ギンガの姿が赤く塗り変わった。
力が変わった。その質が、方向性が、在り方が、基とする要素が変わった。
それはライセのみならずその場にいたライダー全員が察しえたことで、示し合わさずとも彼らは総攻撃を一瞬見合わせた。迂闊な攻勢がどのような結果を生むか、分からなくなったからだ。
だがそのその時間的な空白は、そのギンガ……タイヨウにとっては好餌だった。
彼はおもむろに右腕を持ち上げた。指をキカイに立てて向けた。
攻撃か、と身構えるレントだったが、あくまでそれは意志表示でしかなかった。
――まずは、お前を、叩きのめす。
というたぐいの。
ギンガが靴底で地を叩いた。それだけで、トン級の爆薬でも刺激したのかというぐらい爆ぜ、地がめくれた。
その爆発を推進力に換えて、ギンガは一瞬にしてレントの懐に潜り込んだ。
強打。強打。強打。
さきほどの、余裕のある手捌き、剛を制する柔拳とカウンターに主体を置いたスタイルから一転、爆炎をまとった剛腕は重量感を持つキカイの機体さえも浮かび上がらせ、そしてふたたび地に着く前に何発も熱拳を叩きつけていく。
一度大きくしならせた最後の一撃が、レントを果てまで吹き飛ばした。
一瞬にして耐久力を奪われたキカイは、再起をみずからに促しながらも激しくスパークを迸らせていた。
彼を救援するべく三方より駆け付けるライダーら。その中心点で、ギンガが自身のバックルにタッチした。
〈ダイナマイトサンシャイン!〉
ことさらに陽気な音声とともに、彼は大地を足蹴にする。
その爪先が触れた先から、土も石も朱色のマグマとなって融けていく。その融解は留まることを知らず、さらがら蛇のようにしなり、円弧の軌道を描きながらキカイの足下まで迫った。
冷気で懸命にガードをしようとするレントの抵抗もまるで通じず、溶岩の中に脚部が沈む。冷えて固まり、動けなくなる。思い切り疾走し、並べた両足でキカイに宇宙の熱を取り入れたキックをレントへと直撃させた。
太陽を模したエナジープラネットで包みこまれたレントは、機械の肉体と強固な精神を持つはずの彼が、断末魔をあげ、そして大きな爆発の起点となった。
その安否も定かならないままに挑んだのは、堂安主水だった。
咄嗟の判断ゆえか。いち早く必殺技のシークエンス解除して次に備えていた彼が、不意打ち気味に攻撃を仕掛けたのだ。
だがくり出された正拳をこともなげにいなし、ギンガは彼と組み合った。
力比べでは押し負けそうになりつつ、主水は自身の得意分野……すなわちクイズ勝負に持ち込むべく、問いを発した。
「……問題ッ! 地球から冥王星までの距離は……」
「四十八億キロメートルだ。ちなみに到達した探査機は『ニューホライズン』、2015年7月14日」
「なっ……! こいつ、まさかバカじゃない……!?」
……否。発しようとして、出鼻を挫かれた。
磊星が事もなげに提示したキーワードの中に、正解があったのか。
先読みされて答えられたクイズは、その続きを言えず愕然とした。
「サービス問題を出してくれたお礼だ。……
ギンガはふたたびバックルを押した。中からはじき出された八色の光球、
〈水金地火木土天海! 宇宙にゃこんなにあるんかい! ワクワク! ワクセイ! ギンガワクセイ!〉
ギンガの周囲で高速で回転するそれが、一反の外套を織り成す。肩にそれがマントとして打ち掛けられると同時に帽子は火の粉を散らして消えて、アンダースーツは星が瞬く群青の色に。
体勢を素早く立て直した主水だったが、ギンガのフォームチェンジと追撃の方が速かった。
蜂のように迫る膝が、クイズの脇腹を鋭く突いた。
起き上がりかけたその身体を抑えつけ、悶絶させながら、空いたその手で三度目、バックルを押す。
〈ストライクザプラネットナイン!〉
必殺にして万端の準備が整った彼は、主水を宙へと向けて蹴り上げた。
引力のまま落下するかと思ったその身体が、何かに縫い付けられたかのように固着する。
クイズの眼前では八つの惑星が直列に並んでいて、ギンガとの中間を埋めていた。
