RIDER TIME:仮面ライダーミライ   作:大島海峡

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episode4:そして来る星海0000(11)

 衝突した力が、収斂する。相克した光輝が、姿を変じた青年のもとへと吸い込まれていく。

 やがてそれも泡となって消えて、来海ライセの姿に戻った。

 掌を裏返し、表返し、自身の肉体(アバター)の具合を確かめるが、不調とも呼ぶべき部分は、驚くべきことにどこにも見当たらない。

 ただ、今まで感じていた所在ない、足下のおぼつかないような感覚はすっかり気配を潜め、あるべきところに、あるべきものが当てはまった、という理由もわからない安定感を噛みしめていた。

 

 来海磊星もまた、ギンガの変身を解いていた。

 一度彼と力を巡って衝突したが、ダメージらしいダメージを受けてた様子はそれほど見せていない。

 手で袖口を払うような所作で余裕をアピールし、圧倒的な強者の風を見せつけてくれる。

 

 だがその彼が、おもむろに自身のベルトからバックル部分を剥がし、何を思ったか突然ライセへ向けて放り投げた。

 

「やるよ。面白いモンを見せてくれた礼だ」

 

 あえて多くを語らずぞんざいに、ゲームソフトの貸し借りよりも軽い調子で、今まで行使してきた最強の力をライセへと譲り渡した。

 

 その真意はあえて問うまい。今はともかく、不安定だったミライドライバーの力がようやく最終段階をクリアした。そしておそらく、世界を救うだけのエネルギーを手に入れた。

 

 ――そして、自分の在り様を見定めてようやく、それを利用して崩壊を止める手立てが見つかった。

 そのことを、今は、喜ぼう。

 喜ばなければいけない。そのはず、なのに。

 

 漏れてくるのは喜悦ではなく嗚咽。

 浮かぶのは歓喜ではなく慙愧の涙。

 

 心を開き、眼を開くまで、いったいどれほどのものを喪ったのか。

 彼らの大切さが、身近から消えて初めてわかった。

 仮にもさっきまでの敵の前だと言うのに、こらえきれずにのけぞり、むき出しになった喉を震わせて、ライセは慟哭した。

 

 

 

「蓮太郎ー……っ! 勇道っ、レント、主水ーッ!」

「呼んだ?」

「っておわあああっ!?」

 

 

 悲痛な嘆きは素っ頓狂な絶叫に転じた。涙も思わず引っ込んだ。

 ごく普通に出てきた。

 ぞろぞろと虫のように。

 先の戦いで散ったと思われた仮面ライダーたちが。

 

「ど、どうして……」

「どうしても何も、データだからな。お前と一体化した」

 

 自分の命の定義にはまるで頓着していない様子で、レントが応じた。

 どれだけ痛めつけられて身を張っても変わることのない、一秒後には磊星さえ巻き込んでいつもの漫才でも始めかねない様子の四人に、ライセは頭を痛めた。

 

「まったく、こっちはもう会えないかと思って泣きそうだったってのに」

 

 そう嘆いてみせると、奇妙な沈黙が数秒の時をかけて流れた。

「いや、それは間違いじゃないんだ」

 その合間にも、答えた蓮太郎の輪郭が曖昧になりつつあった。

 彼だけではない。勇道も主水もレントも、そして磊星でさえも。

 皆手足の先から、泡に呑まれて消えていく。

 それに対する恐怖を表情にも言葉にもせず、ただ静かに受け入れていた。

 

「……なんだよ、結局……結局消えるのかよっ!」

 

 せっかく分かり合えたと思ったのに。助けられたことへの感謝も伝えていないのに。

 一度受けた喪失感からまだ立ち直りきれずにいるのに、そのうえでまた全員が消えるという。

 

「しょうがないさ」

 主水が言った。

「お前は自分の答えを見つけたんだ。俺たちの進む方向とは違う、お前自身の道を。だから、俺たちの援けなんてもう必要ない。そうお前自身が判断したんだ」

 

