継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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悪夢からの目覚め

夜、風雲への透析が完了。それをずっと夕雲と共に見届けたセスに呼ばれて、飛鳥医師と私、若葉は医務室にやってきた。セスは寝起きに見るのはまずいと医務室から離れる。

人数が増え、やれることが増えたとしても、治療が成功しているかどうかを判定出来るのは相変わらず私の嗅覚かシロの感覚しかない。そのシロは、基本的には霰の側にいるため、動くのはまず私である。

 

医務室は少し薄暗かった。風雲が目覚めるのを待つ間、夕雲はその横の椅子から微動だにしていない。ジッとその寝顔を見ながら、何か考え事をしているようだった。

嫌な予感はしない。むしろ本気で心配している表情。匂いもおかしなことはない。ここでずっと風雲を見ながら、禁断症状に襲われてもここから一切動かなかったという。一言も発せず、ずっとずっと風雲が元に戻ることを祈っていた。

 

「若葉、頼む」

「了解」

 

透析終了ということで、前の2人と同じように風雲の匂いを嗅いでいく。最初とは違い、麻薬の甘い匂いも、微かにあった深海棲艦の匂いも、全て無くなっていた。匂いに関しては完全にリセットされた。

その間に装置も外され、あとは起こすのみ。これはもう夕雲の仕事だ。目を覚まさせるのは私達ではない。

 

「夕雲、起こしてあげてくれ」

「……はい」

 

ベッドに近付き、肩を叩く。

霰はすぐに錯乱して暴れ出した。夕雲は死を望んだ。風雲はどうなるか。

 

「風雲さん」

 

優しく呼びかける。すぐには起きず、その後、肩を叩いては呼びかけ続けた。

それが何度か続いた後、うっすらと目を開いた。最初の霰や夕雲と同じように、虚ろではあるが、泥沼のように濁った瞳ではない。

 

「よかった、目を覚ましてくれて」

「夕雲姉さん……なんか()()()()()()()

 

雲行きが怪しくなった。起き抜けに暴れ回るようなことが無いのはいいことだが、今の物言いは少しズレている。まるで、今までやらされていたことを現実と思っていないような言い方だ。

その言葉を聞き、夕雲の身体が強張るのが見えた。どう扱えば最善かを考えている。これは非常に難しい。

 

「私が命令すると、僚艦の子達が自爆しちゃうの。秋雲の漫画でもあんなの無いよ。もう……夢見が悪いなぁ……」

 

頭を掻きながら身体を起こすが、まだ処置の際に開いた胸と腹の傷は当然閉じていない。常に鎮痛剤を点滴しているものの、動けば痛いもの。ましてや、知らずにそんな動きをしてしまえば、激痛は免れない。

小さく悲鳴を上げた後、倒れるように横になってしまった。こうなるのも無理はない。あの痛みは普通ではない。

 

「痛たた! あれ……なんでこんな大きな傷が……。ドックは? 入渠しないといけないくらい酷い傷よコレ」

 

夢としておくか、事実を伝えるか。これを考えるのは夕雲だけではない。だが、誰も答えを出すことが出来ず、だんまりになってしまった。夕雲に至っては涙目である。

さすがの事態に風雲も不審に思ったようだ。身体は起こせないものの、首だけは夕雲に向けて疑問をぶつける。

 

「何よ黙りこくっちゃって。それに、なんかいっぱいいるのね。そんなに睨み付けなくても……私、何か悪いことしちゃった?」

 

禁断症状による幻覚も見えている。それをそうと認識していないにしても、この反応は今までで初めて。今ここにいるのは風雲を抜いたとしても、夕雲、飛鳥医師、そして私の3人だ。いっぱいではないし、そもそも誰も風雲のことを睨み付けてなんていない。

夕雲のように幻聴はまだ聞こえていないようだが、時間の問題だと思う。ならその前に、それが幻であることを自覚してもらう必要があるのではないか。事実と誤認して死を強要されるのは、幻覚よりも心が折れる。

 

「風雲さん……落ち着いて聞いて」

 

私が言い出そうかと思ったところで、先に夕雲が動いた。姉として、責任を負おうと。

 

「……事実なの」

「何が?」

「……貴女の見た夢は……事実なの」

 

もう夕雲は泣いていた。風雲の肩を掴み、震える手で真実を突きつけた。対する風雲は現実感がなさ過ぎるのか、まだ信じているようには思えない。

 

「姉さん、流石に冗談にしては悪質じゃない?」

「……夕雲がそんな冗談を言う艦娘に見える?」

「そんなバカなこと……あるわけないじゃない。なんで私が仲間を……仲間を……」

 

