とある兄妹のデンドロ記録(旧)   作:貴司崎

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新しい章がボチボチ書けてきたので、少しずつ投稿していきます。


それでは本編をどうぞ。


兄の挑戦・<マスター杯>
戦いの前・回想


 □決闘都市ギデオン・第三闘技場 【高位魔石職人(ハイ・ジェム・マイスター)】レント

 

 俺が<Infinite Dendrogram>を始めてから現実では二カ月、こちらの世界では半年程経ったある日。俺ことレントは決闘都市ギデオンの第三闘技場、その()()()()()()()()()()()の前に立っていた。

 

『会場の皆様ぁ! お待たせいたしましたぁ! 只今よりギデオン決闘トーナメント、()()()()()()()の第一回戦を開催いたします‼︎』

 

 そのアナウンスの後に会場の方からかなりの歓声が聞こえてくる…………流石に決闘王者防衛戦程じゃないが結構な人が観にきているみたいだな。

 

『この<マスター杯>は文字通り<マスター>のみが参加するトーナメントです! …………今から約半年程前、これまでは伝説の中の存在だと思われてきた<マスター>が世界中に現れた事は皆さんも記憶に新しい事でしょう! このトーナメントにはその中から選ばれた十六人の<マスター>が参加し、その力を競い合うのです‼︎』

 

 そう、俺は何故かその<マスター杯>に選手として参加する事になってしまったのだ。

 …………事の始まりは、デンドロ内で約二週間程前に遡る…………。

 

 

 ◇

 

 

「<マスター杯>、ですか?」

「ああ、大体二週間後にギデオンで開かれる予定だから、アンタには魔術師系ギルドの推薦枠で、私達魔石職人ギルドの代表として出てもらいたいのさ」

 

 ある日のこと、俺はいつも通り魔石職人ギルドでクエストをこなしていたのだが…………突然ギルドマスターのミレーヌさんに呼び出されて、今度ギデオンで行われる<マスター>杯とやらへの出場を打診されたのだった。

 

「しかし、何でそんな<マスター杯>なんて開くことになったんです? それに魔石職人ギルドは生産系のギルドでしたよね?」

「…………まず<マスター杯>に関しては以前から王宮の方で話し合われていた、この国でのティアンと<マスター>の関係についての会議でそういう話が出たのさ」

 

 ミレーヌさん曰く、こちらの時間で半年程前から急速に増えた<マスター>達によって、この王国で良くも悪くも様々な問題が起きていた。

 そこで、今後王国が<マスター>達とどう付き合っていくべきかを話し合う会議が開かれる事になった。その会議には王族・貴族・騎士団だけでなく、普段から<マスター>達がよく利用している各ギルドからも参加者を募ったらしい。

 

「その会議に魔石職人ギルドの代表として私が出席したわけさ。王宮にいる【大賢者】様には昔世話になった事があるしね。…………その会議で一般ティアンと<マスター>の間に割りと大きな溝がある事が問題視されたんだよ」

 

 要するに奇行に走る<マスター>や犯罪行為を行う<マスター>のせいで一般のティアンが<マスター>達に抱く印象が悪くなっている、という話が出た様だ。

 そこで、この国の王様が一般ティアンに対する<マスター>達への印象を良くすることは出来ないかと参加者に聞いたらしい。

 …………まあ、ティアンと<マスター>の関係の悪化はこの王国にとってはデメリットでしかないからな。

 

「<マスター>にも良い悪いがあるって事を分かっているティアンもいるけど、今のところ大部分のティアンはそうじゃないからねぇ」

「まあ<マスター>が増え始めてからまだそんなに時間は経っていませんし、人はどうしても悪い方に目が向くものですから」

「そういう訳で色々話し合ったんだが…………そこで【大賢者】様がこんな提案をしたのさ『<マスター>同士で戦う決闘トーナメントなどを開いたらどうでしょう』とね」

 

 その【大賢者】曰く、『王国が主体になってその様な催し物を開けば、王国と<マスター>の関係は良好であると一般の民衆に示すことができます。そうすれば王国の民達も<マスター>達の事を受け入れ易くなる筈でしょう』との事。

 また『殆どの<マスター>は戦いを生業にしている様ですし、決闘トーナメントという形式であれば参加する者も多いと思われます。更にその大会で上位に入った者に高い報酬を支払えば、<マスター>達が王国に向ける心象も良くなるでしょう』とも言ったらしい。

 

「その提案に国王様とギデオンの領主様、他の貴族達も賛成してね、そんなこんなで<マスター杯>の開催が決まったのさ」

「成る程…………それで何故俺に? 俺は決闘とかには出ていませんが」

「それについては大会に出場する<マスター>達は実力と信頼を兼ね備えている者を選ぼう、という話になってね。各ギルドからもそういう<マスター>が居れば推薦してほしいと言われたんだよ。…………それに【大賢者】様が『普段決闘をやっている<マスター>だけでなく、他にも色々な<マスター>の戦いが観れた方がトーナメントも盛り上がるだろう』と言ったからねぇ。お陰で魔術師系のギルドにいるあの方の徒弟達が張り切っちゃって」

