□転職の試練の空間 【
私が試練の舞台に上がると、十メートル程先に身長百八十センチぐらいの人間…………いえ、頭上に名前表記があるので人型のモンスターですね。
…………そのモンスターは全身が灰色のボディスーツの様な物に覆われていて、顔には黒い仮面が装着されていました。
「えーと、名前は……【マーシャルアーツ・トライアルホムンクルス】ですか。…………あれが、試練の番人の様ですね」
『そうみたいだね……! 来るよ!』
『──────!』
次の瞬間、相手は超音速機動で十メートルの距離を一瞬でゼロにしてこちらに踏み込んで…………そのまま、私の身体の中央部分に
「…………ふむ、この攻撃は《シャイニング・フィスト》ですか」
『────⁉︎』
その一撃を片手で捌きつつ半身になって躱した私は追撃の風を纏った蹴りを躱し、そのまま《バックステップ》で距離を取りました。…………先程距離を詰めた際に使われたのはおそらく《アクセルステップ》みたいでしたし、格闘系のジョブスキルを使えるモンスターなのでしょうか?
…………まあ、取り敢えずフェイに今後の行動方針を伝えておきますか。
(
『分かったよ』
そう伝えてからフェイを後ろに下げた私は、追撃を仕掛けて来た【マーシャルアーツ・トライアルホムンクルス】を迎え撃つ事にしました。
…………相手はまず両方の拳から衝撃波を放ちながらこちらに接近し、距離を詰めてからは拳・蹴り・掌底・組討・投技などの各種格闘系スキルを駆使してこちらを攻め立てて来ました。
「…………やはり、様々な種類の格闘系ジョブスキルを使えるの様ですね」
『────⁉︎』
…………私はそれらの攻撃を全て捌きながら、相手の能力と今の自分の調子を確かめて行きます。
先程、アスカ氏が使った様な超級職のスキル相当の攻撃を繰り出して来ない所を見ると、使えるスキルは上級職のものに限られる様ですね…………後、スキルの種類に関しては、おそらくほぼ全ての格闘系上級職までのものが使える感じでしょうか?
「ステータスは平均数千ぐらいは余裕でありそうなので上位純竜……伝説級、筋肉・血管・骨格の構造はほぼ人間と同じですね」
『──────ー⁉︎』
総評して『上級職までの格闘系スキル全てを習得し、それら全てを伝説級ステータスで完全に運用出来る人型モンスター』と言った所でしょうか…………まあ、格闘家系統超級職の試練としては妥当な相手でしょう。
…………おそらく【武闘王】の《見稽古》で使えるスキルを与える役割もあるのでしょうが、普通に強敵ですね。
『…………いや、その強敵の攻撃を
「まあ、流石に先程まで戦っていたアスカ氏の攻撃と比べればヌルいですし……」
…………と、そんな事を考えながらも、先程から相手の攻撃に一度たりとも当たっていない私にフェイが突っ込んで来ました。
アスカ氏の武術がこの世界に存在する格闘系ジョブスキルを最大限に活かす戦い方だったので、その遥か上位互換の戦い方を見た後だと目の前の相手の戦い方が凄くヌルく感じるんですよね……。
そもそも、彼からこの世界のスキルを用いた戦い方を学んだ今の私にとって、ただ教科書通りにスキルを使う相手の攻撃は全て先読みする事など容易い事なのです。
「それに、人型で肉体構造も人間と同じだから攻撃を先読みしやすいですしね」
『────────!』
今はまだ全力での集中が続いている所為で、相手の身体の動きが筋繊維の一本一本まで見えている事も先読みを容易くしていますし。
ちなみに、以前この視点の事を兄様に話した時には『一昔前に流行ったダークファンタジー少年漫画の最強キャラみたいな能力だな』とか言われましたね…………私は特殊な呼吸法で身体能力を強化とか出来ないし、この視点も常時使える訳ではないので大幅な下位互換だと思いますが……。
「…………おっと、そんな事を考えるのは後にしましょう……か!」
『⁉︎』
くだらない考え事を中断した私は、相手が放った《ライトニング・ストレート》を躱しながら《ミドルキック》で蹴り飛ばしつつ距離を取りました。
…………流石にそろそろ集中が切れて来ましたしね。
『そりゃあ、今日あれだけの戦いを繰り広げればそうなるよ……』
そんな事を考えたら、フェイから呆れた様な言葉を掛けられてしまいました…………今日は色々あった所為でテンションがおかしな事になっていましたからね……。
