継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

87 / 303
妖精の研修

風雲から麻薬と深海棲艦の体液の匂いが完全に消えたことが確認され次第、来栖鎮守府に保護されている人形、総勢42人の治療に移ることは決まっている。だが、その治療方法に施設は頭を悩ませていた。

まず人数が多すぎる。施設で治療出来るのは、透析のことも考えると出来てせいぜい1日2人。寝る間も惜しむなら3人出来る程度。休憩無しで引っ切り無しに作業をし続けて、14日、2週間フルタイムとなる。

流石にそれでは人形の治療の前に施設の者が全員倒れることになるだろう。1人治療するのに総動員だ。まず数日と保たない。

 

「時間はかかるが、確実に終わらせる方向で行く。2日で1人。これが体力的にも限界だ」

「そうよね……他に出来る人がいればいいんだけど」

 

この治療法は今のところ飛鳥医師にしか出来ない。入渠ドックを使っても治せないのが大きく足を引っ張っている。

最悪、胸骨だけどうにか出来ればまだ何とかなる。血液を汚染し、洗脳を維持するあの改造だけでもどうにか出来れば大丈夫なのだが。

 

ここで飛鳥医師、妙案を出す。

 

「……手段はある。()()()()()()()()()

 

そもそもドックの妖精には出来ないから飛鳥医師が身を削って治療しているのだが、それはどういうことか。出来るなら最初からそれでやっているはずだ。

 

「かなりスレスレではあるが、改装の妖精達にこの治療法を教える。あちらが改装でこの処置をしてるんだ。こちらも改装で元に戻すくらい出来るはずだ」

 

実際、ドックの妖精達に指示を出して改装の仕方を調整するのは、あまりよろしくない。それが罷り通るのなら、艦娘を好き勝手改造出来てしまうからだ。そのため、法的には違法になる。

事実、家村はそれをしていることで、部下の艦娘達を人形や奴隷に変えているわけだが、治療という名目で艦娘を元に戻すために改造するのならば、ギリギリ入渠扱いと出来るのではなかろうか。飛鳥医師はそう言っている。

 

「最初からそれが出来れば苦労はしなかったんだが、治療法が完全と言えなかったから僕がやるしかなかった。でもこれで治療法は確立できたのだから、後は妖精に任せる方が確実だ」

「でも、そんな簡単に出来るもんか? 言葉で教えるだけじゃ、ありゃ無理だろ」

 

胸骨のケアなどは簡単には伝えられない。それ以外にも繊細な作業がいくつもある。とはいえ、瀕死の艦娘を完治させられるくらいの力を持つドックの妖精達なら、ちゃんと教えれば出来ないことは無いだろう。

ちゃんと教えれば、である。それをどうやるかになる。

 

「来栖の鎮守府で出来るようにするのが得策だろう。先生に許可を貰い、来栖の鎮守府の明石と妖精に全てを見せる。これであちらでも出来るようになるはずだ。むしろこちらでやるよりも手早く、確実に出来る」

「え、じゃあ、まさか」

「あちらのドックの妖精全員にここに来てもらい、処置を一部始終見てもらう。当然、明石にもだ。言葉で教えるのは無理だからな。実際に見てもらった方が早い」

 

妖精の学習能力は半端では無いらしく、見せてしまえば100%の再現をしてくれるはずだと、飛鳥医師も太鼓判を押した。

法スレスレではあるが、あの大人数をどうにかするためだ。四の五の言っていられない。これは治療であり、改造では無い。そう言い聞かせて、自分達を納得させる。

 

「妖精達に研修を受けてもらうわけか」

「そんな軽いもんじゃねぇよ」

 

少なくとも、妖精に教えるために1人は私達の手で治療する必要がある。一度やったことなので、まだマシかもしれないが、まだまだ不安はいっぱいだ。

 

 

 

2日後、風雲から麻薬と深海棲艦の体液の匂いが消えたままであることが確認出来たため、次の段階へ移行。人形の治療に入る。先んじて下呂大将に連絡を取っていた。この件は本当にギリギリだったらしく、割と悩まれた挙句に、ついさっきようやく許可が出た。

こればっかりは大本営にも報告が必要らしく、そのせいで内通者にやろうとしていることがバレてしまうことになる。が、下呂大将はその内通者に見当がついているため、()()()()()の一部の者に許可を取ったそうだ。当然信用出来る者を厳選している。

 

内通者と思しき者は大本営の幹部。事を急ぐと、ダメな方向に向かいかねない。慎重に、慎重に進めているようだ。外堀を埋めに埋めて、確実に言い逃れが出来ない状況を作るのにあと数日かかるのだとか。数日で済むのだから恐ろしい。

