とある兄妹のデンドロ記録(旧)   作:貴司崎

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末妹の物語第三弾です。それでは本編をどうぞ。


祐美の決意・ミュウの継承

 □《黒界・技指導》内部 【魔拳士(マジック・ボクサー)】ミュウ

 

「…………これが、私が自分の才能を忌み嫌う様になった理由の全てなのです」

「成る程な」

 

 私は過去にあった事件の事を語り、それに対してアスカ氏は特に口を挟む事は無く真剣に聴き続けていました。

 …………そして、一通り聞き終わるとただ静かに頷いて言葉を紡ぎ始めました。

 

「一応言っておくが、嬢ちゃんの過去や友達の事について俺が言えることは何も無い。…………どう考えても相手の男の自業自得とか、嬢ちゃんがその友達の事を守ったのには変わらないとか、そんな事を無関係の俺が言ったところで大して意味は無いだろうしな」

「…………」

 

 多分、<マスター>達が元いた世界とこちらの世界とではだいぶ常識とかが違うだろうし、と彼は続けました…………力がある人間が敬われる事が多いこちらの世界と違って、現実の日常生活では武術の才能があってもあまり意味は無いですからね……。

 …………その後も彼は言葉を続けます。

 

「それに自分の才能の意味なぞ数十年武術に生きて来て、そして死んだ俺にもさっぱり分からないからな。…………まあ、一つ言っておくなら最終的には嬢ちゃんが一歩踏み出せるかどうかだろうよ」

「…………はい……」

 

 そう、今日だって真里亞ちゃんを捕まえて話す事ぐらいは出来たはずなのです…………彼女との関係が一年前のまま止まっているのは、偏にこれ以上自分が傷つく事を避けている私の臆病さに原因があるのでしょう。

 …………私がそんな事を考えていると、やや呆れた様にアスカ氏は首をすくめて言いました。

 

「何を考えているのかは分からんが、嬢ちゃんは深刻に考えすぎだと思うぞ。…………俺が嬢ちゃんぐらいの歳の時は周りの事なんて何も考えず、自分の好きに武術の修練をしていたしな。…………さて、出来ればもう少し気の利いた事を言ってやりたかったが、武術バカで人付き合いもまともにしてこなかった俺ではこれが限界だな」

 

 妻ならもう少しまともな助言が出来たんだがな、とアスカ氏は自嘲しながら言葉を紡ぎ…………直後にその雰囲気を一変させ、私の全身が総毛立つ程の殺気を放ち始めました。

 

「さて、そろそろこのスキル(黒界・技指導)の制限時間になりそうなんでな、ここからは拳で語るとしよう。…………今から俺が()()()()()()()武闘王(キング・オブ・マーシャルアーツ)】の最終奥義(ファイナルブロウ)を嬢ちゃんに放つ。…………言っておくが、自分に枷を掛けた状態で凌げる様な技ではないからな……一歩踏み出さなければ死ぬぞ」

「っ!?」

 

 その言葉と共に今まで構えを取っていなかったアスカ氏は、ここで初めて本気の構えを取りました…………嗚呼、これは本当に不味いですね、はっきり言って生き残る未来が見えません。

 …………ですが、この後に及んで私の身体は自身に掛けた枷を外す事はありませんでした……。

 

(…………ここで、終わりです『ミュウ』……フェイ?)

 

 私が諦めかけたその時、私の心の中にフェイの声が響いて来ました…………これは以前モンスターからラーニングした《念話》スキルですか。

 

『ミュウはこのまま…………一歩も踏み出せないままでいいの?』

(それは……)

 

 私が言い淀みますが、フェイは更に言葉を重ねます。

 

『僕はミュウの心から生まれた、ミュウを助ける為の<エンブリオ>。だから、君が思っている事を敢えて言うよ…………このまま逃げ続けるだけでは、君は一歩も前に進めない』

 

 …………それは、私が常に心のどこかで思い続け、しかし目をそらし続けていた言葉でした。

 

『ここ…………<Infinite Dendrogram>は<マスター>が自由になれる場所、自分のやりたい事が出来る場所だ。だからミュウ…………君は何がしたいんだい?』

(私は…………もう逃げたくないです! 彼女からも、そして自分からも!)

 

 私はフェイのお陰で漸く自分がやりたい事を見つけました…………私は、もう一度、真里亞ちゃんと友達になりたいのです!

 …………その為には、()()()()の事で躓いている暇は無いのです! 

