継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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彼岸花の島へ

姉、初春の治療が完了した翌日。早速来栖提督から連絡があった。

 

ドックの妖精に仕込まれたここの治療技術は、完璧に模倣が出来ており、時間も短縮出来ているとのこと。この施設でやった場合は、処置に数時間、さらに透析でもっと時間がかかるところを、1人につき2時間程度で完了出来るようになったという。あちらにはドックが4つあるため、2日もあれば全員への処置が完了するということだ。

この知らせを聞いた時、歓声が上がるほど喜ばれた。私、若葉も、胸骨の洗浄については非常に緊張感がある恐ろしい処置だったため、それから離れることが出来るというのは喜ばしい。飛鳥医師ですら少し顔が綻んでいたほどである。

 

「これで処置については一安心だな。だが、問題の禁断症状については、妖精でもどうにも出来ない問題のようだ。それだけは本人に頑張ってもらうしかない」

 

カウンセリングが必要である禁断症状の問題は、来栖提督が下呂大将とも相談して、なんとかするそうである。数人はこちらに来る可能性もあるらしく、その時は医療施設として精一杯の仕事をさせてもらおう。

とはいえ、この施設は戦闘に対する抵抗力が少ない。今でこそ私達が抑止力としての力を持とうと奮闘しているが、他の鎮守府などと比べると雲泥の差。羽黒がPTSDを患った時とは状況が違う。

故に、戦火から離れるという理由では今は少し難しい状況にある。そこは柔軟に対処するとのこと。

 

「そして、先生からも連絡が来た。大本営の内通者に対して、査察をかける手続きが終わったようだ」

「ということは」

「より動き出すぞ。解決に向けて」

 

証拠集めが完了し、もう言い逃れの出来ないところまで情報を集めきったそうだ。数日と言っていたが、まさか1日とは。

 

今から向かうということで詳細は詳しく語られないのだが、家村との密会の証拠や、ほんの少しの書類の細工を見つけ出し、それを突きつけることで完全敗北させる準備は出来たのだそうだ。

下呂大将が時間をかけて念入りに調べ上げた情報だ。余程のことがない限り、全て辻褄も合っているだろうし、反論出来ないくらいに滅多打ちにするのだろう。

 

「僕達は流石にそれには同行出来ないが、その間に頼まれ事もある。先生がその内通者……目出(メデ)という女性らしいのだが、それを尋問している内に、来栖の部隊と協力して、リコリス棲姫の島を調査してほしいのだそうだ」

 

これはまた急な仕事だ。

本来ならそれすらも下呂大将がやるべき仕事。だが、尋問は抜き打ちであるため、リコリス棲姫とも繋がっているというのなら、そちらにその情報が伝わる前に押さえておきたい。

2つの戦場を同時に攻略したいということだ。それが出来るのは、私達と来栖鎮守府の艦娘の共同戦線のみ。

 

「風雲への高速修復材の使用も許可された。そして、もう来栖の部隊はこちらに向かっている。風雲、以前聞いた通り、()()()()()()()()だったな?」

「ええ、駆逐艦だけで6人の部隊じゃないと辿り着けない。小回りと速度重視でないと、海流が抜けられないわ。多すぎるとてんやわんやになるし、少なすぎても困るの」

 

以前言っていた、決まった海路でないと辿り着けないというものの1つだろう。

私達の知らない間に風雲とその件を話していたらしく、その海路を通るためには駆逐艦のみの部隊で無くては無理らしい。大発動艇すらも航行不可のため、風雲は来栖鎮守府から借り受ける臨時艤装により航行のみを行なって道案内をしてくれる。

 

「若葉、君もその部隊に入ってもらう」

「匂いか」

「ああ、信じていないわけではないが、念のためだ。家村鎮守府跡で拾った花弁と、リコリス棲姫の花の匂いが同じかを確認してほしい」

 

そういう判断が出来るのは私だけだ。次いで、三日月も部隊入り。その目で見て()()()()()()()と言ったのは三日月である。摩耶は駆逐艦ではないので連れていけない。

 

「こちらからは風雲、若葉、三日月を出す。来栖の方からは第二四駆逐隊が来るという話だ。協力して、リコリス棲姫の確認をしてもらいたい。危険だと判断した場合は、即座に撤退してくれ」

「了解。若葉達は怪我出来ないからな」

「……ドックがあったとしても怪我はしたくないです」

 

せっかく姉が助かったのだ。昨日の今日でこの幸せは手放したくない。必ず戻ってくる。

 

 

 

その後、二四駆の4人と施設で合流し、風雲が臨時の艤装を装備してすぐに出発。風雲は高速修復材が使われたおかげで完全回復。姉が羨ましそうに見ていたが、緊急なので仕方ないと宥めた。

 

部隊は先程言っていた通り6人。二四駆全員は連れていくことが出来ないため、山風が施設に残り、通信役を買って出た。こういう時はほぼ必ず後ろに引っ込むらしい。後ろ向きな性格のせいだと思う。

