんか」

「嗅ぎ分ける。少し待ってほしい」

 

その匂いの奥底。肉の匂いと煤の匂い以外の匂いに集中する。視覚を封じているため、より強く感じることが出来た。瓦礫の匂いも省き、より小さな匂いに焦点を当てていく。

その中に1つ、知っている匂いがあった。変に甘い匂い。艦娘からも漂っていた匂いが、微かに感じられる。

 

「その死体から、夕雲や霰に使われていた麻薬の匂いがする」

「ふむ……人間には非常に危険なものと飛鳥から聞いています。焼けてしまえばわからなくなってしまうようなものですが、よくわかりましたね」

「知っている匂いだったからだ」

 

これを知らなかったら、甘い匂いがするとしか言えなかった。下呂大将がそれだけから麻薬に辿り着けるかはわからない。情報がフワッとし過ぎている。

 

「あとは……この煤とは違う煙の匂いがする」

「煙の匂い、ですか」

「ああ。何なのかはちょっとわからない。嗅いだことのない匂いなんだ」

 

そうとしか言えない。知らない匂いは、知っている少ない知識で伝えるしかなかった。

この周囲に漂う煤臭さとは違った煙の匂い。あまり嗅ぎ続けたくない煙。鼻につくというか、身体に悪そうな匂い。

 

「もしや、タバコでしょうか」

「それを知らないから確証は持てない」

「私もですが、飛鳥も来栖も吸いませんから、若葉は知らなくてもおかしくないですね」

 

ふむ、と下呂大将が頷く。なかなかいい情報になったようだ。

それならと、もっとわかることがあるかを調べ続ける。少しだけ死体に近付いたが、ただただ今まで嗅いだ匂いが強くなるだけのため、あまり得られるものは無いようである。

 

「……集中したんだが……今はそれくらいしか確認出来なかった」

「充分です。ありがとうございます」

 

この2つの情報、麻薬と煙の匂いがあるというだけで、下呂大将には納得が行くものがあったようだ。

 

「少し調査は必要ですが、おおよそ確定しました。では次に行きましょう」

 

少しだけでも情報を捻り出せば、それで下呂大将は問題無いようだ。私にはさっぱりだが、先に繋がる情報を提供出来たなら問題無い。

 

次は食堂らしき場所。ここには死体が無かったため、全員で中に。心を痛めていたのは、施設でも料理担当の雷だ。瓦礫に潰され、燃やされてしまった食材達を見て、溜息をつく。

だが、私では気付けないことを、雷は気付いた。長く施設で料理を担当していたからこそ気付けること。

 

「大将、この鎮守府って、何人くらいいたの?」

「艦娘だけなら100は超えています。規模的にも、250はいましたね。その半分以上は人形だったようですが」

「おかしいわ。それだけいるのに、食糧がこれだけなんて」

 

いくら燃え尽きてしまったにしても、この少なさはおかしいと雷は指摘した。たった10人そこらしかいない施設の備蓄よりも少ないのだとか。これから購入する予定だったと言われても、ここまでギリギリにすることはないだろうとも。

そもそも人形がどのように運用されていたかはわからない。だが、霰や寝かされている人形達を見る限り、栄養失調になっているようなことは無かった。食べるくらいはしっかりされている。人形だと言っても、食がちゃんとしていないと、最大のパフォーマンスは出せないということだろう。

なら、尚のことおかしい。それだけの人数を維持するにしても、これは少なすぎる。

 

「私もそこは気になっていました。これも確証が持てなかったところなので、再調査をしたかったのです。これはいい情報ですよ」

「役に立てたのなら嬉しいわ! もーっと頼っていいのよ!」

 

私も念のため匂いを嗅ぐ。ここに蔓延するのは、焼けた食糧の匂いばかり。特段おかしな匂いはない。死体が無いので、嗅ぎたくないような匂いがないのはありがたいが。

 

そのままいろいろな部屋を見て回り、そこの匂いを嗅いだり、各々思うことを言っていく。少ないものの情報は出てくるもので、下呂大将は大変満足していた。

下呂大将の持つ知識にだって限界はあるし、匂いに至っては目に見える情報でもない。特殊なスキルを持つものでなくては拾えない情報である。

 

「ではここで最後です」

 

ぐるっと回って、下呂大将が乗ってきた大発動艇が待つ工廠に戻ってきた。用があるのはその横、作業スペースとは別に取られている待機室のような場所。ここには死体もいくつかあるので、慎重に中へ。

ここで、私は1つ今までにない匂いを感じた。ここには少し似つかわしくない匂い。

 

「花の匂いがする」

「花、ですか」

 

艦娘達の私室や、執務室にあるというのなら、まだわからないでもない。生活に彩りを加えるという名目で花を飾ることくらいはするだろう。

だが、ここは工廠だ。花を置いていても、すぐに汚れてしまうような場所には、正直似つかわしくない。それに、この一室だけに充満しているのもおかしな話だ。似たような匂いは何処にも感じたことがない。

 

「あの……いいですか」

「三日月、なんですか」

「あの瓦礫の下から……()()()()がします。左目で見ると……ほんの少しですが()()()()()()()ような何かが見えて」

 

三日月が左目のことを言うということは、深海棲艦の目だからこそ見えるものがあるということ。私も少し注意深く匂いを嗅ぐと、三日月が言う場所は、花の匂いが若干強い。

 

ということで、瓦礫を退かしてもらう。私達でも退かせるとは思ったが、事もあろうに松風が瓦礫を叩き斬った。5人姉妹の中では最も腕力を持つ松風の豪快な剣技なら、瓦礫の破壊もわけないのだとか。

中から潰された腕が出てきてゾッとしたが、その腕が花弁を1枚握り締めていた。瓦礫の下にあったおかげか、燃え尽きることなくここに残ってくれていたようだ。

 

「それです。私に見えた何か」

「部屋の花の匂いと同じだ」

 

重要な証拠となり得る花弁だ。下呂大将も慎重にそれを回収し、何か拾得物があったときに入れようと持ってきていた小さな袋に入れた。

赤い、赤い花弁。私には匂いしかわからないが、三日月にはそれがおかしなものに見えるらしい。

 

「君達が言わなければ、おそらく何も考えずに処分されていたでしょう。それに、崩壊した鎮守府の片付けは職人妖精に任せ切ることになります。それで証拠を隠滅しようとしていたみたいですね」

 

私達がすぐに来て正解だった。これに気付けなかったら、知らない間に全て片付けられていた。自分達で言うのはアレだが、これは私達で無ければ気付けない。

 

「充分です。ではこれで帰投しましょう。重要な拾得物もありましたから、ここから私が調査します。三日月、ありがとうございます。君のおかげで真相究明にグッと近付けました」

「……いえ」

 

まだ嫌悪感と苦手意識は克服出来ていないか、少し私に隠れ気味。こればっかりは仕方あるまい。三日月についてしまった深い深い傷だ。

 

「それでは、来栖の鎮守府に戻るまでは気を抜かないように。協力ありがとうございました」

 

家村鎮守府の再調査はこれで幕を閉じる。ここからは下呂大将に任せっきりになるが、先に進むことが出来そうだ。

 




痕跡は思ったより残っているものです。

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