継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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犠牲者の怨念

風雲が復帰し、リコリス棲姫までの道が示された。決められた海路を進まない限り辿り着くことが出来ないというその場所までは、風雲が案内してくれる。だが、まだ手術が終わったばかりであり、胸と腹には痛々しい縫合痕が残ったまま。せめてそれの痛みが無くなってからが、次の動きになる。

この件は夜ではあるが早急に下呂大将と来栖提督に伝えられ、あちらも準備を始めるという。特に下呂大将は、大本営の内通者も見当を付け始めたらしい。事は大きく動き出している。

 

来栖鎮守府で保護されている人形達の治療は、風雲の経過次第で随時進めていく方針となった。

今回の処置は今までで初めての処置。深海棲艦のパーツを入れているわけではないため、妙なことは起きないはずだが、私達が洗浄して元に戻したという不安要素がある。時間をかけてまた元通りなんてことがあったら困るため、数日間だけ様子見となった。

 

「定期的に匂いを嗅がせてもらう。それだけは許してくれ」

「それで私が治ってるってわかるの?」

「ああ。麻薬の匂いと、深海棲艦の体液の匂いは判別出来る。今は鳴りを潜めているが、万が一がある」

 

大体3日くらい様子見をし、それでも匂いが正常なら問題無しとみなす。最初だからこそ慎重に。勿論、それ以降もここで治療するなら同じように用心していく。

 

「何ていうか……貴女、わんちゃんみたいね」

「自覚している。だが、これで人が救えるなら喜んで犬になろう」

「わ、なんかカッコいい」

 

カッコいいかは知らないが、少なくとも私は、この嗅覚には誇りがある。今まで幾度となく自分の命も他人の命も救ってきたものだ。今の私は、これが無くては戦えない。

 

 

 

翌日、朝のランニングを終えて施設に戻ると、早速車椅子で出歩くようになった風雲が外にいた。車椅子を押すのは夕雲。そこに霰も付いている。被害者3人組。そしてそこには浮き輪総動員。風雲には不要に思えたが、霰と夕雲にはまだ必要であり、風雲にもついでということで抱いてもらっている。

セスとエコの散歩にも参加したようで、何やら気持ちいい汗もかいているようだった。いい運動をすれば、心も穏やかになるというものである。

 

「おはようございます、若葉さん」

「ああ、おはよう。風雲の身体は大丈夫なのか?」

「鎮痛剤の点滴はまだやめられないけど、気分は楽よ」

 

今は禁断症状も見られない。この状態なら、見た目は普通の艦娘。風雲も胴の大きな傷さえ治ってしまえば普通に歩くことが可能だ。今はちょっとした振動も響くようだが、顔を顰めるようなことが無いため、安定して回復していっているのだと思う。

 

「早く治して、あの提督をどうにかしたいわ」

「ああ……あまり無茶はするなよ」

「わかってるわよ。痛くてまともに動けないんだもの。無茶なんてしたくても出来ないわ」

 

家村に対する感情は、完全に怒り。私達と同じような感情を持ち合わせているようだった。いいように操られ、ましてや敬愛する主人として認識させられていたのが余程気分が悪いらしい。

私も想像してみたら吐き気がしそうだった。死にかけではあったが、あの鎮守府から早々に抜けることが出来てよかったと思える。

 

「夕雲も……あまりいい気分では無いですね」

「……あられも」

 

三者三様の回復を見せているが、思うことはみんな同じようで、家村への嫌悪感が強い。

 

「でも、せっかく治してくれたんだもの。私もちゃんと手伝う。差しあたってはリコリスの居場所よね」

「ああ、時が来たら頼む」

「任せて。そう、貴女達の仇討ちよ。全部家村提督が悪いんだから、ちゃんと後悔させてあげるんだから」

 

不意に誰もいない方向へ話し出した。風雲は禁断症状へ。亡霊に向けて、その無念を晴らすための説明を続ける。

 

「ああ……風雲さんは無事に治りました。ごめんなさい、貴女達もこうしてあげたかった。でも貴女達は夕雲がこの手で……ごめんなさい、本当にごめんない」

 

それに引っ張られたか、夕雲の視線もあらぬ方向へ向き、謝罪の言葉を投げかけていた。

風雲とはまったく違う方向を向いているが、症状は同じ。幻覚と幻聴がお互いに共有出来ているわけでは当然ない。私達には見えない亡霊を受け入れ、それに対して何かしらの言葉をかけ続ける。