「いや、そもそも本来の俺たち全員が、別々の世界、別々の時代で、別々の道を生きてきたはずだ」

 レントが言葉を継ぐ。

「それが、今回はたまたま交差しただけのことなんだ。だから、その時が過ぎれば分かれる」

 その隣で、メタリックな音のする肩に消えゆく手を置きながら、勇道が複雑そうに笑う。

 

「まぁ、こんなハチャメチャな連中と組むことなんて一度あるかどうかだけどな。……僕ら、世界が変わったとしてもまた会えるかな? 蓮太郎」

 そう心細げに尋ねる『相棒』に、蓮太郎は微笑み返す。

 だが、安易な肯定はせず、ただライセに向けて細めた目を向けた。

 

「それは、がんばり次第ってところだな。俺たちと……ライセのな」

 

 え、とライセは重い声で聞き返す。

 自分の道と彼らの道は分かたれたと、今言われたばかりではないのか。

 思わず抜けた調子になってしまったその声に、磊星が呆れたように反応した。

 

「なんだお前、わかんねぇのかよ」

 

 力を奪われ、今消滅に巻き込まれかけているというのに、戦っていた時と変わらず傲然としている。

 その度量だけで言えば、宇宙を丸呑みにする王者そのものだ。

 

「別れるつったって、またいつかつながることだってあるだろ」

「でも、俺は」

 

 ライセは、すべてを無に帰す一方で、時間軸を固定する。相反する要素をもったミライドライバーを核としている。

 そのいずれをとっても、一度解き放たれ、分かたれた時間がふたたび結集する可能性は、きわめて低い。

 そんな自分がこの先何をしたって、ふたたび時間が交差するだろうか。

 

「まぁだその程度の認識でしかないのか。半可者め」

 馬鹿にしたように磊星は鼻で嗤った。

 

「いいか、未来ってのは何も見えないってことじゃないし、過去の誰かによって固定されていいもんでもない。そんなもん、クソつまらんだろ」

 

 そのくせ瞳だけは星の光を宿して強くきらめきを放っている。まるで天体に夢を馳せる少年のごとくに。

 

「未来ってのはな。今を生きる人間の選択によって無限に広がっていく海だ。当然そこには暗礁がある。底なしの闇へ引き込む渦がある。だがそれだけじゃない。ワクワクするような可能性が、秘められてるんだ」

「無限の、海……」

「そしてその中から一つの未来を選ぶことは、それ以外の可能性を消し去るってことじゃない」

 

 そして話は、ふたたび蓮太郎へと戻っていく。彼らの姿は、すでに上半身しか見えなくなっていた。

 

「ライセ、俺たちもそれぞれの時代を、瞬間瞬間を必死に生きて、戦っていく。俺たちの未来を、俺たち自身の力で切り開く。だからお前も、今この一瞬を必死に生きて、お前の望む未来を、照らせ」

「たとえその未来をお前自身が見ることができなかったとしても、きっとその先の誰かが、お前が照らした未来を進む」

 

 そう静かに言って、主水は、眼を細めた。

 きっと彼は、うすうす感づいている。

 これから、ライセのしようとしていることに。

 

 崩壊は彼らのみに留まらず、ライセの内部世界全体にまで及んでいた。

 きっともう、模倣するだけの空疎な虚構世界はもう要らない。ここも世界のひとつだが、彼らが去ればここはもっと無意味な場所と化す。そう判断した無意識が、そう判断したのだろうとライセは自己分析した。

 

「さぁ、だからもう行け」

 

 蓮太郎に促されたライセは、彼らに背を向けて走り出した。

 その消滅が見たくなかっただけではない。自分が挑むべき現実に、今に、そしてそこからつながる未来を見据えるために、彼は踏み出した。

 

 そしてその成就を信じるからこそ、彼らは多くの激励をライセには与えなかった。

 手向ける言葉は、ただ一言。彼の新たな力、戦士としての姿、仮面。

 その名は――




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