継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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赤い花弁

来栖鎮守府に帰投。帰投中に襲撃を受けることもなく、無事に鎮守府に辿り着いた。工廠に入るや否や、下呂大将から問われる。

 

「若葉、最後にもう1つだけ。人形や風雲から、あの時に感じた『煙の匂い』を感じましたか?」

 

煙の匂いとは、崩壊した鎮守府に蔓延する煤とは違う、嗅いだことのない匂い。下呂大将はタバコか何かかと言っていたが、それがわからないため、私の中では確証が持てないものだった。

あの匂いは、あの場で初めて嗅いだ匂いだ。今まで知らないもの。つまり、今の質問なら対しての答えはノーである。人形と風雲もだし、夕雲や霰からも感じたことがない匂いだ。

 

「感じない。あの時が初めてだ」

「結構。また協力を仰ぐことになるかと思います。その時はまた」

「ああ。五三駆は協力を惜しまない」

 

私だけでなく、全員が頷く。早期決着を目指すために私達の協力が必要というのなら、喜んで協力しよう。特に、家村の生死に関してはなるべく早く知りたい。

 

「若葉も1つ聞きたい」

「何でしょう」

「結局、家村は生きているのか死んでいるのか」

 

下呂大将は少し困った顔をした。まだ確定した情報ではないため、不用意に話すと却って混乱を招くのではないかと考えている。おおよそ確定とは言っていたが100%では無いため控えたいと。

だが、確定情報ではないにしろ、私達は心の持ち方に影響があるため、確定でなくても不安を取り除きたかった。

 

「私の予想の範疇からは抜け出していませんが、いいですか?」

「構わない。教えてほしい」

「……彼は生きています。あの焼死体は偽物(フェイク)です」

 

何となくだが、そうではないかと思っていた。下呂大将は最初からその線で調査をしていたように思えたからだ。

 

そのキーとなったのが、私が感じ取り、今も聞いてきた煙の匂い。その匂いをタバコと仮定した場合、下呂大将の知る家村は喫煙者では無いとのこと。見なくなってから喫煙の傾向が現れたとしたなら、部下である艦娘からも僅かながら匂いを感じ取ってもおかしくない。さらには、瓦礫の中から灰皿などの喫煙に使うものは見つかっておらず、ヤニによる壁の変色も見当たらなかったそうだ。

とはいえ、ここ最近になって吸い始めたとか、必ず鎮守府の外で吸っているとか、抜け道は幾らでもある仮説だ。確かに確証が得られるような情報では無い。そこを調査し、あの死体が偽物であることの裏付けを取るとのこと。

 

「クスリで釣った一般人では無いかと予想しています。焼死体なら、背格好が同じなら騙し通せると思ったのでしょう。私も君がいなければ確証が得られませんでしたから」

「……そうか。まだ、生きているか」

「可能性ですから、信じ切らない方がいいですよ」

 

下呂大将が言うのだから、可能性は高い方なのだと思う。

あれだけのことをやっておいて、本人はまんまと逃げ果せていると思うと、腕が疼くほどに憎しみが湧き上がる。後ろにいた三日月の歯軋りと、曙の舌打ちも聞こえた。同じ気持ちだ。

 

「私としての問題は、こちらです」

 

私達の恨みと憎しみを逸らすためか、すぐに話を切り替える。

懐から取り出したのは、最後に手に入れた赤い花弁。透明な袋に入ったそれは、死体が握り締めていたので大分萎れている。だが、三日月はそれに対して妙な感覚を持っていた。

 

「……やっぱり、何かが湧いているような……そんな感じがします」

 

匂いはただの花なのだが、三日月にだけわかる何か。もしかしたら摩耶にもわかるかもしれない。ちょうど工廠にいるので呼んでみる。

摩耶がその花弁を見た途端、三日月と同様に不思議なものを見たような表情に。

 

「三日月の言いたいこと、なんかわかるぜ。右目で見ると変な感覚がする」

「ですよね……言葉に表せないんですが……」

 

匂いには何も影響が無いようだが、深海棲艦の目を通すと何かおかしな感覚がすると。ならば、もうこれは深海棲艦に関係している物としか思えない。海にいる者に花弁なんて、一番縁がなさそうに思えるのだが。

 

「ふむ……もしや、この花弁……」

「思い当たる節が?」

「以前に見つかった深海棲艦に思い当たるものがいます。当然私は直接見たことは無いのですが、花弁を散らした深海棲艦がいるという資料を読んだ覚えがあります。これがまさかその深海棲艦の花弁とは……」

 