風雲も震え始めた。本来の夕雲は、こんな悪質な嘘を言うタイプではない。それにより、今まで酷い夢だと思っていたものが、夢ではなかったと理解してしまった。おそらく、幻覚の亡霊達からの声も聞こえ始めたのだと思う。幻覚自体が酷くなっているかもしれない。

 

「嘘、嘘よ。そんなこと私、私……」

「やらされていただけ、やらされていただけなの。夕雲も同じ。思い出したのなら、夕雲も仲間だったこと、覚えているでしょう……」

 

あちら側の鎮守府で仲間同士だったのだから、姉とやってきたことだってあるだろう。その時は自分の意思になってしまっていただろうが、それは全て、家村のせいでそうされていただけだ。

全て繋がったようだった。完全に目の焦点が定まらなくなった。私達にはわからないが、夕雲と同じように自分が手にかけたであろう艦娘の幻覚と幻聴に襲われ、正気で無くなっていく。

 

「いや……私はなんて事を……」

「大丈夫、大丈夫よ……皆さんきっとわかってくれる」

 

視界を塞ぐように抱き締める。もうこれは伝統になろうとしていた。最初はセスから始めたことだが、一番的確であるとして夕雲も頻繁に使っている。

幻覚はこれで防げるが、幻聴はどうにもならない。それを紛らわせるために話しかけ続けた。

 

「夕雲もずっと謝ってるの。周りにみんながいるんでしょう。何でお前がのうのうと生きているんだって、早く死ねって罵られているんでしょう。わかる、わかるわ。夕雲もそうだもの」

 

自分の禁断症状に耐えて、妹をあやす。夕雲にとっては、これが一番の治療法なのかもしれない。他人への献身により救われる。それが妹なのだから尚更だ。

夕雲は雷と同じタイプなのだろう。頼られたいし、お世話をしたい。回復したら家事をやりたいと自分で言うほどだ。雷とは相性が良さそうである。

 

「風雲さん、一緒に生きましょう。辛いならお姉さんがついてるわ。夕雲もその手にかけた人達は見えるの。同じなの。だから、ね?」

「姉さん……姉さん、私、私……」

「いいの、辛かったら全部話して? 夕雲が全部受け止めてあげる」

 

そこから、風雲は大泣きしてしまった。夕雲相手なら好きなだけ自分がさらけ出せるのだろう。飛鳥医師と私は、もう視界にすら入っていなかった。

 

 

 

さんざん泣き多少はスッキリしたか、鼻をすすりながらでもある程度正常になった風雲。幻覚も今は見えておらず、幻聴も聞こえていない。

泣きじゃくりながらも、夕雲に説明されたおかげで現状は理解出来たようだ。提督という立場を悪用した、艦娘の無茶な運用。命すら玩具のように扱う戦法を艦娘に指揮させるという事実を知り、風雲は憤慨していた。

 

「何よそれ、そいつのせいで私はこんな目に遭ったわけ!?」

 

風雲自体が今までと違って錯乱していないおかげで、難なく説明が出来た。

治療してきた中では一番サバサバしているというか、あっさりとした性格をしていた。これまでの血塗られた過去で頭を抱えていたが、原因が別にあり、自分の意思まで塗り替えられていたとわかると、罪悪感より怒りが上回ったようだ。

 

「ああ、僕らはその提督を打倒するため、複数の提督と組んで行動している。僕は君のように家村に操られた艦娘の治療に専念しているんだ」

「私も協力する。そんなの絶対に許さない! あんな提督(ヤツ)をご主人様って呼んでただなんて、吐き気がしそう!」

 

あの時の自分を恥じるように憤慨していた。

意気込みは十分。体力はまだまだ回復しておらず、度々幻覚と幻聴に苛まれるが、他の2人より元気。これなら回復もかなり早そうだ。

 

「まだ辛い部分も多いと思う。今は休むか?」

「ううん、今から話せることは全部……ちょっと待って」

 

目があらぬ方向へ。こう話している間もまた禁断症状が現れてしまったようだ。飛鳥医師の後ろを見ながら、今まで怒り狂っていたものが、途端に穏やかに。

 

「貴女達の仇は必ず討つから待ってて。私の手で命を落としてしまったことはごめんなさい。でも、家村提督がいなければお互いこんなことにはならなかったわ。だから、私達を信じて」

 

風雲もまた、夕雲と同じように幻覚を受け入れてしまっているタイプ。当たり前のように亡霊に話しかけるが、夕雲のような謝罪ではなく、その無念を晴らすことを誓うように語りかける。

姫の体液を入れられていた弊害で、やはり罪を謝罪するという考えがすぐには思い浮かばなかった模様。ただし、やらされていたので罪ではないと私達がさんざん言っているためか、謝罪より無念を晴らすことを優先しているように思えた。

