継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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大きな進展

施設に無事帰投。下呂大将と同時に行動したことが功を奏したか、帰投中に襲撃を受けるようなことが無くて良かった。

私、若葉以外は大分消耗したものの、大きな怪我はなく、少し治療する程度の擦り傷で済んでいる。医療施設であることが功を奏し、その程度ならすぐに治療も終わる。数日もかからずに傷は無くなるだろう。

無傷で終われた私は、今回の成果を飛鳥医師に報告。そこから下呂大将に伝えてもらうことになる。

 

「数日後、また会いに行くということで終わらせた。あちらにも考える時間は必要だと思う」

「了解した。若葉は怪我は?」

「ありがたいことに無傷だ」

 

先行出来たことで私はすぐに空爆を抜けることが出来た。これには鳳翔と神風の訓練に感謝している。

 

「下呂大将からの連絡は」

「まだ無いな。今頃、内通者を問い詰めているだろう」

 

私がリコリス棲姫の下へと向かい、施設に帰ってくるまでにおおよそ午前いっぱいを使っている。下呂大将も今頃は内通者に対して事実を突き付け、確実に逃がさないように、今日中に決着をつけているはずだ。

艦娘による反抗があったとしても、高速修復材で作られた刀を使えば神風型5人でも制圧してしまうだろう。海上で抵抗されたのなら、あの阿武隈もいる。今のところは心配していない。

 

「そちらの方は連絡待ちだ。今は休んでくれ」

「了解」

 

休憩後、二四駆は鎮守府に帰投。これで一旦、本件は終了する。下呂大将の依頼であるリコリス棲姫との接触は出来たが、あちらは返答を保留したようなもの。まだ完了とは言えない。数日後の再会で、あちらの方は決着がつくと思いたいところである。

 

 

 

午後、今度は下呂大将から連絡が来る。内通者への尋問と捕縛が終了したらしい。

最悪なことに、鎮守府同士の抗争になりかけたそうだが、そうなる前に神風型の5人が鎮守府を制圧(せんめつ)したらしい。流石としか言いようが無い。

 

「嫌なこと思い出したわ……」

「わらわもじゃ」

 

この話を聞き、旗風に斬られた腹を撫でる風雲。姉も腹を押さえ苦笑。

体内の自爆装置を破壊されている経験があり、その記憶も当然残っているため、あの想像を絶する痛みはしっかり覚えている。死にかけた私達よりはまだヌルいと言うが、似たようなものだろう。味わいたくないものだ。

風雲は高速修復材を使われているが、姉は未使用。痛みは少し引いたようだが、まだまだ本調子ではない。身体を少し動かすだけでも痛みがあるほどだ。そのため、今は唯一の車椅子。それを押すのは勿論妹である私である。

 

「詳しくは聞けていないが、これで内通者もおしまいだ。大本営で弾劾裁判も間もなく行なわれ、家村のやり口も丸裸にされるだろう」

「そいつは良かった。んなら、大分終わりに近付いたな」

「ああ。流石は先生だ」

 

それでもまだ家村自体が見つかったわけでもない。内通者のところで匿われているかと思っていたが、制圧した時にその姿は見られなかったという。

家村だけではない。家村の秘書艦という大淀や、人形にされている艦娘もである。あくまでも艦娘は内通者のもののみ。さらに言えば、その内通者が指揮している艦娘達は、裏側でそのように繋がっていたことを知らなかったまであった。

それを制圧した下呂大将の方が悪役に見えるのだが、気にしないことにした。その辺りを考え始めたらキリがない。

 

「こちらはやれることをやっていこう。初春の治療が終わり、同じ治療が来栖の鎮守府で出来るようになった今、僕らに出来るのはリコリス棲姫との対話だけだ。それさえ終われば、また日常に戻る」

「私達も艤装作り直さないとね!」

「うん……それがここにいる……意味だもんね……」

 

あまり先のことを見過ぎるのも良くないとは思うが、シロクロの艤装作成はこの施設の大きな仕事の1つでもある。家村のせいで進捗がリセットされてしまったが、平和になればまた作る機会も来るだろう。

怒りと憎しみもそれで終わる。家村達に罰が与えられれば、それなりにスッキリするだろう。自分の手で裁けないのはもう仕方ない。人間文化の悪い部分な気がしないでもないが、そこまで求めたらいろいろと迷惑がかかってしまう。

 

「では、午後からはいつも通りだ。あと、今晩は嵐が来るらしい。久しぶりな感じがするな。それに向けて準備を頼むぞ」

「今はこんなに晴れてるのに?」

「暗くなってからのようだ。明日の朝は浜辺の清掃だな」

 

嵐の夜を越えるのも久々だ。建て直された施設で嵐を迎えるのは初めてのこと。翌日の浜辺の清掃も当然久しぶり。人数が増えたことで、それもかなり早く終わることだろう。

清掃という比較的抵抗があるような仕事だが、私達が楽しく生きるためには必要不可欠なもの。むしろその清掃が、シロクロにとっては宝探しの一種だ。今なら霰や夕雲のような救出された者達の艤装作成にも繋がる。おかげで、本当に楽しいものになっている。

