継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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圧倒的な力

下呂大将と来栖提督が施設に向かうと言いながらもなかなか来ないため、迎えに行くことになった我ら、第五三駆逐隊。最悪の事態も考え、大急ぎで向かったところ、その予感は的中。航行中に襲撃を受け、応戦中だった。

 

人形達は神風型5人と拮抗。さらには第二二駆逐隊の援護もある状態でだ。今までとは明らかにレベルが違う敵に、下呂大将を本気で殺しに来ているのがわかる。

さらには、それをコントロールしている姫の艦娘は、家村の秘書艦である大淀。謎の深海棲艦の匂いを漂わせた大淀は、下呂大将の抹殺どころか私、若葉にも興味を持ったみたいだった。

匂いで勘付かれるというのは盲点だったらしく、とても面白そうにこちらを見てきた。それがまた、私をイラつかせる。

 

「では、やりましょうか。私、どちらかといえば裏方なんですが」

 

大淀の装備する艤装は、おそらく見た目は普通に艦娘のものだ。だが、どうしても()()()()()がチラつく。私達の継ぎ接ぎの艤装のように、内部が深海のものに置き換えられているのだろうか。

だが、認識をすぐに改めることとなる。いつも感じる嫌な匂い。殺意が向かってくるような匂い。三日月も危機回避能力でそれを察したようだった。

 

「散開!」

 

刹那、軽巡洋艦の主砲とは思えない爆音と共に砲撃が繰り出された。弾速も速く、叫んだことで散開していなかったら1人は犠牲になっていた。

 

「あら残念。よく気付きましたね」

「匂うんだよ。お前は」

 

相変わらず私が先陣を切る。疼きが強い脚で海面を一蹴りすると、今まで以上のスピードが出た。仲間達を置いてけぼりにする、神風に匹敵するほどの速度で、私は大淀に肉薄。

続いて曙も飛び出していた。深海の心臓が疼き、血液を身体中に回し、いつもよりも激しい出力を発揮していた。

 

「そんな(なまくら)で私を終わらせようとしているんですか?」

「当たり前だ。どうとでもなる」

 

即座に真後ろに回り込み、艤装の分解に走る。どんな艦娘であろうと、艤装を装備していなければ海上に立つことすら出来ない。ならばと、五三駆の中で唯一()()()()()()が出来る私がそれを狙う。それを回避しようとする間に、曙達にさらに攻撃してもらえれば勝機はあるはずだ。4人がかりでならまだ立ち向かえるはずだ。

だが、私は何も説明していないのに、私の持つナイフを(なまくら)と言った。これだけ速く近付いたのに、それを判断したということは、嫌なほど目がいいということか。

 

私が回り込んだというのに、笑顔のまま振り向き、よりによって指で摘まむようにナイフを受け止められてしまった。

 

「物騒なものを振り回しますよね、このワンちゃんは」

「そのまま食い止めてなさい!」

 

追いついた曙が身体をしならせ、槍を思い切り振り抜く。今までは基本、腹や腕など、当たっても死ななさそうな場所を狙っていたが、今回は頭をダイレクトに。殺意を持っての一撃。

だが、それを全く見ずに主砲が曙の顔面に向く。同士討ちがお望みかと思ったが、槍の攻撃のラインには艤装があり、ガードしながらの一撃だった。当たれば即死の砲撃に、流石の曙も危機を察知して即座に下がる。

 

「死に損ないはちゃんと死んだ方がいいのでは?」

「っ!」

 

曙が避けた瞬間に、三日月が狙いを定めていた。雷ほどの精密射撃ではないが、確実に死に至るような場所であり、且つ回避しづらい胴体を狙った一撃を放つ。

私がナイフを突き立てようとしているため、大淀の動きは止まっている。いくら水鉄砲だとしても、今は出力は最大。当たればそれなりにダメージは入る。

 

「そんなもので、私に勝てるとでも? 実弾を持ってきてから話をしましょう」

 

水鉄砲であることをいいことに、三日月の一撃を手で払い除けてしまった。めちゃくちゃ過ぎる。

 

