継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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解放された姉

私、若葉の姉、初春の処置が行なわれて数時間、透析も近々完了する。その間に、私はずっと側に寄り添う形で待っていた。あの時の夕雲と同じように、この場から一度も動いていない。

透析が進むにつれ、姉から麻薬と深海棲艦の体液の匂いが薄れていく。汚された血液が浄化され、元の姉に戻っていくのがわかり、それが嬉しかった。私でなくてはわからない完治の証は、今の姉からもはっきりとわかる。

 

私と共に、数人の妖精もその様子を見ていた。透析を再現出来るかが、この治療2つ目の難関。胸骨の浄化と同じくらい重要な処置である。これが出来なければ、胸骨を浄化した意味がない。

 

「再現、出来そうか?」

 

妖精に語りかけると、少し頭を悩ませたようだが、最後は親指を上げた。それならば、残っている41人の人形達も安心だ。

姉が妖精による治療の礎となるわけだ。本人がどう思うかはわからないが、少なくとも、私は誇らしい。

 

「……もう少しだ。頑張れ、姉さん」

 

寝顔は一段と穏やかになり、何処かスッキリとした印象にも見えた。あと少し、もう少しで終わる。匂いもあと僅かだ。

 

今まであまり考えていなかったし、どうせここで会うことはほぼ不可能だと思っていたが、姉妹という存在は私の中ではかなり大きなウェイトを占めているようだ。

出会えたことへの喜びと、こうされたことへの怒りが綯交ぜになっている。感情の大半を姉に揺さぶられた。今なら何よりも優先すると思う。

 

 

 

そこから少しして、姉から()()()()が完全に消えた。透析は完了となったため、飛鳥医師を呼び、透析装置を外すのと同時に、昏睡状態も解いてもらった。これであとは、私が起こせば終わり。

ここからは禁断症状との戦いになる。今までの3人よりは薬漬けの期間が短いらしいが、それでも使われていたのは同じだ。浅かろうが深かろうが、確実に症状は出る。

 

「よし、若葉、もう大丈夫だ」

「ありがとう。起こさせてもらう」

 

装置を外している間に来栖提督も医務室にやってきていたことで、全ての準備は整った。あとは、起きてもらうのみ。

やんわりと優しく、姉のことを思い、ゆっくりと肩を叩く。

 

「姉さん、起きてくれ」

 

私が呼びかけると、姉の目が薄く開く。目が覚めないという最悪な状況は回避できて、まずは一安心。

 

「……おお、おお、若葉かや」

「ああ、若葉だ」

 

少し古風な話し方。これが私の姉、初春らしい。艦娘の中でも、なかなかいないタイプなのだとか。

 

「姉さん、身体は大丈夫か」

「うむ……痛いがの」

「それは我慢してほしい。手術して間もないからな」

 

見た感じ、異常はない。縫合痕の痛みから身体は動かせないようだが、表情も穏やか。禁断症状は今は出ていないようだ。

ベッドを傾けて、少しだけ身体を起こしてもらった。縫合痕の痛みに顔を顰めたが、構わぬと一言。今の自分の立場はわかっているらしく、ここにいる者達、特にここまで運んでくれた来栖提督のこともしっかり覚えているとのこと。やはり人形の状態の記憶はある。

 

「お主がわらわを治療してくれたのかや?」

「ああ、医者の飛鳥だ。君が無事でよかった」

「初春じゃ。感謝するぞ」

 

穏やかではあるが、少し疲れた表情で飛鳥医師と握手。これまた今までの3人とは違う、落ち着いた雰囲気。現実逃避をしているようでもなく、今までを理解した上でこの態度。

姉が元々こういう人なのか、それとも何処かが()()()いるのか。

 

「治療が済んだばかりだ、表情からして、まだ話すことも辛いだろう。もう少し体調が良くなり次第、話をしようか」

「ほう、わらわを慈しんでくれてるのかえ?」

「患者の健康が第一だ。風雲はここ3日である程度回復したから散歩も許したが、君は基本的にまだ安静だからな」

 

風雲の名前が出ると、少しだけ訝しげな表情を浮かべた。姉達を保護したあの戦闘では風雲は単独行動をしていたように見えたが、もしかしたら風雲旗艦の部隊に姉は組み込まれていたのかもしれない。

そういえば、姉が医務室に運び込まれた時、風雲が複雑な表情をしていたのを思い出す。もしや、そういうことがあったからか。

 

