目を覚ました時、私、若葉はドックの中にいた。敵の大淀との戦闘で血反吐を吐くほどの限界を超えた力を発揮し続けてしまったせいで、身体がボロボロになっていたからだ。戦闘終了と同時に気を失い、今は来栖鎮守府で入渠していた。
私が目を覚ましたことで、ドックが開く。改装を受けた時と同じように、全裸に剥かれていた。そのせいで、自分の身体がおかしくなっていることがすぐにわかる。少し目を背けてしまった。
「お疲れ様でした。入渠完了です」
入渠も管理している明石の声。私の身体は回復し、行動に支障が無いほどにはなっている。痛みや疲れは一切なく、施設を出た直後と同じくらいだった。だが、明石の表情は少し暗い。私の戦場での変化は、入渠によって治療出来ないほどだったようだ。
自分でもわかっている。あれは私の本質に影響のある変化だ。長くこの深海の四肢と付き合ってきて、改装も受け、より一層馴染み、今はほぼほぼ同調したようなもの。
「……スガタミハアルカ」
喉もそのまま。初めて会話出来る深海棲艦にあったような声に自分がなっているというのは、正直なところ辛い。自分の存在がブレる。これはシロに治してもらおう。おそらく出来る。
「言うかなと思って、用意しておきました」
私が入っているドックの隣に、全身を見ることが出来る姿見が置かれていた。ドックから出ると、それの前に立つ。
左腕はまるで炎が巻き付いたかのように痣が拡がり、指先の一部まで黒ずんでいた。今までは肘にまでも至らなかった痣は、今では肘どころか縫合痕も乗り越え、先端は首にすら巻き付き頬まで伸びている。色が変化していた肩はさらに侵食され、左の胸まで。こちらも頬にかかるほどまで拡がっていた。
もう笑うしかなかった。あらゆる負の感情に呑み込まれ、今の私が在る。力は得たものの、これは得てはいけない力だ。
「制服は用意してあるので」
「アリガトウ。スグニキル」
用意された制服を着て、改めて姿見へ。服を着るだけで駆逐艦若葉に戻った感じはするが、首から頬にかけての痣が、私が
他の傷は隠れていても、これだけは隠しようが無い。三日月は長い間、そしてこれからもずっと、これに耐えているのか。
「キニシテイテモシカタナイ。アリガトウ、アカシ」
「いえいえ。早く仲間の前に行ってあげてくださいね。みんな、ずっと待ってたんですから」
私は大分長いこと入渠していたらしく、あの戦闘が終わり鎮守府に到着してから、もう深夜に近い時間になってしまっていた。施設への帰投は明日。こんな時間まで付き合ってもらった明石に、さらに感謝する。
こんな丸見えの異形感でも、私は折れない。同じ苦しみを持つものは仲間達にもいるし、これがあるから私は今も生きていられるのだ。命あっての物種ともいう。この程度の変化で、折れてたまるものか。
私が目を覚ますのをここで待っていてくれたようだが、時間も時間なため、部屋に戻っているらしい。緊急で鎮守府に匿ってもらっているようなもののため、五三駆の面々は同じ部屋にいるそうだ。
曙はガッツリ入渠したようだが、私よりは早く終わっていた。雷と三日月は恒例の薬湯でどうにかなったらしい。やはり私が一番重症だったようだ。
「若葉さん!」
部屋は入るや否や、三日月が抱きついてきた。私のことを一番心配してくれていたそうで、ギリギリまでドックの隣に待機していたらしい。部屋に戻るように言われたようだが、言われなければずっと隣にいたようだ。
「スマナイ、シンパイカケタ」
「えっ……若葉さん、声が……」
「ココマデシンショクサレタラシイ」
首に巻き付くような痣を見せる。痣が喉にまで伸びてしまったが故の代償。
ついでだと思い、上を脱いで左腕の全容も見せた。みんな私の持っていた痣がどういうものかは知っている。割と長い付き合い、風呂も一緒に入った仲だ。だが、その時とは全く違う拡がった痣。それを見て3人が絶句していた。
「何よ……それ……」
「イロイロカサナッタケッカガコレナンダロウ。ナニモモンダイハナイ」
勿論これは建前もある。これ以上侵食されたら私がどうなるかわからない。それでも、私は生きているのだ。気にするくらいなら前向きに歩く。