 

「艤装のパーツ、流れてくるかな」

「……来てほしいね」

 

早速シロクロのテンションが上がっていた。この中では唯一と言える、嵐を求める者。おかげで私達の嫌悪感も薄れるというものである。

 

「流れ着いたもの次第では、お前らの艤装も組んでいくからな」

「なるほど、若葉さん達の艤装が継ぎ接ぎなのはそういう理由が」

「おう。お前らも継ぎ接ぎ艤装の仲間入りだから覚悟しておけ」

 

なんだかんだここに住み着くようになりそうな霰や夕雲、そして風雲と姉は、摩耶謹製の継ぎ接ぎ艤装を使っていくことになりそうである。風雲が使っていた臨時艤装は、当然持って帰ってもらっているため、こちらも主機から流れ着くのを待つしかない。

 

「わらわはまだ傷が癒えておらぬ。その浜辺の清掃とやらは、遠目で見るだけで構わんかえ?」

「その身体で手伝えだなんて言わない。どういうことをやっているかくらいは知っておいてもらえるとありがたいな」

「うむ、よかろう。若葉、明日も移動を手伝ってたもれ」

「了解」

 

姉は流石に清掃に参加出来ないが、雰囲気だけ知ってもらうために、清掃中に浜辺には来てもらう。まだ治療して間もないが、車椅子で散歩することはいいことだろう。ベッドに寝かされているだけではストレスも溜まる。

代わりに、風雲はしっかりと手伝ってもらうことになった。身体は完治しているわけだし。

 

「これだけ人数がいれば、すぐに終わっちゃうかもね」

「いいじゃねぇか。選別まで明日中に出来るかもしれねぇし」

 

嵐が来ることは少し憂鬱だが、明日が来るのが少し楽しみだ。私も浜辺の清掃は結構楽しんでいる。何も漂着しなければ、だが。

 

 

 

夜、轟々と鳴り響く風。雨戸に叩きつけられる雨。久しぶりの嵐に、私を含むトラウマ組は1部屋に固まって眠ることにしている。

 

「久しぶりよね……まだまだ怖いわ」

「仕方ねぇよ。植え付けられてるようなもんなんだからな」

 

相変わらず雷は摩耶に抱き付いて眠るようになっている。この中でも付き合いが長い2人だからこそ、ここまで気が許せるのだろう。

雷と相部屋の曙も、なんだかんだ摩耶の部屋に来ている。まだなんだかんだ一人部屋状態の摩耶の部屋だからこそ、広く使えるおかげでこういう時に匿ってもらえる。元よりベッドが1つ空いているし、私達が全員駆逐艦(こども)なため、4人追加で入っても何とかなるものだ。

 

「私まで来なくて良かったかしら」

「別に構わねぇよ。あたしも嵐にゃ嫌な思い出があるんでな。人数は多い方がいい」

「……そう言うのなら私もいてあげるわ」

「おう、頼むぜ五三駆」

 

曙も抱き寄せ、摩耶は両手に2人を侍らせているような状態に。雷はともかく、曙も摩耶の温もりで少し落ち着いているように見えた。トラウマは無くても、今までの境遇から仲間というものに飢えているのかもしれない。この中では曙はまだ短い方だし。

 

「やっぱり……イライラします……」

「それももう終わるんだ。奴らは下呂大将がどうにかしてくれる」

「そうだといいんですけどね……」

 

三日月は私に抱きついて離れない。一度嵐の中の戦闘を経験しているとはいえ、あの時は戦闘があるということでいろいろ脳内物質が分泌されていたのだと思う。イライラが違う方向に向かっており、感覚が麻痺していた。

 

「にしても、若葉が流れ着いてからそれなりに時間経ったよな。長い事件だぜ」

「ああ、もう何度か嵐を越えているからな。3ヶ月以上か」

「だな。なんだかんだそれくらいは経ってるはずだぜ。最近いろいろありすぎて、時間の感覚おかしくなってんだよ」

 

摩耶の言いたいことはわかる。ここ最近は時間の流れる感覚が早い。鳳翔の詰め込み訓練や、風雲と姉の処置が特にだった。切羽詰まった状態が長く続きすぎて、わけのわからないことになっている。

 

「さっさと終わってくれることを願う。若葉は楽しく生きたい」

「だな。無駄に緊張する毎日は気分が悪いだけだ」

 

この嵐の夜に乗じて、またもや施設を襲撃してくるなんてことだって無くは無いのだ。今の施設には職人妖精がつけてくれた警報装置なんてものもあるので、いざという時は真夜中でも戦えないことはない。

そういうことがあり得るという状況なだけでも、精神的に消耗させられていくだろう。だから早くその心配を払拭したい。

 

「さっさと終わらせたいわよ。あのクソ提督が吠え面かくところをザマァみろって見下してやりたいわ」

 

