――もうこの男の身にどんな奇跡が起ころうとも、この男の手からどんな不可思議な現象が巻き起ころうとも、もう驚かないとひそかに決めていた矢先だった。
だが目の前で起こった仮面ライダーの復活は、その決意の範疇を軽く超えるものだった。
言葉を喪ったソウゴに背を向けたまま、門矢士は、仮面ライダーディケイドは取り戻した自身のスーツ。その掌を裏返したり表返したりして、感触を確かめているようだった。
どういうこと、と視線を投げ続けて問うソウゴに、ようやくディケイドは答えた。
「スウォルツが消えたことによって、どうやら一時的にだが俺の力が戻ったようだ」
ちらりと緑の目でソウゴを見返し、いわくありげに「
まるで飾らず、常と変わらない彼の所作を、アナザーライダーは隙と捉えたようだった。だが士は突き出されたパンチをなんなく掌だけでいなすと、後ろ蹴りで吹き飛ばす。反撃の爪撃を、彼は腰のライドブッカーを引き抜いて押しとどめる。
「スウォルツが……!?」
「そのまま消えてくれた方が世界のためだが、状況はそこまで逼迫しているということだ」
みずからの力を奪った相手の消滅を淡々と告げながら、戦闘それ自体も片手間に、かつ器用にこなしていく。
アナザーエグゼイドにそれを余裕と感じたり屈辱を覚えたりする感情があるだどうかは分からない。だが、大きく唸った彼の全身から、泥状のものがあふれ出た。それはやがてオレンジ頭の奇怪な生物となり、思い思いに手にした雑多な武器を、ディケイドへと向けた。
ソウゴもまた、士を援護すべくウォッチを両手につかんだ。
自身のウォッチと、ピンクのウォッチ。それでドライバーを挟み込むようにしてセットする。
「この世界は、相反する要素を抱えて混乱している。いわば……バグを起こしていると言っていい」
ディケイドもそう言って、一枚のカードを腰から抜き取った。
目の前にいるアナザーライダーの元となったライダーのイラストは、ただでさえ異質なコミックチックな目が、ぼんやりと浮かび上がってなおさら独特の眼力となっていた。
「変身!」
〈カメンライダー、ジオウ! アーマータイム! レベルアーップ! エグゼイド!〉
〈KAMEN RIDE EX-AID! マイティジャンプ! マイティキック! マイティマイティアクションX!〉
ジオウは目前に現れポーズをとったアーマーを、走りながら纏う。
ディケイドは現れたゲームウインドウが迫りくるのを受け入れ、
ドクターライダー、エグゼイドの力を借りていながら、姿をかえたふたりの姿は大きく違っている。
とりわけ異なっているのは、手にした武器だ。
ジオウの両手がハンマーと一体化しているのに対し、ディケイドは自身のライドブッカーはそのままに、ただベルトを除く姿だけがエグゼイドと瓜二つに変貌していた。
それをどこから継承してきたのか。自分の知るエグゼイドの住む世界を巡ってきたのだろうか。
尋ねたところでこのひねくれ者は答えないはずだ。
正体も思惑も分からないライダーで、相手もこちらに合わせる気は毛頭なさそうではあったが、いざ戦闘に入ると不思議と呼吸が合う。
ウォズのように暗黙のうちに互いの思惑を読むのとも、ゲイツのように示し合わさずとも呼吸が合うのとも違う。
ただ、それぞれが好き放題に動けば、その先に相手がいる。共闘こそ少ないものの、ディケイドとはそういう間柄だった。
そして今はソウゴが雑魚を、士がアナザーエグゼイドを受け持つ形となった。
両腕の鈍器で力任せに怪人たちをなぎ倒していくジオウエグゼイドアーマーに対し、ディケイドたちは思い思いに立方体のブロックを虚空に展開し、それを足場に渡り合うという奇妙な『空中戦』を繰り広げていた。
彼曰く、取り戻した力は半分だけだという。
だがそのハンデをものともしない鮮やかな斬撃が、宙に閃く。
一振、一斬、一閃。
本来のエグゼイドがどういうファイトスタイルなのか。過去で、現代で二度程度しかその姿を見ていないソウゴには知るべくもない。
だが、能力や特異性はともかく単純なスペックを十全に使いこなすディケイドの剣技は、間断なくその偽者を斬り立てていく。
捨て鉢気味の特攻をライドブッカーの刀身で流し、翻った切っ先はその胴を捉えた。
いくつかのブロックと橋を支える鉄骨に激突しながら、アナザーエグゼイドは地表に落下した。
「これでゲームオーバーだ」
それを追う形で地に舞い立った世界の破壊者は、無慈悲に宣告する。
剣の峰を撫でつける。かと思いきや思い切り投げつけた。投擲された剣は起き上がりざまアナザーエグゼイドに弾かれた。
空けた手に、ライダークレストが黄金に煌くカードを握りしめる。開けたベルトに押し込むと、デフォルトされたエグゼイドの顔がファインダーの前に浮かび上がった。
〈FINAL ATTACK RIDE EーEーEーEX-AID!〉
サイケデリックな閃光が、その右脚部を覆い包む。
それに合わせた訳ではないが、ジオウもまた自身の『時計』のツマミを押して回す。
〈フィニッシュタイム! エグゼイド! クリティカル! タイムブレーク!〉
前のめりに飛び上がったディケイドのキックが、アナザーエグゼイドの胸のパネルを穿ち抜く。
膝を軸に地面を滑るディケイドの背後で、まともにそのエネルギーを受けた怪人は、爆発四散した。
そしてジオウの文字列が、残敵を十把一絡げに拘束する。拳を突き出すようにしてその軌道上を滑空するエグゼイドアーマーは、世界を蝕む毒素を一気に掃討し尽くしたのだった。
ソウゴは呼吸を整え身を起こした。
だが振り返った先には、段幕を下ろしたかのようなグレーのオーロラがかかり、その奥に、通常フォームに戻ったディケイドが身を埋めようとしている最中だった。
「ちょっと!?」
たとえ世界の破壊者、正体不明の読めないライダーであったとしても、ウォズさえも自分の下を離れた今となっては心強い味方ではある。
「俺には先に行くところがある。そっちはお前がなんとかしろ」
引き留めようとしたソウゴに、相変わらずのマイペースな調子で答える。
「そっちってどっちさ?」
抗議めいた口調で当然の問いかけをする。
「……お前はもう知ってるはずだろ」
ディケイドは幕の奥底で緑の眼差しを光らせながら、嗤うように言った。
「この世界がどこから歪んだのか。そして……この世界において、何が『異物』なのかを。それを辿れ。下準備はしてやった」