「……若葉さん、大丈夫です。私の眼では……
「アリガトウ、ミカヅキ。ソレガワカッタダケデモ、ジュウブンダ」
深海の何かを感じることが出来る三日月の眼でも、私には異常が無いと保証してくれた。今は鳴りを潜めているだけかもしれないが、それで充分だ。
「声はシロが治してくれるわよね多分。でも痣がそこまで拡がっちゃったら隠すのも難しいかしら。マフラーでも巻いてみる?」
「アア、ワルクナイナ」
首の痣くらいならそれで隠せる。隠す必要は無いが、そういうトレードマーク的なものがあってもいいかなと思える。江風が纏っていた、口元を隠せるマントというのもアリか。
「……はぁ、アンタ達呑気なモンね。これ結構ヤバい変化じゃない」
「ワカバハダイジョウブダゾ」
「アンタの心配は1mmもしてないわよ。それ、先生が見たらどういう反応するかわかってる?」
部屋が静まり返った。ただでさえ改装の際に侵食が拡がったことで謝られているのに、今回は比にならないほどの変化だ。確実に自分のせいだと言うだろう。
何度も飛鳥医師には言っているが、私は気にしていない。こうなってしまったのは成り行きだ。命が助かっているのだから、私はこんな身体になったとしても飛鳥医師には感謝しているし、責める気など全く無い。
「来栖司令官と大将が先生に連絡したらしいわ。その時に若葉のことも伝えるって言ってたけど……」
「話に聞くだけと現物見るのじゃダメージ違うでしょうが。卒倒しかねないわ」
話すうちに違う意味で不安になってきてしまった。施設に戻ることに抵抗を覚えるほどに。
翌早朝、すぐに施設へと帰投。本来の目的を果たすため、来栖提督と下呂大将も便乗。さらには私が狙われているということも鑑みて、護衛部隊は増やされ鳳翔や第二四駆逐隊まで総動員。私自身も航行ではなく大発動艇に乗せられた状態で護送されることとなった。完全にVIP待遇。
大発動艇を中心にした軽空母1人、軽巡洋艦1人、そして駆逐艦総勢15人もの大部隊の移動はそれだけでも圧巻。そのど真ん中にいるというのが少々気恥ずかしい。
「すげぇ護衛の数だねぇ。こんな大部隊見たこと無ぇや」
「ベツニココマデシナクテモ」
「大切にされてんだよね。かぁーっ、いいねぇ!」
江風と涼風に冷やかされる。それだけ私が重要な位置におり、いつでも狙われかねないという状況である。この護送ですら襲撃されかねない。
とはいえ、今回の護送は、大淀の連れてきた精鋭の人形をしっかり撃退した第一水雷戦隊もいるため、少しは安心出来ている。過信してはいけないが。
「若葉には飛鳥の診察を受けてもらう必要があります。それに、あちらの方が心が落ち着くでしょう。君が施設にいる間に、我々が大淀の本拠地を見つけ出し、叩きます」
詳細は施設に到着してから話すことになるが、私は施設で診察と安静。その間に下呂大将と来栖提督が解決をしていく。
その間も施設が狙われる可能性は非常に高い。私がそこにいるというだけでなく、あの施設にいる者全員が、家村の悪事の生き証人だ。毎日襲撃を受けてもおかしくないような状況である。
しばらく進み、今回は襲撃もなく施設に到着。たった1日離れただけでも恋しく感じるものである。こんな身体になってしまったからか、みんなに会いたくて仕方なかった。
工廠の匂いも久しぶりに嗅いだように思えてしまう。まるでホームシックにかかっていたかのようである。ここにいるだけで落ち着くようだ。その工廠には、私達の帰りを待っていた施設の全員がいた。車椅子の姉もいるし、既にほぼ完治したリコリスも工廠の隅に。
「先生、お待ちしてました」
「ご苦労様。飛鳥、寝ていないんですか?」
「……はい。正直一睡も出来ませんでした。僕のせいで若葉がより悪い方向に向かったと聞いてしまっては」
案の定、飛鳥医師は私のことを気に病んでいたらしい。曙の予想通りではないか。
大発動艇から降りると、さらに目を見開いてしまった。いつも通りの制服姿でも、どうしても痣は丸わかり。過剰すぎる変化に、飛鳥医師は酷い顔をしていた。
「若葉……すまない、本当にすまない……。僕のせいだ。僕がまともに治療が出来なかったばっかりに……」
