「……いや、すっげぇ時間」
スマホのホーム画面には5:42の数字。とんでもない時間に起きてしまった。
凛を送って行ってすぐに寝たから、意識が飛んだのは何時頃だっただろうか。22時前には多分寝ている。
高校生とは思えない生活リズムの良さだ。普段寝ない時間に寝たせいでこんな時間に起きることになってるんだろうから、生活リズムはむしろ悪いんだけど。あとはいつもと違うベッドってのもあるかもしれない。
人間って絶対にいつも寝ている睡眠時間を取ると勝手に起きるようになるよね。俺の場合、普段は24時に寝て7時に起きる生活をしているから、約7時間ほど寝ると勝手に目が覚める。
「二度寝はもう無理かなぁ……」
意識を戻してから10分程ゴロゴロしてても寝付けない時は、諦めて行動開始をして眠くなった時にまた昼寝をする。これがニートである俺の心情だ。いや、ガチニートではないんだけど。
こんな早朝に起きてやること。これはみんな同じだろう。
半分寝ている体を叩き起して水分を補給する。寝巻きのままジャケットを羽織って、ギターケースを背負う。イヤホンとスマホも忘れずに。
「中庭ってこっちだよな」
靴を履き替えて玄関を抜け出す。門限とか聞かされてないし、朝だし別にいいよな。
昨日見た噴水を頼りに適当に敷地内を歩き回る。確か本社の近くあたりにあったような……
「あった」
噴水が目印の中庭。千川さん曰く、346プロのアイドルの人達はここでよくピクニックをしたりしているそうだ。
周りを見渡しても人はいない。まぁ、こんな時間に起きてる人の方が珍しいよな。
噴水から少し離れたベンチに腰掛けて、ギターケースを開ける。
長い弦がネックの先から髭のようにだらしなく伸びたままのアコースティックギター。凛からはダサいから切ってと言われるが、使い込んでる感あるやんと言い訳をして切らないままだ。だっていちいち切るのめんどくさいし。どうせそのうち弦も変えるし。
まだ陽の登りきっていない広場に軽いギターの音が零れる。
毎回チューニングが面倒だとはわかっていても、使ったあとはしっかり弦を緩めてしまう。ネックが曲がるのだけは勘弁して欲しいとはいえ、やっぱり面倒だよなぁ。
「──────」
ギターをチューニングしながら声も見る。
時たま朝早く起きてしまった日は、チャリを走らせて近くの河川敷でギター弾いて歌う。家に帰ればちょうどいい疲労感でまた寝ることも出来る。朝、不本意に早起きした時だけの俺のルーティンだ。
それがしたいが為だけに二度寝できそうでも無理やり起きてチャリを走らせる時もあるんだけど。
声は上々。寝起きだし1曲歌えば普通に戻るだろう。ちなみに俺は歌はそこそこ上手いというか、音域が広いという自負はある。
どちらかと言うと昔は歌を歌うことの方が好きだったからな。今では弾くのも歌うのも好きになってるけど。
空いた右側にスマホを置いて、いつでも見れるようにTAB譜を開いたまま、画面を付けておく。
足を組んで、ギターを鳴らす。
『本当のことを言えば毎日は』
長いアウトロを体に染み込ませながら、ピックを置く。
うーん、声が若干枯れてて悲しかった。まぁ喉のケアとか一切しない人間だし妥当なんだけど。俺はプロじゃないしね。
「見ない顔だね」
「……ん?」
少し落ち着いた声。まさかショタか?
こんな時間に危ないだろう小さい男の子が……違ったわ。いや、見た目はちょっとショタっぽいわ。
「……少年?」
「初対面の女性に対して失礼なことを言うもんだね」
顔を上げたらレディがいました。
少し茶髪っぽいオレンジの短髪と後ろからはピンクの髪の毛が伸びている。すっげぇ髪型だな。部位によって染め分けてるのか? 東○オンエアのて○やかよ。
ジャ○ーズJrかと思うくらい美形でかっこよかったから男の子かと思ったんだけど。見当違いだったわ。
「……そいで、どちら様で?」
「キミとボクが誰だろうか。今はどうでもいいじゃないか」
なんか自己紹介拒否されたんだけど。僕この子が考えてることがわかんなくて怖いんだけど。
どうすりゃいいの? こっからの流れ。人前で歌を歌うの自体は恥ずかしくないけど、流石に初対面の名前も知らない人の前でやる勇気は俺にはないよ?
