継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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あり得ない声

修復された施設に戻り、早3日。私、若葉は比較的平和な生活を送っていた。

この3日でやったことと言えば、新しくなった施設を見て回り、以前から何か変わったところがないか確かめることと、襲撃を受けて酷いことになってしまった浜辺の整備。

3日もかければ浜辺は元の姿を取り戻し、今では私も朝のランニングが出来るほどになっていた。霰や夕雲も、リハビリということで激しくない程度にエコの散歩に付き合うようになっている。日課も戻ってきたおかげで、本当に日常に戻ってきた感覚。

 

だが、来栖提督や下呂大将から進展の連絡が無い。あちらはあちらで苦戦しているようだった。死を偽装して雲隠れされたとなると、ほんの少しの証拠から微かな光を探していくことになる。

当面は、崩壊した鎮守府で発見した赤い花弁の持ち主、リコリス棲姫の捜索がメインになるようだ。あとは再襲撃を受ける可能性を鑑みて、前ほどの常駐では無いが、暗くなってから早朝までの時間に警備隊の哨戒もお願いしている。

 

「明日、先生から薬一式が届けられることになった。同時に、風雲がここに護送されてくる。勝負は明日だ」

 

風雲を治療するために必要な薬剤が揃ったとのこと。移植用の胸骨はもう無いため、飛鳥医師が編み出した新治療法を使った初めての施術となる。これが成功すれば、まだいる42人の人形も確実に治療出来るだろう。私の姉もだ。

それは、今までよりも確実性が薄く、命の危険性まである難しいものであるが、私達の力を合わせることで可能となるスピード重視の技法だという。さらにいえばかなり強引らしい。

 

「相手が艦娘だから罷り通る滅茶苦茶な術式だが……皆、協力してくれ」

「当たり前だろ。あいつも被害者なんだからな」

「勿論! 必ず助けるわ!」

 

心は1つになっている。この医療施設の一員として、一丸となって治療を成功させるのだ。

 

 

 

浜辺の整備も艤装の整備も終わったため、工廠組は途端に暇になる。今は貯め込んでいた艤装も無くなってしまっているため、シロクロの艤装も作っていくことが出来ない。無論、霰と夕雲の艤装もだ。復帰した時のために今のうちから手を付けて行きたかったのだが、材料が1つも無いのでそれは不可能。

そのため、私は雑務を手伝っている。来栖鎮守府から一部は分けてもらったが、今のままでは生活もままならなくなるからだ。

 

「3日でようやく全部調べ終えたわ。日用雑貨が軒並み無くなってるのは流石に辛いわね」

「だな」

 

物の管理は基本、雷が執り行っている。全部屋をチェックして足りないものを全てメモし、ただひたすら注文。食糧はここに帰ってきてすぐに注文し、生活用品も順番に注文。ここまで人数が増えると、必要なものも多い。飛鳥医師のパソコンを妖精が修復してくれたおかげで、以前のように注文が出来たのはありがたかった。

 

「家事の方はどうだ」

「三日月と曙が手伝ってくれてるから問題無いわ。夕雲も手伝ってくれるって言ってくれてるしね」

 

夕雲も雷と同じタイプのようである。今でこそまだまだ禁断症状があるものの、世話焼きの一面も持っていたため、大丈夫と判断されたら家事担当になると自分から言い出した。

霰は今のところ何処に入るかは決めていない。おそらく私と同じように雑務担当になるか。私は工廠での作業もあるので、飛鳥医師の手伝いが主になりそう。

 

「……夕雲も霰も、短い時間であそこまで治ってくれてよかったわ。まだ時間はかかるかもしれないけど、お話しできて、一緒に暮らしていけるんだもの」

「ああ、風雲も同じように治ってくれればいいんだが」

「大丈夫よ! きっといい方向に行くわ!」

 

この言葉、どれだけ励みになったか。

 

「今日のうちに風雲を出迎える準備をしておきましょ。部屋の掃除は終わってるけど、他にもいろいろと……」

 

などとこれからの話をしているとき、不意に雷が妙な表情をする。

 

「どうした?」

「声……聞こえない? 誰かの声なんだけど……」

 

突然何を言い出すのかと思えば、外から声が聞こえると言う。私には全く聞こえず、匂いも感じない。強いて言うなら、改装したことで雷から漂う深海の匂いが若干強くなっているくらいだ。

 

「海の方から聞こえる。集中しないとわからないけど……何これ」

 

私の嗅覚や、三日月や摩耶の眼と同じように、雷は雷で聴覚に何かしらの力を持っているのだろうか。そんなこと今まで一度たりとも言っていなかったが、改装したことで何かしらが発現したのか。

そこで疑問が1つ。雷が持つ深海のパーツは内臓と腹の肉の一部だ。だが、それが()()()()()かは聞いていない。見た感じ姫級のものでは無いが、それが影響しているとなると困る。

 

「雷、聞いたことが無かったんだが、雷の腹に入っているのは、どの深海棲艦のパーツなんだ?」

「話してなかったっけ。私のお腹に入ってるのは()()っていう戦艦のものなんだって。戦艦だけど私にピッタリだったらしいのよね。小柄なのかしら」

 