 

「飛鳥よォ、これは流石に滅茶苦茶すぎるぜェ?」

「わかってる。だが、今最善なのはこれだと判断した。先生も許可をくれたんだ」

「わーってる。俺だってあいつらを保護し続けるのは難しいことはわかってんだ。確実に救える方法は数撃たねェと話になんねェ」

 

違法スレスレの治療法に、来栖提督も頭を悩ませたようだ。下呂大将が許可を出したからここに来てくれたが、そうで無かったら断っていただろう。それくらいギリギリ。

 

「んじゃァ、明石」

「はい。工作艦、明石です。今日は妖精さんと一緒に、いろいろ学ばせていただきますね」

 

海上から明石が工廠に上がる。そして、大発動艇から10人を超える妖精がわらわらと飛び出してきた。以前見た職人妖精とは全く違う、入渠と改装を司る者達。私達は改装を受けたことでその姿を目の当たりにしているはずなのだが、ドックに入って気付いたら終わっていたため、その姿は全く覚えていない。

明石の足下に整列し、一斉に敬礼。その愛らしさは、三日月が反応するレベルであった。

 

そして、

 

「治療を頼むのはこいつだ。よかったよな?」

「ああ、適役だ」

 

来栖提督が抱きかかえて大発動艇から下ろされたのは、私の姉、初春。人形にされているため、意思のない瞳で無表情であり、全くの無反応。そんな状態を見ているだけでも辛い。

明石の計測により姉の練度を測ってもらったところ、その数値は21。第一改装と同時に人形に改装されているのなら、クスリを使われて間もないだろう。そのため、トラウマは薄いのではと判断された。ちなみに霰は60に近いくらい。人形でも千差万別。

 

「クスリを入れられて間もないため、禁断症状も浅いと思います。なら、早急の方がいいかと思いました」

「人形に改装された初陣かもしれねェ。早ェ方がいいだろうよ」

「助かる。その辺りも知っておきたかった」

 

クスリの侵食率が低いのはいい事だ。すぐに治るとは限らないが、それでも今までの3人よりは軽めである可能性は高い。

 

「それでは、早速始めたいと思う。明石、妖精達、こちらに」

「はい、よろしくお願いします」

「みんなも頼む。処置は前と同じだ」

 

飛鳥医師に連れられ、明石率いる妖精隊と一緒に処置室へと向かう。その間に姉は車椅子に乗せられていた。

来栖提督に目配せされ、その車椅子を押すのは私の役割に。実の姉への処置だ。私がやらずなら誰がやるというのだ。

 

「……若葉が必ず助けるからな」

 

耳元で呟くが、無反応。目を開いているのに、私の声に何も反応をしてくれない。だから人形なのだが、それがとても悲しい。早くこんなふざけた呪縛から解き放ってあげたい。

 

 

 

姉への処置。風雲の時と同じように、胸を開いた後、胸骨を抜き、私と摩耶で分解しての洗浄。2度目ともなると多少は慣れており、力加減もわかっている。手早く処置が出来ていると思う。

前回と違うのは、その光景をずっと妖精に見られ続けていること。違う意味で緊張する。今は肩の上でメモを取っているが、全く重さを感じない。

 

「どうだ」

「匂いは感じない。大丈夫だ」

「うし、センセ、胸骨オッケーだ」

 

2人で洗浄した胸骨を組み立て、医療用の接着剤で固定し、飛鳥医師にパス。

 

「ありがとう。ここからは僕の独壇場だ」

 

骨を戻し、既に腸骨から抜いていた骨髄を注入した後に、高速修復材を使って骨を修復していく。この手際の良さ、何度見ても凄い。手際が良すぎて、手の動きが見えないほどである。私達では確実に真似が出来ない技術だ。

 

「妖精さん、これを再現出来ますか」

 

明石の問いに、何人かの妖精は親指を上げるが、残りの妖精は無反応にジッと飛鳥医師の処置を見続けていた。

身体の方は特に重要なため、妖精を複数人配備。私の肩にいる妖精と同じように、メモを取る者もいれば、小さなカメラで録画する者までいる。この技術を確実に模倣し、鎮守府に残った大勢の人形を救うために全員必死だ。

そもそも模倣出来るというのが凄い。見様見真似でも私達には不可能だと思えるものだというのに。これが妖精。そもそも()()()が違う。

 

「匂いに関しては難しいですね。洗浄が完了したかの判断を、そこで決めているとなると、私達には管轄外の技術になります」

 