無言の時間が続く。あちらも様子を伺ってるのだろうか。めちゃくちゃに空気が重たい。ギガグラビティされてるみたいに重い。なんなら気まずいんだけど。
「……ボクはアスカ、二宮飛鳥」
「いや名乗るんかい」
お前絶対気まずい空気耐えきれなくなっただけだろ。やっぱり何にも考えてなかったやん。
思わず声に出してツッコんじゃったじゃないの。僕ってそういうキャラでもないのに。寒い寒い寒い!
「ボクはキミのことを知らないけど。キミはボクのことを知っているのかい?」
「ごめん。アイドルに関する知識が無いもんで」
「気にすることじゃ無い。真っ白なキャンパスに色をつけていくのと同じことだよ。寧ろ、今しかできない素敵なことじゃないか」
さっきから思ってたけど、この子ちょっと言い回しがアレだな。厨二病っぽいな。
というかこれ厨二病じゃないか? よくよく格好を見てみたらなんかすっごいテンプレみたいな厨二病患者の格好してるし。
「あぁ、今キミはこう思っただろう。『こいつは痛いヤツだ』ってね」
「その通りだよなんでわかるんだよ」
「でも思春期の14歳なんてそんなものだよ」
「ただの厨二病じゃねぇか」
年齢的にもドストライクじゃねぇか。なんなら14歳とか普通に現役中学二年生まであるじゃねぇか。マジのリアル厨二病じゃねぇか。
あまりにも役満すぎてびっくりしたわ。
「いわゆる中二なんで、ね」
「自覚はあるんだな」
「心の底から理想の役を演じきれて無いだけさ」
「キャラなん?」
「どうだろうね」
ウィンクしながら小悪魔的な笑みを向けられる。可愛いかよ。どーせアイドルなんだろうな、二宮も。
芸能界って怖いんだな。こんなにキャラの濃い子がたくさんいないと生きていけないんだろうか。毎回思うけど、こんなキャラの女の子たちが日常生活に紛れ込んでたらと思うと普通に怖いよな。やっぱスカウトってすげーわ。
てか厨二病に関してはこれ多分元からだな。一人漫才猫娘みたいなキャラ作りとは違うガチ天然もんだ。というか、マジで語尾ににゃんにゃんつけてる女の子がいたら普通に病院を勧めたくなるんだけどね。
そういや俺ってまだあの一人漫才猫娘の名前知らねぇなよな? 昨日凛にでも聞いておけばよかった。嫉妬するかな。ねぇか。ねぇな、それだけは。
「その髪型も演じる為のなんかだったり?」
「これはただのエクステだよ」
「エクステかよ」
「そしてただのオシャレだよ」
「ただの厨二病患者のセンスじゃねぇか」
俺、わかった。こいつあれだ、シュール芸の使い手だ。真顔でどんどんマシンガンみたいにボケてきやがる。こいつ絶対バラエティ適正あるだろ。
「まぁ本当はささやかな抵抗だよ」
「社会に対して?」
「そんなところかな」
なるほど、二宮は社会や大人に対して刃向かう系厨二病なのか。
厨二病には二宮みたいなタイプの厨二病と、ただ単にセンスとか厨二病を心の底から患っている痛い系純粋厨二病患者がいるからな。
「そもそも二宮はなんでここにいるんだよ。未成年の女の子がこんな時間に出歩いちゃ危ないざますよ」
「危ないも何も、キミもボクと同じ大人になれない子供だろう?」
「よく俺が未成年だってわかったな」
「俗に言う勘ってやつさ」
「たまたまじゃねぇか」
すげぇボケるな本当に。と言うかよく俺解読できてるな。いや、よく良く考えたら言い方が回りくどいだけだから、普通に二宮の言語を貫通させて真っ直ぐにして解読してるだけだわ。誰でもできるわ。
「それよりだ。ボクのことはアスカでいいよ。苗字呼びはやめてくれ」
「なんで?」
「みんなにはボクとして見て欲しいからね」
「飛鳥ちゃんか飛鳥くんどっちが良い?」
「呼び捨てにしてくれ」
よし、とりあえず一矢報いた。
これだな、飛鳥と相対するときはとにかくカウンターだな。飛鳥は喋り方が独特すぎるからあっちにペース持っていかれがちになるからな。隙を見せたら速攻右ストレートぶち込んで行こう。
「少し早起きしてしまってね。たまには朝日を浴びるのも悪くないとここに来ただけさ」
「案外普通の理由なんだね。ルーティンとかだと思ってた」
「早起きは得意じゃないんだよ」
「子供か」
「早起きが得意な子供もいるだろう」
そう言う問題じゃ無いんだけどね。キミのことなんだけどね。
というかもっと厨二病っぽい理由で朝早く起きてここにきてるのかと思った。ただの早起きかい。