「キニシナクテイイ。ワカバハイキテイルンダ。カンシャコソスレ、ウラムコトナドヒトツモナイ」
声を聞き、さらに苦しそうな顔に。事前に教えられていたのは、痣が拡がったことだけ。他の変化を目の当たりにし、より深く気を病んでしまった。
私が表に出なければこんな思いをさせずに済んだとは思う。だが、姿を見せないならその分同じように心配させて本末転倒。ならば、私がこの姿になってしまったことを気に病んでいないことを伝え続けるしかない。
「……ワカバ……声……治すよ」
「アア、タノム」
声を聞いたことでシロが私の声を治してくれる。喉を軽く撫で、軽く弄られる。押したり引いたりされ、最終的には何かが切り替わったかのような感覚がした。
「ンッ、ん、あー、よし。この方が落ち着くな」
「……私達もだよ」
今までと違うというのは、本当にみんなに心配かけてしまったようだ。声が元に戻ったことで、私は駆逐艦若葉としての自分を少し取り戻せたような気分だ。
「飛鳥、話はまた今度にしましょうか」
「いえ、そこまで時間は」
「本調子でない者に話しても意味は無いでしょう。まずは君が休みなさい。寝不足なら寝る。具合が悪いなら安静にする。医者ならわかるでしょう」
下呂大将に言われては引き下がらざるを得ない。飛鳥医師も素直に今日は休むことにしたようだ。下呂大将の推理を聞くのはまた後日ということになり、今は護衛を置いて帰投するとのこと。護衛は鳳翔と第二四駆逐隊となった。また鳳翔が滞在するということで、鍛えてもらうことも出来そうだ。
「では、第五三駆逐隊は送り届けました。事件の詳細はまた後日。私が陸路から来ます。来栖には先に話しておきますので」
「はい……ご迷惑おかけします」
「そう思うのなら、早く治すことですね。若葉の診察も必要ですが、君もすぐに寝るように」
用は済んだと下呂大将達はすぐに帰投。長居しては飛鳥医師の気も休まらないだろうという配慮である。
残された鳳翔と第二四駆逐隊は、雷の案内の下、少しの間使ってもらう部屋へ向かった。鳳翔も修復された施設のことは知らず、二四駆の4人に至ってはこういう外勤は初めてとのこと。江風と涼風は騒がしく、山風はビクビクしながら、海風はそれを微笑ましく見守りながら、工廠から奥に入っていった。
「……飛鳥医師、何度も言う。若葉は気にしていない。感謝している」
「だがな……これはあまりに想定外だ。事前に聞いていたからこれで済んでいるが……」
「頼む、何も気にしないでくれ。若葉が辛くなる」
改めて、飛鳥医師にお願いする。私の身体は確かにおかしくなっているが、それは誰のせいでもない。強いて言うなら誰のせいでもある。
この治療をして飛鳥医師のせいだと言うのなら、負の感情を持ちすぎた私のせいでもあるし、元はと言えばそうさせたあちらの大淀のせいでもある。それに、怪我をしたことが根本的に問題なのだから、一番悪いのは家村だ。いいことが重なった結果、悪いことも重なったというだけ。
「若葉は大丈夫だ。それに、当然これも治してくれるんだろう?」
「当たり前だ。僕が招いたことなんだからな。この施設の者全員を元の身体に戻すのが、今の僕の使命だ」
「無茶だけはしないでくれ。倒れるような真似をされても困るのは若葉達だ」
お互いのためにももう少し話した方がいいかと思ったが、飛鳥医師には身体を休めてもらわなくてはいけない。今は何もかも後回しにしよう。
私も今は本来の居場所で腰を落ち着けたい。少しの間、戦いを忘れて自由気ままに生きたいところだ。
「若葉はここで楽しく生きたい。昔も今もそれだけは変わらない」
「……なら、僕も落ち込んでられないな」
「ああ、だから、今まで通りで頼む」
握手を求める。あえて痣で染められた左手を差し出した。それを苦もなく握ってもらえたことで、この件は一回無しに。
私の存在が飛鳥医師の心にダメージを与え続けるかもしれないが、気に病まれることで私も気に病む。私は楽しく生きたいのだ。
その生活を壊そうとしている家村と大淀は、絶対に許さない。
若葉(深海仕様)の痣が首に巻き付くように伸びているのは、そういうところも犬らしさを出すため。首輪です。