よって、部隊は案内役の風雲、前衛の私、江風、涼風、後衛の三日月、海風の6人となった。風雲は私と三日月がどうにか守り、戦闘になってしまった場合は二四駆に任せ切ることになる。

 

「嫌な場所だけど、ここを経由しないといけないのよね……」

 

まず辿り着くのは崩壊した家村鎮守府跡。私と三日月にもそうだが、風雲にも相当気に入らない場所になっている。気分悪そうに溜息を吐いていた。

 

「ここが奴らのアジトだったンだろ。見事にまぁぶっ壊れてンねぇ」

「自分でやったんだろう? かぁーっ、馬鹿だねぇ! 住んでる場所までぶっ壊してまで何がやりたいんだか」

 

初めてこういうものを見た江風と涼風は、瓦礫の山を見て悪態。海風もあまりいい気分では無いようである。多少は片付けられているようだったが、やはりそこが廃墟であることは見てわかるものだからだろう。

以前に来た時にあった黒煙は消え、嫌な匂いは流石に薄れていた。以前は一部から血の匂いまで漂ってきたものだが、その辺りも薄れている。多少は片付けが入ったか。

 

「じゃあ、行こうか」

「ああ」

 

少しだけ休憩して、すぐにそこを発つ。そこにいたらそれだけで消耗させられてしまいそうだから。特に風雲は、高速修復材を使われたとはいえ、病み上がりみたいなもの。気分が悪くなったら先が続かない。

 

「ここ、ここが駆逐艦でないと通れない場所」

「なんだコレは……」

 

しばらく進み、大きな岩礁帯と海流にぶつかる。今日は快晴、今までずっと穏やかな海だったのに、ここだけは青空の下に大時化という、普通とは違うおかしな海。これが見えたらリコリス棲姫の領海に入っている証拠とのこと。

陸上施設型の深海棲艦がいる海が全てこういうものであるわけでも無く、リコリス棲姫が特殊であるというわけでもない。この海が特殊なだけであった。こんなところだから誰も寄り付かない。だからこそ、リコリス棲姫は自分の領海にこの場所を選んだのではないかとも考えられるが。

 

岩礁のせいで大型艦は勿論のこと、巡洋艦クラスも通り抜けが難しいのに、波が高く進むのも困難。故に、駆逐艦のみの部隊を推奨しているのだろう。確かに、摩耶がここを行こうとすると、通り抜けが難しい場所も多い。軽巡洋艦でギリギリか。

 

「こ、これはまた、大変な航路ですね。江風、大丈夫?」

「よっ、ほっ、慣れたら面白いもンだぜ。涼風、手ぇ繋ぐか?」

「あたいも大丈夫だって!」

 

回り道も出来ず、突っ切るしかないという酷い航路。慣れている風雲はまっすぐスラスラと突き進んでいくが、二四駆の3人は何とか追いついていくのがやっと。そして私と三日月は、

 

「大丈夫か」

「……難しいです。ここまでの航行は初めてですし……嫌な嵐を思い出します」

 

進むことすら難しかった。私達が死にかけた嵐の時の海と似ているため、足が前に出ない。困ったことに、ここ最近忘れていたあの時の嫌悪感を思い出してしまっている。戦場なら敵に気を向ければ時化が気にならなくなるが、今はそういうものもない。

だが、ここを越えなければ決着をつけることは出来ない。三日月の手を取り、勇気を振り絞る。

 

「三日月、若葉を信じろ」

「若葉さん……?」

「絶対手を離すなよ」

 

いくら嗅覚が強くても、潮の流れなんて読めない。三日月の目を以てしても無理だろう。だが、既に私達よりも先に4人の先駆者がこの時化を越えている。ならば、同じようにやればいい。

一番おっかなびっくり進んでいた海風を参考にしつつ、より確実な方法を取るように、私は三日月の手を引きながら時化に突っ込む。

 

「ひぃっ!?」

「大丈夫だ。心配するな」

 

気休めかもしれないが、声をかけながら突き進んだ。三日月はもう目も瞑ってしまっていたが、その方が進みやすいのならそれでいい。

跳んで、曲がって、時には流れに身を任せて、確実に前進していく。波をモロに被ったが、航路から外れること無く突き進む。

 

長く続いたような大時化の海も、抜ければ即座に穏やかな海。普通の航海の数倍の疲労を感じつつも、抜け出たことに対する達成感が半端ない。私達の必死さに先駆者の4人は苦笑していたようだが、それが気にならないほどに消耗していた。

 

「若葉、三日月……帰りもあるのよ」

「……わかっているが、今言ってほしくなかった」

 

三日月は私が引っ張っていただけでもグッタリしていた。この件が終わったら二度とここに来たくない。

 

 

 

そこからまたしばらく進むと、花の匂いが漂ってきた。確実に知っている匂い。家村鎮守府跡で嗅いだ匂いだ。

 

「花の匂い」

「もう近いもの。そろそろよ」

 

