第二二駆逐隊と出会ったことで、自分の生き方が定まった私、若葉。飛鳥医師の雑務をこなしつつ定期的に身体を鍛えることで、心身共に強くなり、『楽しく生きる』を実現していこうと思う。だからと言って無茶をすると飛鳥医師にこっ酷く叱られることになるだろうから程々に。
それからというもの、朝は早く起きてランニング、日中は飛鳥医師や雷と雑務をこなすか摩耶と一緒に艤装整備、そして夜は早めに就寝という、とても健康的なサイクルが確立された。早寝早起きは健康の基本。艦娘という身体でもそれは変わらない。おかげで私はとても健康的に日々を過ごすことが出来ている。
普通の艦娘がやるべきことは何一つやっていないような気がするが、それでもいい。本当に最悪なことを知っているからこそ、こんな平々凡々な1日が一番楽しいと実感する。他の鎮守府の艦娘からはどう見られるのだろう。艦娘なのにと嫌味を言われるか、逆に羨ましがられるか。
どちらにしろ、私はこれを変えることはない。せっかく艦娘として生まれたのだから、戦場に出てみたいという気持ちはまだ残っているが。
そんな日々が続いて、4日ほど経過したある日。
今日はあいにくの雨模様。こういう時でも朝のランニングは行なっている。日課としていることを1日でもやめると翌日の調子が狂いそうだったからだ。ただし、運動量は少しだけ抑えめに。
雨合羽を着れば耐えられるほどのシトシト降る雨の中、私はいつも通り走る。雨の日の浜辺はそれはそれで違った景色になって楽しい。波が少し高いようだが、嵐の時とは比べ物にならない。
「ふっ……ふっ……」
速度も呼吸も一定のペースで。雨のせいでいつもより身体が重く感じるが、その負荷も心地いい。たった4日で劇的に変わるということは無いが、少しずつ鍛えられているのは実感できる。
とはいえ、海水だけならず雨水も吸った砂浜は、思った以上に負荷が高い。いつも折り返す場所に到着する前にバテてしまいそうだった。
「雨の日は、なかなか、キツイな……だが……悪く、ない」
呼吸を整えながら、折り返そうと思った矢先、視界の端に何かがチラついた。
今のところ毎日この浜辺を走っているため、何か違うものがそこにあるのならすぐに気付ける。これはそのパターン。昨日まで無かったものだ。
雨で波も高いため、何かが流れ着いてきていてもおかしくはない。嵐の後ほどではないにしろ、
「……大きなゴミか?」
今は艤装を装備していないため、大物があったとしても運ぶことは出来ない。だが、何があるかくらいは見ておいた方がいいだろう。以前の嵐の日みたいに、深海棲艦の死骸だったりしたら大惨事だ。すぐにでも運ばなくてはいけない。そうじゃなければゆっくり戻って後から運んでも問題ないだろう。
呼吸が整ったため、それへゆっくりと近付く。遠目に見て白い塊。その近くには黒い塊もある。抱き合っているように置かれているそれは、深海艤装か何かか。
「……んん?」
近付くと、それが生物であることがわかった。白いのも黒いのも似たようなものか。
「……は?」
確認できるところまで近付いて、ようやくそれが何かがわかった。
どちらの塊も、
完全に人型をした深海棲艦が2人。白い方と黒い方はどちらも似たような姿をしていた。深海棲艦にそういった関係のものがあることは知らないが、少なくともこの2人は姉妹に見える。
抱き合って倒れているが、お互いに腹に大怪我を負っている。おそらく砲撃を受けたことによるダメージ。だが、まだ息はある。まだ生きている。
「ど、どうする。どうする……」
深海棲艦は私達艦娘の殲滅対象だ。このままにしておけば間違いなく死ぬ。本来ならそうするべきだ。無駄な力を使わず、放置するだけで撃破完了となる。だが、飛鳥医師なら間違いなく救う。怪我人ならば種族関係無しに治療すると言っていた。
この状況が目の前にあると、どうしても迷いが出る。私が取るべき行動は何なのか。何が正解か。
「……悔いの残らない方を選ぶ!」
時間は無かったが、私なりに考えた結果。
