早くもリコリス棲姫が目を覚ました。シロクロの時とは違い、治療されたばかりであるが故に脚はまだ動かず、痛みも当然ある状態。それが治るまでは医務室で寝ててもらうことになる。今は姉も一緒にいるため、話し相手には困らないだろう。姉が自分から話しかけているくらいだし、何かしら話題はあるはず。
一応一晩待ってから少し深く事情聴取することになった。その時には、夕雲と風雲にも同席してもらう。リコリス棲姫を襲ったのは誰かがある程度わかるかも知れない。
「そうだ、1つ気になっていたことがあるんだ」
「なんだ」
「あの花はここでも咲くんだろうか」
いきなり目が覚めてしまったため、緊急で検査を行なっている最中、飛鳥医師がリコリス棲姫に尋ねる。私も少し気になっていたことだ。
麻薬の原料になっていたリコリスの彼岸花は、その力が漏れ出た結果生えてくるものである。今でこそ何もなっていないが、時間が経てばこの地にも生えそうなものである。どれくらいの周期で生えるかは知らないが。
「おそらく咲くだろう。だが、ここは土じゃない。突き破ってまでは生えない」
「なら施設の周りが彼岸花まみれになる可能性はあるということか」
「ああ、その花はどう使ってくれても構わない。ワカバには言ったが、どうせ生え過ぎたら海に捨てていたものだ」
むしろ定期的に処分しないとえらいことになりそうである。1本2本ではなく、下手したら桁が2つくらい変わる可能性がある。流石にそうなると困ってしまう。
しかし、その花が麻薬の原材料となっている事実があるので、処分もなるべく気をつけなくてはいけないだろう。やれるならその場で燃やした方がいいかも。
「……その海に捨てた花を奴らは拾って、君の存在がわかったのかもしれないな」
「それを言われるとぐうの音も出ない」
なるほど、その処分方法だったため、たまたま家村の鎮守府に流れ着いたとかありそうだ。そこから麻薬成分にするなんて誰が考えたか知らないが。
むしろ見ただけならただの彼岸花なのに、何故それを調査しようと思ったのか。確かに海から流れ着くというのはおかしな話ではあるが。
もしや、家村の鎮守府には、三日月のような花弁から何か感じ取れる者がいるのか。そうだったとしたら、今まで以上に胡散臭くなる。
翌朝。シロクロとは違って移植の規模が大きいため、まだ痛みは無くなっていないようだが、感覚は繋がったようだった。足の指先が動いていることが確認でき、処置は改めて成功したことがわかる。
私は姉の様子を見るために医務室にいた。こちらも順調に回復しており、車椅子での移動も少しは楽になった様子。
「……本当に感覚があるな」
「よかった。一度成功している処置だから大丈夫だとは思っていたが」
脚を撫で、感慨深そうな表情を浮かべる。今は自分の脚でも、昨日までは配下の脚。自分を生かすために、配下達が最後の命を振り絞った結果、残ったものがこの脚だ。命を繋ぐために命を使ったと言っても、過言では無いだろう。
「よかったではないか。昨日はまことに動くようになるか不安にしておったではないか」
「ハツハル、余計なことを言うな」
「別に恥ずかしいことではあるまい。わらわとて不安じゃて」
どうやら昨晩のうちに、大分仲良くなったようだ。リコリス棲姫も満更ではないようである。
だが、脚を撫でている間に真剣な表情に。失った多くの仲間のことを思い出している。目を瞑ると、大きく息をつく。
「……私はこいつらの仇を必ず取らなくてはいけない。お前達もそれを目的としていると考えていいのか」
「仇……ではないが、ここにいる者の大半は、君を襲撃した者達の被害を受けた者だ。特に曙は、一度殺されている。鎮守府であるにもかかわらず、命を粗末にするような者には償ってもらわなくてはいけない」
目的は一概に一緒とは言えない。少しだけ違う。
私達はリコリス棲姫とは違い、仲間を直接やられたわけではない。だが、同じように生まれてきた艦娘が粗末に扱われ、私も含めゴミのように扱われているのが許せない。仇討ちといえばそうかもしれないが、少しズレている。
特に恨みが深いのは曙だろう。本当に一度命を落としているのだから。
「利害は一致している。奴らを滅ぼすまでは協力しよう。脚を治してもらった恩もあるからな」
「それは助かる。だが……」
