継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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新たな始まり

施設に戻る際に懸念されていた霰と夕雲の件が問題なく完了した。今回の件をきっかけに、シロクロとセスは共同で2人の治療を進めていく方針となる。

治療といっても、三日月が回復するに至ったアニマルセラピーを引き続き続行するだけというだけなのだが、離れ離れにしていたものを一緒に行動させることが出来るようになったため、浮き輪やエコの負担がかなり減った。

 

すっかり安心した私、若葉は、来栖鎮守府で過ごす最後の夜を満喫中。とはいえ、与えられた自室で、寝るまでの時間をのんびり過ごすだけだが。

 

「これで明日帰ることに支障が無くなったな」

「風雲さんはどうするんでしょう……今は軟禁状態と聞きましたけど」

 

三日月が言ったことで思い出した。施設に戻り、準備が整い次第やるのは風雲の治療だ。下呂大将に頼んだ各種薬品が揃えば、それがすぐに出来る。

それまで風雲はどうするのだろうか。準備が出来るまではここで軟禁か、拘束しつつ施設に運び込むか。前者の方が確実ではあるものの、来栖提督の手間はかかる。一度に運んだ方が早いは早い。

 

「そこは飛鳥医師に任せる」

「……そうですね。私達が決めることではありませんね」

 

心配するのはわかる。正直な話、管理が面倒。軟禁を監視しておくにも、私達だけでは隙を見て逃げられかねない。いくら艤装が無くても、あちらは第二改装まで終えた強力な艦娘だ。何をされるかわかったものではない。

せめて昏睡させる薬が手に入るまでは、施設よりここの方がいいと思う。来栖提督には申し訳ないが。

 

「出来れば、時が来るまでここに置いておいてほしいとは思う」

「私もです」

 

そんなこんなで夜は更けていく。

 

 

 

翌日、出発の時。今回も送ってくれるのは第二二駆逐隊。施設までの大発動艇の運用なら、何は無くともこの4人。護衛も引き受けてくれるのでありがたい。

ここに来た時よりも荷物が少ない代わりに、夕雲も目を覚ました状態。霰と同様、艤装が無いため、来栖提督にわけてもらった数日分の食糧と共に、大発動艇に乗っての移動となる。その表情は穏やかで、霰と並んでいてもお互い不安定にならないでいた。

 

「風雲はまた今度護送する。そっちの準備が出来たら教えてくれや」

「ああ。その時まで頼む」

 

結局、私や三日月と同じように、飛鳥医師も今の風雲は手に余ると判断したようだ。軟禁状態を続行し、こちらの準備が出来次第、再びこちらに運んでくれるとのこと。その時はしっかり拘束してくるらしい。

 

「五三駆の皆さん、そちらでも鍛錬は怠らぬよう。そちらへ襲撃される可能性も0ではありません。むしろ、復旧が完了し、戻ったと知られたら、また何かしらされる可能性もあります」

「勿論だ。若葉達は中立区の抑止力だからな」

 

鳳翔に言われ、決意を言葉に。みんなが同じことを思っている。

今までのような詰め込みでは無いにしろ、余裕がある時は常に鍛錬をする。そうすることで無抵抗な施設では無くし、中立区を中立区として成立させるための抑止力となるのだ。

 

「またそちらを訪ねることもあるでしょう。それまで息災で」

「ああ、そちらも」

 

少し名残惜しくなってしまいそうだったが、私達の本来の居場所はあちらだ。それに、今後はより一層の患者が訪れる可能性が高い。一番では風雲、そこから人形達が数多く。その中には私の姉、初春もいる。

あちらで準備を整え、全員を治療する。それが私達の今の役目だ。胸骨無しの状態での治療法は、飛鳥医師が既に考えてある。まずはそれを実施し、風雲を元に戻す。

 

「では文月、頼む」

「は〜い。それじゃあ、行ってきま〜す」

 

大発動艇が動き出した。これで来栖鎮守府からは撤収だ。

またここにみんなで来よう。二四駆とはまた演習がしたいし、鳳翔の教えもまた請いたい。やりたいことが沢山ある。

 

「……少し、名残惜しいですね」

「ああ。数日とはいえ、住まわせてもらったからな」

 

三日月が呟く。姉妹との交流が出来た三日月も、この鎮守府から離れることが少し寂しいらしい。

最初はあれだけ他人が嫌いで、実の姉にすら拒絶反応を見せていた三日月が、今ではその姉達との別離に寂しさを感じるとは。変われば変わるものである。いい方向への変化は大歓迎だ。

 

