継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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霰と夕雲

下呂大将は事が済んだということで、帰投することとなった。まだ遅い時間でも無いので、まるゆの運転による陸路を使って今日中に撤収するとのこと。

貸し出しであり、期限がもう終わる透析装置の方は一旦回収されることとなった。なんと今回の施設修復に際し、職人妖精が装置を作り上げてくれたらしい。素晴らしい手回し。どういう原理でそれが出来たかは謎ではあるが、妖精という存在は艦娘よりも謎が多いため、これ以上深入りしないことにした。下呂大将ですらそこには触れていない。

 

「私も一度戻るわ」

「ああ、今までありがとう神風」

 

今回は神風も一緒に帰投。

約束である霰と夕雲が治療されるまで様子を見ることは完遂した。まだ禁断症状に悩まされてはいるものの、順調に回復しているため、離れても大丈夫と下呂大将が決めた。

 

「今度はみんなで新しくなった施設に行かせてもらうわ。そしたらまた鍛えてあげる」

「楽しみにしている」

 

今生の別れになるわけでは無い。また会うこともあるだろう。あの施設にいる限り、私達は縁が切れない。

 

「飛鳥、必要なものは全て用意しますので」

「ありがとうございます。先生には頭が上がりませんよ」

「それ相応の働きをしているからですよ。私も君には頭が上がりません」

 

今後の治療で必要な薬品は、全て下呂大将が用意してくれることとなった。特に必要なのが、夕雲の処置で使い切ってしまった麻酔。それが無ければ手術も出来ない。

 

「来栖、まだ襲撃を受ける可能性は十二分にあります。飛鳥の施設への警備も欠かさないこと。いいですね?」

「はい、わかってますぜ大将。今は俺らのうち誰が欠けても詰みってことァ、俺にもわかってますんで」

 

飛鳥医師が欠ければ、敵艦娘の治療が出来なくなり多数の艦娘が死ぬ。来栖提督が欠ければ、敵の襲撃を抑え込めず敗北必至。下呂大将が欠ければ上との交渉が不可能になるため行動不能。

3人とも重要な立ち位置だ。誰一人失うわけにはいかない。私達は一番身近である飛鳥医師を守ることに専念しなくては。

 

「では、帰投します。皆で力を合わせて、解決に向かいましょう」

 

ここからは別行動だ。下呂大将が裏側でいろいろと調査してくれる。私達は風雲と人形の治療と、また来るかもしれない襲撃に対して備えるのだ。

 

 

 

明日には施設修復が完了するということがわかり、今日が来栖鎮守府で過ごす最後の夜となる。明日の朝には帰投だ。

その前にやっておかなくてはいけないことが1つある。それが、霰と夕雲の対面。施設に戻る際に嫌でも顔を合わせることになるため、これは急務。元々、霰と夕雲を対面させるのは、シロとクロが制限していた。夕雲は会って謝罪したいと言っていたが、霰には刺激が強すぎると。だが、それも今この時をもって解禁しようと、全員で相談して決めた。

 

夕食前にその場を設けた。飛鳥医師や来栖提督にも話し、談話室を使わせてもらう。雷と曙に人払いをお願いし、私と三日月が仲を取り持つこととなった。浮き輪3体とエコも完備。心が落ち着く状況は完全に出来上がっている。

先に霰を連れたシロクロが談話室に入る。霰は以前の散歩の時と同じように車椅子に座っていたが、比較的体調が良いように見えた。表情も今のところ穏やか。

 

「大分落ち着いたから……多分……大丈夫」

「ユウグモの名前は昨日少しだけ出したんだよ。最初は錯乱しちゃったけど、すぐに落ち着いたから、今なら大丈夫……のはず!」

 

いまいち歯切れの悪い物言いだが、一応夕雲と会わせても大丈夫だろうと判断したようだ。それでも、まだ不安は残っているような言い方。何かあった時はすぐに押さえられるよう、シロクロもしっかり用意していた。

夕雲は元より意思があったことと、霰よりも深く壊れてしまったからか、霰に対してただひたすらに謝罪したい気持ちでいっぱいだった。だが、霰は姫であった夕雲の部下であった経験があるので、夕雲が恐怖の対象になってしまっている。

 

「霰さんに謝れると聞いて……。ずっとこの時を待っていました。特に謝りたかったんです。最後に面と向かって殺そうとしてしまいましたから」

 

目の焦点は少し定まっていないが、セスの引率の下、夕雲が扉の前に。まだ顔は合わせず、声も届かないくらい小さく。まだ刺激が強いかもしれないというのは、セスがさんざん伝えているため、夕雲も察している状態。

この状態で悪い方向に行くと、酷いことになるのは間違いなく霰だ。発狂して暴れてしまう可能性だってある。より一層慎重に。

 

「アラレ、前に言ったユウグモが、部屋の前にいるんだ」

 