私の嗅覚は、あちらにとっては専門外となるのだろう。つまりは、正常に浄化出来たかどうかの判定が難しいということ。妖精の仕事だから、余程ミスなど無いと思うが、最後の確認が出来ないため、不安は出てしまう。

 

「なら、そちらで処置が済んだ者を纏めて確認したらいい。こちらに連れてくるのも大変だろうし、また出向かせてもらおう。若葉、いいか?」

「ああ、それくらいなら問題ない。仕上げには若葉が必要ということだろう」

 

匂いを嗅ぐ必要があるのなら、いくらでもやろう。風雲にも言われたが、こういう時に犬になるのは何も問題ない。むしろ誇りだ。

 

「自爆装置の摘出も終わっている。胸骨は接合は高速修復材で完了。あとは縫合だ。妖精は修復材でどうにかなるだろう」

 

今回も風雲の時と同様、修復材は使わずに縫合となる。万が一こちらでまた治療をする必要が出てきた時に使わなくてはいけないため、なるべく節約を心がけて。

 

「妖精なら時間の短縮は出来るか?」

「可能です。おそらく小一時間で全て完了するかと」

「それだけでも充分だな。僕らでは処置だけでこれだけかかるから」

 

縫合完了で、処置室での作業は完了。ここまでで数時間。入り組んだところに入れられている自爆装置を摘出するのがどうしても時間がかかるため、胸骨の洗浄を並行作業で行なうのだが、その間に血が溢れてしまい、失血で命を落としかねない。

慎重に手早くやろうとしても、そういうところで時間がかかってしまう。相手の命を尊重し、賭けに出ず、確実に治療するためには時間をかけるしかなかった。

 

「ここまで来たら後は透析だ。これだけはどうしても時間がかかるんだが、妖精としてはどうなんだ?」

「ドックで血の浄化を出来るかはやってみないとわかりませんね。ひとまず、透析の様子を見せていただければ」

「わかった。今度はこちらだ」

 

血塗れとなった処置室を掃除しつつ、綺麗になった姉はそのまま医務室の方へと運ばれる。そこには風雲がまだ滞在中。新たな患者が運び込まれ、透析装置に繋がれていく姿を見て、複雑な表情をしていた。

 

「透析はここから4〜5時間だ」

「なるほど……なるべくここは短縮したいですね」

 

明石の頭や肩に乗っていた妖精が飛び降り、姉の身体の上でいろいろと確認しながらまたメモを取る。

透析装置が必要なら職人妖精に作ってもらい、不要ならドックの中ですぐ終わらせる。人の手で治すより確実で迅速だ。

 

「問題はこれが全て終わってからなんだがな」

「禁断症状ですね……」

「重いものも軽いものも見た。どちらであれ、苦しむのは同じだ」

 

ここまで終わり、ようやく姉は私達の手から離れる。同時に全員が大きく息を吐き、崩れ落ちる。息の詰まる作業を終え、疲労困憊。

 

「飛鳥医師、若葉はここで姉を見ている」

「……ああ、構わない。疲れが酷いようならしっかりと休息を取るように」

「わかっている。キツかったら寝るなり何なりする」

 

風雲の処置を終えた後の夕雲の気持ちがわかった。本当の終わりは透析完了だ。それが終わるまでは気が気では無い。目が覚めるまで、ずっと側に居たくなる。

今回は同室に風雲がいたが、散歩の時間だと車椅子で夕雲が連れていってくれた。よって、医務室には私と姉だけ。妖精がちょこちょこ動いているが、これくらいなら気にもならない。

 

姉のベッドの横に座り、ジッと顔を見る。今は安らかに眠っている。人形だった時の虚ろな無表情では無いが、眠っているため感情やら何やらはわからない。

 

「……若葉が側にいるからな」

 

今はそれしか言えない。

姉がどういう人かはまだ知らない。心が強い人なのか弱い人なのか。いるという知識はあっても、外見すら知らなかった姉というのは、なかなか困ったものである。

見た目だけで言うのなら、私と姉妹なのかもわからない。違うところが多すぎる。艦娘の姉妹はそういうものが多いので、言い出したらキリが無いが。

 

「……姉さん」

 

きっといい方向に行く。姉はきっと強い人だ。そう信じ、私は姉の隣から動くことは無かった。

 




若葉はセリフが本当に少ないため、姉に対しての言及もありません。呼称も不明。初霜が「姉さん」呼びなので、そこを踏襲します。若葉に時報実装されてくれないものか……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。