憑依妖魔学園紀番外編(九龍妖魔学園紀✕クトゥルフ神話) 作:アズマケイ
「やあ、いらっしゃい。さっきぶりだね」
「聞いたぞ聞いたぞ、江見君。災難だったな~、お疲れさん」
メールで指示されたとおりの道を進み、だれにも会いませんようにと願いながらこっそり教師の家の敷地内に入った。しばらく進んでいくと、女教師の遺体を秘密裏に運び出すため、教師の家と《遺跡》を忙しなく往復している宇宙探偵とビジネスの話をしている瑞麗先生と会えた。たぶん、さっき見たワゴン車や救急車がエムツー機関のフロント企業たる病院の車なのだろう。すでに準備万端で笑う。
頭をポンポンされた。
「おっと、しまった。君は江見ちゃんの方がいいのか?気にしちゃうタイプ?セクハラにならない?」
「いや~......私の方が年上なんで......」
「えええっ、なんだとッ!?え、お兄さんまだ28なんだけどッ!?」
「私、30代なので......」
「まっじかよ、驚いた......通りでやけに精神交換されたにしては落ち着きすぎてると思ってたぜ。余裕があるというか、ゆえに狂気のスイッチ入ったら怖いというかなんというか。無垢な狂気というか。そっかー......なのに18の少年の体にな......しかも男になってくとかな......可哀想に......。でもま、男は男で楽しいこといっぱいあるからさ、頑張っていこうぜ。お兄さんでよかったら、色々と指南し」
「いいかげんにしてくれないか?うちの大切な生徒を誑かすんじゃない」
「じょ、冗談だって、やだなーもー」
あっはっは、と笑いながら鴉室さんは去っていった。なるほど、瑞麗先生は鴉室さんを手引きしてるわけだから、男を連れ込むのも手馴れているわけだ。シャワーとか貸してるのかもしれない。私が心配していたよりあっさり瑞麗先生の部屋に入れてもらえたのだった。
「私たちはそういう関係ではないからね、くれぐれも誤解しないように」
釘をさしてくる瑞麗先生に私は笑ってしまった。
「わかってますよ、お仕事ですよね」
「そうだ、仕事だ。まさか急患より先に遺体を運ぶことになるとは思わなかったがね。さあ、入りなさい」
「お邪魔します」
ドアが閉められ、チェーンがかけられる。瑞麗先生はどこになにがあるか、簡単に教えてくれた。
「着替えは持ってきただろう?タオルは勝手に使っていいから、洗濯乾燥機にいれてくれ。使い方はわかるな?」
「あー、はい。大丈夫そうです」
「よかった。こういうとき、何も出来ないやつとパートナーを組むとろくなことがないんでな」
瑞麗先生は苦笑いである。
「おや、シャンプーとかまで持ってきたのか?勝手に使えばいいのに」
「いや~、さすがに使えないですよ」
「あのな、人間の腐敗した匂いをなめない方がいい。生半可な洗い方じゃ落ちないぞ」
「化人よりですか」
「場合によってはな。君はあのスライムを相手にしたせいか、より匂いがきついぞ」
「うわっ、ほんとですか。ダメだ、鼻がイカれてる。気づかなかったです」
「遠慮しなくていいから、徹底的に綺麗にしなさい。銃火器メインだから引っ被らなくてよかったな、場合によっては病院にぶち込むところだったぞ」
「借り物の体にそんなことできるわけないじゃないですか」
「やれやれ、そういう意味じゃないんだがな。まあいいさ、入りなさい。《夜会》で門前払いはされたくないだろう?」
私は瑞麗先生の好意に甘えることにした。
教師の家の施設は全体的に古い印象だ。ビジネスホテルの一室のようにトイレとシャワールームが同じ空間にある。脱衣所だけ独立していて、洗濯乾燥機などがある。間仕切りのカーテンがしっかり足元まであるのがまだマシだ。これだけ明らかに新しいから瑞麗先生が入れ替えたか、前の先生が入れ替えたかのどちらかだろう。おいてあるシャンプーやらのボトルが海外のメーカーで見た事がないやつばかりだが、なんとなく高そうだ。
私が持ち込んだのは《ロゼッタ協会》から支給されている特殊な洗剤や柔軟剤である。あと匂いに特化した薬品。洗濯物をネットに入れて、洗濯乾燥機を回す。これがなかったら私は《宝探し屋》だと速攻でバレていたに違いない。
さっさと入ろう、気持ち悪い。間仕切りのカーテンを引き入れて、私は浴室に入った。汗みどろになったあとのシャワーの気持ちよさは格別だ。水を全身がむさぼり食うような感じになる。
思い存分髪や体、顔を洗った。洗っても洗ってもねちねちと取り切れなかったものが、さわれば手が切れるほどさばさばと油が抜けて、頭の中まで軽くなる。
肌が痛むのは知っていたが、悠長なことはいっていられない。タオルを手に取って顔をごしごしと拭くと、パイル地が皮膚にこすれて心地良い痛みが伝わった。
全身を洗うのにすごく長い時間がかかる。歯を一本一本取り外して洗っているんじゃないかという気がするくらいだ。シャワーに入って石鹼で嫌な匂いのする汗を洗い流していく。
あとはもう匂いが落ちるように祈りながらひたすら頭や顔や体を洗っては流す作業をくりかえす。タオルを嗅いでみて、ダメそうならまた一からだ。
そのうちだいぶ薄まってきて、さらに続けたらようやく気にならなくなった。浴槽やカーテンを念入りに綺麗にする。よかった、瑞麗先生が入る時に不快になったら困るし。匂いは残らなかった。
温度を調整して湯を注ぐと、狭いバスタブはすぐに湯で溢れ、バスルーム全体が湯気でけむる。そこにゆっくりとからだを沈めた。風呂に入ると体に溜まった疲れが滲み出てくる。
