継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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黒い痣の若葉

施設に戻ってくることが出来た私、若葉。まずは飛鳥医師の診察を受けて、自分の身体がどうなってしまったかを改めて知ることになる。私の変化に気を病んで寝不足な飛鳥医師ではあったが、これだけはやっておかないと眠れそうに無いと強行された。施設の者全員からも気になると言われ、強行せざるを得なかったというのが正しいか。

結局、午前中を使って診察を行なうことになった。施設で出来ることなど高が知れているが、やらないよりはマシ。本当なら人間ドックをやりたいくらいだとは飛鳥医師の談。

 

「……深海の要素が拡張されているな。見た目の通りだ」

 

今までは移植した腕からだけだったものが、肩や首からも検出されていると。しっかり見た目通りの状態にはなっていた。血液検査の結果も以前とほぼ変わらないという。

 

だが、左胸というのが大きかった。心臓である。

今の私は曙と同じ深海棲艦の心臓を持っているような状態になってしまっているらしい。そのものと侵食では勝手が大分違うが、少なくとも血液の循環に大きく影響を与えているのは確か。

あの戦闘で、艦娘らしからぬ異常な力が発揮できたのもおそらくコレが原因では無いかと言われた。代わりに、心臓以外は艦娘のままなので負荷に耐えられずに身体が動かなくなったのだろうとも。

 

これは人形のリミッター解除と同じではないのか。下手をしたら命に関わる出力上昇。身体の一部が深海に侵食されていたおかげで死なずに済んだようなものだ。

これを艦娘の身体でやらせているから、人形は自沈してしまう。嫌なところで敵の手段がわかってしまった。

 

「喉の方はシロが弄ってくれたおかげでどうにかなったんだな」

「ああ、シロがいなかったらあのままだった」

「安心した。あのままだったら僕は多分立ち直れない」

 

冗談で言っているようだが、本当に潰れてしまう可能性があったため笑えない。飛鳥医師は思ったより繊細なのかもしれない。

 

「見た感じ、増殖しようとしているわけでもない。おそらく何かしらのキッカケがないと、この深海の要素は侵食しないのだろう」

「……思い当たる節がありすぎて困る」

「過剰過ぎる負の感情だろうな。とはいえ、痣が拡がるなんて聞いたことがない。この痣自体に()()()()()ように思えてしまう」

 

怖いことを言わないでもらいたい。死んだはずの駆逐棲姫が痣となって残っているとでもいうのか。

 

艦娘と深海棲艦には共通点が多いというのは実証済みであり、飛鳥医師のこれまでの研究で、体組織の移植が可能であることは、この身をもってわかっている。

だが、艦娘には無い『姫級』という在り方に関しては謎が多すぎた。この施設にある深海のパーツも、ほぼ全てがイロハ級のもの。私の腕や三日月の眼に使われたものがレア過ぎるだけ。そのせいで、私に起きていることはわからないことが多すぎる。飛鳥医師も頭を抱えるほど。

 

「姫のサンプルが無さすぎる。だからと言って、ここにいる姫達から貰うのは気が引ける。すまないが、そこは地道に調査させてほしい」

「ああ、無理は言わない。それに、若葉はこれを存外気に入っている」

 

痣に包まれた左腕をしげしげと見つめる。生きている証。助けてもらった証だ。これに嫌悪感は抱かない。

 

とはいえ、これにさらに侵食されたらまずいことになる可能性はそれなりにある。例えばこの痣が、頬を越えて頭まで辿り着いてしまった場合、私はどうなってしまうのか。

それは今は考えないことにした。一度起こったことを何度も繰り返すわけにはいかない。今はこの痣と楽しく付き合っていけるように努力しよう。

 

 

 

飛鳥医師は仕事を終えたということで眠ることにした。私の身体に今のところ不調が見えないことが確認出来たため、安心して休むことが出来ると言っていた。今はゆっくりと休んでもらいたい。

 

「若葉さん、どうでしたか」

 

診察を終えて工廠へ向かおうと思った矢先、医務室の前で三日月と車椅子の姉に出会った。私の診察が終わるのを待っていたかのようなタイミング。

三日月の持つ艦娘への嫌悪感は、姿を見せないほどに薄れていた。相変わらずの無表情ではあるが、まだ顔を合わせて数日も経たない姉相手にも嫌な顔せずについている。最初を知っている私としては、それだけでも嬉しいものである。

 

「今はこれ以上になることは無いそうだ」

 

