□城塞都市クレーミル・廃道場 【
目の前の闇が晴れると、そこには先程までと変わらない道場がありました…………いえ、よく見ると四方の壁が
…………そして、私の前には先程までの老人だった時の姿と違い、三十代後半ぐらいの見た目になった【
後、この結界の中には目の前のアスカ氏を除くと私とフェイしか居ないので、ライザーさん達は締め出されている様なのです…………とりあえず、まずは話し合いから始めましょうか。
「…………あなたは【武闘王】アスカ・グランツさんで合っているのです?」
「いかにも。…………と言っても、そう呼ばれていたのは生前の事で、今は【武闘王】のジョブを失ったしがない<UBM>だがな」
一応《真偽判定》を使ってみましたが嘘は付いていない様です…………何より、目の前に居る【アスカ】の一切隙の無い立ち振る舞いこそ、彼が極まった武闘家であると何より雄弁に語っています。
「…………私はあなたのひ孫であるマリアさんから『あなたの武術を受け継げる人間を連れて来てほしい』と、頼まれてここに来たのですが……」
「ん? ……ああ、嬢ちゃんをここに閉じ込めたのは俺の武術を継承させる為で合っているぞ。…………まあ、流石に何も事情を知らせないのは不義理に当たるから少し話をしようか」
…………そう言った彼は、自身がここに至るまでの経緯を説明し始めたのです。
「マリアから聞いていると思うが、俺は生前ただひたすらに武術を修練していただけの人間でな。周りの家族の事も顧みず、弟子なども取らずに死ぬまで武術の極みを目指してそのまま寿命で死んだんだが…………どうも死ぬ直前、いや死んでから『自分が生きてきた証である武術を誰かに継承させたい』と、思ってしまった様なんだよな。…………生前散々好き勝手やっておいて、死んでからも性懲りもなくわがままを言う愚かな男だと笑ってくれ」
…………と、彼はどこか自嘲する様に言いました。
「まあそんな訳で、死んでからようやく他人にモノを教えたいとか言う未練を持ってしまった俺は、浮遊霊として当てもなく彷徨っていたんだが…………ある日、地面に
成る程、大体事情は分かりましたが…………まだ、疑問が残っていますね。
…………すると、私のその考えを読み取ったフェイがアスカ氏に質問をぶつけました。
『じゃあ、なんでミュウを継承する相手に選んだのかな?』
「ああ、それは嬢ちゃんがこのスキル──《黒界・技指導》の発動条件を満たせる人間だったからだな」
そう答えた彼は、そのまま詳しい事情を話し始めました。
「このスキルは条件を自身と満たした相手を閉じ込めて、更に自身の生前における最盛期の肉体と最も高いレベルだった時の【武闘王】のステータスとスキルを与えるというものでな。…………そして、このスキルの対象に出来る人間の条件っていうのは
「【武闘王】の転職条件?」
私が聞き返すと、彼は“ああ”と頷いて続きを話しだしました。
「格闘家系統
「…………成る程、なら納得したのです」
ティアンだと『最大合計レベル五百』の条件を満たせず、<マスター>の場合は最初に武器を支給されますからね…………最初に支給された武器を装備せずに素手でモンスターと戦う様な人間は私の様に
…………そこまで説明し終えた彼は一気に雰囲気を鋭いモノに変え、そのまま美しさすら感じる程に見事な構えを撮りました。
「さて、このスキルはあまり長時間展開出来ないからな、説明はここまでにして早速継承に入ろうか。…………ああ、このスキルの解除条件は俺を倒すか一定時間経過する、後は一応俺の任意でも解除出来る、という感じだ」
「…………継承と言って、いきなり戦闘なのです?」
私がそう聞くと、彼はまるで全てを見透かす様な視線でこちらを見ながら答えました。
「悪いが、俺は生前弟子なんて取った事も無く他人に指導した経験も数える程だからな、こういう方法しか出来ないんだ。…………それに嬢ちゃん相手ならコッチの方が手っ取り早いだろ?」
「…………ふぅ……分かりました。元よりそのつもりで私はここに来ましたし…………フェイ!」
『了解! 《
彼の言葉から戦闘は不可避と考えた私は即座にフェイと融合し、更に自身へ可能な限りのバフを掛けていきます。
