RIDER TIME:仮面ライダーミライ   作:大島海峡

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episode1:ニンジャ、再臨『2019』(6)

 未来の王は、河をつなぐ大橋を闊歩していた。

 紫の衣の裾をなびかせ、その一歩は磁気嵐のような力のほとばしりを、周囲に散らしていた。

 

 背を向けた街では騒動が起こっているが、彼にはそれとかかずらう気はなかった。

 彼は新たな力……妹の王族としての才能と世界の破壊者としての能力。

 両者の力を手に入れた時点で、その目的の大半は成功していると言って良かった。

 

 ゆえに彼個人としては雑多な物事に拘うことなく自身の覇道に邁進していけば良いのだが……どうやら、その雑多な有象無象は見逃してはくれないらしい。

 

「ほう……?」

 

 未来の時の王は、スウォルツは、橋の半ばまで来て初めて足を止めて振り返った。

 そこには、自分の生み出したものではない、異形の怪人の姿があった。

 

 擦り切れた黒いアンダースーツの上には、錆びついた銀食器を思わせる装甲、フジツボのへばりついたワインボトルが挿入されたベルト。剥き出しの歯や目。

 そのボトルのラベルに書かれているであろう出生の年代は定かではないが、元となったライダーの名前はアルファベットを探るまでもなかった。オープナーを突き立てた心臓を模した胸部装甲に

 

 『G』

 

 と施されていた。

 

 

 理由も原因も正体もわからず。だがその敵意は、殺意は、スウォルツ個人へと向けられていた。

 一体ではない。群体だ。

 

 その背後に、カブトの時間軸の怪物……宇宙生命体ワームのサナギ体をぞろぞろと控えさせていた。

 

 みずからが見限ったタイムジャッカー、ウールとオーラの仕業かとも思ったが、スウォルツでさえ認知していないアナザーライダーをもう終わったような連中が擁立できるとも思えない。

 

「面白い。何者か知らんが、この力を試すにはちょうどいい」

 

 謎は謎のままに飲みくだし、スウォルツはその手にウォッチを握りしめて、そして他者にしたのと同じように、それを自身の肉体へと埋め込んだ。

 

〈DECADE〉

 

 新たに奪取した彼の力が、その長躯を変容させていく。

 王と呼ぶにふさわしい異形かつ堂々体格に、武将の直垂を思わせる腰回り、あらゆる並行世界を渡る旅人の姿は、覇者の装束へとその意匠を誂えられていた。

 

 これこそが、アナザーディケイド。

 この姿を手に入れたことが、彼がおのれの世界を救済するための事業に王手をかけたことを証明していた。

 

「行け」

 

 片腕をかざすと、灰色のオーロラの隔壁が生じた。その波の合間より、別の仮面ライダーが現れた。

 線路を想わせるシルバーのライン。本人の凶暴性と暴食性をそのまま形としたかのような、ワニの口を模した肩口やマスク、あるいは剣などが鈍く銅色に煌めく。

 そのありようは、到底正義や人々の自由を掲げる戦士の姿ではない。

 

 仮面ライダー牙王。

 かつて電王の強敵であったダークライダーは、常盤ソウゴの知人を媒介に創世されたアナザーワールド、電王に勝利したIfの可能性より招聘された。

 

「面白ェ。喰いでがありそうだ」

 

 元来何者にも従属することがない凶漢だが、自分が望む以外の時間を消滅させるというスウォルツの究極的な目的と彼の生き方が合致していた。いや、この場合は目の前の『食欲』を優先させたと言った方が正しいか。

 

 牙王は命ぜられるよりも先に自身からワームの群れへと突っ込んだ。

 重低音とともに踏み込んだ彼の一斬が、その隊列を切り崩していく。そこに躊躇や退却の気配はない。ただ衝動のままに突き進む。

 

 回避らしい回避もせず。

 防御らしい防御もせず。

 ただあるのは前進、攻撃、力押し。

 

 だが何者も彼を傷つけることは出来ず、ワーム達はただ狩られるのを待つ獲物の群れに過ぎなかった。

 擬態して動揺を誘うにしても、そもこの男においては面を突き合わせて狼狽えるような相手も精神性も持ち合わせてはいなかった。

 

 やがて、ワームの幼体たちは数で勝りながらも、後退を始めた。だが、後方より崩れるまで退路は確保されない。

 

〈Full charge〉

 

