ライセ。
ソウゴは、自分の近くに現れた彼の名を呼ぶ。
偽りの名。それでも、彼の名前。
優しげに微笑み返した青年は、友へと向けて手を差し伸べた。
もはやそこには自暴自棄になった時の動揺はなく、静かに、だがしっかりと己を見定め、覚悟を決めた男の姿があった。
何があったのか、何を悟ったのか、何を得たのか、何を想ったのか。
細めた瞳を見れば、その手を掴めば、語る必要はなかった。
「ありがとう、ソウゴ」
ソウゴを引き上げたライセはおもむろに礼を告げた。
「本当は知りもしなかった俺のことを、友達って言ってくれて」
ミライドライバーを背の後ろから取り出す。腰に巻く。
「だから、それで十分だ。今、俺の
自身の胸に手を当て、噛みしめるようにライセは呟いた。
それに意気に呼応するかのように、そのベルトのバックルが、奥底の隙間より輝き始めた。
振動する。亀裂が入る。黄金の光とともに束帯はその意匠を一変させ、バックルは粉砕され、内臓されていた基盤が露わになる。散った破片が空中で離散集合をくり返し、球体となってふたたびベルトの前方へと取り付いた。黄金のビスが、フレームが、それを繋ぎ止めていた。
その様相は天球儀。あるいはプラネタリウム。あるいは灯台の明かり。
球体の表層にはいくつものレンズが光り、内臓された色が星光のごとくまたたく。
ライセは戦意とともに前方を睨んだ。
警戒して立ち止まるアナザーライダーたち。いや、その奥に控えた、姿を持たない何者かを。
そして右手をベルトに滑らせて、その中央の天球を回転させた。
レンズから無数の光が放射されて、それが空いっぱいに『窓』を照らし出して浮上させる。
『窓』の奥には、戦士たちがいた。
異なる世界が広がっていた。異なる時代が開かれていた。異なる物語がつづられていた。
シノビ、クイズ、キカイ、そして自分の知らない形状をしたギンガ。
それ以外にも、大勢の、未だ知らないライダーたちが、人類やその自由を守るべく、それぞれの脅威と争っていた。
黄色い水上バイクで敵を翻弄する青いライダー。赤い槍にもたれかかる上下三色のライダー。
ベルトを巻いた黒コートの紳士が見下ろす中、同じ形状のドライバーで変身して無数の機械生命体と戦うドライブに似た黒いライダー。
巨大な眼玉のマシンの支配する世界、今のソウゴたちと同じように孤独に奮闘し、それでも希望と可能性を信じて前に突き進む白いゴースト。
青いデンライナーに乗り、大剣を担ぐ新たな電王。
他にも何人もの仮面ライダーたちが勝敗を、生死を、興亡をくり消して星のように瞬いて消える。消えて再び蘇る。あるいは意志が引き継がれていく。
それらに言葉に尽くせない想いを馳せるように、築き上げたライセの手が空をなぞる。
息を吸う。左手が風を切るようにしてスライドし、球を逆回転させた。魂魄を燃やすような音声が轟く。
「変身ッ!」
万感の思いをその二字に込める。
天上に広がっていた無限の可能性が、光帯となり、鎧となってライセの一身に収束していく。
〈Over hollow me, Follow your future! MIRAI the KAMENRIDER!〉
すべての光の脈を飲み込んだライセの姿は、まるで円筒のようでもあり、それこそ灯台のような直線的なフォルムだった。
首元を詰襟のようなアーマーと赤いマフラーが防護し、頭の左半分を三角帽子を斜めがけにかぶったかのような異形の兜が覆い、その反対側で丸みを帯びた目が黄色く輝く。
「示せ未来、広がれ可能性……照らせ未来!」
突き伸ばした拳を広げ、口上とともに彼は告げる。
「仮面ライダーミライ!」
残酷な真実、欺瞞に満ちた虚な自分。
それらの苦しみを乗り越えてようやく手に入れた、己自身の本当の名を。