ライセはソウゴと離れ離れになってから、ほどなく敵の追手を振り切ることに成功していた。
もとより敵に理性らしい理性はなく、群れることでかえって隙が生まれていた。
シノビの機動性をもってすれば、その合間を縫ってやり過ごすことは容易だった。
「ここか……」
ソウゴが指定した落ち合う先は、こじんまりとまとまった、住居と一体となったタイプの店舗だった。
まるでキャンプ場のコテージのような……悪く言えば物置小屋のようなたたずまいで、時計屋だとは一見しても分かりづらい。客の出入りが多いとも思えず、入るのに少し勇気が要って、二の足を踏む。
〈常盤ソウゴ、仮面ライダージオウ〉
まるで英単語の復唱のように、ライセの中の神蔵蓮太郎が呟いた。
「どうかしたのか?」
そしてライセは自身の内に向けて問いかけた。
〈いやぁ、その名前……どこかで聞いたことあるような……ないような?〉
蓮太郎はそう言って唸り出した。
そんな歯切れの悪い言葉を聞かされても、悩むのは本人だけでなくライセの側もである。
同時に、ソウゴに再会した時の疑問を思い返す。
たしかに、妙ではあった。
蓮太郎の弁を借りれば、シノビが誕生するのは今から三年後、2022年であるはずだ。それをなぜ現段階で、常盤ソウゴが知り得たのか。
「……まぁ、本人から聞けばいいだけの話か」
店の前にバイクを停めたライセは、出入り口とおぼしき前に佇んだ。
しかし休業中の張り紙が心細げに戸口に貼られていて、来客を拒んでいた。
無理もない、とライセは思った。
ここのところのアナザーライダーのたびたびの襲撃、商売よりも我が身の安全を大事と思うことは自然なことだった。
だが、納得だけで話は進まない。
店先で待つか、それとも店員でも見つけて中で待たせてもらうか。
そう悩んでいたところに、ひょっこり痩せっぽちで眼鏡をかけた、初老から壮年の中間ぐらいの男性が、店の裏から顔を覗かせた。
どことなく疲れてやつれた様子で、両手には段ボール箱。
口が締め切らないそこからは、人形やおもちゃがあふれていた。
「あぁ、ごめんなさい……見てのとおり、しばらくお休みしてるんですよ。今日のところは……」
柔和だが覇気のない様子でそう断ろうとする彼は、おそらく口上からして店主なのだろう。
追い返されるよりも早く、ライセは用向きを伝えた。
「あの、実は……常盤ソウゴ君は、いますか」
この場所が実は集合地点ではなかった……ということではなかったことが、ソウゴの名を出された店主の、変じた顔色でわかった。
「ちょ、ちょっと待ってて……!」
言葉を詰まらせながら店の勝手口へと消えた彼を、少しばかりその性急さを訝りながらただ待っていた。
だが次の瞬間、あらぬ方向から力が加わり、腕を引かれ、そのまま家屋の壁へと突き倒された。
有無を言わさず物陰へと彼を引きこんだのは、ライセと同じほどの年頃の若者だった。
黒く刈り上げた短髪、精悍な顔つきは、店主とは対照的だが、彼と同じように憔悴の陰があった。
「貴様……何者だ?」
だが、それをものともしない語気の強さと若々しさで、青年は烈しく彼を問い詰めた。
「クォーツァーか? 何度来ても返り討ちにしてやる……っ!」
「クォ……っ? 違うよ! 俺は、ソウゴの友達だ」
「なに?」
ソウゴの名をふたたび出したとき、友だと名乗った時、男の表情と声色が変わった。
ただしそれは明らかにポジティブな方向にではなく、低く、険しく、冷たいもの。血走った眼とライセの視線がかち合った瞬間、ライセは青年に思い切り殴りつけられた。
固い地面に倒れ伏すライセのデイバッグから、彼のドライバーがこぼれ落ちた。
一瞬青年の目がそこへと向けられたが、興味より相手への怒りがそれに勝ったようだ。一瞥呼べるほどのものの時間にさえならず、起き上がりかけたライセを睨みつけていた。
「なに、すんだよ……っ!」
「帰れ!」
「そうはいかない! 俺はソウゴと約束したんだっ、ここで待ち合わせをするって……!」
さらに言葉を重ねようとしたライセの襟を、青年の腕が絞り上げた。
掠れた甲高い声で、抵抗する彼を遮った。
「そんなヤツはここにはいない!! どこにもな……っ!」
ともすれば相手を殺しかねないほどの眼力に、さしものライセもたじろいだ。
かといって大人しく退くわけにもいかず、そのまま膠着が続いていた。
「ちょっとちょっと! 喧嘩!? ダメだよゲイツ君……ソウゴ君のお友達なんだから」
戻ってきた店主がそう口を挟んで彼らを嗜めた。
にも関わらず青年は睨みつけていたが、やがて鼻を鳴らし、突き飛ばすように、ライセを解放し、立ち去った。
「あぁー……ごめんね、彼ちょっと色々あってさ。気が立っちゃってるんだよね」
申し訳なさげな様子で青年をフォローしながら、店主はライセについた土埃を払ってくれた。気弱げな彼だが、そこには最大限の気遣いのようなものを感じた。どこまでも善良な人間なのだとは会ってすぐの相手だが感じ取っていた。
「ソウゴ君のお友達……なんだよね」
「はい。ちょっと彼に会いたくて、戻ってきては、いないんですか?」
「うん。……ちょっと今、遠いところに出かけててね?」
「はぁ、そうなんですか」
言い回しは妙に引っかかるが、あれからまだ戻っていないということなのだろう。あいまいにうなずくライセに、硬い感触が押し付けられた。
それは、先ほど箱の端に引っかかっていたおもちゃの一体。ロボットのブリキ人形だった。
「これ」
切羽詰まったように、店主は切り出した。
「受け取ってもらえないかな? ソウゴ君のものなんだけど、もう使わないし……かと言って捨てるのも……ちょっと辛くて」
「え? いやでも」
「だったらせめてお友達に持っていて欲しくてさ。……どうしても要らないなら、処分してくれても良いから! ……ごめん!」
そう言い切るや、店主は眼鏡のツルを持ち上げて、目頭を押さえながら身を翻して店の奥へと引っ込んだ。
「……なんなんだよ」
訳もわからず独り敷地内に取り残されたライセは、呆然と呟きながらロボットを見た。
幼い頃のソウゴの持ち物らしいそれは、当時流行したとも思えないレトロなタイプの意匠で、その背にはマジックで決して消えないよう、そして本人の気持ちがダイレクトに伝わる強い筆跡で、
〈WILL BE THE KING〉
と書かれていた。