「彼奴もここで治療を?」

「ああ。君と同様に正気を取り戻し、今は回復中だ。禁断症状による幻覚を受け入れてしまっているものの、身体は順調に治っている」

「そうか、ならばあの傍若無人な指揮はもうせんということじゃな。ならばよい、許そう」

 

今の話を聞く限り、やはり姉は風雲の部隊で活動させられていたようだ。おそらく改装前、人形にされる前の状態で。

第一改装までは曙が体験している滅茶苦茶な出撃を延々と繰り返すブラックな運用をされていたはずだ。気が滅入るのもわかる。

 

「あの呪縛から解放してくれたこと、改めて感謝する。時が来たら、わらわが話せることは全て話そうぞ」

「助かる。今は休んでくれ」

「お言葉に甘えるとするかの。ここには()()()()の類もおるようじゃし」

 

それだけ言って、姉は眠りについた。身体を回復させることに重点を置くようである。

 

だが、最後の言葉、もののけの類とは何なのだろう。禁断症状による幻覚の一種だろうか。他の3人は、意図せず手にかけてしまった艦娘達の亡霊が見えているようだが、姉にはそういうものが見えていないように思える。

つまりは、姉はやはり改装されたばかりであり、予想通り来栖鎮守府への襲撃が人形としての初陣だったようだ。まだ誰も手をかけていない状態だったというのも、あの態度に繋がったのかもしれない。

 

 

 

姉が眠っている間に、来栖提督は明石達を連れて帰投準備。妖精達は姉の全治療を見届け、それを再現出来るだけの知識を手に入れた。明石も治療自体を現場で見たため、妖精の補助が可能だろう。

 

「これでこちらでも人形の治療が可能になりました。妖精さん達、出来ますか?」

 

明石の言葉と同時に自信ありげな敬礼。この約10人の妖精達に、来栖鎮守府に保護されている人形達の運命が背負われた。

私と肩で胸骨の洗浄を見ていた妖精も、私と目が合うと勇ましく親指を立てた。私もそれに対して親指を立てる。私と摩耶の処置を間近で確認したおかげで、あの処置を確実にこなせるだけの知識を手に入れたはずだ。私も信用している。

 

「うし、なら帰ったら早速処置だ。全部終わったら若葉を呼べばいいんだな?」

「ああ、最後の確認は若葉にしか出来ないからな。あと、そちらも無理するなよ。僕の目の黒いうちは、絶対に倒れさせないからな」

「わーッてらァ」

 

今から帰投したら、あちらに着くのは夕方にかかるかどうか。そこから治療を始めたとしても、今日は出来て1人か2人。さすがに寝る間も惜しんで治療して、倒れてしまっては意味がない。私達ですら2日に1人とした程だ。

自分達が倒れては意味がない。迅速にする必要もあるが、堅実に、確実に事を進めていくためには、健康体である必要もある。妖精だって生物だ。無理をさせれば倒れるだろう。

 

「初春はここで預からせてもらう。残りの41人は頼んで大丈夫か?」

「おう、任せろ。最終的には別の鎮守府に行ってもらうかもしれねェが、まずは俺んトコで預からせてもらうぜェ。大将にも連絡しておくから安心しな」

「ああ、頼む」

 

これで保護した人形全員が救える準備は整った。禁断症状の問題があるが、それも来栖鎮守府の艦娘に任せることが出来るだろう。こちらよりも人数は多いし、こちらのような手一杯になることは無さそうだ。

 

「また何かあったら相談に乗る」

「頼まァ。んじゃ、帰投だ! 全員救うぞォ!」

 

ようやく人形治療も大きく前進だ。体内の自爆装置は、下呂大将のところの神風型が破壊してくれるし、今後保護出来たら、来栖鎮守府に連れていけば治療は出来るのだから。

 

 

 

その日の夜、風呂の時間までは姉の側に居ようと思った。夕雲も同じように風雲の側にいるらしく、2人のいる医務室に一緒に向かう。

医務室がやけに静かな気がする。2人とも眠ってしまったか。そうだとしたら、安静にしているのを無理に起こす理由も無い。チラリと確認してすぐに退散しよう。

 

「おお、若葉か。よく来てくれたのう」

 

部屋に入ると、予想外に起きていた姉の声。風雲も起きており、私の姿を見るや手を振ってくる。

 

「やけに静かだから、もう眠ってしまったのかと思った」

「何、彼奴と話すことが無くてのう。()()()()のじゃ」

 

