女子寮生活は難儀です   作:as☆know

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天才型は大体変な欠点持ち

 はぁ、とため息を吐きながら少し顔を引き締める千川さんにつられて、ちょっと背筋が伸びる。

 なんか、すごく重大な扉を開いてしまったのかもしれない。今、まさに。

 

 

「松井さんはシンデレラプロジェクトがどういう意味を持ったプロジェクトなのか。それは知っていますね?」

「まぁ、ちゃんと説明してもらいましたね」

「そして、松井さんはシンデレラプロジェクトを根本から支えてもらう存在になってもらう。これも説明しました」

 

 

 どう考えても俺に対する負荷がやばいと思うんだけどね。男子高校生一人に背負わせる量じゃないし、普通に考えたらもうちょい何人か用意してもらいたいもんだ。

 

 

「実はこの問題。無理があると思いませんか?」

「実はじゃなくても相当無理があると思いますね」

「あっ、気付いてたんですか」

「だって現実味がないですもん。全く」

 

 

 会社の敷居に足を踏み入れたばかりの男子高校生一人に大企業の一つの部門に新しい風を吹かせるなんてレベルの企画を背負わせるとか正気の沙汰じゃないからね。まるで設定が無茶すぎるなろう系そのまんまだ。

 

 

「じゃあ色々と単刀直入に言っちゃいますね。そっちの方が手っ取り早いですし」

「よっしゃ、ばっちこい」

「松井さんは簡単に言ってしまえば『当て馬』なんですよ」

「ほう、当て馬。つまるところ本命がいると」

「いや、本命はまだいないですね。というか本命をそろえるための準備段階にすらまだ

入れてないんです」

 

 

 ちなみに当て馬ってどういう意味か分からない人は今手元に絶対あるはずのスマホやらPCやらあるいはvitaやらでググってみような!

 なんで今手元にそれがあるかわかるかって? あれだよ、読心術。鼻からミルクティーが飲めるようになれば読心術が使えるようになるって小学校の同級生のあっくんが言ってたから。

 

 

「そもそもこれだけでかい会社が専属のミュージシャンを雇えてなかったのが不思議ですもんね」

「松井さんのおっしゃる通り。まぁ、専属のミュージシャンが不足していることに関しては色々とあったんですけどね……」

 

 

 千川さんがなんだか遠い目をしている。まぁ、色々とあったんだろう。うん。

 

 

「簡単に言えばコストカットがあったんですよ。美城常務が就任されたときに所属していた専属のミュージシャンの方々が悉くクビを切られてしまって……」

「悉くクビって…その人たちに何か問題でも?」

「……単純に出資に対する実力、それから作業量が見合ってなかったんです。常務が目指しているのはより質の高く需要のある政策ですから」

 

 

出資に見合った結果が出てなければそりゃクビにせざるを得ないのは仕方がないよな。厳しいけどこれが現実だろう。ドラマでもよくサラリーマンの人はとりあえず生中みたいな勢いでクビになってるし。

 

 

「それで取り合えず大量に切ったはいいものの専属ミュージシャンが少なくなって取りあえずは外部頼り……って感じで?」

「美城常務も考えなしにクビを切るようなお方ではないので、ちゃんと補填する人たちに声はかけてたみたいなんですが少し誤算が」

「誤算?」

「その人たちもまさか自分たちが大量リストラの補填要員とは知らされてなかったみたいで…」

「自分たちも何かあればすぐにクビになるんじゃないかと」

「その通りです。急な大量リストラでイメージダウンもしてしまいまして、それ以外の方々もうちには来なくなって……それに乗じたライバル企業が若いアーティスト候補生をよっこいしょと……」

 

 

 隙を見せたライバル企業に乗じてパワーアップと妨害もする。すげぇな芸能界。大量の金が動くだけあって、弱肉強食の色がより濃くなるんだろう。

 

 とはいってもミュージシャンの人も急にクビにされるリスクがあるのは勘弁だよなぁ。ただでさえ綱渡りみたいな職業なのに……おぉ怖い怖い。

 

 

「いつかは悪いイメージも薄れていく。その時にまた若い逸材を捕まえればいい……とはいえ時間は有限ですから。空白の期間の間にライバル企業に差をつけられるのは346プロとしてもなかなか大打撃なんですよね」

「そこで、期間を開けないためにとりあえず若い俺を捕まえてみたと」

「はい。次の本命の方々が見つかるまでの」

「見つかるまでって…そういってもただの高校生捕まえないといけないくらいには余裕がないんですね」

「ただの高校生だなんてとんでもない! ちゃんと松井さんを選んだ理由があるんですよっ!」

 