いつになく口が悪い曙である。嵐にトラウマは無いものの、生まれたばかりの時は、私達と同じように嵐の中の進軍も経験があるのだと思う。私と三日月はそこでドロップアウトしているが、曙はそこで生き残ったことでさらにこき使われる羽目になったわけで、そのまま続けば今度は人形にされていたのだ。恨みもひとしおだろう。

 

「……曙さんに同意します。どうせ捨てた私達のことなんて覚えていないでしょうが、さんざん罵りたいです」

「若葉もだ。いろいろと屈辱を味わわせないと気が済まん」

 

私が覚えている家村の顔は、ただただ貼り付いた笑み。今考えれば、感情があったかもわからない。私達のことなど、最初からゴミのように思っていたのだろう。生き残れば有用性があると人形にされるだけ。命を何とも思っていないようなクソである。

曙の言う通り、断罪される場に居合わせたら、面と向かって罵ってしまうだろう。あまりよろしくない行動だとは思うが、こちらは命の火が消えかけたのだ。曙に至っては一度命を落としている。上司と部下という呪縛からも解き放たれている私達には、文句を言う権利もあるだろう。

 

「まぁ、その辺は大将に任せようぜ。あたしらにゃ何も出来ねぇ」

「あの人でもどうにか出来なかったら絶対文句言ってやるわよ。いざって時は私手ずから引導を渡してやるわ」

 

いつになくプリプリしている曙。だが、摩耶に撫でられながら布団を被せられると、そのまま眠りについていった。なんだかんだ、みんな疲れているのだ。

私と三日月も、抱き合いながらすぐに眠りに落ちていく。今日のリコリス棲姫との出会いは、いろいろと疲れた。

 

 

 

翌朝、雨と風の音はすっかり無くなり、嵐が消えたことを知る。襲撃もなく、無事に朝を迎えることが出来たようだ。

日課のランニングのために先んじて目を覚ました。エコの散歩のためにセスもそろそろ目を覚ましている頃だろう。まだ暗いので、もう少ししたら全員目を覚ますくらいか。やはりと言うのもアレだが、雷は既に起きていた。だが、朝早いというのに難しい表情をしている。着替えもしていない。

 

「どうした雷」

「外、外から()()()()()()()って聞こえる。前に聞いた声とは違う声よ。私にしか聞こえないのなら、深海棲艦よね。じゃあ、生きている状態で浜辺に流れ着いてる!」

 

雷にしか聞こえない声となると、近海で現れた深海棲艦の声であることが妥当。中立を破って現れてしまった駆逐イ級は、怨念の塊と言える怒りと憎しみに満ちた言葉を常に紡いでいたらしいが、今聞こえるのは救援を願う声。

 

「すぐに行く。艤装はあった方がいいな」

「た、多分! 声は2人分だから!」

 

着替えもせずに部屋を飛び出す。浴衣のまま艤装を装備するのは初めてだが、時間がない可能性がある。取るものも取り敢えず、私は雷と工廠側から外に出た。これだけ大きな音を立てながら動いたのだ。まだ起きていない者も、この物音で全員起きてしまっただろう。

 

外に出ると、打ち上げられたゴミで浜辺が大変なことになっていることを確認出来た。が、今回はそれだけではない。明らかな血の匂い。まだ生きている深海棲艦の居場所は、匂いを辿ればわかるだろう。

だが、それ以外にも()()()()()を感じたため、嫌な予感がする。腕と脚が疼くような感覚もした。

 

「近い、声が大きくなってる!」

「匂いも強くなっている。こっち……だ……」

 

血の匂いの発生源は遠目でもわかった。だが、今までと違っていることが1つだけある。

 

その深海棲艦を、()()()()()()()

 

「リコリス!」

 

漂着していたのは、リコリス棲姫。周りには人型のイロハ級が2人おり、リコリス棲姫が進むことが出来ない海上は、この2人がどうにかしたのだろう。

私が呼びかけたことでその2人のうち片方がこちらを向いた。私は面識は無いのだが、私と雷の姿を視認した瞬間、口をパクパクとして何か喋っているようだった。

 

「『姫様を助けてくれ』って!」

「当たり前だ! リコリスだけじゃない、お前達も助ける!」

 

だが、人型のイロハ級はそれだけ言い残して息絶えてしまった。もう片方は既に事切れている。リコリス棲姫を逃がすために、最後の命を振り絞ってここまで辿り着いたのだ。ここに私達がいるかも知らなかったろうに。

 

「……声が……聞こえなくなったわ……」

「くそ……! リコリスだけでも救うんだ!」

 

2人のイロハ級が命を賭して運んできた姫だ。必ず救ってみせる。

 




この話では、イロハ級であれば人型であっても言葉を発することは出来ません。例外はいそうですが、少なくともリコリスの囲みは話せません。その言葉を理解できる雷は、艦娘と深海棲艦の橋渡し役になりますね。

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