…………恐らく、こうでもしないとこの戦いは
「準備は終わったみたいだな。…………それじゃあ、武術の指導を始めようか」
アスカ氏のその言葉と同時に、私と彼の
◇◇◇
□城塞都市クレーミル・廃道場前 【
「…………成る程、それでミュウちゃんはそのアスカ・グランツの幽霊と思われる<UBM>と一緒に、この道場の内部に閉じ込められたと」
『ああ。…………すまない、俺が彼女を巻き込んだせいでこんな事に……』
「俺からも謝らせてくれ…………君達の妹をウチのクランで受けたクエストに巻き込んでしまってすまなかった」
「ライザーさんもフォルテスラさんも、そんなに謝らなくてもいいですよ。そのクエストを受けるという選択をしたのはミュウちゃんですし」
俺達は今ミュウちゃんが<UBM>に閉じ込められたという、クレーミルの外れにある廃道場の前にやって来ていた…………俺達がここに来れたのは、ミカと二人で街をぶらついていた時にたまたまフォルテスラさんと遭遇してしばらく話していた時、彼の元にこの事件の連絡が入って来たので事情を聞いて一緒について行ったからである。
…………そして、今は内側に黒い壁が展開された道場にどうにか入れないか、連絡を受けて集まった他の<バビロニア戦闘団>のメンバーが挑戦中である。
「…………くそっ! この黒い壁傷一つつかねぇ!」
「道場の方にも傷がつかない…………単に内側に結界を張っているのではなく道場自体を変質させているのか?」
「透視や解析系スキルも全滅ですね」
と、そんな感じなので、外からこの中に入るのはどうも無理そうだ…………一応、俺も【テレパシーカフス】で連絡を取ってみたが繋がらなかった。
「…………ミカ、お前のスキルで壊せるか?」
「うーん、必殺スキルと《エフェクトバニッシュ》を併用すればなんとか? …………でも、
…………ちなみに俺達が落ち着いているのは、連絡があった時点でミカの直感が『ミュウちゃんにはそこまで危険は無い』と示していたからである。
とりあえず、今回の依頼主であるマリアさんに話を聞いてみようか。
「マリアさん、今回のクエストの目的はアスカ氏の武術を継承して彼の未練を晴らす事であっていますか?」
「え? は、はい。…………幽霊となって現れた曽祖父はどこか寂しそうな雰囲気をしていたので、それをどうにかしたかったのですが…………どうしてこんな事に……」
そう言った彼女は顔をうつ向けてしまった…………まあ、そういう依頼ならミュウちゃんは適役かな。
…………それに、今のミュウちゃんにはこの依頼を達成することが必要だと思うしな。
「…………皆さん、アスカ氏の事についてはミュウちゃんに任せてくれませんか?」
『レントくん、それは……』
「私からもお願いします。…………多分、今のミュウちゃんにはこれが必要なんです」
俺達のその言葉に他の人達は驚いた様な表情(ライザーさんは仮面だが)を浮かべていたが、やがて代表のフォルテスラさんが前に出て言った。
「分かった、君達がそこまで言うならこの件は可能な限り彼女に任せよう。…………それに、どうせ俺達は中に入る事する出来ないからな」
「一応、外での見張りと周辺の避難誘導はしておきますが」
「ありがとうございます、お願いします」
今回、俺達は何も出来ないが…………頑張ってくれよ、ミュウちゃん。
◇◇◇
□《黒界・技指導》内部 【魔拳士】ミュウ
「ハァ……ハァ……ハァ……」
『…………ミュウ、残念だけど時間切れだよ』
その言葉と共に必殺スキルの使用時間が切れて、フェイが私から分離しました…………【武王残影 アスカ】との戦いが始まってから約五分、今の私の状況は控えめに言っても酷いものでした。
…………息は上がり、身体や装備はボロボロになっていて、辛うじて五体は繋がっていると言ったところです。《霊環付与》と各種バフ・回復魔法が無ければ10回は死んでいましたね。
「ふむ……やはり俺の見立て通り、嬢ちゃんの武に関する才能は凄まじいな。…………はっきり言って、俺
「…………これだけボロボロにされてから言われても説得力が無いのですが……」
ちなみにアスカ氏は多少の傷を負っていますが、息一つ切らさずにピンピンしています…………《ミラクル・ミキシング》を使った最大威力攻撃も試しましたが、あっさりと受け流されましたし。