「また来るだろうさ。それに、文月達は遠征で度々来てくれる」

「はい、そうですね。今はそれで充分です」

 

クスッと笑顔を見せた。これだって三日月にしては珍しい表情だ。いつも無表情、もしくは負の感情を携えていたのに、今ではここまで表情豊か。それが喜ばしい。

 

「三日月ちゃん、すごくいい顔〜」

 

それを見た文月がこちらへ。以前お茶会をした時も、なかなか笑ってくれなかったとボヤく。そういう意味では、まだまだ難しいところなのだろう。指摘されると途端に恥ずかしそうに顔を隠す。そんな状態の航行は危ない。

 

 

 

しばらく進み、ついに新施設のお披露目。遠目から見ても、それが今までとは違うものであることがわかった。

何処から資材を持ってきたのか、少し大きくなっている。今まで居住スペースだった部分は二階建てになっているほどだ。最初から人数が増えることを視野に入れた修復。

 

「もしかしてアタシらが集めた艤装のパーツ使って作ってんのか?」

「ああ、職人妖精はその場にあるものは全て素材として扱う」

 

なるほど、あそこにあったもの全てが妖精達にとっては施設を再建する素材だったということだ。瓦礫も、艦娘の艤装も、深海棲艦の艤装でさえも、彼らにとっては()()()()ということになるわけだ。

こちらが使わないでくれとも言っていないので、それはもう容赦なく使われたことだろう。あの施設の一部には、みんなで頑張って作ったシロクロの艤装も組み込まれてしまっていると思うと、少しだけ悲しい。

 

「わ、わ、すごいすごい! あんなに壊れてたのに!」

「うん……すごい。大きくなってる」

 

そのシロクロは新たな施設に大はしゃぎの様子。いつも物静かなシロも、今ばかりは目を輝かせていた。

私達も表には出さないが結構テンションが上がっている。前が住みにくかったわけではないが、新居というのは心が躍るもの。それが大改築されているとなると、一層楽しく感じる。

 

「うお、すっげ! 設備が前より良くなってやがる!」

「エコのメンテもしやすいよ。これは私も嬉しい」

 

工廠側から中へ。工廠自体も広くされており、作業スペースも大きい。これには摩耶とセスが大喜びである。

艤装を工廠に置く。その置き場もかなり使いやすくされており、工廠だけ見れば普通の鎮守府となんら変わりないものである。

しかし、ここはあくまでも医療施設であり、鎮守府ではないため、入渠ドックや建造ドックは存在しない。後者はともかく、前者はあって欲しかったものの、あれを取り扱うにはいろいろと規約があるらしい。

 

第二二駆逐隊も便乗し、施設内を確認していく。内部の構造は以前から殆ど変わっていないが、全体的に広くなっているのが特徴。処置室も医務室も広い。さらには通路も広めに取られているため、艤装を装備したままでの行動もしやすい。

 

「本当にあった……透析装置だ」

 

医務室の端、下呂大将が言っていた通り、透析装置が用意されていた。それだけではない。今までここにあり、瓦礫と共にオシャカにされた医療装置が新品同様の形でそこにあった。

これらは全て、そこにあるもので妖精の力で作られたものだ。模造品などではない、全て()()である。ただし素材はお察し。それこそ、瓦礫に潰された深海棲艦の艤装が使われている可能性も0では無い。何という謎の技術。

 

「少しここで待っていてくれ。地下を見てくる」

 

処置室に地下へと下りる階段が付けられていた。相変わらず重厚な扉で鍵もガッチリ。飛鳥医師にしか入れないようにされているのが丸わかり。

そこへと向かい、数分後に満足げな表情で戻ってきた。施設が破壊される前から蓄えられていた深海棲艦のパーツなどは無傷だったようだ。爆発の振動で多少散らかっている程度で済んでいるとのこと。

 

「薬剤以外はこれで戻ってきたな。先生にそこを用意してもらえれば、すぐにでも治療が再開出来る」

「ならそれ待ちだな」

 

次は居住スペースへ。むしろこちらがメイン。医療施設かもしれないが、私達にはここが生活する場所である。

 

「キッチンがすごく使いやすくなってるわ! お料理が捗りそう!」

「食堂自体が広いですね。人数が増えても何とかなりそうです」

 

ここに喜ぶのは家事担当の雷と、それを手伝う三日月。今後また人数が増えたとしても、これならあぶれることもない。

家電の類も新品になっているため、綺麗なものである。雷の掃除が行き届いていたため別に汚かったわけではないのだが、前のものと比べると本当に綺麗。わかりやすく新居のイメージ。

 

