鉄の音が聞こえる。刃が、枯れた目のその先で紅の火熱を散らし、ライセの向く先を照らして示す。
シノビの逆手に構えた刀が、下から支えるようにしてギンガの拳を受け止めていた。
本来は力で競り合うライダーではない。前線に躍り出て、真っ向から強敵の攻勢を受け止められる特性はない。
それでも彼は、神蔵蓮太郎は。
刀と呼ぶには尺度も厚みも欠けたたった一筋の鉄に渾身を注ぎ、魔人の拳圧を受け止めた。
「蓮太郎……」
名を呼ぼうとする。今まで一度も、呼んでいなかった、彼の名を。
「ライセ、こいつの言うことは……間違ってるッ!」
そう強く断言するや刀を翻し、ギンガの胴を狙う。
だがその太刀筋は難なくかわされる。それでもライセから彼を引き離すという蓮太郎の目論見は成功したことになる。
「ほう? 何をどう間違えたってんだ」
〈ストライクザプラネットナイン!〉
ギンガワクセイが再度ベルトを叩く。
シノビもまた、メンキョカイデンプレートを回転させた。
〈フィニッシュ忍Pow!〉
そして蓮太郎はみずからを紫の光弾として射出した。
だがそれはギンガを打ち破るためではなかった。それだけの力はない。そう判断したであろう彼は、攻撃ではなく、回避のためにそれを用いた。
星の列が、不規則な弾道を描いて紫の旋風を追う。
「こいつはっ、お前に何もないと言った。けどそれは違うぞ! ライセッ」
磊星の問いかけは無視し、あくまで蓮太郎はライセに向けて言葉と誠を尽くす。
「たしかにお前は力も姿も記憶もっ、誰かからの借り物かもしれない!」
逃げるシノビに追うギンガ。その速度はすでに佳境に達し、姿はすでに肉眼ではハッキリと捉えることはできなくなっていた。
「――けど、ここまで歩んできたのは、お前自身だろっ!」
それでも振り絞られた彼の言霊は、ライセの耳に、心に届く。
「本物の俺たちや来海ライセ、常盤ソウゴに較べれば、一瞬のことだったのかもしれないっ! とるに足らない一歩だったのかもしれない! けどそれでも、その一瞬はお前の必死に生きた証だ、その一歩は、俺たちの旅だ!」
砂砂利の上を滑るようにして後退したシノビは、そう喝破する。
その彼に対し、星の陣列は直線的な追尾を止めた。分散する。点での突撃を止め、自分たちが降り注いで面による爆撃に転ずる。
爆熱に、シノビの全身が飲み込まれる。
爆風が爆風を吹き飛ばし、互いに対消滅するかたちで炎が消えた。そこにはシノビの影も形も残らなかった。
灰塵となって消し飛んだ。
――否、ひとひらの木の葉が、足を止めたギンガとライセの合間を、爆風に煽られ舞い踊った。
〈カチコチ忍Pow!〉
霜が地を奔る。凍結がギンガの脚を縫い付ける。
その氷遁の術を繰り出したハッタリの許に、奇術でもって敵の攻勢をすり抜けたシノビが降り立つ。
「たとえ存在がハッタリだって構うもんか! 自分自身で、マジにしちまえっ!」
ハッタリがいつになく勇ましくうそぶく。
その名の通り、勇ましく、自身の信じる正道を往く。
しかし、そんな彼を哂い、ギンガは自身の脚力を恃みに強引に氷を引きちぎろうとした。
その背に、さらに冷気が吹きかけられた。凍結はさらにその膝にまで達し、拘束を破らんとしたギンガの動きをさらに鈍磨させることになった。
「子どもを助けたお前を動かしたのは、肉体を持たない俺たちや本物の来海ライセじゃなく、お前自身の心だったはずだ! だから、俺はお前を信じることにした!」
起き上がったキカイが、ギンガを挟んで向こうにいた。
立つのもやっとという体で、それでもなお、突き出した掌から冷気の波動を放出し続ける。
「しゃらくせぇっ」
気炎の一吼とともに、ギンガは星弾をキカイへ向けて飛ばした。
「問題ッ」
そこに、青と赤を両側に備えた人影が、割り込んだ。
「堂安主水は来海ライセを信じる。○か、×か?」
主水は、そんな問いかけとともに
