RIDER TIME:仮面ライダーミライ   作:大島海峡

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episode3:Who Wants to Be a destroyer?『2068』(7)

 どこへ行けば『彼』と逢えるのかは、一目して瞭然だった。

 像の向こう側。その道の先に、一際大きいドームが見えた。

 真っ白な丸みを帯びたそれは、スポーツや集会場というよりかは巨大な鳥の卵殻を想起させる。

 

 遠目から見ても徹底的に清められ、そこに住う者……というよりもそれを設計した人間の、潔癖さと自己顕示欲のようなものが感じられた。

 

 地平線にあったかのように見えたそこへとたどり着くのに、足を動かし続けていればさほど時間はかからなかった。

 あるいは未来的な技術で物理的な距離というものはもはや意味がないのかもしれない。そんなことをチラリとソウゴは思ったが、妄想だけにとどめた。足を止めた。

 

 その建造物の、否『宮殿』の階段。それを登り切った先にあった玄関口に、白い男が立っていた。

 

「やぁやぁ、これは珍しい客もあったものだ」

 

 自身の従者と非常に似ている、顔、背格好、声、言葉遣い。

 だがそれを見たソウゴの表情は、暗かった。

 

「まさかの過去の遺物、敗北者の魔王様のお出ましだ」

 自分の知る青年であれば決して向けない、酷薄な嘲笑。

 紳士然とはしているが、彼と決定的に違うのは、自分こそが歴史の創造者であという自負に満ちているのと、それに伴った他者への蔑みが滲み出ている。

 

「白ウォズ……」

 消滅したはずの、別の世界のウォズがそこには立っていた。

 

 未来の可能性を賭けて争った敵同士だった。

 だがそれでも最後には分かり合えた。アナザーブレイドを撃破するため、力を貸してくれた。

 

 だがそれは、ソウゴの時間軸の話だ。

 この世界がそれ以前、ゲイツがあの戦いで勝ちを収め、白ウォズの念願が叶った日であるのなら、最後まで自分と彼とは仇敵同士のはずだった。

 それを知るからこそ、ソウゴは名を呼んだきり押し黙り、相手の反応を待った。

 

「自分の敗北の歴史を知り、塗り替えにでも来たのかい? だが招かれざる客は……ここで退場してもらおう」

 

 そう言って白ウォズは、小脇に挟んでいたノートパッドを開いて操作した。

 モニターから飛び出て物質化したのは、もうひとりの自分に奪われたビヨンドライバー。

 それを掲げ持ち、ソウゴを睨む。ソウゴもまた、再戦を覚悟してドライバーを構えて対峙する。彼の敵対の意思を見て、ライセもジクウドライバーによく似たバックル掴み取った。

 

 一触即発。どちらかが変身すれば相手も応じ、激闘が始まる。

 

 

 

「なんてね」

 

 

 ……かに思えたが、意外にも白ウォズは軽く笑いながら敵意の矛を収めた。

 拍子抜けしたソウゴに、彼は言った。

 

「時間軸の変動の影響か。わたしにも覚えのない奇妙な記憶があってね」

「それは?」

「君を認めた記憶」

 

 白ウォズは、はっきりとそう返して複雑そうに目元を歪めた。

 

「忌々しいが、受け入れざるを得ない。……君の知ってる、いや本当の歴史のわたしは、君にトリニティの力を与えて消滅したというわけだね」

 

 ソウゴが無言でうなずくと、白ウォズは目線を外すようにして身を翻した。

 

「ともあれ、今は争っている場合じゃない。ついてきたまえ、君をこの時代に招いたのは、我が救世主の思し召しでもある」

 

 

 

 ドームの中には、玉座はなかった。王宮もなく、調度品もなく兵士もおらず、警備システムや監視カメラもない。美女や富とも無縁で、権威や権勢を誇示するものはなにもない。

 

 だがその中身を、時から切り離された光景を目の当たりにした瞬間、ソウゴは嗚咽や慟哭にも似た呻き声を漏らした。

 

 そこには、彼もよく知る一軒の店が、一帯の区画が、トリミングされて残されていた。

 温かな夕陽に照らし出されるのがよく似合う、こぢんまりとした時計屋。

 自分たちの、家。

 

 ――『クジゴジ堂』が。

 

 中に足を踏み入れても、違和感というものが何もなかった。

 売れ残ったままの壁時計。修理に出されたまま、依頼人が現れず飾られたままになっていた電化製品。昔ふざけてつけた柱の細かな傷。今にも叔父の作るご飯の匂いが漂ってきそうな台所。

 だがそこは、時が止まっていた。居なければいない人々の姿が、ないままに。

 

 胸が痛かった。

 ソウゴの豊かな感受性は、すぐに思い至ってしまった。

 何を想って『彼』がこの場所を残し続けたのか。どんな50年を送ってきたのかが、こちらが辛くなるぐらいに感じ取れた。

 

 『彼』は、王座につかず、かつて借り受けた自分の部屋にかけられた階段に腰を下ろしていた。

 めっきり白くなった髪。痩せこけた頬や肩。指先や顎に残ったままの古傷の痕。顔の精悍さはそのままに、ぼんやりとソウゴを見つめ返す眼差しからは、自分の知る覇気や闘志の焔が抜け落ちていた。

 

 不撓不屈の革命の戦士でもない。

 大道を成し、平和な世界を築いた王でもない。

 孤独な老人の姿が、そこにはあった。

 

「――ゲイツ」

 この世界に来て初めて、ソウゴは彼の名を呼んだ。

 

「来たか……ジオウ」

 枯れ果て、疲れ切った調子の声で、友はソウゴにむけて目を細めた

 

「何があったの……?」

「それはこの異常事態のことか? それとも年老いた俺のことか?」

 自嘲気味に口元を歪めて、ゲイツは問い返した。

 ソウゴは答えられなかった。どちらを訊きたかったのか、自分でも判らなかった。

 

 ゲイツはこの時代の人間であるはずだ。役目を終えれば『未来』へと帰り、ひとりの青年として、新たな人生を謳歌していなければならないはずだ。そうでなければあまりに報われない。

 これでは、まるで。

 

「そうだ」

 ソウゴの黙考を読み抜き、ゲイツは答えた。

 

「俺は、あの時代に残った。この家に残った。それがあの時交わした、お前との約束だった。そしてこの場所を守り続けるために、戦い続けた」

 

 言った。たしかに言った。

 でもそれは、こんな未来のためではなかった。

 残された叔父が悲しみが少しでも癒せるのであれば、仲間を喪ったゲイツの、もうひとつの故郷となるのであれば。そう想って託した願いのはずだった。

 彼自身を、ここまで磨耗させる呪いでは、なかった。

 

「タイムジャッカー、クォー……いや、他にも多くの悪意が、あの時代を狙った。俺はそいつらすべてと戦った。だが平成ライダーたちの歴史は修復されることはなく、その過程で多くを喪い、あるひとつの大きな思い違いを知った」

「思い違い?」

 

 ゲイツは口を閉ざした。言うかどうかの逡巡を見せた。だが首を振って答えた。

 

「それは、お前自身が見極めるべき真実だ。……お前は生まれながらの王だ。誰が何と言おうともな」

 

 奇妙な言い回しとともに再び黙った。

「久闊を叙すのもけっこうだが、そろそろ本題に入って欲しいんだがね」

 彼に代わるようにして、白ウォズが間に割り込んできた。

 

「では、あらためて確認しておくとしよう。我々の、ふたつに分かたれた世界に今、何が起こっているのか」


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