今ここで見殺しにしたら、いくら相手が深海棲艦だったとしても後悔しそうだった。特に、目の前の深海棲艦2人は私と同じくらいの外見、つまり子供である。
腹を決め、2人を何とか担ぎ上げる。いくら最近トレーニングをしているとはいえ、艤装もなしに2人を運ぶのは厳しい。しかし、戻ってからまた運びに来るよりは早く施設に運べる自信はある。いろいろ自分を犠牲にすることになりそうだが、背に腹は代えられない。
「意識はあるか……!」
怪我をしている深海棲艦に問う。意識があるのなら、ほんの少しだけでいいから体重のかけ方で協力してほしいし、助けてほしいかどうかの意思を聞きたい。意識がなければ強制的に助ける。飛鳥医師のやり方を模倣するしか、今の私には無かった。
「イタイ……イタイ……」
「タスケテ……」
小さな小さな声。雨音で搔き消えそうなほどのか細い呟きだったが、担ぎ上げたことで耳元で聞こえた。助けを求めていた。それならば、助けないわけにはいかない。それが飛鳥医師のやり方だ。
「もう少し我慢しろ! 若葉が必ずお前達を助けてやるから!」
雨合羽が血塗れになっていくが、そんなこと気にもならなかった。なるべく揺らさないように、だが大急ぎで施設に戻る。今の私は、今までで一番の力が出ていると思う。火事場の馬鹿力というヤツか。
私の身長のせいで足を引きずることになってしまったが、どうにか施設に到着した。ゼエゼエ言いながらも扉を叩き、起きているであろう誰かに気付いてもらう。それが運良く飛鳥医師だった。
「っ!? 若葉、その2人は!?」
「ランニング中に、見つけた……重傷を、負って、いる」
「すぐに
聞いたことが無いような飛鳥医師の大きな声。すぐに摩耶を呼び、2人で処置室に運んでいった。2人分の体重を支え続けていたため、それが取り除かれた瞬間に、脚から力が抜ける。立ち上がれないほどに疲労困憊。呼吸することが苦しく感じる。
「若葉! 大丈夫!?」
「雷……ちょっと、動けそうに、ない……」
「すごいわ! 頑張ったのね!」
雷が血塗れの雨合羽を脱がしてくれた。今は冗談じゃなく全力で頼る。
「お風呂入れる? 身体が冷えちゃってるわ」
「もう、少し、疲れが取れたら、入る……」
まだ呼吸すら整わない。脚も震え、立ち上がることはおろか、今の状態から体勢を変えることすらままならない。本当に疲れ切っている。そのまま眠ってしまいたいくらいだった。
2人の深海棲艦の処置をしたことで、なんだかんだ朝食を食べそびれることになった。施設内はずっと慌ただしく、摩耶は私が2人を拾った地点の探索へ向かい、雷は疲れ切った私を面倒見てくれた。おかげで昼食時には私も回復し、歩けるくらいにはなっていた。それでもまだまだ疲れはあるため、今日はなるべく重労働は避けるようにする。
私の中では本来敵である深海棲艦を助けたということがわだかまりになっていた。ここまでやっておいて何だが、本当に助けてよかったのか。それだけが頭の中で渦巻いていた。
「若葉、よくやってくれた。もう少し時間が経っていたら、取り返しのつかない状態になっていた」
飛鳥医師からは健闘を称えられるが、複雑な気分。今助けた2人の深海棲艦が、完治した途端に私達に襲いかかる可能性だって充分にあり得る。見た感じ、艤装は装備していなかったが、深海棲艦はどういう扱いかがわからない。
「あの2人が襲ってきたらどうすればいい」
「それはその時考えればいい。少なくとも助けを求めたんだろう。なら助けるに値する。若葉だってそう思ったんだからここまで運んでくれたんじゃないのか?」
「放置したら悔いが残りそうだったから運んだだけだ」
私はただ、このまま見殺しにするのはよくないと思っただけだ。だが、運んだことを後悔する可能性だって無いとは言えない。これであの2人に襲われて誰かが傷付こうものなら、私は一生悔いを残すことになるだろう。
「充分だ。君はこの選択を必ず誇りに思う」