 

『うん…………じゃあ、もう大丈夫だよね』

(はい! …………ありがとうございます、フェイ)

 

 そのフェイとの会話と同時に、私の中で何かが外れる音がした様な気がしました…………そして、まず私は()()()()()()()にして感覚を研ぎ澄ませ、更に彼の攻撃を見切る為に()()()()()()その分の脳のリソースを動体視力に回します。

 …………あの事件以来出来なくなっていましたが、私は全力で集中する事で自身の肉体を完全に制御する事が生まれつき出来たのです。

 

「…………準備は出来た様だな。…………では行くぞ!」

 

 その言葉と共に、アスカ氏は一歩を踏み出しました…………今の私には彼がモノクロの世界の中でゆっくりと動いている様に見えるはずですが、その長い年月の中で極限まで研ぎ澄まされた体術の所為で()()()()した様な動きになっているので、このままだと次の瞬間に私が消し飛びますね。

 …………なので、私は更に集中を深め()()()()()()()()()()()()()()()()、そこから攻撃の先読みをしようと試みました。

 

「《極撃》!」

 

 その言葉と共に彼の右腕に()()()()()()()()()様子が見えたのです…………それが何かは分かりませんが、それと彼の身体の動きから次に繰り出される攻撃は右の正拳突き、狙いは私の左胸だと分かりました。

 …………なので、攻撃が放たれる直前に身を捻り……。

 

「っ!」

 

 直後、放たれた彼の右拳は私の左腕の直ぐ横を通り空を切りました…………その際、掠めた二の腕の表面が削り取られて激痛が走りましたが無視して、反撃の右拳を彼に打ち込みます。

 

「…………見事」

 

 …………咄嗟に放ったその拳はアスカ氏の胸を軽く叩く程度に終わりましたが、彼はそう一言呟くと構えを解いてこちらに向き直り話を始めました。

 

「どうやら枷は外れた様だな。…………俺の全力の一撃を凌ぐ事が出来た嬢ちゃんにはもう言う事は……ん、どうした?」

「………………あ痛たたたたたっ! 痛覚設定! 痛覚設定!」

『わ〜〜〜! ミュウ大丈夫! 《フィフスヒール》!』

 

 彼が何か言っていますが、こちらは集中が切れた所為で抉られた左腕の激痛が無視出来なくなったのでそれどころではないのです…………せっかくいい雰囲気だったのに締まりませんのです……。

 その後、どうにか痛覚設定をオフにして、フェイが急いで回復魔法を掛けてくれたのでどうにかなりました。この世界では肉が抉れたぐらいなら直ぐに治せますしね。

 …………そうして今、回復した私と()()()()()()()()()()アスカ氏は向かい合っています。

 

「まあ、取り敢えずこれで俺の指導は終わりだ。…………これで俺の未練も晴れるだろうよ」

「アスカさん、その身体は……」

 

 …………そう会話する内にも彼の身体はどんどん薄くなって行きました。

 

「ん? ……この《黒界・技指導》は制限時間までに捕えた人間を倒せないと代償に俺を成仏させる効果があるからな。…………まあ、いくら<UBM(ユニーク・ボス・モンスター)>とは言え、そこらの浮遊霊に毛が生えた程度の俺がこんな強力なスキルを使う為の当然の代償ってやつだな」

「ですが、あなたはその時間の殆どを私の話を聞く事に費やしていましたが……」

 

 私がそう言うと、彼は笑いながら肩をすくめて言いました。

 

「最初に話しただろう? 俺の未練ってのは『自分が生きた証として生涯研鑽し続けて来た武術を誰かに伝えたい』と言うものだったからな。…………嬢ちゃんは()()()()()で俺の武術の殆どを取得しただろう? それで俺の目的は十分果たせたんだよ」

「…………御指導、御鞭撻の程ありがとうございました!」

 

 そんな彼に対して、私は深々と頭を下げます。

 

「コッチこそありがとうよ。…………嬢ちゃんのお陰で人を教え導くという生前出来なかった事が出来たからな、お陰でやっと成仏出来るぜ。…………ああ、マリアには迷惑かけて悪かったと言っておいてくれや」

「はい、分かったのです」

 

 …………そして殆ど見えなくなるぐらいに輪郭が薄くなったアスカさんは、笑顔のまま空気に溶ける様に消えて行きました……。

 

【<UBM>【武王残影 アスカ】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【ミュウ】がMVPに選出されました】