気がつけば先ほどよりも随分明るくなってきている。ちょうどいい時間だよな、帰る準備するか。
「そういうキミはどうなんだい。さっきからボクに質問してばかりじゃないか」
「俺も早く起きちゃっただけだからここにいただけだよ」
「そんなものを持ってかい?」
「あぁ、まぁこれは……趣味だよ」
肩にかけたギターケースに視線が送られる。そりゃあ目立つよな。
なんて答えようか迷ったけど、朝早起きした時だけ発動するエセルーティンを1から10まで説明するのは面倒くさい。そんな訳で適当に間違っては無いように答える。
実際趣味だし。アコギもベースも。
「随分上手かったじゃないか」
「いつから聞いてたの」
「ラスサビみたいなとこからあたりだよ。勝手に聞いてすまないね」
「んにゃ、別にいいけど」
俺は人に歌を聞かれるのを恥ずかしいと思う人種じゃないからな。去年の軽音部ではうちの高校の全校生徒の前でめちゃくちゃ歌ったんだぞ。超気持ちよかった。俺ってそういう性癖持ちなのかもしれん。
「えっ、何。一緒に帰るの?」
「年頃の女の子を一人で帰らせるとは酷い男だな」
「でも寮はすぐそこやん」
「男は黙ってエスコートするものじゃないのかい?」
「じゃあ手でも取ったほうがいいのか?」
「初対面の女の子に対していう台詞じゃないってことだけ伝えておくよ」
「お前が話を振ったんやないか」
ポッケに手を突っ込みながら俺の横をちょこんとついてくる。
というか初対面の男に平気でホイホイついて行くのはどうかと思うけどな。危機管理よ、危機管理。
周子さんといいなんでそんなにノーガードなの? それで手を出したら殺されるんでしょ? 助けて凛ちゃん。
というか、適当に寮はすぐそこやんって振ったけど、しれっと飛鳥も寮生なんだな。否定しなかったし。
あの寮って魔境かもしれんわ。一人漫才猫娘も確か寮生だったしな。
「そういや、俺って名前言ってたっけ」
「キミの名前がどうかなんて、そんなの些細な問題じゃないか」
「じゃあ言わなくていいや」
「聞かないとは言っていないだろう?」
「めんどくせえな、結局言ったほうがいいじゃないか」
本当に回りくどいなこの子。結局最初のセリフ言いたかっただけだろ。俺にはわかるぞ。そういうセリフ言ってみたいもんな。
「松井光。高校二年生だよ」
「光、か。覚えておくよ」
「変な名前じゃないし覚えやすいだろ?」
「そうだね。いい名前だと思うよ」
そりゃどーも、としか言えんわな。
自分の名前に関して突っ込まれてもそれが当たり前だし。松井光って名前は生まれてからずっと使ってたし。
てか名前がかっこいいって言ったら二宮飛鳥って名前も相当かっこいいだろ。なんだよ飛鳥って。かっこいい人間にしか似合わねぇ名前だろ。それでいて名前負けしないビジュアルだから困るわ。
「なんで俺がここにいるとかは突っ込まないの?」
「話は聞いていたからね。いつか会うとは思ってたけど、これも定めってヤツなんだろうね」
「たまたまだと思うよ」
「ロマンってやつじゃないか」
「女性の口からそんな言葉が出るとは思わなかった」
「ロマンチストは女性が多いだろう? それもまた、偏見だよ」
普通に正論を言われてしまった。そうだよな、男でも女でもロマンを求めることは間違ってねぇよな。
いつの間にか着いていた寮の玄関を通り、靴を履き替える。そのまま部屋に戻り……
「……飛鳥さん? いつまでついてくるの?」
「ボクの部屋はこっちなんだ。キミについて行ってる訳じゃない」
「もう部屋に着くんですけど」
「奇遇だね。ボクもだ」
俺が自室の目の前に来て困った雰囲気を全開にしていると、飛鳥はそのまま進んで行く。
どこまで一緒なんだよ、とりあえず部屋に入ったら二度寝しよう、なんて思っていると、飛鳥は俺の一つ奥の部屋の扉に鍵を入れてドアを開ける。
「……へ?」
「それじゃあね。お隣さん」
そういうと、隣の部屋のドアはパタンと音を置いて行って閉まってしまう。
なんなの? 俺の部屋の付近にはこんな強烈なキャラが集まるの? 隣は京都コンビでもう片方は厨二病とかまともな人間はいないの?
これ以上考えてもなんだか死ぬ未来しか見えなくなってきた。もういいわ。寝よう、とりあえず至福の二度寝をしよう。
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