 

 急にびしっと指をさされてびくってなってしまう。

 ひ、人に指さしたらいけないんだぞ! こんなんでビビる俺が悪いんですけどね。だって急に来るんだもん。

 

 

「第一に技術面。これは今西部長のお孫さんが極秘で入手してくれた映像を見て確認したところ、合格ラインをしっかりと越えてくるほどの実力を兼ね備えてました」

「極秘……ねぇ。それってなんかのライブの映像ですか? めっちゃ音質悪い奴」

「そうですよ? よくわかりましたね!」

「いや、普通に部活で撮影してたやつですねそれ。あんなクソ音質でよく判断できましたね……」

「ちゃんとその道のプロもうちにはいますから!」

 

 

 極秘映像といわれていたやつだが、その映像は多分部活として参加したライブの様子をやっすいカメラで撮影しただけの動画だ。顧問の先生が上達のコツは振り返りだ!……なんて急に言い出したのはいいものの、あまりにもカメラをケチりすぎたせいで音質がよくなく、結局お蔵入りになった映像だな。恥ずかし。

 

 

「第二にルックスです! これは私とPさんで決めたことなんですけどね」

「ルックス……顔面じゃないですか」

「そうです! 白い肌に少し高い鼻。そして全体的にハーフっぽい顔立ち! 体格も細すぎず、寧ろ少し筋肉質で女性からもイメージよし。まさにさわやか系なジャ〇ーズによくいるちょうどいいレベルのイケメンです!」

「わかる」

「ライバル会社のことを若干ディスるようなことしれっと言わんでください」

 

 

 まるでジャ〇ーズはそこまでのイケメン集団みたいないい方。

 実際はいい意味で違うんだけどね。あの人たちはアイドルだから顔よりもダンスとかで魅了するからね。最近はバラエティ特化な人たちも増えたし多様性だよ多様性。なんで俺がフォローしなあかんねん。ジャ〇ーズのことが特別嫌いなわけではないから余計に辛い。

 

 

「そして最後に、松井さんは少なくとも見境なく女性に手を出す悪人ではない。社会人として、芸能界で生きるものとして素行面は重要ですから」

「……よくこんな短い期間でそんなことわかりますね」

「この期間だけで判断したわけではありませんから。少なくとも、松井さんのことをとても信頼している方……その方から得られる情報だけでも、今は十分ですよ?」

 

 

 俺のことを信頼している方ねぇ……なんとなーく予測はついてるけど、よくもまぁあいつから色々と情報を得ようとしたもんだ。

 どうやって知ったかは聞く気力もない。多分知ったら俺はこの人に一生逆らえなくなる気がする。世の中知らなくてもいいことがあるってそれ一番言われてるから。

 

 

「それにしても捕まえたのが俺一人って少なすぎますよ。他にいるかもしれないけど、どんだけ余裕がないんすか。悪評があるとはいえこれだけでかい企業なんですから人も来るでしょ?」

「そこで美城常務の存在ですよ。彼女は同時にアイドル部門も合理的に……まぁ簡単に言えば今まで広げすぎてた風呂敷をいったん小さくして自分の手に届く範疇で動かそうとしているんです。要するに少数精鋭ですね」

「合理的じゃないですか」

「問題は美城常務のやり方が多少強引なところなんですよねぇ……」

「あー……」

 

 

 今まで所属していた専属のミュージシャンのクビを簡単にスパッと切れるんだもんな。

 血も涙もないといえばそれまでだけど、経営者としては天職だよなぁ。受け身の立場としてはこれ以上怖い存在はないが。

 

 

「そこでPさんが担当しているシンデレラプロジェクトの存在が重要なんですよ」

「ほう」

「まぁここら辺は色々と大人の事情があって複雑なんですけど、さすがの美城常務とはいえど今すぐにアイドル部門の改革を進める……そういうわけには行けないんですよね」

 

 

 そもそもそれが普通なんだろうけどな。『さすがの美城常務でも』って言われるくらいだから下手したら思わぬ方向からくる可能性だってそれをやりかねない頭脳も力も備えてるんだろうけど。頭よさそうだったしなぁ、あのベヨ〇ッタさん。

 

 

