白煙が充満した橋を抜けると、そこには見慣れた街の光景が広がっていた。
明るさを取り戻した陽光に、ソウゴは思わずマスクの下で顔をしかめてしまった。
あれほど無尽蔵に湧いていた追手の姿などどこにもなく、変身したままぽつねんとたたずむ自分こそがなんだか異物じみていて、ソウゴは居心地が悪かった。
いや、まだ状況は続いていた。
アナザーアギトの姿は一体たりともなかったが、代わりに足下を、何かが通り過ぎていった。
甲虫とも、枯木の破片とも見えるそれは多脚を蠢かして這いずり、街灯の柱にしがみ付いた。その口から触手を伸ばして絡めとると、自身を基点として無機物を有機的かつ人間の要素を含んだ怪物へと変貌させた。
胸部に掘り抜かれた文字は、〈KIKAI〉。
幾たびもソウゴたちの前に現れた怪人、いや木人。
アナザーキカイが、そこにいた。
だが、悪夢はそれで終わらない。
その彼の背後に、森があった。
無論、市街地にそんな往来を妨げる森林などあってはならない。本来であれば。
それは、アナザーキカイの集合体だった。
アナザーキカイの核とも言える寄生生物が数え切れないほどに増殖し、その木々の間這いずり回り、同じく鉄柱だろうと逃げ遅れた人だろうと構わず取り憑き、自分たちの同胞として群の中に取り込んでいく。
生物災害とも言うべき地獄が、ソウゴの視界の先で膨れ上がりつつあった。
そしてジオウをも取り込むべく殺到した。
激突。拳を振るうソウゴはやはり、妙な手応えのなさを覚えていた。殴った感触で分かるが、あくまで実物だ。
何より彼らには行動があっても思考がない。戦うにしても、ただ怪人とはそうあるべきだと言う理由が前提にあって、それに準じて行動しているような気がした。
ただ、いたずらに戦い、そして増えていく。まるで偶発的に生まれたウイルスのように。
とは言え、看過できる数ではない。現にジオウは押されつつあり、包囲は狭められつつあった。その物量に応対するには、多様な変化が求められていた。
右のキカイにフックを見舞い、他とは違う形状のウォッチを取り出す。
次いで正面から襲いかかった彼を、蹴り倒し、それをジクウドライバーへとセットする余地を作る。
すなわち、世界を渡り自分と同じくあらゆるライダーの力を使いこなすあのイレギュラーの力を。
〈ディディディディケイド!〉
カードが乱舞する。押し寄せる敵をものともせずはじき返し、ジオウに取り付き、別の姿へと変貌させていく。
〈アーマータイム! ディケイディケイ! ディケイド!〉
バーコードと名前が胸に浮かび上がり、シンプルかつスリムなボディが、より重装甲になる。文字通りの『仮面』が顔に張り付き、そこに基本となる仮面ライダーディケイドの顔が表示された。
だが、変化はそれだけには収まらない。
別の紫のウォッチを、ジオウはさらにその右側のソケットへとセットした。
〈ファイナルフォームタイム! ヒヒヒヒビキ!〉
ディケイドヘッドギアMのプレート、いわゆるディメンションフェイスは響鬼の、ライダー中でもとりわけ異形の容貌となり、アンダースーツ内の素粒子シックスエレメントが配列を変化させて彼の肉体を再現していく。
響鬼
夏、厳しい鍛錬の末に手に入れるボディを手に入れたジオウは、専用武器ライドヘイセイバーを手にして敢然と怪異の群れへと立ち向かっていった。
響鬼のもっとも得意とする炎の音撃打、灼熱真紅の型。その力をもって一斬、二斬とアナザーキカイを焼き払っていく。
その動作の間隙を狙って押し寄せる彼らを、今度は平面なマスクから火炎を吹き出して一掃する。
木には、火。その弱点を突いて流れはジオウに傾きつつあったが、アナザーキカイの数は一向に減ることがない。時間とともにいずれ彼らはその勢いを取り戻すだろう。
そう考えるソウゴと、他のアナザーキカイを飛び越えた一体が、冷気を帯びた右脚を突き出した。
フルメタルジエンド。本物の仮面ライダーキカイの必殺技を模した一撃はしかし、明確に軌道上にいたはずのジオウには当たらなかった。
〈ファイナルフォームタイム! ファファファファイズ!〉
〈Start Up〉
漆黒の風と赤い二筋の閃光が、魔の森の合間を駆け巡る。
仮面ライダーファイズの第二の力、アクセルフォーム。
カブトと同様に神速の世界を駆け抜けるライダーの形態を、ディケイドより継承した能力を介して用いた。飛び蹴りを不発に終わらせたアナザーキカイも、その他多くの同型も。包囲の中核から、ライドヘイセイバーの斬撃がジグザグと直線的に機動し、打ち破っていく。
〈Hey! ドライブ! ドライブ! デュアルタイムブレイク!〉
一度足を止めたジオウは、剣の把手の針を回していく。
ツタを伸ばしたキカイの腕を一振りを跳んで回避し、地に足をつけるよりも速く、本体と異なる力を得た刀身を一閃させる。
その刃からさまざまな色、形のタイヤが射出される。
敵を押しのけ爆散させ、誘爆し、そしてソウゴが進むべき道を切り拓く。
この時点でソウゴは、ジオウ単独で継戦することの無理を悟っていた。
ゲイツやツクヨミ、あるいはウォズやこの能力の本来の主たる門矢士なら何が起こっているのか掴んでいるのではないか。
――そしてライセ。
なにはともあれ、一刻も早く事態の打開方法を諮らなければならない。
ソウゴは、敵陣の穿たれた穴から一路、クジゴジ堂へ全速で急いだ。