あくまでも診察。健康診断のようなものだ。私の身体が悪い方向に向かっていないことがわかっただけでも良し。

それを聞いて三日月は安心したようだった。姉も私の左手を取り、指先にまで伸びた痣を撫で、何か納得したようにうんうんと頷く。

 

「もののけが深く馴染んでおる。じゃが、お主を取って食おうとはしておらん。今は問題あるまいて」

「安心した。三日月もおかしなものは見えないと言ってくれているからな」

「うむ、それでよい」

 

本来見えないものが見える2人からのお墨付きはとても心強い。そこに科学的に保証してくれている飛鳥医師の診察も加わったため、安心して生活が出来る。

 

「姉さんはどうなんだ」

「まだ痛みはあるが、ほぼ治っておるな」

「それならあと少しの辛抱だな」

 

胸の傷から痛みが無くなるまで1週間前後と言われていたが、姉は少し早かったらしい。もう少しで終わるのならこちらも一安心だ。

 

「リコももう動けるようになっておる」

「リコ? ああ、リコリスか。ここに戻ってきたときに工廠の隅にいたな」

「医者がそのまま呼ぶのもどうかと言うものでな、簡単にリコとした。何でも、ここの深海の者達はここで名付けられておるそうではないか。リコリスだけ除け者は良くなかろうて」

 

リコリス棲姫改め、リコ。深海棲艦の回復力で配下であったル級の脚は完全に馴染み、痛みもなく歩けるほどにまで回復したリコは、今は既に自分の脚で施設内を回っているそうだ。部屋も与えられるとのこと。

艤装の方も現在修理中らしく、シロクロの艤装に使えないパーツを見繕っては、摩耶とセスが協力して組み上げているらしい。大半が残ったまま流れ着いていたらしく、早い段階で完成するそうだ。

 

「ひとまずはこれくらいじゃの。こっちは何事も無かったぞ」

「それはよかった。油断は禁物だけどな」

 

姉から説明を受け、私達が出て行っている内に施設では何も無かったことがよくわかった。安心安全とは言えなくなってしまったこの場所だが、心落ち着ける場所だ。知らぬ内に破壊されているようなことがなくて本当に良かった。

 

「若葉さん……やっぱり目立ちますね……」

 

姉が左手を撫でるように、三日月が頬を撫でてくる。

顔に傷がある三日月ほどではないが、頬に伸びた痣は大分目立つ。三日月と同じように、これは少し隠せない。喉元だけは隠すため、雷が提案してくれたマフラーは手配することにした。隠せる部分は隠した方がいい。

 

「ああ。首はマフラーで隠すことにした」

「そうですね、それがいいと思います。でも顔は……」

「口元まで隠せば見えなくはなるが、苦しいだろうな。だから、この痣くらいは見せてもいいだろう」

 

これくらいの痣、三日月の傷に比べれば何てことは無い。それに、腕よりは目立つが今まで付き合ってきた痣だ。苦では無い。

 

「若葉達の知り合いに、この程度で後ろ指を指すような連中はいないからな。安心して曝け出せる」

「……そうですね。もし何か言うような輩がいたら、私も怒りますから」

「ああ、若葉もお前の分を受け持とう」

 

お互い、顔に影響が出てしまった者同士、仲間意識は一層強くなった。

元々私だけは信用してくれた三日月だ。寝るときも一緒の部屋で、戦闘でコンビも組むようになり、一緒に生活することも多い。この施設では一番仲がいい相手と言える。

 

「2人は仲がいいんじゃな。三日月よ、うちの妹をよろしく頼みますぞ」

「はい、私がストッパーになります。若葉さんがこれ以上侵食されることがないように」

「心強いのう。妹が増えたかのようじゃな」

 

私も頼らせてもらおう。代わりに、私を頼ってもらいたい。施設の仲間として、同じ境遇を持つ者として、お互いを支え合いたい。

 

 

 

護衛艦隊として鳳翔と第二四駆逐隊は常に施設近海を警戒してくれていた。基本的には何もなく、暇な時間を過ごすことになるのだが、それでも真剣に取り組んでくれているのでありがたい。

労いではないが、海上でも食べられるお菓子を雷が作って差し入れをしている。今回はクッキー。私もそれに付き合い、交流を深めた。私の身体に異変があっても、今まで通りに付き合ってくれるみんなには感謝してもしきれない。

 

「ンまぁ〜い! 雷、これ美味いよ!」

「こいつぁいいねぇ。美味い美味い」

「気に入ってもらえてよかったわ!」

 

