ふたりの青年は、互いの感情の色、ベクトルなどを探るように、黙りこくったまま見合っていた。
果たして彼は何者か。自分の言い当てた名は、本当に当たっていたのか。
そんな思考の応酬を無言のうちに、おそらく互いにしていただろう。
「やっぱそうか! 久しぶりだなぁ!」
その均衡と緊張を打ち崩したのは、ソウゴではなくその名を呼んだ少年の方だった。
「あれ以来か、元気してた!? 今何してるんだ?」
表情を華やがせ、目を輝かせる彼は、矢継ぎ早にそう問いを重ねソウゴの手を取りその肩を遠慮なく叩いた。
「ちょっ……ちょっと待ってよ!」
ソウゴはその手を振り解いた。ボディランゲージは嫌いではないが、この積極性は流石に面食らう。
「盛り上がってるところ悪いんだけどさ……誰だっけ?」
気を悪くしただろうかと気に病みながらも、あえてソウゴは疑問を口にした。
だが、落ち着きを取り戻しこそすれ、彼がショックを受けた様子はなかった。むしろ、申し訳なさそうにはにかんだ。
「ごめん……まぁ普通そうだよな。顔を合わせたのだって一、二度だろうし」
そう言って距離を置いて、青年はあらためて自らの素性を告げた。
「俺は、来海ライセ。……お前も遭ったあのバス事故の、生き残りだ」
屈託なく笑うそのライセに、ソウゴはますます困惑を深めた。
バス事故、という単語にソウゴの記憶中枢は過剰に反応した。
その時の場面場面が、切り取られた形で脳裏に蘇る。
現れた黒服の男。自身を庇おうとして時を止められた両親。街を破壊する巨大なメカ。
夢と思っていたもの。被害者である加古川飛流との接触によって思い出したもの。過去に渡ったツクヨミから後になって伝えられた真実。
その渦中に、目の前の青年もいたという。
「……あの時見たものが本当だったのか夢だったのか。今でもわからないけど、気がついたら俺は、病院のベッドにいた」
橋の欄干を背もたれに、ライセはソウゴへと振り返った。
「一番最初に目覚めたのが、俺だった。親はとうとう見つからなかったけど、お前や加古川が生きてたことは、俺にとってけっこう救いだったんだぜ?」
「ごめん……俺、あの頃の記憶が色々あって曖昧だから」
「謝らなくて良いって。そもそも、俺が親戚に引き取られるのは、ソウゴたちの目が覚める前だった。覚えてなくて無理もない」
そう前置きして、橋の外にライセは目を向けた。
湾岸部が一望できるその橋は、景観の良い地帯で夏にもなれば打ち上がる花火を見物に多くの人間が立ち止まる。
だがシーズンよりも少し早い現状、彼が望んでいるのは果てのない水平線だった。
「ソウゴ」
ライセは『旧友』のファーストネームを、親しげに呼んだ。
「俺たちにとってあの事故は辛い記憶だったけど、でもその悲しみを乗り越えたからこそ、今こうしてお前と再会できたし、お前以外にも多くの仲間と出会えた。だから、すべてが悪いとは言い切れないんだ」
ソウゴの脳裏を、灰色がかった過去を、別の記憶が色彩豊かに塗り替えていく。
迎えにきてくれた叔父。時に自分の夢を嗤い、時に気味悪がられながらも受け入れてくれたクラスメイトたち。
かつて仮面ライダーと呼ばれた男たちとの出会い。
そして、ある日時の空から訪れた、同居人たち。
今目の目にいる、新たな同胞との出会い。
「うん、俺も」
それらをあらためて噛みしめながら、ソウゴは強く共感してうなずいた。
「そう悪いことばかりじゃ、なかった気がする」
ライセは微笑み返した。
だがそれも束の間のことで、彼はふと眉をひそませて尋ねた。
「そう言えばお前、シノビの名前を呼んだよな。あれはいったい……」
つい聞き流されていると思っていたソウゴの独語だったが、しっかりと彼の耳には届いていたようだった。
噤むソウゴだったが、突如その彼を、ライセ突き飛ばした。
ソウゴが真相を明かす前に、またライセが凶行の動機を語るよりも早く、怪人が彼らの間隙に割り込んできた。
爬虫類的な皮殻。ギリシャ文字のようなものを含んだ刻印に、笑うかのような細めた目を赤い半透明のカバーが覆う。
そして彼らの足下からは、似たり寄ったりの造形の怪物たちが、思い思いの衣服の切れ端をまとった様相で無尽蔵に這い出てきた。その群体のありようは蝗害さえ想わせる。唯一違う点は、大元と思しき個体にあるはずの年号が、代わりに四筋の斜線になっていて表記されていない。
「アナザーアギト!」
ライセはソウゴも知るその厄災の名を呼んだ。
「最近街に現れた怪人だ! 襲われるとあんな風に同類になってしまうから、下がってろ、ソウゴ! ……変身!」
〈誰じゃ? 俺じゃ? 忍者! シノビ! 見参!〉
ソウゴもよく知る変身シークエンスで、ガマ型のロボットが吐き出したパーツをまとい、ライセはシノビへと再度変身した。
忍者刀で切り裂き、ソウゴのために突破口を開こうとしているライセの側で、ソウゴもまた、自身のドライバーとウォッチを取り出した。
「変身っ!」
〈カメンライダージオウ!〉
変身とともに飛躍したソウゴは、ジカンギレードの刃を閃かせた。シノビの背後に迫っていた二体を斬り払い、その安全を確保し、背中合わせの陣形を組む。
「……ソウゴ、お前っ!?」
ライセは、背越しにジオウとなったソウゴを顧みた。
「さっきの質問だけど! 答えは、
銃撃モードに切り替えたジオウは、連射によって前線の敵を退けた。
状況が状況だけに、すべての経緯を今ここで話すことはできない。それでも、この異形の姿はこの異常事態において何にも勝る雄弁であったことだろう。
叔父にも明かしていない、もうひとつの自分の形。
その姿を見せずに危機を感化することは、ソウゴの正義感が許さなかった。
それ以上に、背を預ける青年との邂逅に、彼と同様運命めいたものを感じていた。
だから彼には、時の王としての
「……どうやらっ! まだまだ色々と話さなきゃいけないことがあるようだな」
「お互いにね」
そして多少の困惑を向けながらも、ライセは旧友の姿を受け入れた。
だが、ソウゴたちが敵を磨耗させるよりも早く、アナザーアギトはその減少を埋め合わせていく。いや、勝りつつあった。
「ここは一旦分かれて敵を分散させよう!」
「わかった……で、どこで落ち合う?」
ソウゴの提案に、ライセが乗った。
「追手を振り切ったらクジゴジ堂って時計屋に! 俺の仲間もきっとそこにいるから」
「わかった!」
首肯した直後、シノビはテニスボール程度の白玉を地面へと叩きつけた。
着弾とともに、それが白煙を吹き出し、戦場を覆い尽くす。
その中に紛れて、ふたりの仮面ライダーは橋の東西に分離した。