下呂大将といえど、初めて見るものくらいある。それがこれだったということだろう。

 

ここから下呂大将は少し調べ物をするとのこと。私達は査察の疲れを風呂で取り、再び戦闘配備で待機となる。事が済んだら下呂大将は自分達の鎮守府に帰投するらしいが、この件が終わり次第ということになった。

 

 

 

風呂を終え、昼食も終え、戦闘配備という名の休息中、下呂大将からお呼びがかかる。先程の花弁の件について調べがついたらしい。これは飛鳥医師にも知っておいてもらいたいことらしく、施設のメンバーが集められた形になる。

シロクロ霰組は相変わらず部屋の中。たまに外を散歩しているらしいが、セス夕雲組とタイミングを合わせているそうだ。シロクロとセスで相談しながら行動している。

 

「夕雲が参加してよかったのでしょうか……」

「君だからこそ参加してもらいたかったんです。穿り返すようで申し訳ありませんが」

 

今回は夕雲も参加。治療中ではあるものの、既に施設組としての認識になっているようである。事実、施設の修復が終わった時点で仲間入りは確定しているので間違ってはいない。

夕雲はこの中でも、あちらで活動していた記憶をしっかり残している唯一の艦娘だ。正気に戻ったことでその情報を提供してもらいたいと考えてのこと。

 

「わかりました。罪を償うためにも、夕雲の知ることをお伝えします。そうですよね、皆さんの言う通りです。これも夕雲の償いの形ですよね。ごめんなさい、でもまだ死ねないんです。償いきれていませんから。ごめんなさい」

「大丈夫だよユウグモ。何度も言ってるけど、ユウグモの罪じゃない。でも教えてくれることは嬉しいよ」

「はい……皆さん、セスさんもこう言ってくれているので……ごめんなさい」

 

当たり前のように幻覚と会話してしまっているが、セスの献身による回復のおかげか、その幻覚も以前ほど攻撃的ではないようで、死を求め続けているわけではないようである。

禁断症状が出ている時の、虚ろな瞳も少し気怠そうな雰囲気も以前のままだが、表情は少し穏やか。霰以上に復帰が早いかもしれないが、幻覚と会話している時点で心に致命傷を受けてしまっているのは確か。

 

「では始めます。命題はこれ、査察で三日月が発見した赤い花弁。資料を調べたところ、該当する深海棲艦を発見しました」

 

その資料のコピーを持ってきており、私達に見せてくれた。

そこに描かれた深海棲艦は、私達にはまだ未知の存在。自らの土地を持つ、いわゆる陸上施設型深海棲艦。艤装の形も今までに見たことのない滑走路型。全てにおいて、私には訳のわからないもの。

そして、下呂大将の持つ赤い花弁だが、その深海棲艦の足下に積もっていた。大量に咲き乱れる彼岸花が、この花弁の正体。

 

「この深海棲艦は、その足下の彼岸花(Lycoris)から、個体名称『リコリス棲姫』と名付けられています。ご覧の通り、陸上施設型。その場から動かない代わりに、強大な力を持つ深海棲艦です」

 

私の知る姫級(シロクロとセス)とはまた違った見た目。なかなか豪奢な見た目をした、まさに姫である。

 

「セス、見たことあるか?」

「流石に他の姫とあったことなんて無いよ。シロクロも無いんじゃないかな」

 

セスやシロクロは動き回ることが出来る姫だが、リコリス棲姫はその場から動くことのできない姫。セスがその場に行かない限り、面識は無い。

加えて、このリコリス棲姫自体が発見された例が少ないらしく、この資料に掲載された写真は、本格的に戦闘した、たった一度の戦場で撮影されたものである。

 

「この花弁が彼岸花だとしたら、これそのものに毒があります。致死量には届かないので問題はありませんが、一応そういうものと覚えておいてください」

「彼岸花は害獣避けに使われるような植物だ。深海棲艦の持つそれということは、毒性もまったく別物かもしれない。時間があれば僕も花弁を解析したいところだ」

 

そんな花弁を握りしめていた死体。下呂大将はそこからメッセージ性を読み取っている。死しても何か伝えたいことがあったのか、それとも。

 

「そういえば……」

 

曙が何かを思い出したように呟く。

私達よりも長くあの鎮守府に滞在していたのだから、何か思い当たる節があるのかもしれない。あの場では思い出せなくても、ここでは冷静に物事を考えられるし。

 

「赤い花を明石が弄ってるの見たことがあるわ。酷使されてた頃にチラッと見ただけだから、それかどうかはわからないけど。こっちがクソ忙しい時に何やってんだってイラついたもの」

