大淀と対峙する中、私、若葉に異変が起きていた。身体中、至るところにあった痛みが消え、今までにない力が湧いていた。ずっとあった左腕の痣が大きく拡がったことも自覚出来ている。
それ以上に、大淀への殺意が膨れ上がっていた。仲間達を侮辱し、これまでの生き方を否定されて、この状況を引き起こしたのを私のせいにまでされた。許せない。絶対に許せない。
「駄犬が狂犬になりましたね! 次は何を見せてくれるんですか!」
「煩イ! オ前はここデ死ネ!」
まるで噛みつくように飛び付く。主砲を構えようとしたみたいだが、間に合わせない。先程握り潰したもう片方の腕のせいで、うまくバランスが取れていないように見える。狙いを定める前に懐に潜り込み、主砲を持つ腕を掴む。こちらも握り潰してやる。
「二度も同じ手は食いませんよ!」
まともに脇腹に蹴りを入れられた。先程は脚が軋むほどの強烈なダメージが入ったが、今は衝撃は大きいものの骨が軋むほどには思えない。この脇腹だって、リ級の肌だ。簡単にダメージが通るようなものではない。
しかし、衝撃のせいで掴んでいた腕をみすみす手放してしまった。主砲を持つ腕がフリーになられたら、面倒なことこの上ない。
「離れてもらいましょうか!」
「逃がサナい!」
さらに前へ。胴を押し潰すかのように体当たりし、三日月の顔の傷を侮辱したことを後悔するように、顔面を殴り付けた。いっそ頭を潰してやりたいくらいだが、大淀も手練れ、簡単にはいかない。
「おお怖い怖い」
握り潰したはずの腕で、私の拳は受け止められていた。治っているわけではない。あちらも当然激痛があるはずだ。だが、お構いなしに腕を使っている。まるで痛みを感じていないようだった。
拳を受け止められたせいで、今度は私の懐がガラ空きに。すかさずそこへ照準を合わせられるが、私もそれなりに演習をしてきている。撃たれる前に主砲を持つ腕を蹴り飛ばす。
「まるで
「煩イ!」
掴まれている腕を振り払い、腹に一撃。だがそれも避けられ、大きく間合いを取られてしまった。下がりながらも既に主砲を私に向けて構えており、当たり前のように砲撃。
それも匂いでわかっている。紙一重と言わず、速さを活かして回避しつつ接近。砲撃の射線はわかっている。あまり考えなくても回避は出来る。
「本能のままに戦っているんですね。思考も深海に染まりつつあると。ふふっ、これは本当に楽しいですよ。殺すのが惜しくなってきました」
小憎たらしい笑顔はそのまま、砲撃をあらぬ方向に向けた。その先にいるのは、肩を自分の槍で刺されてしまった曙。その槍を引き抜き、満身創痍の中、そこに立ち上がっていた。
今撃たれたら回避出来ないだろう。立っているだけで精一杯のはずだ。足下が覚束ないような状況では何も出来まい。
「フザけルナ!」
即座に主砲を蹴り、照準を外す。誰も殺させない。ここで死ぬのは大淀だけだ。
「若葉! 使いなさい!」
曙がこちらに槍を放ってくれた。柄が折られているおかげで私の使いやすい長さになっていた。ありがたい。拳だけではどうにもならなかった。
それを受け取る瞬間が一番の隙になっていただろう。当然、大淀もそれを狙ってこちらに照準を合わせていた。
「若葉の邪魔はさせないわ!」
「若葉さん! 早く受け取ってください!」
それを邪魔したのは雷と三日月。水鉄砲でも撹乱にはなるし、照準を外すくらいの邪魔は出来る。おかげで大淀の砲撃は私に当たることなく、槍の刃を手に入れることが出来た。
「仲間思いですね。若葉さんがこんな姿になっても、皆が貴女のために命を張ってくれましたよ」
しかし、それを見届けた後に私が動けないタイミングを狙って、雷と三日月に砲撃。照準を外させる動きが出来なかったため、直撃コースで放たれた。
三日月は危機回避能力があるが、かなり厳しい状態。結果、2人はその砲撃により発生した大きな爆発と水柱に2人が呑み込まれてしまった。
「まず2人。手間をかけさせてくれますね」
「雷! 三日月!」
曙が声をかけても反応がない。匂いは爆発の際に立ち上った煙と火薬の匂いで判別出来ない。遠い位置なので嗅ぎ分けることも難しい。