「なにっ……ぐわっ!?」
攻撃が×を通過する。不正解と判断され、ギンガの身体を稲妻が打った。
「とまぁ、そんな具合だ」
クイズのスーツは傷のついていないところはないほどの、文字通りの満身創痍の体だった。それでもクールな佇まいを崩さず、腰に手を当てたまま。
「お前はたとえ絶望的な真実を突きつけられても、それから目を背けずに受け入れた。俺たちのこともな。……まぁ、格好はつかないしみっともないったらありゃしないが……だからこそ俺たちもお前を認める。その傷も涙も隠したいのなら、それこそお前自身の『仮面』をつければ良い」
変形したシンボルをベルトに再セットし、クイズは飛び上がった。
シノビが、ハッタリが、キカイが、それに続いた。
〈セイバイ忍Pow!〉
〈ファンタスティック忍Pow!〉
〈ファイナルクイズフラッシュ!〉
〈フルメタルジエンド!〉
「だからライセ……俺たちは、お前の心を救うっ!」
異口同音。一心同体の彼らはそうライセに檄を飛ばし、己を飛翔させる。
今度こそ、四方から一挙して、必殺のキックを、それぞれの渾身のエネルギーを注いで叩きつける。ギンガ唯一自由の利く両手を伸ばし、その掌から障壁を展開する。
だが一層、もう一層と彼らはその一撃に賭けて突き破っていく。
やがてギンガの出力にも限界が来たのか、最後の一枚も穿ち抜いた。
そしてギンガに直撃を喰らわせる……
「『ギンガファイナリー』」
――そうなる、はずだった。
ギンガを呑み込む妖星の輝きが、最後の反撃も跳ね除けた。
そればかりか、翻されたマントから迸る棒大な熱量が四人のライダーを瞬く間に飲みくらい、一瞬にして、今度こそ確実に蒸発させた。
紫色のスーツ。惑星の環にも似た銀色の帽子。星の外套をまとっている。
現実世界で見たギンガとまったく同じ姿が、彼らの視線を釘付けにした。
だが、あきらかに全身に内包された力の度合いが、質が違う。
ギンガファイナリーと、磊星は新たに名乗った。
おそらくそれこそが、真の力。最終フォーム。その呼称のとおり、宇宙の終焉を告げる者。
おそらく今までは狼が恐れ知らずの子犬に吠え立てられて困惑しながら戯れていただけだ。
それを本気にさせた結果、つい剥いた牙は子犬たちをズタズタに引き裂いた。そんな様相だった。
「キバった結果が、これかよ」
自身でも大人気なさ、味の悪さでも感じていたのか。磊星は締まらない口調で首を傾け、息をつく。
そしておもむろに、残敵たるライセを消滅させるべく、掌を突き出す。
〈ギガスティックギンガ!〉
そこに、原始的な闇と光が交錯しながら色を生む。綾を成す。
それは小規模ながらも一つの銀河だった。触れればまず、いかな『無』と言えども消滅は免れまい。
何かを言い残すことも、思い残すことも許さない速さで、ギンガはその力を光線として打ち出した。
だがその光より速く、動く影があった。
ライセの前に滑り込み、刃閃かせた。
〈ビクトリー忍術!〉
シノビ。神蔵蓮太郎。
光輝を帯びた一閃が、自然を応用したなけなしの力が、風が、宇宙の暴流を押し留める。
だがそうしている間にも、手にした忍者刀が軋む。歪が生じ、亀裂広がっていく。
もはや数秒と持つまい。
「あぁ、そう言えばあの磊星は、ひとつ正しいことを言ってたよ」
それなのに。
語りかける口調は平常と変わらず。エネルギーの余波をまともに浴びせ、剥がれ落ていくスーツから、マスクから垣間見えた表情は穏やかで、すぐ自分も他の彼らと同様に消えると知りながら、絶望とは無縁の明るい様子だった。
「ライセ、俺たちは、被害者でも犠牲者でもない」
そう言い切って、大きく顧みて、蓮太郎は照れくさそうに微笑んでみせた。
「俺たちは、お前の友達だ」
それが、最後の
その表情のままに、破滅的な宇宙の力を一身に負って、別れを告げる余地もなく消し飛んだ。