浴槽から湧出す水蒸気が硝子ガラス窓一面にキラキラと滴したたり流れていた。風呂の中であごまでつかって、息を吐く。
するとノックがした。
「はあい!」
「よかった、起きてるね?疲れのあまり寝てしまったんじゃないかと心配になったんだが、大丈夫だな?」
「あ、はい、大丈夫です。なかなか匂いが落ちなくて」
「ああ、なるほど。無理もないな、これから《夜会》だから。湯冷めしないようにしっかり暖まってから上がりなさい」
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこちらの方さ」
「え?」
「カウンセラーといいながら、どうしても踏み込めない領域というものがある。それを九龍や翔、君たちは悠々と踏み込んでくれる。それがどれだけの人間を救っていると思う?」
「あはは、買い被りすぎですよ。それは九ちゃんの働きであって私じゃない」
「果たして、それはどうかな?君には強迫観念に囚われるほど重大な秘密があるから、なかなか周りをみることは難しいかもしれないがね。君は考えている以上に、誰かの支えになっているものだよ」
「あはは、だったら嬉しいですね。つっぱしってきた甲斐が有る」
私はだいぶん体が暖まってきたのでお湯をぬいた。吸い込まれていくおゆを見ながらバスタオルに手を伸ばした。
湯上りの額がキラキラ光っている。
「......思った以上に瑞麗先生になっちゃったなあ」
「なにがだい?」
「わ、びっくりした」
「悪い悪い、ドライヤーの音がしたからもういいかと思ってね」
「あー、はい。シャンプーとかリンスとか同じの使うからどうしても......あはは。やっぱ安物はダメだな、香りで完全に負けてる」
「なんだ、《ロゼッタ協会》はそこまでシビアなのかい?」
「いや~......私があんまり拘りないだけなんですけどね」
「ふふっ、それは災難だったな。しかし、よかった。顔色がかなり活気を帯びて、晴れやかに見える」
鏡越しに瑞麗先生がいう。
「そんなにひどかったですか」
「なんだ、鏡見てないのかい?」
「感覚麻痺しててわからなかったです」
「やれやれ」
呆れたように瑞麗先生は肩を竦めた。
「無茶できる体に慣れたら、後がきついんじゃないか?」
「いわないでください、今はまだ考えたくないです。ケアしなくていいの楽すぎてつらい」
「そうはいってもニベアは塗るんだね」
「にきび出来て、そこから《遺跡》の未知のウィルスが侵入とかシャレにならないので......」
「せっかく《夜会》にいくんだから、保湿ジェルくらい塗りなさい。もったいない」
「お金があったらなあ......」
「守銭奴がスポンサーだと大変だね」
私は肩を落とすしかないのである。貸してあげるよと瑞麗先生が渡してくれた。ありがとうございます。拝み倒しながら塗ってみる。やっぱり乾燥が大敵だ。
「翔、さっきから見てたがだいぶ雑だ。これは君の性格みたいだね。これじゃあ肌や髪がガサガサになる」
「匂いが落ちなくて」
「まあ気持ちはわかるけども。もったいないよ。ほら、貸して。まだ半乾きじゃないか」
「はい?」
「まったく、弟を思い出させないでくれ。ほんとに私より年上なのか?」
笑いながら瑞麗先生はドライヤーを私から取り上げると乾かし始めたではないか。さすがに恥ずかしくなって逃げようとしたのだが、地味に腕を回されると動けない。
「ふふ、なんで耳が赤いんだい、翔」
「さすがに恥ずかしいです」
「まったく......変なところでズボラだな、君は」
「仕事が忙しくて自分にかけるお金が無かったんですよね......」
「それを言い訳にするには、私は少々君の性格を見すぎたな」
「美人に言われると傷つきますやめてくださいしんでしまいます」
「ふふ。さて、できた。これでいい。お茶でも飲みなさい。あれだけの長風呂だったんだ、ヒートショック起こされたら困るからね」
「あっ......ありがとうございます」
「......九龍から聞いてるみたいだが、インスタントだから。身構えないでくれ」
瑞麗先生はちょっと悲しそうな顔をした。いやだってマイナス10の料理スキルってどうなのそれ。
「あはは......すいません」
もらった中国茶はたしかにインスタントだった。高そうなやつ。
「あ、おいしい」
「だろう?九龍にいっといてくれないか、言ってくれれば渡すから勝手に持っていくなとな」
「アッハイ......。うちの新人がすいません......」
私は頭を下げたのだった。
「《ロゼッタ協会》はあれだな......手癖はともかく料理スキルが揃ってるやつが多すぎないか?」
「CMからして募集要項に入ってますからね」
「うちもそれを上にかけあってみようかな......」
「あはは」
「九龍といい、君といい、《ロゼッタ協会》にいるのは惜しい人材が多すぎるんだ。水月湖の年縞なんてどうやって調べるんだか。高校生の自由研究の規模をこえてるじゃないか。それに《如来眼》を活用してマッピング機能の強化なんて......」
「イスの偉大なる種族には逆らえないので勘弁してください。誰だって猟犬に追いかけられたくはないですよ」
「逆らったら、時間旅行して放り出すとでも言われたのか?奴らの言いそうなことではあるがね......まあ、つらくなったらいつでも言いなさい」
「ありがとうございます」