「チッ……出力上げます」

「口が悪い三日月さんとはまた珍しい。舌打ちはあまり行儀が良くありませんよ」

 

撃ち抜くような砲撃。三日月はその砲撃を回避することが出来たようだが、少し掠めたようで、腕から血が流れていた。

相変わらず威力が尋常ではなく、その発射の衝撃が私にも響き、ナイフを握る手が緩みかけたが、必死にしがみつく。それだけやっても、大淀は2本の指で摘んでいるだけ。あまりにもおかしい力に私も少し動揺している。

 

「若葉のナイフを離しなさい!」

 

今度は雷の砲撃。ナイフを受け止めている腕へのピンポイント射撃を放つが、身体を返して艤装により水鉄砲を受けた。身体に当ててようやくダメージらしきものが当てられるのだが、艤装にはどうにもならない。所詮演習レベルの攻撃では意味が無かった。

 

「艤装が破壊出来ないような武器で戦場に立つのはダメですよ」

 

その隙を見て、曙が足払い。これで体勢が崩せればナイフを取り返せるだろう。だが、その一撃は足で簡単に止められてしまった。そのまま槍を踏み潰され、逆に曙の体勢が崩されてしまう。

 

「くっそ……!」

「手癖が悪い死に損ないですね」

 

ナイフ諸共振り回されて、さらには足下の槍すらも足で回して吹き飛ばされた。ナイフは握ったままでいることは出来たが、尋常ではない膂力で投げ飛ばされ、曙にぶつけられてしまう。その衝撃で曙は槍を手放してしまった。

 

「お疲れ様でした。2人纏めて」

「させるわけ!」

「ないでしょ!」

 

主砲が私と曙に狙いを定めているところに三日月と雷の砲撃。主砲そのものを狙う雷と、先程とは違い艤装に阻まれない脚を狙う三日月だったが、当たり前のように水鉄砲では動じない。脚の砲撃は蹴り飛ばし無効化。出力を上げても関係ない。

効かなかったとはいえ、砲撃を妨害してもらえ、おかげで射線から離れるタイミングは出来た。しかし、曙が武器を失ってしまったことは大きい。槍は依然大淀の足下である。

 

「この程度で、提督を止めようと?」

「当たり前よ!」

 

突如、大淀が自分の足下を砲撃。私達が間合いを取ったことで、雷と三日月が魚雷を放っていた。私達の近距離組には縁のなかった酸素魚雷だったが、遠距離組は主砲と一緒に練習していた。大淀はそれを破壊するために撃ったのだろう。

私達の持つ魚雷は演習用のダミー。火柱ではなく大きな水柱が立ち、私達の視界から大淀が消えてしまった。これでは遠距離組は狙いを定めることが出来ず、私達は近付くことも出来ない。

 

「素人に毛が生えた程度で、何をしようと。艦娘人形や姫の指揮者には通用するかもしれませんけど、私はおろか、彼女達精鋭の人形には手も足も出ないでしょうに」

 

水柱が晴れるような凶悪な砲撃。先程は見えている状態で撃たれたため、匂いやら何やらで回避が出来た。だが、見えないところからの攻撃はどうしてもブレる。匂いはしたが、方向が読めない。

それでも、今狙われたのは私であることはわかった。余程私の存在が面白いのか、いの一番に始末しようとしているのが伝わってきた。

 

「っああ!」

 

曙を押し出すように射線から外れ、ギリギリで回避。本当にギリギリだったため、衝撃はまともに受けてしまった。左腕や背中で鈍い音が聞こえたが、今はグッと我慢。まだ動く。ならいい。

 

「あら残念」

「簡単にくたばってたまるか……!」

 

ナイフを持つ腕はやられていない。戦える。私は戦える。戦う意思は止めない。諦めない。負けるなんて思わない。心を折らない。

自己啓発で心を奮起させ、大淀を睨み付ける。まだあの笑みは取れない。余裕綽々といった感じでこちらを眺めている。猛攻を仕掛けたはずだが、大淀はその場からほぼ動いていない。