 

「これはまた……違ったタイプだな」

「3人目ともなると……な」

 

壊れ方も三者三様。その中でも、風雲はとても前向きだった。見えていないところで致命的な壊れ方をしている可能性が無いとは言えないが、今まで治療してきた3人の中では、もっとも受け答えがハッキリしている。割り切っているわけではないと思うが、表に出さないところは姉よりも心が強いのだろうか。

 

「ん、まだ付いて回ってるけど、ちょっと今は待っていてもらうわ。で、何を話す?」

 

気を取り直してこちらを向く。夕雲も苦笑していた。

 

「赤い花弁について何か知らないか」

「花弁? ああ、リコリスのことね」

 

いきなり繋がった。

 

「私、あれの回収部隊に入れられたことあるわ。真っ白なお姫様が育ててる花を貰ってくるのよ。育ててるっていうか、勝手に生えてくるみたいだけど」

「真っ白な姫……」

「提督や大淀さんはリコリスって呼んでたわね」

 

やはりリコリス棲姫で間違い無かった。下呂大将が調査して見せてくれたリコリス棲姫の写真も、真っ白な姫だった。

また、家村と一緒に出た名前、大淀。下呂大将の読みでは、その大淀は洗脳されているのではなく、素面で家村と行動を共にしていると考えている。今の話を聞く限り、あちらの鎮守府はその2人で成立していたと思える。

 

「リコリスは友好的な深海棲艦だから、協力してくれているからって、僚艦を連れて花弁を運ばさせられてた。その花弁が何に使われてるのかは知らないけど、なんて言うのかな、匂いを嗅いでると落ち着くのよ」

「その花弁が、君達に使われていた薬の原材料じゃないかという疑いが出ている。リコリス自身はそんなこと言っていたか?」

「ううん、何も。友好的って言われてただけあって、敵って感じはしなかったかな」

 

あくまでもリコリス棲姫は協力者というわけだ。そこに意思があったかは定かではないが、今の状態では敵とみなしてもいいかもしれない。

 

「居場所はわかるか?」

「ええ……って、待ってて。貴女達ちょっと落ち着いて。貴女達の仇を取るための話なの。気持ちはわかるけど、今は邪魔しないで、ね?」

 

話の途中で、不意にまたあらぬ方向に話しかける。禁断症状が合間合間に現れてしまっているようだ。何もないところにいる者を宥めている姿は、少し痛々しい。

 

「ごめんなさい、話を続ける。リコリスの居場所は私が覚えてる。道案内も出来る」

「だが、君はまだ本調子ではないし、艤装は破壊してしまった。場所を教えてくれればこちらで」

「あそこ、決まった海路でないと辿り着けないのよ。海流がどうとかで、羅針盤が狂うの」

 

なるほど、だから今まで見つかっていなかったし、あちら側の者しか場所を知らないのか。リコリス棲姫に出会うまでには手順があるわけだ。加えて、リコリス棲姫は空襲を主な攻撃手段として使っているらしく、制空権を取るのも難しいらしい。

そうなると、花弁回収部隊として行動していた風雲の手を借りないと出会うことすら出来ないかもしれない。強行軍はこちらの破滅に繋がるかもしれないわけだし、より堅実な手段を取った方がいいだろう。

 

「わかった。君の体調が戻り次第、協力してもらいたい」

「ええ、あの提督にギャフンと言わせないと気が済まないわ。ああ、もう、思い出すだけで腹が立ってきた!」

 

随分と勝ち気な性格の様子。穏やかな夕雲の妹ではあるのだが、夕雲とは少し性質が違う。姉妹といっても十人十色。そう思えない関係性の者達だって沢山いる。

 

「風雲さん、傷が開いちゃうわ。今は大人しくしましょうね」

「痛たた……これどれくらいで治るの?」

「君達艦娘なら1週間もあれば痛みくらいは取れるだろう。高速修復材もあるにはあるが、他の人形達の治療に使いたいんだ。すまない」

 

すぐに納得した。人形達のことだって当然覚えている。自分と同じようにされているのもわかるし、意図していないとはいえ、それを何人も殺してしまった過去もある。

風雲は今の痛みを共犯の罪滅ぼしとして解釈した。これ以上は泣き言は言わないと決意までした。

 

「今は安静にしていてくれ」

「わかった」

 

こうして風雲は復帰することとなった。今までに無く精神的には落ち着いているため、心配事はあまり無い。

 




風雲復帰。そして、リコリスへの道が示されました。家村を追い詰めるのも重要ですが、リコリスに辿り着くのも必要。話は次の段階へ進みます。

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