とある兄妹のデンドロ記録(旧)   作:貴司崎

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※この話はプロローグと言う名のちょっとした閑話です。


プロローグ:とあるゲームを買った日

 □2043年7月15日 加藤(かとう) (れん)

 

 俺の名前は加藤蓮、しがない大学生である。今日は小学生の妹の美希(みき)がいきなり「夏休みにやるゲームを買いに行こうよ!」と言い出したので、近所にあるゲーム屋さんに来ていたところだ。

 …………そしてそこで、美希が()()()()()()を見つけたのだった。

 

「<Infinite Dendrogram>? それって確か、今日発売とか言っていきなり発表されたVRMMOだよな?」

「うん。なんでも“五感を完全に再現する”とか、“ゲーム内では現実の三倍の速度で時が進む”とか言うやつみたいだよ」

 

 他にも“単一サーバーで億人単位の同時プレイ可能”とか“現実視、3DCG、2Dアニメーションの中から視点選択可能”とかも言ってたな。

 そんで、キャッチコピーは『あなただけの可能性(オンリーワン)を提供します』だったか。

 …………だが……。

 

「…………正直言って本当に実現可能なのか疑問だな。俺はVRに詳しい訳じゃないが、現在の技術を遥かに超越していると思うし。…………というか、それって地雷ゲーじゃね?」

「まあ、確かに今まで発売されたVRゲームは、どれもあんまり評判が良くなかったしねー。…………でも」

 

 そう言った美希は、どこか遠くを見るような目をしていた……。

 

「私の“近い勘”だと危険なものではないみたいだし、何より“遠い勘”の方がこのゲームに反応しているんだよね……」

「…………それは、このゲームをやらないと俺達に危険が及ぶとかか?」

「そういうのじゃないんだけど……。この<Infinite Dendrogram>の事を聞いた時から、()()()()このゲームをやった方が良い気がするって感じかな?」

「いきなり、ゲームを買いにいこうと言い出したのはその為か……」

 

 …………美希の()()が外れる事はまず無いしな。それに“遠い勘”の方は従わないとヤバい事になるやつだし……。

 

「分かった、じゃあこのゲームを買おうか。…………まあ最初期の頃ならともかく、今のVRゲームは健康に害が出るような事はないようだし。…………それに何より一台一万円だからな」

「おサイフに優しいゲームだね。維持費も安いみたいだし、MMO初心者の私達でも安心だね!」

 

 …………まあ、これだけ荒唐無稽な宣伝をしておいて一台一万円とか、地雷ゲーだろうがそうじゃ無かろうが明らかに“何かあります”って感じのヤツな気もするんだが。

 一応、美希が“危険は無い”と言っているのだから、()()()無いんだろうが……。

 

「それじゃあ<Infinite Dendrogram>を買ってくるぞ。…………金は、取り敢えず俺が払っておくよ」

「お願いね〜」

 

 ああそうだ、祐美(ゆみ)ちゃんの分も一応買っておくか…………このゲームがどんなモノかもまだ解らないし、彼女がやるかも分からないが。

 …………そうこうして、俺達はVRMMO<Infinite Dendrogram>を手に入れたのだった。

 

 

 ◇

 

 

 一通り買う物を買って家に帰ってきた俺達は、早速<Infinite Dendrogram>のパッケージを開けて中身を確認していた。

 

「ほーん、このヘッドギアがハードみたいだね。…………意外とシンプルなデザインだね」

「一応説明書も入っているな。どれどれ……」

 

 …………えぇーっと、説明書の内容はっと……。

 

「ふむふむ…………基本的にはジョブシステム製のよくあるMMOって感じかね?」

「それより、目玉はこの<エンブリオ>ってやつじゃない? 何でも、プレイヤー個人のオンリーワンなアイテムやら能力みたいだけど。…………あと、最初に所属する国家は七つから選べるみたいだね」

 

 …………どうも、この説明書には本当に最低限の用語しか書かれていないみたいだな。詳しくは実際にプレイしてみましょうって感じなのかね。

 

「取り敢えず、詳しい情報はログインしてからゲーム内で確認しよう。…………まずは、最初に所属する国家を決めようか」

「騎士の国『アルター王国』、刃の国『天地』、武仙の国『黄河帝国』、機械の国『ドライフ皇国』、商業都市群『カルディナ」、海上国家『グランバロア』、妖精郷『レジェンダリア』の七つか…………出来れば一緒にプレイしたいから、同じ国にしようよ!」

 

 そんな感じで、話し合う事しばらく……。

 

「とりあえず、所属する国家は『アルター王国』にするか。…………後、俺のアバター名はレントで」

「じゃあ私はミカで。…………と言うか、いつもゲームをする時に使っている名前だけどね」

 

 と、言うわけで俺達は最初に所属する国家を『アルター王国』に決めたのだった…………先日までやっていたゲームがSF系だったから、次は正統派ファンタジーものにしよう! と言う美希からの提案で安直に決めただけだがな。

 

「じゃあ、早速部屋に戻ってやってみようか。…………後の事はプレイして見てから考えよう」

「そうだね」

 

 こうして俺達は<Infinite Dendrogram>を始める事になったのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □ 加藤 美希

 

「はーい、ようこそいらっしゃいましたー。初日からプレイしてくれてありがとうねー」

 

 あれからヘッドギアをつけてベッドに横になってから<Infinite Dendrogram>を起動した私は、気がついたら木造洋館の書斎を思わせる部屋にいました。

 そして、目の前には一匹の猫が作りの良さそうな木製の揺り椅子に座っていた…………どうやら、私に話掛けてきたのはあの猫? 見たいだね。

 

「えーと……お邪魔します?」

「うん、いいねー。礼儀正しい人は好きだよー」

 