 

工廠であの花を何かしていたのなら、曙の目に留まることもあったか。

 

「何をしていたか、覚えていますか?」

「あの時はバカみたいに疲れてたからホントに最低限だけど……花弁を毟って瓶に詰めてたわね」

 

その内の1枚がこれなのかもしれない。明石がそれをやっていたというのなら、花弁を使って何かをしていると考えられるか。私達の艤装にはまるで関係ないものなのに、工廠で取り扱っている時点で裏があるとしか思えない。

 

「ここからは憶測ですが、リコリス棲姫の彼岸花は、夕雲達にも使われていた薬の成分と一致するのではないかと思います」

 

流石にそれは……と反論しようとしたが、下呂大将も憶測と言っているし、私も無くはないと思える。とはいえ、例のクスリから感じられる匂いとはまるで違う匂いだ。これを加工することで例のクスリの匂いに変化するのだろうか。

こればっかりは成分解析をするしか無かった。

もし本当にそうだったら、この麻薬自体を家村の鎮守府が作っていることになりかねない。飛鳥医師が調査用に持っていたクスリも、世の中に蔓延るクスリも、本を正せば家村に行き着くものだったということだ。

 

「この憶測が正解だった場合、敵の裏側にはリコリス棲姫が絡んでいることになります。ですが、まだ敵か味方かはわからない状態ですね」

「というと?」

「リコリス棲姫が自分から協力して花を提供しているのか、何かしらの理由があって嫌々協力しているのかがわかりませんから」

 

シロクロやセスの存在から、このリコリス棲姫も侵略者ではない深海棲艦である可能性もある。そうだった場合、家村は何かの理由で無理矢理服従させている可能性だってある。

 

「あの……」

 

夕雲がおずおずと挙手。禁断症状が治まったようで、目の焦点は合っている。

 

「定期的に戦闘とは違う理由で外に行く部隊がありました……夕雲は参加したことは無いので、その任務の意味はわからなかったのですが……」

 

ならば、その部隊がリコリス棲姫と定期的に接触していたと考えられるだろう。居場所もわかっていると。シロクロやセスは執念深く追いかけ回していたというのに、リコリス棲姫は花弁の有用性で生かし続けているわけだ。

 

「我々の次の任務は、この花弁を持つ深海棲艦、リコリス棲姫との接触でしょう。家村が鎮守府を捨てた今、次にどういう行動を取るかがまだ読めません。ならば、そこに繋がるであろうものは全て調べたい。友好的な深海棲艦である場合、協力を仰ぎたいところですね。そうで無かったら……討伐する必要があります」

 

下呂大将の憶測が正解ならば、リコリス棲姫がいるせいでクスリが作られているということになる。それが家村に自分から協力しているような深海棲艦である場合、友好的と見せかけた侵略者だ。

そんな深海棲艦は討伐対象。手を結ばない脅威ならば、排除する以外の選択肢がない。そのまま野放しにしていたら、何をしでかすかわからないのだから。

 

「方針は決まりました。五三駆の皆さん、改めて協力ありがとうございました。この花弁はこちらで持ち帰り分析します」

 

まずは唯一の手がかりと言える花弁の解析。そこからリコリス棲姫との接触、場合によっては討伐。この流れとなった。

施設組である私達に、何処まで関係してくるかはわからない。話だけを知っておき、その全てを下呂大将達に任せることになるかもしれない。そもそも私達は正規の部隊では無いのだから、ルール上では結構スレスレのところに立っている。余計なことは出来ない。

 

「ところで飛鳥、治療の方はどうですか?」

「順調とは言いづらいですが、代替用の胸骨が無くてもどうにかする方法は思い付きました。かなり無理矢理な方法で、且つ、時間勝負なので、皆に手伝ってもらうことになりそうです」

 

成功するかもわからない一発勝負の大仕事らしい。失敗したら治療出来ないどころか死まで見えた方法。だが、みんなで手伝えば成功率は格段に上がるとのこと。

 

「任せて! 手術は手伝ったことあるし、頼って頼って!」

「おう、施設全員で治してやりゃいい」

「頼りにしてる」

 

また一歩、時間は解決に進む。当面は下呂大将に任せることになるだろうが、こちらはこちらでやれることをやっていこう。大丈夫、きっといい方向に向かう。

 




リコリス棲姫と本格的に戦えたのは16年春イベ。それ以外は空襲で顔を見せるだけというちょっとレアな姫。深海双子棲姫や護衛棲水姫よりは出番多いんですけどね。あの時は報酬艦がポーラだったのが運の尽き。
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