 

「魚雷はまずいわ。さっきと同じことが起きちゃう」

「でも砲撃は効きません。最大出力でも水鉄砲だと艤装に傷一つ付けられませんよ。まともな深海棲艦の主砲と違って、海水を実弾には出来ないんですから」

「私達に出来ること探さないと……!」

 

遠距離組は正直、なす術が無いだろう。非殺傷兵器による攻撃は殆ど意に介さず、魚雷は水柱のせいであちらの攻撃タイミングを作ってしまうことになる。

せめて艤装が破壊出来れば話は変わるのだろうが、近付いても異常と言える膂力で受け止められるという大惨事。私達近距離組ですらお手上げ状態。

 

「もう終わりですか? 犬に戯れつかれた程度でしたね。ああ、若葉さんはワンちゃんですし、言い得て妙ですか」

「完全に嘗められてるわね」

 

ギリッと曙の歯軋りが聞こえた。仕方あるまい。こちらの攻撃は一切通用せず、あちらの攻撃は避けるしかないため、大淀に何を言われようと言い返すことは出来ない。

別に言わせておけばいい。あれもこちらの冷静さを欠かせ、より力を削ろうとしているに過ぎないのだろうから。

 

「そうだ、1つ提案があります。貴女達、こちらにつきませんか」

「……は?」

「特に若葉さん、とてもいい能力を持っているようですし、こちらでも有用だと思うんですよ」

 

この期に及んで、スカウトをしてきた。

 

「今、足止めされている来栖提督と下呂提督を殺してくれれば、今までのことは不問にしてあげます。私達の仲間として受け入れます。今なら貴女達も姫になれるくらいの素質があるでしょう。好条件だと思いますが」

 

ナイフを握る力が増した。今までもずっと強かった四肢の疼きが、痛いほどになった。

恐怖ではなく、怒りで手が震えた。これで私達が本当にみんなを裏切って、自分達の側につくとでも思っているのか。嘗めているとかそういうレベルでは無い。

 

「曙さんの離反も無かったことにしてあげますよ」

「はぁ……アンタ、それで私達が頷くと思ってんの?」

 

一切笑顔は途切れさせない。あくまでも、こちらをおちょくっている。

 

「命は大事にした方がいいと思うんですよ。ほら、死にたくないでしょう。死ぬのが嫌だから、そんな()()()()()姿()になったんですよね?」

「は?」

 

挑発に乗ってはいけない。いけないとわかっていても、私達に一番言ってはならないことを宣った。言うに事欠いて見窄らしいと。

誰のせいでこうなったと思っている。いや、自分達のせいとわかっていないのだろう。私達は捨て駒にされたから死にかけ、運良く助かっただけだ。

 

「雷さん以外はわかりやすく死に損なってますね。見た目に丸分かりな傷は特に汚いですよ。特に三日月さん、髪の色は百歩譲れますけど、顔の傷は流石に許容出来ません。女の子なんですから、もう少しメイクで隠すとかしなくては」

 

プッツンと、糸が切れるような音が聞こえた。今の言葉は本当に言ってはいけない言葉だ。特にコンプレックスを持っている三日月の神経を逆撫でする罵詈雑言。同情しているようで嘲笑っている、完全に小馬鹿にしている言葉。

 

「そんなことになっている子達がまだまだいるんですか? ならいっそ、死んでおいた方がマシだったのでは? 後ろ指さされながら生きていくのは辛いでしょう。だからこそ、こちらにつくのもいいと思うんですよね。売人とかに適してる見た目なんですよ。切羽詰まっている感じが」

 

もう止められなかった。私の四肢に使われている深海棲艦も後押ししてくれている。あいつは殺せと。一切の容赦なく、自分が死んででも生かしておいちゃいけないと。左腕と背中の痛みも消え失せた。

洗脳のせいでああ言う物言いをさせられた夕雲や風雲とは一線を画している。自分の意思であの言葉を選択して、わざわざこちらに向けて言い放っているのだ。

 