 

 確かに、普段決闘の試合で見れない様な<マスター>が居た方がトーナメントは盛り上がるだろうが……。

 

「別にミレーヌさんはそんなにやる気には見えませんが」

「まあ私はあの方には昔世話になった事はあるが、別に徒弟って言うほどでもないしねぇ。…………それにあの方にとって本当の意味で弟子と言える人間は、王国には一人しか居ないだろうしね」

「? それは一体……」

「ああ、すまないね。…………ちょっと独り言が漏れてしまったよ、忘れとくれ。…………アンタを推薦した理由だが、まず一つにこの魔石職人ギルドで戦える<マスター>がアンタぐらいしか居なかったのさ」

 

 まあ【魔石職人(ジェム・マイスター)】は生産系のジョブだからな。戦いも出来る人間はあまり多くないだろうけど。

 

「それと二つ目は以前アンタが言っていた『【ジェム】生成貯蔵連打理論』だっけ? その宣伝をしてほしいのさ」

「…………大会で【ジェム】を使って勝ち進め、と?」

「そういう事。アンタが考えた理論なんだから、アンタが一番実践しやすいだろう? …………あれから中々【魔石職人】を目指す<マスター>が増えなくてね、トーナメントに乗っかってうちのギルドの宣伝をしたいんだよ」

「まあ、<マスター>達の間で“最強ビルド論”が本格的に流行りだすには、もう少し時間が必要ですし……」

 

 今の最強ビルド論はまだ“こんなジョブビルドが強いのではないか”という案が出ている段階で、それが本格的に流行りだすにはこのゲームのジョブや<エンブリオ>の情報がある程度出揃ってからだろうからな。

 …………しかし、ミレーヌさんの主目的は魔石職人ギルドの宣伝か。確かに大会で【ジェム】を使って好成績を残せば宣伝にはなるだろうが……。

 

「今の俺だと『【ジェム】生成貯蔵連打理論』を行うのは難しいですよ。…………まだ【高位魔石職人】になったばかりで強力な【ジェム】を殆ど貯蔵出来ていませんし」

 

 そもそも俺が【ジェム】を作るのは魔石職人ギルドの納品クエストの時ぐらいだからな。自分で使う用の【ジェム】も多少は貯めているが、実戦で【ジェム】を投げまくれる程じゃない。

 …………それにまだ上級職の奥義クラスのジェムは作れないし。

 

「ああ、それなら問題ないよ。…………今回の推薦は魔石職人ギルドのギルドマスターである私からのクエスト、ということになっている。だから、その報酬を前払いで支払うからねぇ…………ほれ」

「これは腕輪…………型のアイテムボックスですか?」

「そうさ。それも即時放出機能つきのね、戦闘で【ジェム】を使うなら必須のアイテムさ。…………まあ()()のメインはその中身だけどね」

 

 そう言われてその腕輪の中身を見ると…………これは…………。

 

「…………()()はトーナメントのルール上大丈夫何ですか?」

「トーナメントのルールは普段やっている決闘と同じだからねぇ。消費型アイテムで使用禁止なのは身代わり系か回復系のヤツだけさ。…………回復魔法以外の【ジェム】なら使い放題だよ」

「そういう意味ではなく…………こんな()()()()()()()()を推薦した選手に渡すのは大丈夫なんですか?」

 

 そう、アイテムボックスの中に入っていたのは各種魔法が込められた【ジェム】だったのだ。

 しかも上級職の奥義が込められた【ジェム】もいくつかある…………この中身だけでも一千万リル以上するんじゃないか? 

 

「ん? 魔石職人ギルドのギルドマスターがクエストの報酬に【ジェム】を使う事に何の問題があるんだい? …………それに中身は大会で上位に入った時用の追加報酬と、今は参考資料として貸しているだけの上級職奥義入り【ジェム】さ。だからトーナメントが終わって一回戦負けとかしたら全部返してもらうよ。…………そういう訳で()()()()()()()()()()()()?」

「…………要するに借りた【ジェム】を()()()()()()()()()どう使ってもいいと」

「そういう事さ。…………例えば決闘の結界内部で使うとかなら別に構わないよ。あの結界は試合終了後に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からねぇ」

 

 そう言ったミレーヌさんは実にイイ笑顔を浮かべていた…………完全に決闘の結界の仕様を悪用しているよなぁ。

 

「分かりました、そのクエストをお受けします。…………それでトーナメント中はどの程度【ジェム】を使えばよろしいので?」

「せっかくのお祭りだからなるべく派手に使ってほしいけど、それで負けたら元も子もないからねぇ。…………そのあたりの判断はアンタに任せるよ」

「承知しました」

 