宇宙のエナジーを軸足のバネとして飛び上がったギンガが、天体を模したその球体をくぐり抜けていく。
一星をくぐり抜けるごとに、そこに内包されたエレメントを飲み食らっていく。力を増し、速度の高め、神秘的な輝きを放ちながら、身動きのとれないクイズの身体をキックで穿ち抜いて散華させた。
――それぞれに、出自も時代もバラバラ。得意とする領分も違う。
それでも万全を期して、暗黙であるものの十分な連携のうえにギンガを取り囲んだ。
だが異空の果てより飛来した仮面ライダーは、その攻勢をものともせず正面から打ち破った。包囲のうちの二角が潰された。
もはや組織的な対抗、いや抵抗さえも難しい。
音もなく、浮遊感とともに地に舞い降りたギンガに、散発的な攻撃は直視せずとも跳ね除けられていく。適当な感じで残る忍者たちを太刀筋をさばきながら、ライセを見つめ、そして近づきつつあった。
「どうした、変身しないのか? お友達に守られてばっかか?」
そう揶揄しながら知れ切った答えを待たず、マントのかかった肩をすくめて見せる。
「まぁ、出来ねぇよな。お前空っぽだもんな」
「……お前に、何がわかる?」
「分かるさ」
かじりつくように飛んできたハッタリを片足のみで叩きつぶし、何事もなかったかのように踏み越えて、なおもギンガは進撃を止めない。
「俺は宇宙を旅して今まであらゆる星系、あらゆる人種、あらゆる生物の『仮面ライダー』を見てきた。そしてスケールの差、文明の違い、そう言ったものは数あれど、ただひとつ共通して言えることがある」
ギンガは一度足を止めた。いや、これ以上進む必要もなかった。
おのれの射程距離に、いや手を伸ばせば触れられる位置に、すでに彼は居た。
「それは、『仮面』も自分の貌のうち、ってことだ」
他と比べればシンプルな部類に入るマスク。それをツルリと撫で上げながら、磊星は言った。
「仮面ライダーとしての姿ってのは、力ってのは、それを求めるだけの何かがあったから手に入れるもんだ。たとえそうでなくたって、使い続ける意義があるから俺たちは仮面をかぶっている」
乱暴にうそぶくギンガだが、妙な説得力を持っていた。そして、ライセにも覚えがあるから共感する。
『忍と書いて刃の心、仮面ライダーシノビ!』
――自分が身に着けたものに対する、想い。
『救えよ世界、答えよ正解』
――誰かのために自分はそうあらねばならないという、覚悟。
『鋼のボディに熱いハート! 仮面ライダーキカイ!』
――世界がどう歪もうとも自分だけは変わらないという、意志。
『燃える太陽、無数の惑星。遥かな宇宙は俺の庭』
そして、果てなく拡大する野望や自我でさえ、自分がその力に見合ったライダーたらんとする、気宇だ。
「一目見てわかったよ。あぁこいつには、そういうモンが何もねぇんだなって」
指摘されて、俯く。
悔しいが、否定する材料さえ一片も今の自分には残されていない。
「だがそれで良い」
ギンガは声を転がすようにして笑いながら、意外にも肯定した。
「無から有が生み出されることがあるのか? ブラックホールの先に広がるものは本当に無だけなのか? 俺はそこんところに興味がある。だからここに来た。だからそうして何もできず悔しいと思ってんなら、根性見せて何者かに成ってみせろよ」
人の気も知らず、自身の願望ばかりを押し付けてくる。
だが、促されたところで、煽られたところで、沸いてくるのは悔しさを上回る虚無感だけだ。見え透いた挑発ではあるものの、磊星の言葉はライセにとっては真理だった。
自分には何もない。この姿も、力も記憶も思考も上っ面だけの借り物で、それが引きはがされた今となっては、動くことさえままならないただの木偶だ。大人しく、消えることだけが、自分の願いだ。
「そうか」
磊星は沈黙を、自身の願いに対する否定と受け取ったようだ。
だが怒りはない。徒労と考えているフシもない。
「じゃあ、死ね」
ただ彼の言葉には、ライセの脳天へ向けて振り下ろされた必殺拳には、足を引きつって死ぬのを待つ虫を見下ろすかのような、無常な響きがあった。