水平線の向こう側。何やら小さめな島が見える。島というのも難しいくらいの、岩礁の端のようなもの。その上に、()()()()()()()が見えた。あれがリコリス棲姫か。遠すぎて、写真で見たものと同じかはまだ判断出来ない。

そして、その足下。遠目に見てもわかる、真っ赤な絨毯のように咲き乱れた花。葉を持たない、花弁だけのそれは、三日月で無くても何かおどろおどろしさを感じてしまう。

 

「彼岸花……」

 

三日月も、あの時に見た花弁と同じ()()()()()()を感じ取っていた。深海棲艦の何かなのか、それはここにいる中では三日月にしか判定が出来ないもの。

あちらもこちらに気付いたか、人影がこちらを向いたかのように思えた。

 

「気付かれた。私は顔見知りだから、多分大丈夫……」

「いや、待て」

 

私達が少し近付いたところで、彼岸花の島から何かが()()()()()。どう見ても艦載機だった。セスがエコを使って飛ばすものとはまた違った形状だが、性能は似たようなものなのか、変則的な動きをしながらこちらへ猛スピードで近付いてくる。

 

「大丈夫じゃないみたいですが」

「先手打たれたかも。回避して!」

 

簡単に言ってくれるが、風雲だってその艤装は用意してもらった臨時艤装。敵対していた時に使っていたものとは、機動力は雲泥の差。今までと同じように動けると思ってはいけない。

近付いてきたと同時に空爆が始まった。酷い数の爆撃に、避けるので必死。特に私と三日月は、空爆を回避するというのも初めてのことだ。

 

「三日月! 大丈夫か!」

「大丈夫です!」

 

私は匂いで、三日月は危険察知で、爆撃のポイントからしっかりと移動していく。チームプレイより個人プレイになってしまうが、命を守るためだ。むしろ固まっていたら余計に回避しづらくなるだろう。

とはいえ、空爆の密度が異常だ。絨毯爆撃とはこのことを言うのだろう。受けるこちらとしてはたまったものではないが。

 

「ありゃあどうすりゃいいンだ!」

「攻撃はダメ! 友好的な深海棲艦のはずだから!」

「シロクロやセスと同じってことかい! わかってもらわないとねぇ!」

 

小慣れたように避け続ける江風と涼風は、少しずつ進んでいく。私も負けじと島に近付いていく。

近付くにつれ、人影がハッキリとわかるようになってきた。白いドレスのような上と黒の短いスカート、そして一番わかりやすい頭の上に乗っている黒い花のような飾り。下呂大将に見せてもらったリコリス棲姫の写真そのものだ。

 

「リコリス! 私、風雲よ! 攻撃をやめて! 」

「オマエハウラギッタトキイタガ?」

 

見た目に反して、なかなかドスの利いた声。艤装に脚を組んで座り、いかにも姫と言わんばかりの高圧的な態度。私達を見下すように見ながら、幾何学的な紋様の滑走路から次々と艦載機を飛び立たせる。

風雲は友好的な深海棲艦と言っていたが、あくまでも()()()()()()では無いのか。

 

「どうする。討つ気は無いが」

「近付いて説得したい!」

「ならば、若葉が行こう」

 

こと近付くことにかけては、私がこの中ではトップであると自負出来る。

 

「若葉、先行する」

 

軽く息を吐いた後、自分の出来るトップスピードでリコリス棲姫の島へと突き進んだ。鳳翔や神風に学んだ戦闘法を最大限に活かす、スピード重視の戦術がここで役に立つ。

目まぐるしく変化する景色の中、爆撃を掻い潜り、一気にリコリス棲姫に近付く。私のスピードは想定していなかったらしく、なかなか面白い顔をしてくれた。

 

「ハヤイナ」

 

一言呟き、椅子にしていた艤装から立ち上がった。艦載機の発艦はやめず、それでも視界には私しか入っていない。私以外は空爆に完全に足止めを喰らっているため、今だけは1対1となった。

 

「話を聞いてほしい」

「カタハライタイ」

 

島の上に乗り込んだ瞬間に、私の眼前にリコリス棲姫の足裏が突き付けられていた。豪奢な姿だというのに、ケンカ腰な攻撃方法。外見では考えず、声色で考えた方が良さそうだ。

攻撃を喰らう直前で無理に方向転換し、再び海上へ。咲き乱れる彼岸花は踏み荒らすことはなかったので安心。

 

「話を聞け」

「キクミミモタナイナ」

 

仲間達が空爆を潜り抜けるのも、リコリス棲姫を説得するのも。何か興味を向けるようなことが言えればいいのだが。

むせ返るような彼岸花の匂いの中、私の戦いが始まる。こういう深海棲艦との戦いは初めてだが、必ず説得を成功させなければ。

 




リコリス棲姫、見た目に反してかなり低い声、かつ高圧的な口調で、とてもイイ。好きな深海棲艦はと聞かれたら、5本の指に入るくらい好きな子です。

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