 …………さて、出場すると決めた以上全力で取り組まなければな…………まずは新しいジョブの取得からかな。

 

【クエスト【<マスター杯>での魔石職人ギルドの宣伝 難易度:四】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 

 ◇

 

 

 と、そんな事があってこの<マスター杯>に出ることになったのである。回想終わり。

 

(それからも結構大変だったなぁ。…………特にレベリングが)

 

 クエストを受けた俺は、まず【ジェム】生成貯蔵連打理論と相性の良い()()()()()()()()を取り、それらのジョブや【紅蓮術師(パイロマンサー)】のレベル上げに<墓標迷宮>をソロでマラソンした…………そのお陰で合計レベルが千を超えたりしたが。

 また、その時に同じ様にソロで<墓標迷宮>に潜っていたフィガロさんに再会したりもした…………その時の話だと彼やフォルテスラさんも今回の<マスター杯>に出場するらしい。

 …………幸いな事にトーナメント表を見ると彼らは反対のブロックだったので、決勝まで行かなければ当たる事は無いようだが。

 

(あとはエドワード達<プロデュース・ビルド>にオーダーメイドの装備を頼んだり……)

 

 更に今まで溜め込んだ資金や素材を放出して、<プロデュース・ビルド>にオーダーメイドの装備を発注した。

 彼らもトーナメントで自分達が作った装備が活躍すれば良い宣伝になると、張り切って高性能な装備を作ってくれた…………その分値段も高くついたが

 

(お陰で今の俺は素寒貧なんだよなぁ。…………正直、上位入賞の報酬が無いとかなりキツイ)

 

 ま、まあ今回のクエストが上手く行けば王国での【ジェム】の需要はかなり上がる筈だし、そうすれば作った【ジェム】を売って金を稼げる筈だし(汗)

 

(宣伝の為にわざわざメインジョブを【高位魔石職人】にしたしな)

 

 それにミレーヌさんは魔石職人ギルドの宣伝の為に、俺の事を【高位魔石職人】をやっている<マスター>だと言って今回のトーナメントに推薦したらしい…………お陰で今回のトーナメント唯一の生産職と無駄に注目を浴びている。

 …………俺は《全技能(オールスキル)》のお陰でメインジョブの変更によって戦力が変わる事は無いんだが。

 

(そのせいで優勝者予想の賭けでは俺の倍率が凄く高くなっていたしな)

 

 今回のトーナメントのギャンブルは一試合毎に行われる勝敗予想と、このトーナメントの優勝者を予想するものの二種類が存在する…………そして、その内の優勝者予想の倍率は主に事前の評価によって決められるのだ。

 ミカ曰く「お兄ちゃんが生産職とか詐欺の類いだよね。…………私は当然お兄ちゃんに賭けたけど」との事…………ちゃっかりしている。

 ちなみにミレーヌさん曰く、「うちのギルドの【高位魔石職人】の<マスター>だとは言ったが、生産を専門にしているとは一言も言っていないしねぇ。周りが勝手に勘違いしただけだよ…………私もアンタに賭けたからね。頑張ってくれよ」とイイ笑顔で言われた…………貴女、絶対確信犯ですよね?

 

(他にもミカに手伝いを頼んで、闘技場の結界内で貸してもらった【ジェム】の性能を確認したり、自分でも【ジェム】を生産したりもしたし…………出来る事は殆どやったな)

 

『それでは選手の入場です‼︎』

 

 …………どうやら試合開始の時間の様だな。

 

「…………ま、やるからには全力で行かないとな」

 

 こうして俺の<マスター杯>が幕を開けたのだった。




あとがき・オマケ、各種オリ設定・解説

兄:今章の主役
・何だかんだ言っても基本負けず嫌いなので、全力でトーナメントに挑む気である。
・今回のトーナメントに向けて()()()準備をしてきた。

ミレーヌさん:今回の依頼主
・流石に普段はここまで露骨なテコ入れはしない。
・今回はランキングにも影響が無いお祭りの様なものだったので、それを盛り上げるついでに魔石職人の宣伝を行おうとしている。
・その手腕で魔術師系ギルドの推薦枠に兄をねじ込んだ。
・他の魔術師系ギルドマスターには兄の本来の実力を伝えたが、周りには生産職であるように見せかけている。

【大賢者】:このトーナメントの提案者
・目的は最近急に増えた<マスター>(劣化“化身”)の戦力調査。
・流石に全員は調べきれないので上位の戦闘能力を持つモノ達から<マスター>全体の戦力を測ろうとしている。

<マスター杯>:優勝者をはじめとする上位入賞者には賞金と高価なアイテムが与えられる
・こちら側へ居られる時間が限られている<マスター>に考慮して第一・第二試合は各闘技場で、準決勝からは中央闘技場で行われる。
・なので第一・第二試合のチケットは割と安く手に入る。


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