頭をポンポンと撫でられ、処置室から医務室に2人の深海棲艦を移動させた。ギリギリまで抱き合っていたみたいだが、今はさすがにベッド2つ。それなりに広い医務室で、横並びに並べられた。
改めて見ても、2人は同じ顔立ちをしていた。色が正反対なだけ。まったく同じ個体で色が違うだけなのか、姉妹として生まれた深海棲艦なのか。
「損傷は主に腹部。雷程では無かったが、2人揃って脇腹を抉られていた。おそらくは艦娘、重巡洋艦の主砲。 艦娘と交戦中に腹部へ怪我を負ったと考えるのが妥当だな」
怪我の具合から、深海棲艦の状況を推理。
何かがキッカケになり、艦娘と交戦していた2人の深海棲艦は、戦闘の末に重巡主砲で腹を抉るように撃ち抜かれたわけだ。雨のせいで流れが少し急になっていたため、浜辺に漂着したと考えられる。嵐でも何でもないときに漂着出来たのは、運がいいのか悪いのか。
「僕が治療している時も、うわごとで助けてほしいと訴えてきた。もしかしたらだが、艦娘と戦ったことが不本意だったのかもしれない」
侵略者が、不本意に戦うとはどういうことだろう。まさか、今までの知識と
そうだとしたら、本当の
深海棲艦とは何なのだ。まったくわからない。
「内臓の損傷は雷と同じ方式で治療。接合面は自然治癒となってしまうが、深海棲艦の自己再生能力には驚いた。別の内臓を接続したところですぐに修復が始まったんだ。破損した自分の内臓は修復出来なかったところを鑑みると、健康的なものを自分のものとして取り込めるみたいだ」
艦娘と深海棲艦の身体の接続とは違い、深海棲艦同士の接続だったため、馴染むのが早かったようだ。
「抉られた肉は保管してあった軽巡ツ級の腹部があったおかげでどうにかなった。左右対称だったことも功を奏している。筋繊維の修復も即座に始まった」
「……後遺症が残るようなことは」
「おそらくない。これが深海棲艦の恐ろしさかもしれないな」
やり遂げたという顔を見せる飛鳥医師。長くここで生活し、雷や摩耶に治療を施し、深海棲艦の死骸を分解保存していたが、実際に深海棲艦に治療を施したのはこれが初めてだそうだ。しかもよりによって今回は完全な人型、所謂『姫級』と呼ばれる最上位個体である。
人型だからこそ治療が出来たかもしれない。身体の構造は私達艦娘とまったく同じだったとか。艦娘が人間と同じ構造をしているのだから、姫級の深海棲艦はもう人間と言ってもいいだろう。
「目を覚ますまで時間はかかるだろう。それまではここで寝かせておく。その後のことは今考えても始まらない」
こうして見ていると深海棲艦には見えない。安らかに眠る2人の子供である。それでも、私なんかでは手も足も出ないほどの力を持つ姫。
「おうおう、悩んでるな若葉」
飛鳥医師と入れ違いになる形で摩耶が入ってくる。浜辺の探索が終わったらしい。
「こいつらの艤装っぽいものは1つも見つからなかった。本体だけが流れ着いたんだろう。だから、こいつらは非武装だ。襲いかかってきたとしても迎撃出来る」
それは安心出来ることだろうか。敵意があるというだけでも不安になる。
「今は考えるなってことだ。こいつらが起きてみないとわかんねぇよ。なんなら、ここに来るときは艤装を装備して入った方がいいかもな」
ケラケラ笑う摩耶。私のような不安が一切無いように見える。私の考えすぎなのだろうか。いや、そんなことは無い。侵略者を目の前にして不安にならない者などいない。
「あんま悩みすぎるなよ。禿げるぞ」
「禿げてたまるか」
一旦医務室から出ることにした。ここでただ見ているだけで変わることなどない。目を覚ますのはこの2人次第だ。
私は悔いが残らない選択をしたつもりだ。飛鳥医師も、この選択を誇りに思うと言ってくれている。少しだけは取り除かれたが、それでもまだ、私は少しの間、強い不安に苛まれることになる。
それを取り除いてくれるのは、今は眠るこの2人。
若葉が拾った2人の深海棲艦。その正体は次回。とはいえ、もう何処の誰かはわかるかと思います。似たような外見の白と黒なんて、アレしかいない。