時間と距離の感覚さえ曖昧になりそうな、その異質な回廊。
それはライセは妙な安心感を与えていた。郷愁めいたものさえ感じさせる。
その中で、あらためてソウゴは、かいつまんでではあるものの自身の境遇を説明してくれた。
仮面ライダージオウ。タイムジャッカー。時を巡る戦いに、オーマジオウという回避しなければならない最低最悪の未来。
今の今まで平和のためと謳いつつ街中を駆けまわるのがせいぜいであったライセからしてみれば、途方もない話ではあった。だが、自分の想像のスケールを遥かに超える乗り物と周囲を取り巻く空間を見れば、否定などできようはずもなかった。
「けど、主水はどうして記憶を失ってないの?」
「……」
「あ、待った! …………そうか! 主水は自分の時代で力を奪われたわけじゃない! だからライダーじゃなくなっても記憶が維持出来てるんだ!」
「正解! ノーヒントでクリアするとは、お前もちょっとは考えられるようになったか」
そして未来人相手に和やかに歓談するソウゴを見れば、なおのこと。
仮面ライダークイズ、堂安主水。
彼は本来なら2040年の仮面ライダーだという。いや、だったという。
その力はある男に奪われ、今はただのクイズ名人でしかない。そう彼はソウゴに語った。
自分も未来のライダーの力を頼りとしている。そこ胸中に、彼の人格をも内包している。だが生身の未来のライダーと出会ったのは、これが初めてだった。
その主水と、蚊帳の外にいるライセとの目が合った。
一瞬彼の目つきは、鋭いものへと変化した。
「そうか、お前が……」
そして妙に感じ入ったように呟くと、再び操縦へと集中し始めた。
「俺のことを知ってるのか?」
その背に問う。
彼は黙したまま、操縦桿を握っていた。それをライセは、肯定と取った。
「ソウゴのことはまだ分かる。その歴史をめぐる戦いとかで出会う機会があったんだろ? けど、どうして未来のライダーが俺を知ってるんだ?」
蓮太郎やレントのように。そう言いかけて、ライセは喉の奥に押し込んだ。そもそも自分の状況をどうやって説明しろというのだ。下手な時間移動よりもよっぽど厄介だ。そもそもみずからの内で起こっている現象がなんなのか、彼自身にさえ分からないことなのだから。
(今まで深く考えたことはなかったけど……そもそも)
いったい、あれは、なんなのだ?
いったい、いつから、自分は……
「その問題は」
主水の声が、どこか遠い。
「俺やお前が出すべきものじゃない。ある男が向けたものだ」
「じゃあ、誰が? というかそもそも、これはどこに向かってるの?」
かすかな頭痛に苦しむライセに代わって、ソウゴが尋ねる。
「……聞くまでもなく、もうすぐ着くさ」
主水は直接的に答えることはしなかった。ただ、彼の手元のパネルは、ある年号を座標として示していた。
2068
その四文字の数字の並びを見た瞬間、ソウゴの顔色が変わった。
『2068年』。
ソウゴにとって因縁の深い時代。
そこへと降り立った瞬間、硬く大理石の感触が足裏に跳ね返ってきた。
現代の設計思想ではとうてい理解のできないような、ドーム状の建造物が立ち並び、通路は広く長く舗装されている。ライセはその光景を見てまた絶句していた。
「すごい……ここが50年後の世界なのか?」
「いや、違う」
「え?」
ソウゴは即座に否定した。
すでに何度となく、その年を見せつけられてきた。その彼にとっても、目の前に広がる光景は未知の領域でしかなかった。
ソウゴの知る50年後。
最低最悪の未来。
その世界では人口の半分が消滅し、生き残った人々は、自分たちをその窮状に追いやった張本人をその影におびえて暮らし、また別の一派は彼を憎み、反抗し続けてきた。
そんな緑や救いなど一切ない、荒涼とした大地。
砂嵐が太陽の輝きを遮り、暗く冷たい世界。
それを統べる魔王オーマジオウの玉座でさえも、みずからを祀る像以外何も持たない、不毛なもののはずだった。
だからこんな建造物は、道は、白々とした太陽は、ありえないのだ。
自分たちの奮闘によって未来が変わった? いや、それもきっと違う。
ソウゴはあらためて、最後に降り立った主水を顧みた。
「――そうだ」
正答を得たであろうソウゴの眼差しに対し、クイズチャンプは軽くうなずいてみせた。
その主水の視線が前へ向けて切られた。視線の先には、通路の奥の広場には、一体の像が建てられていた。自分のよく知る友の、精悍な表情。変身のポーズ。礎に嵌め込まれたプレートには、
『明光院ゲイツ 初変身の像』
と刻まれていた。
――『気がする』では片づけられない、明確な答えがその像にはあった。
自分の中ではとうに覚悟していた事実が、あらためて友人を介して突きつけられた。
「ここはお前の知る2068年じゃない。ソウゴ、お前がオーマの日に殺されたことによって分岐した時間軸だ」