無言で海を蹴った。もう眼前に大淀がいた。

 

「ふざけるなよ」

 

顔面にナイフを突き立てるように振り下ろす。が、指二本で受け止められ、またもやビクともしない。それはもうわかっているため、ガムシャラに、怒りをぶつけるように蹴り飛ばした。

もう片方の手には主砲を握っているため、今のように受け止めることは出来ないはずだ。弾かれることくらいは見越しているが、そんなことは関係ない。全力で、渾身の力を込めて蹴る。

 

「手癖どころか足癖も悪いんですね」

 

案の定、主砲を持つ手で払われる。まるで鉄塊で打ち払われたような衝撃。そんなこと、知ったことが。

払われた勢いを利用して、さらにもう一度蹴る。ナイフを止められている分、そこを支点にするのは簡単。次の狙いは腹。

 

「お前らのせいで! 若葉達はこうなってるんだ!」

「おや、もしかして貴女、死んだ捨て駒の艦娘でしたか。なるほど、だからいろいろと情報が漏れたんですね。なるほどなるほど」

 

今度は主砲を投げ捨てて受け止められた。万力のような握力で脚を握られるが、チ級の骨が私の怒りに呼応して強度を増してくれているため、折れるようなこともない。脚が先に行かなかったものの、拮抗しているようには思える。

 

「ここで終わらせてやる! お前らは生きている価値がない!」

「なら、それが出来るくらいの力を得てから歯向かってください」

 

私がこうしていることで、大淀の動きは止まっている。そのため、遠距離組の恰好の的になった。

特に名指しで罵られた三日月は、容赦なく主砲を撃ち続けた。水鉄砲でも殺せるほどに憎しみを込め、全て急所狙い。雷すら、顔面を狙っていた。

 

「ワンちゃん、邪魔ですよ」

 

脚を握られているため、その砲撃の盾にするように私を振り回した。艤装に水鉄砲が当たる感覚はするが、何も問題はない。これで足下がお留守になる。

 

「返してもらうわよ!」

 

曙が大淀の足下の槍を拾い上げ、そのまま即座に今まで禁じ手としていた突きを繰り出す。

いくら刃が潰されていても、突きは危険だということでやめていた。だが、今回は殺すつもりだ。突き刺すつもりでの一撃。

 

「死に損ないは、いい加減に」

 

初めてちゃんとした回避をされ、曙の渾身の突きは不発。代わりに一瞬だけ、大淀の力が緩んだ。曙に意識を寄せたおかげで、これを拾い上げた。

 

「いいから、死ね!」

 

両手でナイフを掴み、全身全霊の力を込めて押し込む。またもや左腕の痣が拡がるような感覚がしたが知ったことではない。ここで大淀が殺せればいい。

今の私は殺意に支配されていた。大淀しか見えていない。これをここでグチャグチャにしなくては、この疼きは取れない。

 

大淀の指を押し広げ、指の股にまで到達し、それでも押し込み、腕を分断するように振り抜ける。そのまま下ろされば顔面に刃を突き立てられる。

 

「はぁ、この駄犬は本当に、実力差がわかっていない」

 

ナイフが砕かれた。今までは優しく支えられていただけだった。曙と違い、私はこれで本当に攻撃の手段を失ってしまう。同時に掴まれていた脚を振り回されて、曙にぶつけられるように放り投げられてしまった。

 

「さぁ、気を取り直していきましょう」

 

私の蹴りを受け止めるために放った主砲を拾い直した。第二ラウンドと言わんばかりに、こちらを見据える。まだ一度も笑顔は崩れていない。

 

圧倒的な力を持つ大淀を前に、私達はなす術が無い。だが、まだ心は折れていない。

 

 

 

左腕の痣が、ジワリと拡がったことには、まだ気付いていない。

 




水鉄砲とはいえ砲撃を素手で払い、直接攻撃も軽くあしらい、それでも笑顔を崩さない大淀。どうやって勝つんだコレ。

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