【【ミュウ】にMVP特典【武練闘布 アスカ】を贈与します】

 

【【格闘家(グラップラー)】【武闘家(マーシャル・アーティスト)】を含む格闘系ジョブのみで合計レベル五百に達しました】

【条件解放により、【武闘姫(マーシャルアーツ・プリンセス)】への転職クエストが解放されました】

【詳細は格闘家系統への転職可能なクリスタルでご確認ください】

 

 その直後、そんな二つのアナウンスが私の元に届きました。

 

 

 ◇

 

 

 その後、結界が解かれたので、外に居た兄様達と<バビロニア戦闘団>の皆さんが道場の中に踏み込んで来ました…………彼等は<UBM>との戦闘を覚悟して来ていたのでややごたつきましたが、アスカ氏が既に倒された事を知ると落ち着きを取り戻しました。

 …………取り敢えずここでは話も出来ないという事で、事情を説明する為に私達は格闘家ギルドに向かい、その一室で詳しい説明をする事になりました。

 

「…………つまり、ミュウちゃんアスカさんから武術の指導を受けて、その未練を晴らして成仏させたって事?」

「はい、そうなりますね」

 

 そして、一通りあの道場であった事(私の過去の事などは除く)を説明し終わると他の皆さんからは感心した様な視線を向けられました。

 …………まあ、その後にマリアさんや<バビロニア戦闘団>の皆さんから一人で<UBM>と戦わせた事を謝られたりしましたが、貴重な経験をさせて貰った事や特典武具を手に入れた事、そして【武闘姫】の転職条件を満たせた事などを説明して(超級職の事に関しては驚かれた)別に謝る必要は無いと納得して貰いましたが。

 …………ああそうそう、アスカ氏から頼まれた彼女への伝言も伝えておきましょう。

 

「マリアさん、アスカさんが『迷惑掛けて悪かった』と言っていましたのです」

「そうですか……あの人は本当にもう……。ミュウさん、曽祖父の未練を果たして頂きありがとうございました、この御礼は後で必ずします」

 

 …………正直、アスカ氏からは本当に色々なモノを貰ったので、そこまで畏まった物は要らないと言ったのですが「身内があそこまで迷惑を掛けたのに何もしない訳には行きませんし、何より次期【武闘王】に対してのクエストで何も報酬を渡さない訳には行きません」と言われてしまいました。

 後、彼女は今回動いてくれた<バビロニア戦闘団>の皆さんにも報酬を渡そうともしていましたが「自分達はクエストに失敗した上、今回は殆ど何もしていない以上は報酬など受け取る訳には行かない」と固辞された様なのです。

 そうして説明を終えた後、私は超級職への転職クエストを受ける為にマリアさんの案内で格闘家ギルドのジョブクリスタルへやって来ました。

 

「これが【格闘家】に転職可能なジョブクリスタルですね。…………さて、一応メインジョブを【武闘家】にしておいてっと……。確かに兄様達の言う通り、灰色の【武闘姫】の文字が出ていますね」

「…………それでは御武運を、次代の【武闘姫】の誕生を楽しみにしています」

 

 そのマリアさんの言葉を受けて、私は色が薄い【武闘姫】の表示に触れて、出てきた【転職の試練に挑みますか】の質問に対して“是”と答えて、その直後にどこかへと飛ばされました。

 

 

 ◇

 

 

 飛ばされた先は兄様や姉様が言っていた通りの奇妙な空間で、目の前には闘技場の様な舞台がありました。

 …………そして舞台の前にある石版に【試練の番人を打倒せよ】【成功すれば、次代の【武闘姫】の座を与える】【失敗すれば、次に試練を受けられるのは一か月後である】と書かれていました。

 

「ふむ、どうやら兄様や姉様と同じ戦闘系の試練の様ですね。二人の話で聞いていた通りなのです」

『それはいいんだけど…………ミュウ、さっきの戦いでボクのスキルを使ったせいでコッチは大分戦力が減ってるんだけど……』

 

 あ、そうでしたね、久しぶりに全力を出してテンションが上がっていたので忘れてた…………い、いえ! それに今の私はアスカ氏との戦闘の余韻で全力の集中が出来る様になっているので、今のうちに挑んだ方がいいと思ったのですよ! 本当ですよ!