「それに関しては単純にステータスとスキルと経験の差だな。…………俺は【武闘王】になってから数十年の歳月をかけて合計ジョブレベルを千以上まで上げていたし、更にこのジョブには《見稽古》って言う“今まで見た事のある格闘系スキルを習得出来るスキル”と《武の極み》と言う“自身が覚えている全ての格闘系スキルのレベルをEXまで上げる事が出来る様になる奥義”があるからな」
「それはまた……」
無論、その膨大な年月に裏打ちされた技量も私を遥かに上回っており、そこにステータスといくつものレベルEXスキルまで加われば、当然ながら今の私では勝ちの目など無いでしょう。
…………それに、これまでの戦いから彼の体術はこの世界にあるジョブスキルを上手く使う事に特化したモノの様ですし。
「まあ、俺が嘗て習得した
「…………実年齢はこの見た目より低いですし、格闘技の方は初めて一年も経っていませんね」
私がそう言うと彼は感心した様に頷き…………次の瞬間、その顔を真剣なモノに変えました。
「だが、それ故に気になるな……どうして嬢ちゃんは
「それは……」
「言いづらいんだったら無理に聞くつもりは無いが……この場限りとは言え俺は嬢ちゃんの師匠だからな、話ぐらいは聞くぜ」
最も、子育てとかを全て妻に任せきりのダメ人間だった俺にまともな助言とかが出来るとは思えないがな、と彼はカラカラと笑って…………しかし、その目だけは真剣な眼差しでこちらを見据えていました。
…………そうですね、やはりいつまでも過去から逃げる訳にはいかないのです。
「分かりました、お話します。…………あれは今から一年程前のことなのです……」
そうして、私は自分の才能を自覚して恐怖する様になった
◇
あれは今から約一年前、私が小学校に入学してからしばらく経った頃の話です。当時の私は武術などは学んでおらず、ごく普通の子供として生活していました…………まあ、運動能力は他の子と比べても図抜けていたので、周りからやや浮いてしまう事もありましたが。
…………ですが、そんな私にも友人と言える相手…………真里亞ちゃんが居ました。
彼女とは幼稚園からの付き合いで、自分の才能を自覚出来ていない所為で周りからやや浮いていた私に声を掛けてくれた、私の初めての友達でした。
ある日、私と彼女は一緒に学校から帰っていたのですが、その時彼女が『ちょっとだけ近道していこうよ』と言って脇道に入っていったので、私もついて行ったのです…………学校からは『登下校には監視カメラがあるところを行きなさい』と言われていましたが、私も彼女も少しぐらいなら大丈夫だろうと思ってしまったのです。
…………今の時代、街中には監視カメラがあり警備ロボットが巡回する様になっていますが、それらにはどうしても死角というものがあり、そして悪意を持った人間が居なくなる訳でもないにも関わらず……。
その道を歩いてからしばらくした時、私は前方から嫌な気配を感じたのですが私達はそのまま前に進んでしまい…………その先でフードを被った怪しい男と遭遇しました。
私は慌てて彼女を連れて引き返そうとしましたが、それよりも早く男は手にナイフを持ってこちらに突っ込んで来ました。
…………それからの事はあまり詳しくは覚えていないのですが、気がついたら私の手には男が持っていたナイフが
今なら分かりますが、私の武術の才能は初めて武器を握った時でもその最適な使い方を理解でき、敵がどう動くかを完全に見切る事もでき、そしてその武器をどう使えば人体を的確に破壊出来るかも解ってしまう程のモノだったのです。
そして、当時の私は武術を学んでいなかったので、対人戦における手加減などが出来ずこんな事になってしまったのです……。
それからしばらく、私は放心していましたが真里亞ちゃんの事を思い出したので後ろを向くと、そこには腰を抜かして地面に座り込んでいる彼女の姿がありました。
…………私は彼女が無事に事に安心しつつ、そちらへと歩いて行き……。
「嫌! 来ないで!」
「え……?」
近づいて来た私に対して掛けられたのは、彼女の
…………まあ、彼女に男を八つ裂きにする光景を見せつけてしまっていたので、そういう反応をされるのは当然だった訳ですが……。