「と、取り敢えず! そろそろケリをつけましょうか……フェイ!」
『了解、
そう言った私の肩にフェイが飛び乗って必殺スキルの準備をしました…………先程の戦いで使ってしまった所為で、まだ必殺スキルのクールタイムは終わっていませんが……。
「それでは、新しく手に入れた特典武具などの試しと行きますか……《
『《
するとクールタイムが
これにより、フェイが有するスキルのクールタイムがなくなり、更に《ミラクル・ミキシング》のデメリットで使用不能になっていたスキルももう一度使える様になったのです。
…………まあ、このスキル自体に二十四時間のクールタイムが課せられているので、必殺スキルをもう一度使用出来る様にするのが主な効果になりますが。
「さて、相手の底は知れましたしさっさと終わらせましょうか……ねっ!」
『分かったよ……《ハイ・エンチャント・ストレングス》《ハイ・エンチャント・アジリティ》!』
『────!』
私はフェイのバフ魔法によってSTRとAGIを上昇させ、更に《アクセルステップ》を使って高速で相手に接近し、それに対しての迎撃を掻い潜って《ライトニング・ストレート》をその胸に打ち込みました…………ふむ、《武練昇華》の効果でスキルレベルが上がっているので、大分威力が上がっていますね。
…………ですが、アスカ氏の技と比べると精度や練度がまだまだ未熟なので、もっと修行が必要でしょうか。
『…………その割には、相手を一方的にボコボコにしているんだけど……』
「ですから、先程
『────!』
何故かフェイからは突っ込まれましたが、そもそも相手の動きがもう完全に見切れてしまっているので、どこに打ってくるかと事前に予告されている攻撃を避けて、相手が躱せないタイミングで防げない場所にこちらの攻撃を打ち込めばいいだけですしね…………簡単でしょう?
『うーん……そんな簡単に認めちゃいけない話な気がするけど……』
「まあいいじゃないですか。…………では、そろそろ仕留めましょう《真撃》」
『──────!』
私が【武闘家】の奥義を使って事で決めに来ると察したのか、相手も《真撃》を使った上で
…………古今東西の格闘術を収める【武闘王】に就くのならあらゆる動きに対応出来る様になれ、と言う感じですかね。
「ですが、
『《アース・ウォール》』
『⁉︎』
接近して来た相手は、そのまま地面から突き出された土の壁にぶつかってその動きを止めました…………相手が仕掛けて来るタイミングは読めていたので、事前にそのタイミングで魔法を使う様にとフェイに言っておいたのです。
…………融合している状態なら、私の先読みとフェイの魔法を組み合わせる連携も可能みたいですね。試しが上手く言ってよかったです。
そして私は姿勢を低くしつつ、ぶつかった衝撃で砕けた土の壁に紛れて相手の懐に潜り込み……。
「《シャイニング・フィスト》!」
『!!!』
そのまま、光を纏う抜き手で相手の心臓を貫きました…………そのまま腕を引き抜くと【マーシャルアーツ・トライアルホムンクルス】は光の塵になって消滅しました。
…………そして、私はその場で一礼をしました。
「…………今の私の状態も大体分かりましたし、なかなか良い仕合でしたのです」
『…………それで、超級職には就けたのかい?』
フェイがそんな事を聞いて来たので早速自身のステータスを開いてみると、私のメインジョブはちゃんと【
ちなみに【武闘姫】スキル欄を見ると、《見稽古》の他にも数多くの格闘系ジョブスキルが記載されていました。アスカ氏からの薫陶(物理)のお陰ですね。
「…………このスキルも、アスカ氏が残したモノの一つなのですね。…………自分の才能の意味はまだ分かりませんが、こうやって私の才能のお陰で残るモノもあるのですね……」
『…………ミュウ……』
…………よし! 決めました。
「取り敢えず、今日は疲れたのでこのままログアウトをして…………多分、明日は用事が出来るのでログイン出来ないと思います」
『分かったよ。…………頑張って、ミュウ!』
そんなフェイからの声援を胸に、私は
◇◇◇
□地球
そして翌日、私は学校が終わってからとある場所へと向かいました。