「リコリス、昨日わらわが説明したろうに。滅ぼすのはダメじゃ。あちらの艦娘は洗脳され、意思とは関係なくやらされておるのじゃと」
詳細を昨日のうちに姉が説明してくれていたようだ。それならば話は早い。姉も知っていることは少ないだろうが、当事者であったという事実が説得力を増していた。
自分の境遇もしっかり話していたようで、人形であった姉の発言には一応納得はしている様子。
「すまないが、保証は出来ない。あの
リコリス棲姫のあの島を襲撃したのは、桃色の髪の艦娘。これを夕雲と風雲に聞けば、何かしらわかるだろう。姉も何か知っているかもしれない。
「桃色の髪、わらわにはとんと見当が付かぬ。姫に聞くべきじゃな」
いきなり一蹴されたため、状況を進展させるために夕雲と風雲を呼ぶ。あの時の記憶を掘り返すのは辛いが、先に進めるためだ、心を鬼にして聞いてみよう。
医務室に2人を呼び、リコリス棲姫の話す艦娘に心当たりがないかを聞いてみた。途端に2人の顔が嫌な歪み方をした。夕雲は天を仰ぎ、風雲は頭を抱える。
「そういえば、こいつらと同じ服を着ていたな。関係者か」
「はい……巻雲さんは夕雲の妹です」
「私の姉ね……なんかそんな気がしてたわ」
夕雲の妹であり、風雲の姉にあたる艦娘、巻雲。心当たりどころか、姉妹となればすぐにわかるものだろう。あちらの鎮守府はもしや、夕雲の妹達でそういった部分を構成しているのでは無かろうか。
聞けば、夕雲型には夕雲と風雲を含めて改二は5人いるのだとか。姫の体液を入れられる条件が第二改装の実施であるため、5人全員が姫に仕立て上げられていてもおかしくはない。というか、全員姫のようである。
「リコリスさん、夕雲に言う筋合いは無いかと思いますが、巻雲さんの命は助けていただけませんか。あの子は薬の影響でやりたくもないことをやらされているだけなんです」
「私からもお願い。巻雲姉はそんな人じゃないの。薬で狂わされているだけなのよ」
その巻雲だって被害者だ。今までと同じならば、薬であらぬ思考を植え付けられ、体内には自爆装置もあり、人形達の指揮をするために馬車馬のように使われている。夕雲も風雲もその経験者であり、特に夕雲は当初完全に心が壊れたような状態だったのだ。そのままでも、治療されても、酷いことになるのは間違いない。
「土下座でもなんでもします。夕雲を好きにしてくれて構いません。ですから、妹だけは何卒……」
「貴女の仲間を殺した事実は変わらないわ。なら私も罰を受ける。私のことを好きにしてくれて構わない。だから、巻雲姉を殺すのだけは……お願い」
2人の姉妹から縋り付かれるかのようにお願いされ、リコリス棲姫もタジタジである。
「……家族の大切さは私も知っている。私はその家族に生かされているんだからな」
改めて脚を撫でる。深海棲艦に姉妹だとかそういうものがあるかは知らないが、リコリス棲姫は仲間達のことを家族として認識しているほどだ。
だから、姉妹を討たれる辛さは誰よりもわかっている。身内が殺されるのを納得出来る者はまずいない。
なるほど、だから私達が会いに行った時、リコリス棲姫がたった1人で私達の相手をしてきたのか。まず姫本人だけでこちらの実力を見てから、仲間達を嗾けるか決めるのだろう。仲間達が大事だから、一番強い姫が敵を見るのだ。あの時は私達に戦う意欲が無いから出てこなかっただけだ。
そういうところも姫らしからぬ性格のリコリス棲姫である。普通ならまず配下に戦わせて高みの見物くらいしそうなものだが、大切だからまず自分が出ると。そんな戦い方をしているから、あそこまで戦い慣れていたのか。
「だがな、私の家族は現に殺されている。だから保証は出来ない。こちらが殺されて、そちらが生かされる理由なんぞ無いだろう」
「……仰る通りです。貴女の怒りも理解できます」
「善処くらいはしてやる。だが、戦場で私の攻撃に巻き込まれて死ぬのは防げないぞ」
戦場にリコリス棲姫が出た場合、容赦なく押し潰すと宣言されたようなものだ。艦娘だろうが深海棲艦だろうが関係ない。自分の敵は全て潰すと。
「ほんに、リコリスは口下手じゃのう」
「ハツハル」
「暗に、此奴がやる前に助ければよいと言っておるんじゃ。目の前に連れてこられても、わざわざ殺すような真似はせんとな」
ほほほと優雅に笑う姉と、恥ずかしげに顔を背けるリコリス棲姫。