「僕の部屋は1階だが、君達は2階になったみたいだな。2人部屋になったみたいだが大丈夫か?」

「それくらいなら大丈夫でしょ。向こうでもそうやってきたんだし。部屋割りも向こうの時と同じでいいじゃない」

「なら、アタシが1人で使っていいわけだな。ラッキー」

 

2階に用意されている部屋数は12部屋と少しだけ増設され、その全てが2人部屋のため、倍以上入るようになっていた。さらには、ここが医療施設であることを加味したエレベーター付きである。ここまで来ると至れり尽くせり。それでも普通なら足りないと思われるレベルだが、今はそれで充分だろう。人形42人全員を施設で引き取るとなったら困るが。

部屋割りも、来栖鎮守府の時と同じとされた。私は三日月と相部屋。前の時から寝るときは一緒だったため、何の不満も苦も無い。満場一致だった。

 

ザッと見て回っただけでも全てにおいて拡張され、何をやるにも不便が無いものになっていた。それでいて、配置自体は以前の施設から殆ど変わっていないので、すぐに馴染むことも出来る。自室が2階であることくらいである。

 

「今度またお泊まりしたいな〜」

「部屋も多いから、帰投困難となったらいつでも泊まってくれて構わない」

 

二二駆もこの改装には大喜び。以前あった帰投のタイミングで急な嵐に見舞われた時や、襲撃が来そうと予想しての滞在などが、これで一段とやりやすくなる。あの時は足柄が本当に談話室で寝泊まりしたくらいだし。

 

「あ、職人妖精さん!」

 

全て確認したところで工廠に戻ると、大発動艇のところに、施設を修復してくれた妖精達が並んでいた。施設を発つ前に見た顔ぶれが、まるでいい仕事をしたと言わんばかりのいい笑顔。私達も感謝している。

 

「ここまでのものとは思わなかった。ありがとう」

 

施設を代表して飛鳥医師が妖精に礼を言った。握手したいところだが、あちらのサイズは手のひらサイズ。握手ではなく握り潰すことになってしまうため、指先で握手代わり。

私達には妖精の言葉はわからない。あちらはこちらの言葉は理解出来ているようだが、一方的になってしまうのは少し惜しい。

 

「来栖から謝礼をと受け取っている。これで良かったのかな」

 

大発動艇に積み込まれた食糧の中から、これは妖精にということで来栖提督から託された金平糖を取り出し、妖精に渡していく。1粒貰うだけでもとても喜んでいたが、手に持つ袋の全てが謝礼であるとわかると、熱狂するように盛り上がっていた。

これほどの仕事をしてくれたのだから、対価はそれ以上のものが必要だ。むしろこちらはこれだけでいいのかと不安になるほどである。

 

「そこまで喜んでもらえるのなら幸いだ。この妖精達は連れて帰るのか?」

「しれーかんからはそう聞いてるよ〜。お仕事も終わったってことで〜」

 

金平糖の袋は皐月に渡された。途端、妖精が皐月に群がるように登り、全員が頭やら肩やらにしっかり掴まる。これで妖精も帰投準備は万全。空になった大発動艇に乗ればいいとは思うのだが、妖精的にはこれがベストポジションなのだろう。

 

「か、髪の毛ギュウギュウ掴まないでね。割と痛いからね。耳は特に痛いからね!」

「さっちん、なんか凄いことになってるー!」

「皐月、帰りは大発に乗っていけばいいんじゃないか?」

「そうするー」

 

皐月が群がられ、それを見てケラケラ笑う水無月。冷静に帰投のことを考える長月も、その光景に笑いを堪えているのがわかった。

 

和やかな、本当に平和な光景だ。これが一時的なものだとわかっていても、ずっとこうして暮らしていきたいものだ。

 

「それじゃあ、あたし達は帰りまぁす」

「ああ、今までありがとう。本当に助かったよ」

「いえいえ〜。嵐の後とか、また来ますね〜」

 

これにて第二二駆逐隊も帰投。残されたのは、戦いが始まる前の面子である。

日常に戻ってきた、というわけではないが、元の鞘に収まった感じはする。ここは私達の本来の居場所。新居となっても、一番心が落ち着く場所だ。

 

「よし、じゃあ、まずはいろいろと片付けようか。今日中に前くらいに生活出来るようにしていこう」

 

一息つき、大きく息を吸う。造られたばかりの建物の匂い。ここからが私達の新たな始まり。出来ることなら、このまま平和に終わりたいところだ。

 




施設修復完了により、以前までの生活が戻ってきました。失われたものも幾つかありますが、概ね前の通りです。

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