 

「……霰は大丈夫か?」

「だいじょうぶ……あられね、さいきん、()()()をみるかいすう、へってきたきがするの……」

 

そんな中、霰は正常。平常運転。蹲って謝罪を続けるわけではなく、幻覚に向かって話し続ける2人を、邪魔しないように見つめているのみ。

この中では最初に治療が終わったからか、禁断症状が現れる回数が減ってきたらしい。そういうところも回復してきていると思うと感慨深いものだ。今はまだ寝ているらしいが、シロクロの献身はとても効果的。

 

「あられは、かざぐもちゃんを、なかにはこぶね」

「ああ、若葉は夕雲を誘導しよう」

 

風雲は車椅子だが、夕雲はその場に立ち尽くして謝罪し続けている。霰には風雲の車椅子をお願いし、私は夕雲を誘導してうまく施設に導いていく。

 

「若葉! 若葉帰ってきた!?」

「どうした雷」

 

施設に入った途端、大慌てな雷が私を探していた。朝早くだというのにしっかり制服に着替えているが、エプロンを着けたままな辺り、朝食の準備中に何かがあったとしか思えない。

 

()()()()()()()!」

「……!」

 

雷がこう言うということは、再び近海に深海棲艦が現れたということ。今は早朝ということで、来栖鎮守府からの警備隊がまだ帰っていなかったため、戦闘に関してはあちらに任せられる。

外にいたら、流れ弾が飛んでくる可能性があるため、施設の者達が全員揃っていることを確認しているようだ。状況を見る限り、私達が最後だった様子。

 

「先生、これで全員!」

「よし、なら工廠に集合して、艤装を装備して待機」

 

すぐにでも出撃出来るように、艤装を装備する。ランニングの直後だったため、制服すら着ていないのはご愛敬ということで。

その間に、外から()()()()匂いが漂ってきた。数はまたしても1体。一度嗅いだことのある匂いのため、おそらく駆逐イ級。

 

「もう、中立区じゃないのね……」

 

遠くで行なわれている戦闘を見ながら、雷が呟いた。

ここは中立区ということで医療施設でも問題無かった場所だ。艤装は持っていたが、戦闘する必要はなく、武装は一切持っていなかったのが懐かしい。その場にあった錨を振り回して戦ったのが大分前に思える。

 

「今回の声もね……前と同じだった。何で自分達がって言ってる」

「……そうか」

「すごく辛そうな……怒ってる声よ」

 

雷の手が震えていた。純粋な怒りをぶつけられたようなもののため、自分に対して言われているわけではないのに恐怖を感じてしまっている。

精神的にも落ち着いてもらうために、その手を握った。これで少しくらいはマシになればいいが。

 

「引っ張られるなよ」

「わかってるわ。あの無念、晴らしてあげたいなって、改めて思ったの」

「……だな」

 

雷にもその怒りが伝播しているような、そんな気がした。手の震えは恐怖からではなかった。駆逐イ級から発せられる怒りを受け、雷も怒りを感じているからであることがわかった。

私も家村が許せない。同じ目に遭ったら、ああなっていたかもしれない。私自身が深海棲艦を生み出す()()()()に成り果てていたかもしれない。そう考えるとゾッとする。

 

 

 

僅か数分で戦闘は終了。駆逐イ級は討伐され、死骸は海の底へと沈んでいってしまった。前回のように施設に運ぶことも出来なかった。

あれがまた深海棲艦を生み出すこともある。出来ることなら回収して、環境保護に努めたいところ。中立区の海は綺麗にしておきたい。

 

「声、聞こえなくなったわ」

 

そういう意味でも戦闘が終了したと思える。匂いは残っているので、私には完全に終わったかどうかは判明出来ない。雷の聴覚はそういう意味でも便利であった。

 

「せんせー、私達がさっきの子、拾ってくるよ」

「……海は綺麗に……したいからね……」

「ああ、頼む」

 

シロクロが率先して清掃を申し出る。私もたった今考えたばかりなので、これはアリだと思う。別に艤装作成のためのパーツ取りがしたいというわけではなく、憎しみの輪廻を断ち切るためだ。主機を装備していたため、2人はすぐに海に飛び込んだ。