姫の振る舞いをする風雲の部下として働かされていたせいか、同室が少し気まずいらしい。

風雲はもっと気まずいようである。事と次第によっては、姉も風雲の指示で自爆させられていたかもしれないのだから。

 

「私、あの時……初春の命も握ってたからさ……うん、気まずいのよ」

「お互い、難儀じゃのう……わらわは手を汚さずに済んだからいいものを……」

「そうよね。初春、あれが改装されてから初めての戦いだったしね」

 

なんだ、話せるじゃないか。とはいえ、話題が自虐的なので、聞いているとハラハラする。

さらにはここには夕雲もいる。ドロドロな会話内容になってしまいそうで怖い。

 

「ああ、また。初春が救われて嫉妬するのはわかるわ。ちゃんと無念は晴らすから、待ってて。お願いね」

 

風雲は禁断症状へ。死なずに済み、治療も成功した姉がいることで、幻聴もそのことについて言及してきているようだ。

 

夕雲も風雲も、禁断症状で発生する幻覚と幻聴は、その時の状況に合わせた罵詈雑言のようだ。おそらく今は、『姉が助かったのに何故自分達は死ななくてはいけなかったのか』という命題の下、風雲を罵り続けている。

幻覚幻聴は、その本人の罪悪感から生まれているのだろうか。その時に一番嫌な事を言ってくる、順応した幻覚というのはキツそうである。

 

「ふむ、先から思っておったが、風雲も()()()()に憑かれておるのか」

「……ああ」

「わらわは視ることが出来るが、祓うことが出来ぬ。歯痒いものじゃ」

 

詳しく聞くと、やはり姉は幻覚が魑魅魍魎の類で見えているらしい。手を汚していないおかげで、その程度で済んでいるようである。

罪悪感を持っていないというわけではなく、罪悪感を持つような事をしていなかったおかげだ。早急に救えてよかった。

 

「風雲さん、大丈夫よ。夕雲がついてますからね」

「うん、大丈夫。ちょっと耳が痛いくらい言われてるだけ。大丈夫」

 

自分だって同じような幻覚と幻聴に苛まれているというのに、妹への献身のために寄り添う。

風雲が治療されてから、夕雲の症状は劇的に改善された。妹に不甲斐無い姿は見せないという信念の現れか、霰のように禁断症状の回数が大きく減ったようである。

 

その光景を見た姉は、何とも意地が悪そうな笑みを浮かべ、私を見てくる。なんというか、狐のような姉である。

 

「若葉、お主もわらわを頼るといい。お姉さんなんじゃからな」

「その前に身体を治してくれ」

「ふふっ、違いない」

 

そんなことが言えるのなら、あまり心配することも無いだろう。いや、私の前では見せていないだけとかかもしれないが。

 

「風雲、うちの姉は何事も無かっただろうか」

 

禁断症状が治まった辺りで、ずっと同じ部屋にいた風雲に聞いてみる。風雲自身も禁断症状に苛まれてそれどころでは無かったかもしれないが、何かあれば知っておきたい。

風雲に振っても別段慌てる様子が無いようなので、本当に何事も無いようである。

 

「羨ましいくらい何も無いわね。ボーッとしてるか寝てるかのどちらかだったもの。暇なのは私も同じだし」

「何も変わっておらぬのだからの」

 

少し疑問。姉にも確実に禁断症状は出ているはずなのだが、飄々としすぎているとは思っていた。何も変わっていないというのは流石におかしい。

そもそも、もののけが見えると言っているが、それは禁断症状からの幻覚では無いのか。

 

「姉さん、改装される前と今、何も変わっていないのか?」

「うむ、何も。わらわは最初から()()()()()()()()()()()()()()()。そういえば、ここ最近はよく視えるようにはなったかの」

 

これはどう考えればいいのだろう。霊感が強いと言えばいいのだろうか。それに禁断症状の幻覚が合わさって、今までと何も変わらないという状況になっているのだろうか。

 

「わらわは人と違うものが視えるらしくての。それが何かはよくわからんから、もののけとしておる」

「そ、そうか……若葉にもよくわからない」

「わからずともよい。これはわらわの特別な力なんじゃからの。ここにはそういったものが多いが、何、悪行を成そうとしているようには見えん。皆、友好的じゃ」

 

表現がよくわからないが、とにかく、姉は何事もないということで終わればいいのだろう。

 

おそらく最善の結果で終わった姉の治療。私の心が変に揺らぐことは無く、笑顔で次に向かえそうである。

 




霊感の強い艦娘、初春。自分の中で、初春はそういうイメージが強いのです。何ででしょうね。

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