…………その直後、私は疲労で倒れてしまったので後の事はほとんど記憶に残っていませんが、駆けつけてくれた兄様と姉様が警察と救急車を呼んでくれたらしく、相手の男は一命を取り留めました。
警察にも連れて行かれましたが、男に前科があった事と私の年齢を考慮してお咎め無しになりました。
ですが、それ以来彼女は私に近づく事が無くなり…………私も情け無い事にあの時の彼女の表情がトラウマになってしまって、彼女に近づこうとすると身体が竦んでしまう様になってしまいました。
…………所詮、私に与えられた武術の才能なんてモノは他者を傷つける事に長けるだけのモノでしかなかったのです……。
あれから一年、兄様や母様の勧めで空手を習い自分の才能を制御する事が出来る様になり、こちらの世界で全力を出して戦いながら自分の才能の意味を探し続けていますが…………そんな今でも、私と彼女の関係は途切れたままなのです……。
あとがき・オマケ、各種オリ設定・解説
末妹:自分の才能に振り回された少女
・武術の才能だけならクマニーサンやカシミヤ以上の戦闘特化ハイエンド天災児。
・なのだが、精神面はそこまで外れている訳では無いため、心技体を含む総合力に関しては上の二人より劣っている。
・トラウマになっているのは自分の才能が友人に拒絶された事で、武術や戦いに関してはあまり忌避感を抱いていない。
・とはいえ、かつての事件を思い出すせいで武器に関して忌避感があるため、<エンブリオ>のスキルに『武器装備不可』のデメリットがついたりしている。
・また、自分の才能への恐怖から『自分の力を他者に管理してもらいたい』と思っており、その為に<エンブリオ>の種別がガードナーでサポートに特化した【フェアリー】が生まれた。
赤城真里亞:末妹の友人
・日曜午前のヒーロー・ヒロイン物が好きで、末妹に進めたりもしていた。
・少し浮き気味だった末妹に声を掛けて友達になるなど凄くいい子……なのだが、普通の小学生だったので末妹の規格外な才能を最悪な形で目の当たりにして恐怖に囚われてしまった。
・本人はあの時の事を謝ってお礼を言いたいと思っているが、未だ勇気が出せずにいる。
兄妹:事件に関しては事前に阻止出来なかった事に後悔している
・妹の直感で阻止出来なかったのは当時そこまで精度が高くなかった事と、妹がいると足で纏いが増えて危険が増してしまうから。
・なので、直感が出た時点で直ぐに兄を読んで来たのだが、そのせいで到着が少し遅れた。
・ちなみに危険の多いデンドロ世界で活動し続けた今は直感の精度は大きく上がっている。
【武王残影 アスカ】:生前はティアン人外勢
・自身の武術の研鑽に生涯のほぼ全てを費やしており、自分の事はダメ人間だと思っている。
・だが、武術の研鑽に支障がない限りは結構面倒見が良く、強力なモンスターを討伐したりもしていた為それなりに人望はあった。
・幼い頃に色々な武器を試して自分の向き不向きを即座に判断出来たりした天才タイプだが、それ故に割と脳筋で指導能力もそこまで高くない(難易度:十の理由)。
・ちなみに妻との出会いはモンスターに襲われていたところを助けたのがきっかけで、その後彼女から猛烈なアタックを受け最終的に押し負けて結婚した。
・また、彼女は割とダメ人間好きだった模様。
【
・ちなみに転職条件はジョブリセットしてレベルゼロからあげ直したとしても、それ以前に他系統のジョブに就いた経験や戦闘時に武器を装備した経験が一度でもあるとアウト。
・彼は語らなかったが最後の転職条件に特殊なクエストを達成する必要もある。
・《見稽古》は【武闘王】に就く前に見た事がある格闘系スキルも習得出来る。
・そのため、アスカ氏は末妹に今まで習得して来た格闘系スキルを片端から叩き込んだ(本人はサービスのつもり)。
・《武の極み》でレベルEXまで上げるには相応の時間がかかり、さらにラーニングしたスキルが多いほどスキルレベルとジョブレベルの上昇にマイナス補正がかかるので、強くなる為には非常に時間が掛かるジョブ。
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