前回の死骸は、来栖提督に持っていってもらった。今回もおそらくそうなるだろう。ここにあるというだけで、中立区はより汚染されてしまう。だからといって蔑ろには出来ない。艦娘にやるように、適切な供養をお願いした。

 

「あの深海棲艦は……夕雲達が生み出してしまったのでしょうか」

 

ボソリと、夕雲が呟いた。

全員工廠で待機していたのだから、当然被害者3人組もここにいる。夕雲も風雲も、あの戦闘をじっと眺めていた。

 

「それは違う。君達には一切の責任はない」

「だけど、キッカケを作ったのは私達です。夕雲はここで……何人もの仲間のリミッターを外しました」

「……私も……潜水艦の子を自爆させたわ」

 

前回の初戦闘は咄嗟のことだったため、夕雲は見ていなかったし風雲はここにいなかった。だが、今回は違う。雷が気付き、安全のためにひとところに集まり、初めて家村の犠牲者の怨念を目の当たりにしてしまった。

あの駆逐イ級は、家村に対する恨みと憎しみの権化。それが生まれたキッカケは、家村の指示のせいだ。本来の思考を奪われ、命令に忠実に従う奴隷にされていた夕雲や風雲には責任はない。

 

「あ、ああ……そうですよね、夕雲が、夕雲があんなことをしたばっかりに……ごめんなさい、貴女達の怒りと憎しみはわかります。あんな姿になりたくて生まれたわけではないですよね。ごめんなさい、ごめんなさい……」

「あんなの無いよね……貴女達の怒りと憎しみ、わかる、わかるわ。絶対に晴らしてあげる。絶対に晴らしてあげるから……ごめんね、本当に、ごめんね」

 

戦闘を見たことでより深い禁断症状に苛まれることになってしまった。今も幻覚に謝り続けることになっている。飄々としていた風雲すらも、幻覚に対して謝罪を呟くほどに。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

側にいる霰も引っ張られてしまい、ブツブツと謝罪を呟いていた。

消耗著しいので、3人は一時的に医務室で眠ってもらうことにした。朝食はまだだが、今の状態では食べられたものではないだろう。ゆっくり休んで、落ち着きを取り戻してもらいたい。

 

少しして、シロクロが駆逐イ級の死骸を工廠に運び入れた。私達が初めて戦闘したものと同じような個体だが、破損の仕方が違う。あの時はセスの爆撃が頭頂部に直撃したことが死因だったが、今回は砲撃が口内の主砲を破壊しつつ、体内を突き破っての撃破。

鉄と油と()()が漂った。こんな姿でも、シロクロやセスと同じ深海棲艦。私達とも同じような存在かもしれない。それが辛い。

 

「こんな姿になりたくて生まれてきたわけじゃないだろうに……」

 

前と同じようにその死骸に触れ、呟く。本人ではないにしろ、ここで死んだ者の心が生み出した侵略者である可能性は否めない。

そうなると、この深海棲艦は、元艦娘とも言える。雷とは逆だ。

 

「必ずその無念は晴らす……眠っていてくれ」

 

これは誓いの言葉だ。必ず家村には後悔させるという誓い、助けられなかったことに対する懺悔。

 

死骸に触れている腕が疼いた。たまたまだが、触れているのは痣のある左腕。前回もそうだった気がする。その痣が、ほんの少しだけ()()()()ような違和感を覚えた。

実際に見てみると、何も変わっていない。いつものように黒ずんだ痣がそこにあるだけ。もう何度も見てきた、私の異形の証。

 

「私もやるわ……せめて安らかに」

 

雷も私と同じように死骸に手を触れ、呟く。これをキッカケに、全員がこれをやることになる。私達なりの供養として、その手で触れ、成仏を願う。

こんなことで深い恨みと憎しみが晴れることは無いだろう。私達の気休めにしかなっていないのだろう。だが、やらないよりはやった方がいい。願うことは罪じゃない。

 

より一層、家村への怒りが強まった。深海棲艦は侵略者だと言われているが、人間の方が余程侵略者ではないか。

 

本当の悪は、人間なのではないか。

 




深海棲艦が艦娘となるのなら、艦娘が深海棲艦になることもあるでしょう。劇場版で示唆された、輪廻の話ですね。ここではあちらとは少し違いますが。

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