 …………それに多分、私の枷はまだ完全に外れた訳じゃないですし、おそらく今後は余程の強敵と戦っている時にしか全力を出せないと感じるのです。

 

「ま、まあ、一応回復はしていますし、元々はティアンが受ける事が前提のクエストですから<エンブリオ>の力がなくても大丈夫でしょう。…………それにこちらのアバターのスペックなら、全力で集中しても疲労で倒れる事もないでしょうし」

『いや、ミュウの全力ってそんなに危険なモノだったの? …………本当に大丈夫?』

 

 兄様と師範からは『身体が出来上がるまでは全力は絶対に出すな』と言われていますが…………まあ、あの事件の時に全力を出して倒れたのは、まだ小学生だった私の身体がついて来なかった所為ですし、こちらの現実を遥かに超える力を持つ身体ならもう一戦ぐらいは大丈夫でしょう。

 

「…………それに、アスカ氏から頂いた新しい特典武具もありますし」

『戦力になる様な物ならいいんだけど……』

 

 取り敢えずこの【武練闘布 アスカ】の能力を確認しましょうか…………えーと、形状はマフラー……いえ、この長さだとスカーフですかね? ……で装備枠は外套部分、防御力は10と低くてステータス補正もありませんね。

 …………さて、肝心のスキルの方は二つあるみたいで……。

 

「一つ目は《武練昇華》というパッシブスキルですね。効果は『装備者の格闘系スキルのレベルを合計ジョブレベル百につき一つ上昇させる』というものですね」

『うん、普通に使えるスキルだね。それにラーニングがメインの【武闘姫】に就く事が出来ればかなり有用なスキルだと思うよ』

 

 フェイもそうですがラーニング能力にはスキルを獲得すればする程、それらを成長させ難くなるなどのデメリットがあるみたいですし、そのあたりの事も含めて私にアジャストされたのでしょう…………注釈に『このスキル効果で最大スキルレベルを超える事は出来ない』と『レベル十からレベルEXに上げる際には五百レベル分必要になる』とも書かれていますが、それでも十分に強力ですね。

 …………そしてもう一つのスキルは……。

 

「スキル名は《転成練技(アスカ)》……武具の名前と同じルビがあるのですね。それで効果は…………成る程、()()()()()()()()()()()()()()()

『確かにね、ボク達にアジャストされた強力な効果だよ』

 

 そうして憂いがなくなった私は、早速【アスカ】を装備して試練へ挑む為に目の前の舞台へと上がりました。




あとがき・オマケ、各種オリ設定・解説

末妹:ようやく一歩を踏み出せた
・彼女は『肉体の完全制御』や『観察眼を含む圧倒的な戦闘センス』の様な才能を持っており、全力で集中するとバトル漫画の登場人物みたいな事も出来る………が、現実の肉体だと負担が大きすぎるので使用を禁止されている。
・【アスカ】との最後の攻防で一瞬見えたモノは、この世界におけるリソースの概念だが本人は気付いていない。

【武王残影 アスカ】:無事に成仏した
・元々、自分のワガママに付き合ってくれる人がいたら、武術の継承が出来ずともさっさと成仏するつもりだった。
・なので、自分の武術を継承出来る末妹が来た時には非常に喜んでおり、彼女の悩みにも何かいいアドバイスをしようと思ったが大した事を言えなかったので、最終的に拳で語る事にした。
・ちなみに《極撃》は晩年に編み出したもので名前は適当に付けた……が、予想外にジョブの最終奥義として登録されてしまったので、もう少しカッコいい名前にしておけば良かったかなと思っている。

《極撃》:アスカ氏が編み出した【武闘王】の最終奥義
・自身が有するレベルEXの格闘スキル効果全てを束ねて一撃として放つスキル。
・作中では正拳突きとして放ったが別に蹴りなどの他の格闘技でも放てる。
・攻撃が当たった場合、そこに自分の有するレベルEXの格闘スキル効果が同時に炸裂する。
・所有するレベルEXスキルのリソースを一点に集めて放つスキルなので、使用後にレベルEXスキルは長時間使えなくなり、攻撃に使用した部分は束ねたリソースの量に応じたダメージを受けて弾け飛ぶ(作中では放ったすぐ後に実体化が解除されたので大丈夫だった)。
・習得条件は『【武闘王】のメインジョブのレベル五百以上』かつ『レベルEXの格闘スキル百種類以上』になっている。

【武練闘布 アスカ】:逸話級武具
・防御力もステータス補正も無いスキル特化型特典武具。
・第二スキルの効果は次回。


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