等級で言われてもわかりはしないのだが、戦艦のものが入っているというのなら、何かしらの能力に影響するのかもしれない。だがイロハ級ならそこまでの影響は無いだろう。摩耶のネ級の脚だっておかしなことにはなっていなかったし。私はあくまでも姫級の腕だから影響があったはず。

 

「で、声のことなんだけど、だんだん大きくなってるの。何て言ってるか、もう少しでわかるかも」

 

言いながら、その声がする方へと歩いていく。耳を澄ましながらのため、少々ふらついているのが怖い。なるべく側に付き従い、その真意を確かめる。

同時に匂いを嗅ぎ続けるが、やはり何も感じない。まだ遠いのか。

 

「あ、ちょっとはっきりしてきた。えぇと……えっ」

 

工廠まで来てようやく言葉がわかるようになったようだ。だが、雷の挙動が途端におかしくなる。

 

「えっ、な、なに、なに、何なのコレ、おかしい、おかしい」

「雷、どうした」

「怖い、何これ、怖い、怖い!」

 

耳を押さえて蹲ってしまった。余程酷いものが聞こえているのか、いつものポジティブな雷が何処かに行ってしまったようにガタガタと震えている。

 

「おい、どうした! 雷のそんな声聞くの初めてだぞ!」

 

今までにない動揺と叫び声に、近くにいた摩耶が駆け込んできた。

 

「変な声が聞こえるの、今も、ずっと」

「声だ? アタシらには聞こえねぇけど……ここから離れるぞ。雷、立てるか」

「怖い、怖いよ……ずっと、ずっと言ってるの」

 

もう目の焦点も定まっていない。耳を押さえていても聞こえているらしく、それはもう聴覚とは違う域に入っているように思える。殺意を匂いとして感じる私の嗅覚と同じで、そういう雰囲気を音や言葉として感じ取っているのでは。

だが、声は何なのだ。何を言っている。

 

「ずっと、ずっと、()()()()()()()()()()()()()()()()って、言ってるの……!」

「ま、マジ……か……」

 

外から()()()()が漂ってきた。ここで嗅ぎたくない匂いだった。私としては嗅覚が強くなってから初めて嗅ぐような匂い。実際初めてではないのだが、()()()()()()()のそれを嗅ぐのは初めてだった。

 

工廠から海を見る。少し遠く、水平線の近くに、黒い影。

 

 

 

そこには、1()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

ここは中立区だ。艦娘も深海棲艦も生まれず、近寄りもしない場所のはずだ。それなのに、本来いてはいけないものがここに現れてしまった。しかも、ちょうど今は来栖鎮守府の哨戒の隙間時間。最悪なタイミング。襲撃よりも想定外。

生きている深海棲艦を見るのは初めてではない。捨て駒として戦わされているときに、嫌というほどその怖さを刻み込まれている。だからだろう、私も手が震えた。

 

「嘘だろ……!?」

「どうすればいい! 撃退するか!?」

「どうにか追い返すしかねぇ! アタシは雷を医務室に連れて行く。若葉、行けるか」

 

唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。たった1体とはいえ、悪意に塗れた人間や、洗脳された艦娘とは違う。純粋な侵略者だ。

雷はあの深海棲艦の声を聞いてしまったのかもしれない。何故死ななくてはいかないという訴えからして、あの深海棲艦はここで死んでいった人形達や、私達よりも前にここに流れ着き息絶えた捨て駒達の怨念の集合体なのだろうか。

 

「行くさ……行くしか無いだろうこんなの!」

「すぐに増援を呼ぶ! それまで頼む!」

 

大急ぎで艤装を装備。今の私にはナイフしかないが、撃退するためにはそれだけでは足りない可能性がある。咄嗟に雷の使う水鉄砲も手に取り、出撃した。

 

あの深海棲艦は殺すのも躊躇われる。ここで自沈させられた、自爆させられた艦娘達の無念の集合体ならば、私はあれを殺すことなんて出来ない。

出来ることなら話がしたい。だが、あれは理性すらない負の感情の塊だ。言葉も発せず、意思も見えない。覚悟は必要かもしれない。

 

 

 

単騎での出撃。どうするのが得策かもわからない状態で、その深海棲艦の前までやってきた。溢れ出る負の感情が混ざり合った匂いで、顔を顰めてしまう。

おそらく駆逐艦のイロハ級。私よりも大きな、手も足も無い魚のような魚雷のような、正直あまり気色のいいものには見えない生物。艦娘よりも生体兵器であることを強く表に出している。

 

私の姿に気付くと、早速こちらに口内の主砲を向けてきた。止まっていたら狙い撃ちにされる。だが、私は今、施設を背にしている。避けたら流れ弾が施設に向かいかねない。

だから、動き続ける。照準を合わせられないように、施設に主砲が向かないように、ひたすらに私を目で追わせる。

 

「こっちだ。こっちに来い」

 

せめてもっと施設から離して、安全な場所で戦いたい。こちらから施設が見えなくなるくらいまでには引き寄せることには成功した。

 