 弄ぶのも飽きたと言わんばかりに、自身のバックルにマスターパスを読み取らせ、用の済んだそれを投げ捨てる。

 

 ただでさえ巨大な剣が、さらに光で膨れ上がる。自身の側に向けた鋸刃が、怪獣の背びれのごとくに輝きを見せる。

 

 撃ち出された渾身の一薙が、空気の壁を焼き切りながら、ワームたちを一掃……いや併呑していく。

 

 爆炎の数珠を繋がれていくその中心点で、牙王は冷ややかに肩に刃を負った。

 

 一方で実質上の一騎打ちになっていたスウォルツとアナザーGだったが、こちらも決着がつけられようとしていた。

 否。

 それは対等な闘争にもなってはいなかった。

 

 同じアナザーライダーではあるものの、そもそもの格が違う。

 自身の心臓部から引き抜いた螺旋を描く刃を自身の武器としたアナザーGだったが、袈裟懸けに斬りかかった。

 だがアナザーディケイドは回避などせず、手足の指先一本さえ動かすことがなかった。

 正面からそれを受けきったスウォルツは、力任せに拳で殴りつけた。

 あまりの衝撃に手放された剣を投棄そて、アナザーディケイドは腰を沈め、エネルギーを右脚へと集中させた。

 

 重ねたカード状に凝縮されたエネルギーが、叩きつけられた足裏からアナザーGへと流し込まれる。

橋向の彼方へと吹き飛ばされたアナザーライダーは、そのまま地に足をつけることさえも許されないままに爆散した。

 

 

 

「――ふん、他愛もない」

 

軌道に沿って黒く焦げ付いた橋を眺めながら、アナザーディケイドは鼻で嗤った。

正体不明の敵ではあったが、あの程度ならアナザーディケイド……そして遠からずわが物となるオーマジオウの力をもってすればどうということはない。

 

「ご苦労。お前の『世界』に戻るがいい」

 

牙王に形ばかりの労いを見せ、その脇を通り過ぎようとする。

 

 

「――いいや」

だがその背で、ガシャリと重い鋼の音が響いた。

 

牙王の剣が、地面に落下した音だった。

その音の方向へと振り返れば、その身体はしゅうしゅうと音を立てて、泡の中に飲み込まれていく最中にあった。

 

「どうやら喰われたのは、俺()()のようだな」

 

その像は、泡の中で薄らいでいく。

まるで胃の中で消化される内容物のように、そのかたちが、曖昧なものへとなっていく。

 

たち、という言葉を耳にした瞬間にしてようやく、スウォルツもまた自身の指先に異変や違和感を覚え始めていた。

 

「な、なんだこれは!?」

 

自身の手足がなくなっていく合間にスウォルツは狼狽し、対して牙王は泰然と構えていた。

 

「まぁ無理もねぇか。何しろこいつは……」

 

妙な悟ったような調子で彼は、消える間際まで言葉を紡いでいた。それでも、消える際は一切の抵抗も見せなかった。

 

一方で抗っていたのは、スウォルツだった。

 

「ば、バカな……っ!」

 

時を止めようにも、原因も解決方法も見つからないのにどうしようというのか。それは無意味な延命に過ぎなかった。

痛みはなかった。だがそれは恐怖でしかなかった。自覚もないままにおのれがなかったものとされていくという現象は。

まるでどこか深淵へと、抗いようのない力で引き込まれていくような感覚は。

 

「こんな、こんなことがあっていいはずが……っ!?」

 

まさか、自分が。

ここまで入念にして柔軟に計画を積み重ねてきていた自分が。

未来で時を司る王となり、すべての世界を破壊し、自身の時間軸の救世主たらんとしてきたこのスウォルツが。

 

こんなところで

消える

はずが……

 

自身の敗北と失態を認められないままに、スウォルツは怒号とともに消滅した。

 

 

 

――ことの一部始終を、橋の見える公園より、トイカメラのファインダーと、そのシャッターを押した男は見守っていた。

自身の力を奪った小憎たらしい相手ではあるものの、彼は目に見えるようにはその見苦しさを嗤ったりはしなかった。

あの男が奪ったのはすべてではない。多少の予防策は前もってしていたのはあるが、そもそも彼の存在そのものが漂流者であり、旅人であり、カメラマンであり、観測者であり、そして破壊者だった。

 

ゆえに、その言動は仮面ライダーであったころより何も変わらない。

 

「だいたいわかった」

 

とだけ、淡々と独語しただけだった。


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