そんな馬鹿な。こんなに呆気なく、2人を失うなんて嘘だ。まだ死んでない、死んでないはずだ。だが匂いはまだわからず、視認も出来ない、
「安心してください。貴女達も後を追うことになりますから」
間髪を容れずに曙に向けて砲撃。雷と三日月の状況が気になってしまったせいでこちらも間に合わず、曙も爆炎に呑み込まれてしまった。
やはり匂いは煙と火薬の匂いに邪魔されて判別出来なかった。今回は近いので多少は嗅ぎ分けることが出来るが、不安定な今ではまともな判断が出来ない。
「3人目。これでお仲間はいなくなりましたよ。改めまして、若葉さん、こちらにつきませんか? 言った通り、優遇しますよ。私は貴女の力をとても評価しています」
大淀の言葉は私には届いていなかった。一気に3人も失い、頭の中がグチャグチャだった。ブチブチと、ダメな部分が壊されていくような嫌な感覚を感じた。
左腕の痣がさらに疼き、拡がっていく。私の負の感情に呼応してその勢力を増しているのはわかっている。怒り、憎しみ、悲しみ、その全てが私の糧になってしまっている。
負の感情でも最も強い感情であろう、仲間の死を目の当たりにしてしまったことで、私の最後の防波堤、理性が焼き切れた。守るべきものを失い、振り返ることすら必要が無くなってしまったせいで、簡単に手放すことが出来てしまった。
「アァアアアア!」
大きく咆え、曙の形見となる槍の刃を強く握り締めて、大淀に突っ込む。許しちゃおけない。この世に存在することが罪だ。跡形も無くなるまで、グチャグチャにしてやらないと気が済まない。
「ついに思考も染まりましたか。行動が単調で助かります」
知ったことではない。単調だろうが何だろうが、攻撃を通すことに命を賭ける。私はどうなっても構わない。何もかも投げ捨てていい。大淀さえここで死んでくれれば、私は死んでも構わない。だから、本能のままに喰らい尽くす。
絶対に殺す。確実に殺す。泣き喚こうが命乞いしようが関係無い。殺して、殺して、殺し尽くす。死んだ後でも殺す。あらゆる手段で殺す。
「ユルサナイ! オオヨドォ!」
「見窄らしさに拍車がかかってますよ。でも大丈夫、私達はそれを受け入れます。せっかくの深海の力ですから、こちら側で好きなだけ使いましょう。ただし相手は私じゃありませんが」
そう言いながらも即座にこちらに主砲を向けてきた。死んだらそれまで、生きていたら有効活用しようとでも言うのだろう。ただでさえ気に入らないものが、より気に入らなくなった。
砲撃されると同時は私は
この行動は大淀にも想定外だったらしく、動きがほんの少し止まった。集中砲火を受けるような行動だとは思うが、それだけの隙があれば充分だ。
「ウアアアアッ!」
握り締めた槍の刃を大淀目掛けて投げ付けた。今の私は腕力が異常に強くなってくれているおかげで、主砲の砲撃よりも速く威力のある一撃となる。こと殺すことに関しては異常な力を発揮出来るようだ。都合がいい。
「滅茶苦茶ですね、狂犬は!」
さすがにこの一撃は回避を選択したようだ。海面に突き刺さるように着水したが、下がられたことで傷一つ与えることが出来ない。
だが、今度は私そのものが落下。空中で姿勢は変えられないが、今の回避により私が狙われることはなかった。
着地と同時に大淀にまたもや飛びかかる。今回は主砲を構えられてもお構いなし。放たれても、掠める紙一重の回避で突っ込み、両手でその首を掴み上げ、締めた。このまま折ってやる。
「シネ! ココデシネ! イマスグ、シネェ!」
力任せに締め上げる。普通の艦娘ならもう首が折れているくらいなのに、大淀はまだ死なない。苦しそうにもしておらず、首を締め上げる私の両腕を掴み、私がやったように握り潰そうとしてくる。そんな簡単にやられてたまるか。
「まったく、力任せの
腹に思い切り膝が入る。それでも手は首から外さない。ここで必ず殺す。死んでも殺す。何度も何度も蹴られるが、私は首だけは絶対に離さなかった。
喉を押し潰すように指を添え、呼吸出来ないように渾身の力で締め上げるが、大淀はまだピンピンしている。消耗すらしていない。これだけ何度も攻撃しているのに無傷だ。
「そろそろ、離れてもらえますか!」