 …………さて、とりあえず()()()聞いてみたい事があるけど、まずは……。

 

「あなたはどちら様?」

「あ、僕は<Infinite Dendrogram>の管理AIのチェシャだよー。よろしくねー。あと、ここはゲームの設定をする場所だからー。ここで色々と決めて貰ってから入る事になってるんだー」

 

 確か管理AIって言うのは、現行のスーパーコンピュータを使った人口知性……だったかな? 私もこういう事は詳しい訳じゃないんだけどね。

 …………さて、それじゃあちょっと聞いてみようかな。

 

「じゃあチェシャさん、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「なにかなー?」

()()()()()()()()()()()()? 何か妙な感じがするんだけど……」

「……それはどういう意味かなー?」

 

 私が放ったその質問を聞いたチェシャさんは、少しだけ怪訝そうな雰囲気を浮かべて聞き返してきた…………なので、私はここに入ってから感じた違和感について話す事にした。

 …………そうした方がいい気がしたからね。

 

「私は生まれつき危険に対しての勘が働くんだけど、ここに来てからずっと妙な感じがするんだよね。…………そもそも私の勘は危険を感知するものだから、危険の無いゲームではまず働かないし」

 

 だから、現実の私に危険の無いゲームにおいてはこの直感はまず働かない筈なんだけどね…………直感のお陰か私は普通の先読みも得意だから、お兄ちゃんとの対戦ゲームでも結構な勝率を誇るけど。

 …………まあ、私もこの直感について完全に解っている訳じゃないんだけど……。

 

「…………危険を感知する直感、それはまるで……。おっと、じゃあお答えするよー」

 

 そして、私の質問を聞いたチェシャさんは少し思案している様だったが、直ぐに思考を終わらせて私の質問に答えてくれました。

 

「とりあえず、これだけは言っておくねー。…………この<Infinite Dendrogram>において現実の人間に危害や危険が及ぶ事は絶対にないよ。実はログアウト不可のデスゲームとかでもないし、その辺りは僕達管理AIの誇りにかけて保証するよ。この<Infinite Dendrogram>は君達にとっては最初から最後までただのゲームだからね。…………あ、でも、ゲーム内で経験した事によって起きる精神的なストレスとかは別だからー。ゲーム内で何を感じるのかは君達の自由だからねー」

 

 成る程、とりあえずチェシャさんの言葉には嘘は無いと思うし、その言葉からは彼等なりの誠意を感じるかな…………直感に違和感はあったけど私の命に関わる危険は感じないしね。

 …………じゃあ、ここにしようかな?

 

「分かったよ、ありがとうねチェシャさん。…………それじゃあ設定をしていこうかな?」

「はーい。じゃあまずは描画選択ねー」

 

 それから私は各種設定をこなしていった…………とりあえず視界は現実視、プレイヤーネームは事前に決めていた通りミカで。

 後、容姿は現実をベースにいじる事も出来るとチェシャさんが言ってくれたので、現実の私を中学生ぐらいに成長させた上で髪の色を銀に、目の色を赤にして、少しだけ顔付きを変えておこうかな? 

 

「こんな感じでいいかな?」

「オッケー。じゃあ次は一般配布のアイテムを渡すよー」

 

 そしてチェシャさんから配布アイテムのアイテムボックスを貰い、初心者装備として適当な洋服と初期装備の棍棒を貰った…………ちなみに棍棒の形状は某国民的RPGに出て来る『こんぼう』みたいな感じである。まあ『ひのきのぼう』よりはマシでしょう。

 …………あ、後は路銀として五千リル(リルはこのゲームでの通貨単位で一リルおよそ10円ぐらいらしい)を貰ったよ。

 

「さて、じゃあいよいよこのゲーム最大の見どころである<エンブリオ>を移植するねー」

「おー」

 

 そして、私は一通りの説明を受けた後に<エンブリオ>を移植して貰った…………第ゼロ形態だと左手にくっついている卵型だけど、孵化したら外れて紋章の刺青になるらしい。

 …………どんなのが産まれるのかな? 

 

「じゃあ最後に所属する国家を選択してくださいねー」

 

 そう言ったチェシャさんが机の上に地図を広げると、その地図の七箇所から光の柱が起ち上ってその中に各国の様子が映し出された。

 …………正直、説明書で見たときよりも目移りしてしまったけど……。

 

「アルター王国でお願い」

「オッケー。ちなみに軽いアンケートだけど選んだ理由はー?」

「以前までやっていたゲームがSFものだったから、今度は正統派ファンタジーものをやってみようと現実で兄と相談して決めてからだよ」

「そうなんだー」

 

 ちなみに、後で所属国家を変更出来るイベントもあるらしいね。

 

「それじゃあアルター王国の王都アルテアに飛ばすよー」

「あ、最後に一つだけ。…………このゲームに何か目的とかってあるのかな?」

 

 …………この世界でなら()()()()()()()()()()()を実現出来るかもしれないし、一応聞いておこうかな。

 

「何でもー」

「何でも?」

 

 そう思って聞いたらチェシャさんがあっさり返して来たので、つい聞き返してしまったよ。

 …………そして、チェシャさんは口調を真剣なものに変えてこう続けました。

 

「だから、何でもー。英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何をしないのも、<Infinite Dendrogram>に居ても、<Infinite Dendrogram>を去っても、何でも自由だよ。出来るなら何をしたっていい」

 

 …………その言葉はまるで何かを語りかけている様で……。

 

「君の左手にある<エンブリオ>と同じ。これから始まるのは無限の可能性。…………<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」

 

 …………私はチェシャさんのその言葉を聞いたからこそ、この無限の可能性がある世界でなら自分の才能と向き合う事が出来ると思える様になったのでした。

 最も、いきなり遥か上空からダイブさせられたのには色々と文句があったけど……。




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