「もちろん改革も重要です。それでも美城常務のペースで進めては全部崩れてしまう可能性もあります。そのためにはあの子たちや松井さんの力が必要なんです!」

「は、はぁ……でも俺当て馬じゃないんですかね……」

「いーえ! 私たちはそうは思っていませんよ!」

 

 

 千川さんが身を乗り出しながら目を輝かせる。何々怖い怖い。この人さっきからテンションがあまりにも高すぎるでおじゃる。

 

 

「確かに現時点では松井さんは成功すればいいな~程度の当て馬にすぎません! というか、超無名の高校生ベーシストを大企業の専属ミュージシャンにするなんてそれこそシンデレラストーリーですからね」

「そら夢みたいな話ですわな」

「だからなっちゃいましょう! シンデレラならぬ、王子様に! プリンセスじゃなくてプリンスに!」

 

 

 あー、なるほど。わかってきたぞ。

 

 シンデレラプロジェクトっていうのは、そもそも素人の女の子たちをアイドルにする。女の子が輝く夢を与える夢のためのプロジェクト。

 幸か不幸か、そのプロジェクトが動いているタイミングで男子版シンデレラみたいな境遇に346プロの事情的に勝手になっていた俺が入ってきたと。

 

 

「仲間は多いに越したことはありません! それにアイドルを支える立場につく松井さんが根本で支える柱の一つになってくれれば百人力です!」

「じゃあ千川さんが無理やり俺をここに住まわせてアイドルと接触させようとしたのは?」

「まぁ、掻い摘んでいってしまえば『会社の事情で色々と背負わせてしまった男の子に少しでも早くなじんでもらうため』っていうのと『性格面と素行面の最終チェック』ですね!」

「俺が手を出したらどうするつもりだったんですか……」

「うちのアイドルに手は出させませんから大丈夫ですよ?」

 

 

 おー、こっわ。今どす黒い空気出てたこっわ。何なら壁からボウガンが出てきて槍が飛んできそうな空気感まであった。

 

 にしてもなんだか知らない間に大ごとになったみたいだ。ていうかそんなにこの会社悪評広まってたんかい。何一つ知らんかったぞ、ていうか凛もなんか言えよ。俺がクビになってもいいんかあいつ。

 裏事情を知らない時点ではラノベみたいな話で信じられなかったが、裏の事情を知ったら知ったで色々信じられないな。いや、信じたくないな(白目)

 

 

「……と、言うのがフィクションです!」

「は?」

「今のは全部作り話です!」

「は?」

「そんな松井さん一人とあの子たちに重圧を背負わせるわけないじゃないですか! アニメじゃないんですから!」

 

 

 パンと手をたたいて終わりました! という感じで話されても困る。

 えっ、何この話即興なの? 今考えたの? 凄すぎんリアルすぎんか。怖いんじゃが。

 

 

「松井さんはそんな細かいことを気にしないで、思う存分ここで腕を磨いて、そしていろんなことを体験していってください。きっと、あなたのこれから先のことに役立ちますから!」

 

 

 勿論、こっちもたくさん出ますので! ってにやにやしながら親指と人差し指で円を作る。下世話な話やめーや。確かに金はあって困らんし、わしも欲しいけど。

 

 

「そんなことよりですよ! ここに来たのはこんな話をするためだけじゃないんですよ!」

「こんなって…で、ここに来た理由って?」

「ふっふっふ。今の格好って動きやすい服装ですか?」

「……へ? まぁ全然動きやすい服装ですが」

「それじゃあ、着替えを持ってついてきてください!」

 

 

 着替え……着替え? なんでそんなもんを……って思ってたら、玄関からなんか置いていきますよ~って声が聞こえる。まぁ千川さんの声なんだけどね。

 問題は声の主じゃない。その移動速度だ。さっきまで目の前にいたよね? なに? あの人瞬間移動使えるの? 超人じゃん筋斗雲乗れよ。

 

 

「アイドルのことをもっと知ろうの体験ツアーですよー!」

「……体験ツアー?」

 

 

 適当に着替えをリュックにぶち込んでる間にも、玄関からウキウキ声で急かす声が聞こえる。

 ……ん? 待てよ? これ、またなんか俺の意思とは違う方向で話進んでね? いいのか、いいのか俺。このままでいいのか俺。

 

 

「……ま、いっか」

 

 

 人生なるようにしかならねぇよな。畜生!(血涙)

デレアニ(アニメ版デレマス)を見たことがある?

  • 1期2期全部見た!
  • どっちかorちょっとだけ見た!
  • 見てないわからん!
  • NO MAKEも知ってる!

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