「…………一年ぐらい前には良く来ていたのですが、随分と久しぶりに感じますね…………真里亞ちゃんの家は」
そう、今、私は真里亞ちゃんの家の前に立っているのです…………漸く自分の才能に一歩を踏み出す事が出来たのです、だったら彼女との関係にもキチンとした答えを出そうと思いここまで来てのですが……。
「…………いざ、ここまで来るとやっぱり緊張しますね。…………ええい! ママよなのです!」
そんな感じで色々とテンパっている私は、そのままの勢いで玄関のチャイムを鳴らしました。
…………私の体感時間的には凄く長く感じましたが、多分実際には少し後にインターホンから聞き覚えのある声が聞こえて来ました。
『はい、どちら様ですか?』
「その声は……真里亞ちゃんですね。…………私です、祐美です」
私がそう告げるとインターホンから息を飲む雰囲気が伝わって来ました…………正直、心が折れそうですが、ここまで来てそんな事になる訳には行かないと思った私は、更に言葉を続けました。
「お願いします、真里亞ちゃん……もう一度だけ話がしたいのです」
『………………分かったよ、祐美ちゃん』
…………どうにかその言葉を告げると、長い沈黙の後にそんな言葉が返って来ました。
「…………ありがとうなのです」
『…………うん、すぐ行くからうちに上がって。…………私も話がしたいから』
そんな言葉が聞こえてからしばらくして玄関のドアが開き、そこから真里亞ちゃんが出てきました。
「…………どうぞ、上がって」
「…………はい……」
…………お互いに凄く気まずい空気の中でしたが、私は一年ぶりに彼女の家に上がる事になりました。
◇
そうして彼女の家のリビングに通された私は、そこにあったソファーに座って彼女と向かい合っていました…………ちなみに彼女のお母様は仕事で出かけており、お兄様は大学だそうです。
…………さて、勢いでここまで来たのはいいのですが、何を言えばいいのか……。
「…………ごめんなさい!」
「ふぇえ⁉︎」
私が何を言おうか考えていると、いきなり真里亞ちゃんが頭を下げて謝って来ました…………お、落ち着け私! こういう時は深呼吸するんだ! ヒッヒッフー……って、それは違うやつなのです!
…………ええい、戦闘の時には常時平静でいられる私の脳もこういう時には役立たずですね!
私が突然の事態に物凄くテンパっているのを他所に、彼女は言葉を続けました。
「…………一年前のあの日、祐美ちゃんは必至で私を守ろうとしてくれたのに……私は祐美ちゃんを見て怖くなって、あなたを拒絶してしまって……本当にごめんなさい。…………あれからずっと謝りたかったけど、ずっと勇気が出せなくて……」
「あ……」
…………そうだったのですね……彼女も私と同じ様に一歩を踏み出せなかったのですか……。
「…………こちらこそ、ごめんなさいなのです。…………あの日、真里亞ちゃんを怖がらせてしまった事、そしてそれ以来ずっとあなたを避けてしまった事…………本当はすぐにお話がしたかったのですが、どうしても勇気が持てなかったのです……」
「祐美ちゃん……」
そうして、一年ぶりに真っ直ぐ見た彼女の顔は目に涙を滲ませての泣き笑いの様な表情でした…………まあ、私も同じくそんな変な表情でしょうが。
…………そして、私はこの一年間ずっと言いたかった言葉を彼女に伝えました。
「…………真里亞ちゃん、もう一度私と友達になってほしいのです」
「…………はい!」
…………こうして、私達の一年間に渡るすれ違いは漸く解消されたのでした。
◇
それから私達は、この一年間という時間を埋める様に様々な事を話し合いました。
…………そこで驚いた事に……。
「では、真里亞ちゃんも<Infinite Dendrogram>をやっているんですか?」
「うん。…………お兄ちゃんから現実とほぼ変わらないリアリティがあるって聞いて、どうにかしてあの時の恐怖を克服したいと思ったからやり始めたんだ」
どうやら、そういう事らしいですね…………ちなみに、彼女が所属している国はレジェンダリアだそうです。
「こうして祐美ちゃんともう一度友達になれたのも、あの世界で色々な事を経験したからだからね。…………特にフレンドの
「へぇ……」
