来海ライセは夢を見る。自身の内面を視る。
もちろん現実の彼は、バイクの操縦をして100キロ近い速度を出しながら車道を駆けている。その中で眠りにつけば、周囲を巻き込んで大惨事的な事故を起こすことは疑いもない。
だがハンドルを握る少年の意識は、常人以上に鋭敏ではっきりとしている。それと同時並行で、別の思考のもと、別の世界を観ているというだけだ。SFでいうところの二重思考や多重人格とは、また違うが。
その夢の下地にあるのは、虚無だった。
木漏れ日ほどの光さえ差し込むことのない暗黒の世界。手探りでそこを歩き回る彼は、やがていくつもの岐路に分かれた中心点にいたった。
そも足場や、自分自身の肉体が実在するのかさえ定かではないこの空間で、その点と線は燦然とした輝きで結ばれていた。
重い鉄の扉。
まるでクイズショーのように○×の二択に枝分かれした扉。
ブラックホールのように渦巻く奥に広がる無数の星の道。
等々。
その道のうち、少年は一筋を選んだ。前を妨げる襖戸を、引いて開いた。
「お……よぉ、どうした」
その中に広がっていたのは、その戸のイメージと合致する、広い間取りの古民家だった。
ほの暗い床の間の中で、どういう原理で輝いているのか、コンセントのない照明スタンドだけが唯一の光源だった。その灯りを頼りに盆栽の手入れをしていた彼が、侵入者に気づいて振り返った。
――もっとも、『侵入者』というのであれば、ライセからしてみれば彼の方こそがそうなのだが。
まるで邪気というものがない屈託のない笑みに、いつも苦言を呈そうとした口が濁る。
だが今日こそは一言言ってやらなければ気が済まない。いつも、この空間に来られるわけではない。たまたま彼ら仮面ライダーと波長が会った時、こうして道と扉がつながるのだから。
「いつまで俺の中にいるんだよ」
言う時はストレートに、伝える。その程度で傷ついたり怒ったりするような繊細さがあれば、そもそも人の心の内に長居などできない。
「そう言うなよ。お前だって、俺たちの力がまだ必要なんだろ?」
大して申し訳なさそうに、返す。
「記憶を取り戻すまでの辛抱だって」
――そう、彼は、この神蔵蓮太郎という人物は、断片的な記憶喪失だという。
名前は憶えている。
自分が仮面ライダーシノビで、2022年にその力を手に入れ、闇の忍者集団である『虹の蛇』という組織と人知れず暗闘していたという。
だが平時彼がどうしていたのか。表向きはどういう職業だったのか。友人関係や家族構成は?
そして、何故、どうやって自分たちが来海ライセの心象世界に来たのか?
それらが、すっぱりと抜け落ちているというのだ。
「ここも多分、俺の記憶をベースに作られているとは思うんだが」
とは彼の弁。自信なさげに言葉を濁すのは、その確たる記憶も自信もないからだろう。
「それより、ぼ……俺様も文句があるんだがなっ!」
と言って踊り込んできた、仮面ライダーハッタリこと
自身がライダーの力を手に入れ、かつシノビの敵手であったことも、一時的な共闘関係を結んだ記憶も存在するが、誰からその力を与えられたのかはわからない。
その素顔は王子然とした爽やかな風貌だったが、それに反してせわしない挙動が多い。パニック映画だとすれば、まず一、二に犠牲になるタイプである。
「なんでハッタリの力でトドメを刺さない!? そこのシノビなんかより、断然使い物になるぞ」
「役に立つのは認めるけど、パワーがなさすぎるんだよ……」
「そこをカバーするのがお前の仕事だろ、そいつのと違ってゴールドヒョウタンだぞ!? そのポテンシャルは、ハッタリじゃなくてマジだぞ」
「ハッタリだろうとマジだろうと、使い方は俺が考えるの!」
「なにぃ!」
ヒートアップしていく両者を「まぁまぁ」と蓮太郎がなだめる。
だが双方から「黙ってろ」とにらまれれば、さしもの仮面ライダーシノビも「はい……」と消え入るような声とともに前で手を合わせてすごすごと着席した。
「だいたい、シノビと一緒にいなきゃいけないこと自体は気に食わないってのに」
そうこぼした勇道だったが、一瞬ぐっと苦いものを飲み込むようにその美貌をひどくしかめた。
「どうかしたか? ハッタリ」と蓮太郎が問えば、
「――なんで俺様は、シノビとこうもいがみ合ってたんだ。というか僕はどうして、こいつが僕のことを覚えてないことに、こんなに……っ!」
せっかくセットした髪をガシガシとくしけずり、
「あぁ……もう腹が立つ!!」
と、青年は苛立ちをむき出しにしてきびすを返した。
荒々しく襖を閉めた勇道。おそらくは僕という一人称が本来の口調なのだろう。やたら自信家なのはそれこそ
「……ま、悪く思うな」
その彼のかすかな渋面を、勇道に対する悪感情と捉えたのか。
蓮太郎は、ライバルであるはずの彼をフォローした。
「あいつもきっと、今の状況にいっぱいいっぱいなんだよ」
「知ったような言い方をするんだな」
「案外、プライベートでは仲良くやってたのかもしれないな。俺たち」
トゲを含んだライセの言いざまに飄々と受け答え、ふたたび盆栽の世話に戻った。
だがライセもまた部屋を去ろうとしたとき、ハサミが止まった。
「そういえば、俺のほうもお前に聞きたいことがあったんだった」
だから波長が合ったのかもしれない、と蓮太郎は推論づけた。
「なに?」
眉をひそめたライセが尋ねると、視線は向けずに蓮太郎は尋ねた。
「さっきのライダー……Gだっけ? 俺たちはわからなかったけど、知り合いなのか?」
「あぁ、あんたたちと合う前からね」
少なくとも個性的を通り過ぎて過干渉な『後輩』よりはよっぽど、信頼に足る大人だとライセは思っていた。
ところが問うた側の蓮太郎の反応は、ふぅんとひとつ相槌を打っただけの、淡白なものだった。
「出会う
最後に誰にともなくそうつぶやいただけで、あとはふたたび手を動かし始め、それ以上何かを問うことも答えることもしなかった。