お菓子に舌鼓を打つ江風と涼風。なんでも、第二二駆逐隊が遠征のたびに持ってくるお菓子が羨ましかったらしい。ついにそれを食べることが出来て、喜びに打ち震えている。

他の者達もそれを摘んでは感嘆の声をあげる。施設内トップの腕前の雷は、鳳翔が太鼓判を押すほどだ。

 

「若葉さん、身体はどうですか」

「前と変わらない。痣が拡がっただけだ」

 

鳳翔が心配そうに聞いてきたため、問題ないことを見せる。痣をしっかり見るのは今が初めてだろう。お菓子を食べる手が止まり、みんながみんなそれに釘付けになってしまった。

特に山風は、引っ込み思案な割にはマジマジと見ていた。海風の陰に隠れながらだが。

 

「もし何かがあった場合、我々は貴女の力になります。ですが、逃げることも立派な戦術です。それだけは覚えておいてください」

「……ああ、みんなに迷惑をかけるくらいなら、戦わない方がいいだろう」

 

また大淀と戦うようなことがあれば、怒りに呑まれ、さらに痣を拡げる結果になるかもしれない。それだけは避けなくてはいけない。

万が一、仲間に牙を剥くようなことをしてしまったら、今以上に立ち直れないだろう。施設の数少ない仲間、外部の理解者を裏切る行為は、想像するだけでも辛い。

 

「理解出来ているのならいいです。ですが、頭に血が上ってしまっては、まともな判断も出来なくなるでしょう。なので、精神的な訓練もした方がいいかもしれませんね」

 

あの大淀はやたら煽ってきた。あちら側に洗脳されていた時の夕雲もそうだった。心を乱して本来の力が発揮出来ないようにされているのだろう。舌戦も立派な戦術だ。

今の私は特に、その煽りでのダメージが大きい状態。心を乱さず、常に落ち着いて、逆に煽れるくらいの気概で戦えればいい。

思えば鳳翔も、夕雲相手に煽り合いを繰り広げていた。淑やかなイメージが強い鳳翔も、戦場では強か。心を落ち着けるために、また、逆に相手を崩すために、煽りに対して煽り返すようなことをしているのか。

 

「忠告、感謝する」

「肝に銘じておいてくれればそれでいいです。最悪な事態を避けるためには、まず貴女の心構えが必要不可欠ですからね」

「ああ。鳳翔は若葉の師匠だ。また身体の方も鍛えてもらいたい」

「喜んで。曙さんと一緒にまた鍛えてあげましょう」

 

ありがたい話だ。施設を守るための力はいくらあったって困らない。護衛艦隊無しでも守れるくらいにはなりたいものだ。

 

「出来るならまた演習もしたい。若葉達には実戦訓練が足りない」

「そうですね。護衛としてここに来ていますが、余裕があれば演習もしましょう。この子達にもまだまだ伸び代はありますから」

「お手柔らかに」

 

苦笑する海風。あちらでも相当鍛えられているのだろう。以前演習をやらせてもらった時より苦戦しそうだ。五分五分くらいにまでは持っていけたが、今もそうとは限らない。

 

「ご馳走様でした。雷さん、美味しかったですよ」

「守ってもらってるんだもの、これくらいはするわ!」

「ンなら毎日こんなお菓子が食えるのか? そいつぁいいねぇ!」

 

これで士気が上がるのならいい。雷も褒められ、俄然やる気が出ている。いい交友関係になっていると思う。

 

「……若葉」

 

最後に山風が私へ。こうやって話しながらも、ジッと私の痣を見続けていたのはわかっている。珍しいものだと思うので、そういう視線を受けるのは仕方ない。

 

「それ……痛くないの?」

「ああ、痛みはない。心配してくれてありがとう」

「……別に」

 

たったこれだけの会話だが、二四駆のメンバーにとっては珍しいものだったらしく、海風に至っては満面の笑みである。これでも心を開いている方なのだとか。

 

「それでは、警戒に戻りましょう。若葉さん、くれぐれも」

「気をつける。精神鍛錬の件も考えておく」

「よろしい」

 

心強い護衛艦隊だ。少しの間は世話になろう。

 

 

 

またいつもの日常に戻ろうとしているが、脅威と隣り合わせの環境なのは変わりない。早く本当に心落ち着ける日々を送りたいものである。

 




三日月が初春の妹扱いになってしまうと、若葉と同じ制服着てもらうとかしてもいいかもしれませんが、外見がほぼ初霜になるという副作用があります。扱いではなく、そのものになってしまう。同じイラストレーター故の事態。
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