真里亞ちゃん曰く、LSさんは初めてログインして右も左も分からなかった彼女にデンドロの事を色々と教えて手助けをしてくれた人で、レジェンダリアにおける上位クランのオーナーを務めている凄い人だそうです。
更に孤児院や幼年学校への募金などの慈善事業を積極的に行ったり、ティアンの子供達を守る為に<
「その戦いにはLSさんのクランのメンバーも総出で挑んでいて、私も偶々近くに居たから協力したんだ。…………まあ、その
「じゃあ、真里亞ちゃんは特典武具を持っているのですか、凄いのです。…………というか、古代伝説級とか私も倒した事がないのです」
私達が交戦した<UBM>は伝説級までですしね…………姉様の【ドラグテイル】はガチャ産ですし。
「でも、倒せたのはLSさん達が必死で援護してくれたから、偶然通りかかっただけの私が特典武具を手に入れちゃったのは申し訳無かったけどね」
「それでも真里亞ちゃんが凄いのは変わらないと思うのです。…………私も特典武具を持っているから、MVPがただそこに居るだけで取れる様なモノではない事は知っているのです」
ちなみにそのクラン──<YLNT倶楽部>(アルファベットの意味は知らないらしい)の人達は『無事だった子供達の笑顔こそ俺達への最大の報酬故に気にする事はありませんぞ』と言ってくれたらしいのです…………凄い良い人達ですね。
…………レジェンダリアにはHENTAIが多いという話を耳にした事はありますが、そういう人達も居るみたいなので色眼鏡で見るのは辞めるべきですかね。
その後も私達は色々な話をして、気がつけば外が暗くなり始めていました。
「…………おっと、どうやらもう時間みたいなのです」
「あ! ホントだ。もうこんな時間だね」
色々な話をしたせいで、かなり時間が経ってしまっていた様ですね…………正直、あっという間にだった気もするのです。
…………おっと、実はもう一つだけ彼女に言っておきたい事があったのです、
「じゃあ
「! ……うん! また明日ね!」
…………こうして私達は色々なすれ違いや回り道をしながらも、漸く未来へと足を踏み出したのでした。
あとがき・オマケ、各種オリ設定・解説
末妹:漸く仲直りが出来た
・ちなみに真里亞ちゃんがお世話になったというLSさんには、機会があればお礼を言いたいと思っている。
【武練闘布 アスカ】:末妹の特典武具
・スキルは両方とも《黒界・技指導》が末妹に合わせてアジャストされたもの。
【マーシャルアーツ・トライアルホムンクルス】:【武闘王】の試練の番人
・伝説級相当のステータスに東西の格闘系スキル全てを習得して使いこなす強力なモンスター。
・……だったのだが、先程まで戦っていた比較対象が強すぎたので末妹にとっては殆ど消化試合だった。
・末妹の考察通り《見稽古》で使えるスキルを増やす役割もあった。
真里亞ちゃん:実はデンドロをやっていた
・事件の時に自身が抱いてしまった恐怖を克服する為にデンドロをやっており、様々なクエストをこなしたり決闘に出ていたりもしている。
・現実では普通の女の子だが、デンドロではジョブと<エンブリオ>と特典武具のシナジーがヤバイタイプ。
・ちなみにLSの格好については「ティアンの亜人種の人達には変わった格好をしている人もいるし、他の<マスター>も色々な格好をしているのでこんなものなのかな?」と思っている。
・<UBM>を倒せたのは、条件特化型だったソイツと彼女の<エンブリオ>の能力が完全に噛み合っていた事と、<YLNT倶楽部>のデスペナを厭わない全力援護があったから。
・本格登場はレジェンダリア編か彼女主人公の番外編の予定(未定)。
LS・エルゴ・スム:真里亞のフレンドで光のレジェンダリアン
・真里亞ちゃんが末妹から逃げた後にログインした時、フレンドの幼女の悲しみの気配を察知して出現して彼女に様々なアドバイスを送った二人の仲直りの裏立役者。
・真里亞ちゃんからは上位クランをまとめており、様々な慈善事業も行なっている上に本人の実力も凄く高い<マスター>と思われており非常に尊敬されている(尚、名前のアルファベットの意味は知らない模様)。
・……というか、性癖を知らずに行動だけを聞くとと本当に聖人か何かとしか思えない人。
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