始まりはクロの言葉から。霰に今の状況を語りかける。夕雲の名前が出た途端、ビクンと震えた。やはり、自分を殺そうとした相手という認識は強い。シロとクロの献身により安定している時間は長くなっているものの、慣れていないものにはまだ辛いようだ。

それを察したか、セスもなかなか夕雲を送り出せない。ここまで来て、本当に霰に会わせてもいいか迷いが出てしまう。

 

「……いいよ……ゆうぐもちゃん……はいってきて……」

 

震えた声で、でもしっかりと自分の意思で、外で待つ夕雲を呼んだ。その声を聞き、セスも意を決して夕雲を送り出した。

 

「霰さん……」

「っ……はぁ……んぐ……」

 

夕雲が談話室に入ったことで、霰の身体が強張ったのがわかる。冷や汗の匂いも漂い始めた。対する夕雲は既に涙目。緊張しているのか、こちらも汗の匂いがする。

 

「ごめんなさい、霰さん。夕雲はずっと貴女に謝りたかった。最後、あの施設で貴女のリミッターを外そうとしてしまったことを、ずっと、ずっと。夕雲は貴女も殺そうとしてしまいました。それを、どうしても、どうしても貴女と面と向かって謝りたかったんです」

 

今も夕雲は、家村のせいで殺し続けてきた仲間達の幻覚と幻聴に罵られ続けているのだろう。だが、今だけはそれを無視して、霰にだけ話しかける。周りが見えていないわけではない。目が泳いでいるのは誰もがわかっている。それでも、霰に向かって一心不乱に謝り続けた。

感情が昂ったことでボロボロと泣き出してしまったが、誰も咎めず、夕雲のやりたいようにさせた。いきなり襲い掛かるようなことは無い。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、夕雲は酷いことを幾つもしてきました。何人も何人もその手にかけてしまいました。でも、貴女は唯一生きてくれているんです。だから、いっぱい謝りたいんです。ずっと、ずっと、謝りたいんです。許してくれなんて口が裂けてもいえません。でも、謝らせてください。ごめんなさい」

 

それに対して霰は、ただそれを見ているだけだった。身体が恐怖で動かないのか、指先はずっと震えている。自分で呼びはしたものの、いざその顔を見たら竦んでしまったようだ。

慰めるように、両手をシロとクロが握る。いつもの落ち着く状況を作り上げて、少しでもこの状況を好転させようと取り組んだ。

 

「……ゆうぐもちゃん……あられは……おこってないよ」

 

シロの握る右手を動かし、手をどかしてもらう。何をするかと思いきや、夕雲の方に伸ばした。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、夕雲は、謝っても謝りきれないくらいの罪を……」

「だいじょうぶ……だよ。あられは……だいじょうぶ」

 

泣きじゃくりながら謝り続ける夕雲の手に触れる。

 

「あられも……ひどいこといっぱいした……から……」

 

霰の目の焦点が定まらなくなってきた。夕雲に引っ張られたわけではないが、禁断症状の兆候が出始めている。こんな状態でそれはまずい。

 

「ひっ、あ、ぅあ……」

「霰さん……?」

「ああっ、あっ、ごめん、なさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

目の前に夕雲がいても、幻覚が見え始めるとそちらへの謝罪を優先してしまう。シロクロが全力で献身しても、まだそれは治らない。安定していたとしても、ふとした弾みで襲ってくる、下手をしたら永劫苛まれ続けることになるかもしれない罪悪感の幻覚である。

自分と同じものを見ているというのがわかっているからこそ、夕雲は予想外の行動に出た。自分がセスにやられた時のように、霰の顔を胸に押し当てるように抱きしめ、そのまま後頭部を撫でながら視界を塞ぐ。そして、

 

「ごめんなさい、今は、今だけはここに来ないでください」

 

自分の幻覚に対して、はっきりと拒絶を口にした。自分のためでなく、霰のために。

 

「勝手なことを言っているのはわかります。貴女達の恨みと憎しみは理解しています。ですが、ですが、霰さんにはやめてください」

 

まるで、2人の幻覚がリンクしてしまったかのようになっていた。同じようなものが見えているからこそ、感情移入の深さが違う。霰の今の気持ちを一番理解出来ているのは、紛れもなく夕雲だ。

まるで暴漢から盾になるように霰を抱きしめている。今の2人には、迫りくる亡霊が見えているのだろうか。

 

「霰さん……夕雲なんかの温もりで気が休まるとは思えませんが、少しだけ、少しだけ落ち着きましょう」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

落ち着くまでずっと後頭部を撫で続けた。セスにやられたそれが余程落ち着いたのか、その手つきを真似て、慈しむように撫でる。

夕雲だって震えている。涙だって止まっていない。本来謝るべき相手を拒絶したことで、さらに罪悪感が増している。

 