リコリス棲姫は、なんだかんだこちらの意思は尊重してくれているようだった。巻き込まれても知らないと脅しつつも、手加減はしてくれそうな雰囲気。
「若葉が速攻で助ければいいんだな」
「うむ、それでよい。お主なら出来るんじゃろ?」
「勿論だ。出来ることなら、神風達が持つ高速修復材で出来たナイフが欲しいくらいだが」
アレがあれば、傷付けず痛みだけ与えて自爆装置を無効化出来るのだが。自爆装置の摘出は何度も見ているため、その場所も大まかに見当がついているし。
艤装の分解もでき、自爆装置の解除もでき、私が最も戦いやすい状況に持っていける。
無い物ねだりではあるものの、一度下呂大将にお願いしてみるのもいいかもしれない。
「リコリス、まずは君の治療を終わらせる。その後は君に任せることになるだろう。それでいいか」
「……それで構わない。さっきも言ったが、私はお前に治療してもらった恩がある。そこはお前達の望む通りに動こう。だが、マキグモとかいう桃色の髪の艦娘に関しては知らない。見かけ次第殺す。どうにかしたければ」
「若葉が先にやる。やれないなら戦場から離す」
その治療は近日中に終わることだろう。もしかしたら歩行練習などが必要かもしれないが、それが終わればリコリス棲姫は自由の身。おそらく時間が解決するまでの間は、この施設に居座ることになるだろう。恩を返すということで、施設防衛に尽力してくれる。
もしこの施設自体に襲撃してくるようなら、この施設にはセスしかいなかった航空戦力として手伝ってもらえる。その圧倒的な力は体験済みだ。あれが味方になるというのなら百人力。
逆に私は責任重大となった。巻雲が戦場に出てきた場合、リコリス棲姫の航空戦を掻い潜りながら、殺さないように撃破しなくてはいけない。
問題はもう1つある。リコリス棲姫の島を、配下のイロハ級も含めて対地攻撃などなどで完全に圧倒したということだ。もしかしたら、夕雲や風雲以上の力を持つ者か、えらくチームワークがいいかするのかもしれない。こちらも警戒を厳としなければ。
「リコリス、襲撃された時のことを事細かく教えてくれないか。ここに襲撃されても撃退出来るように知っておきたい」
「わかった。説明しておこう」
ここからはリコリス棲姫がどのように襲われたかを聞くが、大概予想通りだった。
対地攻撃の数をキッチリ揃え、対空要員も必要以上に揃え、リコリス棲姫の危険な要素を全て上から押し潰す、人形満載の人海戦術である。リコリス棲姫達はどうか知らないが、艦娘は駆逐艦しか通れないあの時化を通過するため、全て駆逐艦の大部隊。
「襲撃してきた者の中に、巻雲以外に意思を持つ者はいたか?」
「指揮者と考えればいいのか? ならばいたな。こいつらと同じ制服だ。銀髪の奴だ」
「朝霜さん……ですね」
大部隊を指揮している姫とされた艦娘は、夕雲の妹達で構成されているようである。それでも2人だけのようではあるが。
「飛鳥先生、夕雲達も戦わせてください。艤装はありませんが……妹達を救いたいんです」
夕雲が願う後ろで、風雲も確固たる意思を見せる。親族の洗脳は自分の手で解きたいという気持ちはわかる。それが刻一刻と悪事を重ねているとなるとより一層その気持ちが強まるだろう。
「はい、そうですよね。都合のいい話であるとわかります。貴女達の無念を晴らすためにも、これ以降は誰も死なないようにしたいと思うんです。ごめんなさい、ごめんなさい、妹を贔屓しているようでごめんなさい」
「言いたいことはわかるわ。でも、全員救うの。抑えて、抑えてね。ちゃんと貴女達の無念は晴らすから。でも全員救わないと意味がないの。お願い」
気持ちが昂ったからか、2人同時に禁断症状へ。見えないものに対して謝罪と説得。
リコリス棲姫はその光景を初めて見るようで、焦点が定まらない瞳で何もないところに話しかけるその姿は、深海棲艦から見ても痛々しいと感じるようである。
「ハツハル、あれはお前には見えているのか」
「いや、わらわとは視えているものが違う。2人は罪悪感が形になってしまっておるのじゃ」
「……そうか」
これを見たことで、リコリス棲姫もいろいろ思うところがあるようだ。少し考えさせてくれと、それ以上の会話を一旦拒んだ。まだ身体は本調子ではないのだ。今はゆっくり休んでもらう方がいいだろう。
リコリス棲姫はその性格上、姫というより姉御。