それからは何度も何度も撃たれた。訓練で培ったスピードでそれを全て躱してはいるが、このままではジリ貧だ。曙のように持久力があるわけでもないため、先に崩れるのはおそらく私。だからといって反撃し、これを殺してもいいものか。

そもそも水鉄砲では殺せず、ナイフも非殺傷兵器の(なまくら)だ。私の今の手持ちで、この敵を倒すことが出来るかもわからない。

 

「くそ……どうする!」

 

水鉄砲を放つが、私は素人だ。片手で放っても当たることはまず無い。牽制くらいになればいいと思ったが、あらぬ方向へ飛んでいく。これを容易に取り扱っている雷と三日月を尊敬した。

ならばナイフでと思うが、何処に攻撃をすればいい。全身装甲のような甲殻に包まれているため、狙うなら柔らかそうな腹。手足のないエコのようなものだ。ならば、弱点はそこしかない。

 

「お前は殺したくない……止まってくれ……!」

 

水鉄砲を乱射するが、やはり当たらず。私が下手というのもあるが、あちらもしっかり回避してくる。

こちらには入渠ドックも無いのだから、怪我をするわけにはいかない。確実に回避し、確実に事を済ませる。

 

「頼む! 止まってくれ!」

 

初めて水鉄砲が命中。深海棲艦の眉間というなかなかいい場所に当たったものの、全身装甲のようなものであるそいつには、少し怯んだもののノーダメージ。

 

「くそ……!」

 

負の感情の匂いがより強くなった。水鉄砲とはいえ攻撃を当てた私に対して、まっすぐ殺意を向けてきている。

 

「止まれ!」

 

援軍としてやってきたセスの声。後ろからは曙も来てくれた。

人形と同じように、姫級の命令なら止まってくれるのではないかという判断。事実、その深海棲艦はセスの声を聞いて動きを止めた。私達の声は届かないにしろ、姫の声なら届く。

 

「お前の無念は私達が晴らす! だから、止まってくれ!」

 

セスの切実な訴えに、ほんの少しだけ負の感情の匂いが落ち着いた。安定しているとは到底思えないが、敵意を少しだけでも失ってくれれば。

だが、その理想はすぐに打ち砕かれる。セスの方を向くと、口を大きく開け、口内の主砲を構えた。相手が姫であることなんて関係無い。本来の深海棲艦としての在り方を逸脱するほどの憎しみで、命令すら聞かない狂戦士(バーサーカー)状態になってしまっている。

 

「くそ! 言うことを聞いてくれ!」

「ああもう! 危ないわよ!」

 

セスの襟首を掴み、曙が強引にその場から退避。瞬間、セスのいた場所に砲撃が放たれた。

 

「話も聞いてくれない! もうそいつには何もない! 意思も、理性もだ。私の声が届かないなら、何を言っても届かない!」

 

負の感情のみを材料に生まれてしまったが故の、完全に壊れた深海棲艦。中立区という特殊な環境下に生まれてしまった弊害なのだろう。もう、取り返しのつかない状態だということは、痛いほどにわかった。

 

「倒すわよ。このままだと嫌でも全滅よ」

「だが……」

「こいつの憎しみも、私らが背負ってやるわよ! クソ共は必ず追い詰めて後悔させてやる!」

 

躊躇いのある私を余所に、曙は1人特攻。リーチの長さを活かし、深海棲艦の柔らかい腹の部分に槍を掬い上げるように叩き込む。

曙の言う通り、ここでこの深海棲艦をそのままにしていたら、私達の施設は滅茶苦茶にされる。他の鎮守府にとっては何も気にする必要のない雑多な1体でも、私達には脅威だ。ならば、ここで……終わらせるしかない。

 

「覚悟を決めろ……覚悟を!」

 

ナイフを握り締める力が増す。今回ばかりは腕の疼きは無い。怒りも憎しみもなく、ただただ悲しいからだろう。

だから、曙の言う通り、この深海棲艦の憎しみは私達が背負おう。必ず、必ず決着をつけてやる。

 

「すまない。若葉達も、ここでやられるわけにはいかないんだ!」

 

曙の一撃で軽く浮いた深海棲艦の口内主砲に一撃。攻撃手段を失わせて私達への被害を最小限に食い止める。途中口を閉じられそうになったが、即座に回避。

 

「2人とも離れろ!」

 

セスの声に、私と曙はその場から飛び退いた。エコから放たれた艦載機が、その深海棲艦に爆撃。水鉄砲は効かないが、セスの攻撃は当然ながら殺傷能力があるものだ。怯ませて、怯ませて、トドメにコレ。流石にこの一撃は致命傷になり、深海棲艦は沈黙。

 

「……お前達の無念は絶対に晴らす。だから……今は眠ってくれ」

 

動かなくなった深海棲艦に触れ、成仏を願うように独りごちた。

 

涙は流れなかったが、辛い戦いだった。深海棲艦との戦闘の方が辛いだなんて、何かが間違っている。曙も舌打ちをし、セスも苦い顔を浮かべていた。

 




中立区崩壊の兆し。

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