「ひっ……ひっ……」

「霰さん、大丈夫、大丈夫です。夕雲が受け止めます。全て夕雲が、皆さんの恨みと憎しみを背負います。全てを、貴女の罪の全てを、あれも、それも、これも、全て」

 

それに合わせて、エコが夕雲の手を舐める。浮き輪達も2人を慰めるように肩の上で撫でていた。総動員になって2人を落ち着かせようとしていた。

もしかしたら、この謎の生物達にも、2人に見えている幻覚が理解出来ているのかもしれない。

 

「っ……ひっ……ああ……」

「今は何処かに行ってくれたみたいですね……。ありがとうございました浮き輪さん達。エコさんもありがとうございます」

 

しばらくして幻覚と幻聴が無くなったか、夕雲の目の焦点が定まった。霰も謝ることをやめたため、禁断症状は治まったのだと思う。ずっと震えていたのも止まり、少し落ち着いたようだった。

霰の震えが止まったため、夕雲は抱きしめるのを一旦やめ、また向かい合う。2人とも、涙でグシャグシャの顔。霰は恐怖から、夕雲は罪悪感から。

 

「霰さん……こんなことを言える立場ではないことは自分でも理解しています。ですが、1つだけ、1つだけ言わせてください」

「……うん」

「また……こうやって話をさせてください。謝らせてください。夕雲は一生かかってでも、今まで犠牲になった人達に謝りたい。全員もうこの世にいないけれど、霰さんはいてくれる。だから……」

 

霰の手を握る夕雲の手は、まだ震えている。

 

「……うん、いいよ……もっと……おはなししよう……でも、あやまらなくていい……たのしくおはなし、したいな」

 

ほにゃっと、霰が笑顔を見せた。その笑顔は、少なからず夕雲の心を癒すものだったのだろう。泣き止んでいたものが、また泣き出してしまった。

 

まだわだかまりはあるだろう。霰にも、夕雲にも。だが、お互いに一歩ずつ前進したことで、2人は少しだけ前向きになれたと思う。禁断症状はまだまだ続くだろうが、それを乗り越えられる日はそう遠くないのかもしれない。

 

「よかったよかった。まだちょっと心配だったけど、上手くいったみたいでさ」

 

緊張感が包むこの部屋の雰囲気に耐えられなくなったか、クロが吐き出すように話す。確かに息が詰まるような空気だった。誰一人として口を挟む隙が無かった。

仲を取り持つなんて考えていたが、そんなことは必要なかったわけだ。いい方向に行って何より。安心したらドッと疲れが出る。

 

「アラレは……強いね」

「ホントホント。アラレは強い子だよ」

 

2人して霰の頭を撫でていた。くすぐったそうにする霰だが、拒むことはない。本当の姉妹がじゃれ合うような光景に、私達も癒される。

 

「ユウグモ、よく頑張った」

「……夕雲はまだまだ謝り足りません。シロさんとクロさんにも謝らなくては」

 

今でこそ生きているものの、逃げ回った2人を追いかけ回して、死にかけるほどの怪我を負わせたのは紛れもなく夕雲だ。霰への謝罪を優先していたが、セスに謝ったように、シロクロにも謝りたいと夕雲は言う。

 

「シロさん、クロさん、ごめんなさい。戦いたくないという貴女達を追いかけ回してしまってごめんなさい。取り返しのつかないことをしてしまいました。許してくれなんて言えません。ごめんなさい。ごめんなさい……」

 

夕雲の謝罪に、シロとクロは顔を見合わせる。そして、

 

「ああ、忘れてたよ。そういや私達、夕雲に撃たれたんだっけ」

「今生きてるから……別に何とも思ってなかった……」

 

この返答である。流石の夕雲も目を丸くしてしまった。

 

「いいよいいよ。だってアレ、夕雲がやりたくてやったわけじゃないでしょ。私達は、何だっけ、イエムラだっけ? それにケジメつけてもらえればいいだけだから」

「艤装が元に戻ればいいしね……何も気にしてないよ」

 

思っても見ない返答に、どういう顔をしたらいいのかわからない夕雲。思考も停止してしまっているようだった。ポカーンと口を開けて、少し間抜けな顔になってしまっている。

シロもクロも、別に夕雲のことを気遣ってそう言ったわけじゃない。本心から出た言葉だ。割り切り方が凄まじかった。だから尚のこと唖然としてしまう。

 

「ユウグモ、私達はこういうものなんだよ。だから、気にするなってこと」

 

納得行くかはさておき、夕雲も少しは救われたのでは無かろうか。これでさらに前進出来ればいいのだが。

 




施設に戻るにあたって、最後の課題はこれで解決。もし五三駆に追加メンバーとして霰と夕雲が加わった場合、この2人がコンビを組むことになるでしょう。

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