膝だけではなく、両足まで使われて無理矢理引き剥がされた。その時に足下に浮かんできていた槍の刃を拾い上げ、強引に大淀の脚を斬る。刃が潰されているとはいえ、当たればいいダメージになるはずなのだが、即回避された。
「ユルサナイ! オマエダケハユルサナイ!」
「許していただかなくて結構。むしろ感謝して下さい。仲間を失ったことで、貴女はより強い力を手に入れているではないですか。ですが……」
間合いを取り直されたため、再度突撃……しようとして、足下から崩れ落ちてしまった。膝に力が入らない。今までの無茶苦茶な攻撃の反動か、身体が重い。
「限界を超え続けてきた反動ですよ。もう立ち上がることも出来ないんじゃないですか?」
「クソッ、ウゴケッ、ウゴケヨォ!」
脚を叩いても動かない。何度も腹を蹴られたことで、口の中に鉄の味が拡がる。思った以上に私の身体はボロボロだった。
そんなことは関係ない。大淀を殺すまでは、殺すまでは動かなくては。あんな奴が世の中にのさばっていることが許せない。ここで殺さなくてはもっと被害が出る。
「お疲れ様でした、若葉さん。貴女はとてもよく出来ました。今は眠ればいいでしょう。貴女は最高の姫になれるでしょう。いい素材を手に入れられそうです」
この期に及んで、まだそんなことを言っているのか。私を利用しようなんて、私が許さない。絶対にここで。
「よく頑張りました。あとは任せて」
突然聞こえる阿武隈の声。大淀を撃ち抜くように猛烈な連射。間合いを取られたことで、逆に私に害が無くなった。魚雷まで総動員して、大淀を
相手が艦娘であろうと関係ないと言わんばかりに、殺意ある攻撃を繰り出し続ける。
「精鋭達は……あら、ついに抜けられてしまいましたか」
そんな攻撃でもヒョイヒョイ回避する大淀。私達、第五三駆逐隊に集中していた戦況分析を拡げたようだ。
下呂大将と来栖提督を食い止め続けていた精鋭の人形達は全員斬り伏せられていた。時間はかかったが、拮抗を押し返し、妨害されていた進路を切り開いた。
「みんな無事だから安心して。ギリギリ間に合ってる」
「若葉さん!」
三日月の声がし、すぐにそちらを向く。元気とは言えないが、制服や髪がところどころ焦げている程度で大怪我はしていなかった。
「うちの子達が助けたよ。
遠かった雷と三日月には、神速を誇る神風と流れるような動きの旗風が。近かったが怪我で動けなかった曙には、力強い太刀筋の松風がついていた。あの強烈な砲撃も、一太刀で斬り払っていた。
残った2人はというと、阿武隈の砲撃と魚雷を避け続ける大淀に肉薄していた。鋭さが磨かれている朝風と、たおやかな佇まいの春風が砲撃の間を潜り抜け、魚雷すらも無視して斬撃を浴びせかけている。
「ふむ、では今回はこれくらいで終わりましょうか」
「逃すわけないでしょうが!」
「また会いましょうね。若葉さん、次は貴女を貰い受けます」
真下に砲撃を放ち、大きな水柱を立たせる。それが晴れた時には、大淀は戦場から消えていた。集中攻撃を受けているというのに、最後まで大淀は笑顔のままだった。
私という素材を見つけたことが心底嬉しそうだった。最後までいけすかない奴だった。
「若葉さん! 若葉さん!」
三日月に駆け寄られ、頭の中が冷えていく。負の感情に支配され続けていた思考が、少しスッキリしてきた。だが、大淀を逃がしたことが気に入らない。またアイツがのうのうと生き続け、暗躍するかと思うと腸が煮えくり返るようだった。
「だ、大丈夫ですか!? 痣が!」
「クソ……クソッ、クソッ!」
三日月に肩を貸してもらって立ち上がるも、自分の脚で身体を支えることも出来ない。それほどまでにダメージが蓄積されており、限界を超え過ぎていたようだった。
腹の底から込み上げてくるものを感じた後、思い切り血反吐を吐いた。身体の中もボロボロなようだ。
「一時、来栖の鎮守府に戻りましょう。入渠後にまた向かった方がいいでしょうから」
「ウッス。全員撤退だァ! 急げ急げェ!」
本当に限界だったようで、みんなが生きていることが再確認出来たところで、私の意識は闇に落ちていった。
結局、大淀は逃がしてしまい、大敗北を喫した。生きているだけ儲け物とは考えられないほどに、心を抉られることになった。
敗北D
若葉の明日はどっちだ。